EP 10
ポテチ帝国の幕開けと社畜の涙
バルサック子爵の失脚と、アルデン領への吸収合併。
かつてないほどの平和(と強烈なカロリー)がもたらされた新たな巨大領地は、今や帝国中で最も活気にあふれる経済特区となっていた。
「右舷、温度よし! 左舷、塩分濃度よし! コンソメパウダー、第三ラインへ投下でござる!!」
「おうっ! 揚げるぜ揚げるぜぇ! アタイの『炎熱旋風』で一気に水分を飛ばしてやるよ!」
「ワイのブレスで油の温度を一定に保つで! まったく、賢竜様をガスコンロ代わりにするとはええ度胸やで、ヨシキはん!」
広大な中庭に建設された、ドンガフ特製の『超巨大・魔工全自動フライヤー』。
その前で、良樹はすっかり板についた白エプロン姿のまま、拡声器(魔法具)を片手に的確な指示を飛ばしていた。モウラとロードが火力調整を担い、ルナが風魔法で巨大な換気扇を回す。
ここ数週間、彼らの日常は完全に「食品工場のライン作業」と化していた。
「ヨシキ様! 帝都の第4騎士団から、追加で『ポテチLサイズ・5000袋』の発注が来ました! さらに東部の貴族連合から『コーラ樽・100本』の急ぎの注文が!」
すっかり営業部長の顔になった老執事マルセルが、分厚い注文書の束を抱えて走り込んでくる。
「ヒィィッ! また追加発注でござるか!? 善行ポイントで召喚する『サラダ油(一斗缶)』と『コンソメパウダー(業務用)』の消費ペースが尋常じゃないでござる! このままじゃ拙者のボーナスが飛ぶでござるよ!」
良樹が悲鳴を上げながら、頭上のシステムウィンドウを狂ったような速度でタップし、次々と地球の食材(スパイスと油)を錬成していく。
事の発端は数日前。
『暗黒男爵』の武勇伝と共に、「バルサック子爵を狂わせた悪魔の黄金」の噂が、帝都の貴族や騎士団の間で爆発的に広まってしまったのだ。
「一度食べたら手が止まらない」「あの黒い甘露と一緒に流し込むと、疲労が吹き飛ぶ(※ただの糖分スパイク)」「これぞ戦場の携帯食料の完成形だ」などと、完全にジャンキーの思考で絶賛され、注文が殺到。
アルデン領は今や、帝国全土の胃袋を掌握する「巨大ジャンクフード・プラント」へと変貌を遂げていた。
「皆の者、手を休めるなでござる! これぞ究極のフランチャイズ経営! アルデン本社の威信にかけて、全注文を捌き切るでござるよ!」
良樹が中二病のポーズで己を鼓舞していると、屋敷の正門から、豪奢な装飾が施された馬車が滑り込んできた。
馬車から降り立ったのは、帝国の皇女・リリアーナである。
「ヨシキ殿! 邪魔をするぞ!」
「おお、リリアーナ殿下! いらっしゃいませでござる! 今日は新作の『サワークリームオニオン味』の試食でござるか?」
良樹が揉み手で近づくと、リリアーナはビシッと一枚の羊皮紙を突きつけた。
そこには、皇帝の印璽が押されている。
「違う! 父上……グロム皇帝陛下からの、直々の勅命である!」
「……ちょくめい?」
嫌な予感がして、良樹の顔からスッと笑顔が消えた。
「『暗黒男爵ヨシキの生み出した黄金の芋。その悪魔的な美味さは、余の耳にも届いておる。よって、アルデン領を帝室御用達の特別生産拠点に指定する。直ちに帝都の中央軍十万人分のポテトチップスを定期納入せよ。なお、工場長たるヨシキには、休むことなく帝国の胃袋を満たす義務を課す』……とのことだ!」
「…………じゅ、十万人分……?」
「うむ! さらに、この素晴らしい功績を讃え、ヨシキ殿を『子爵』に陞爵し、この巨大な生産ラインの総責任者として、父上が直々に支援してくださることになったぞ! 喜べ、ヨシキ殿! 貴殿の商会は、今や帝国最大の企業だ!」
リリアーナは、自分のことのように誇らしげに胸を張った。
しかし。
十万人分のポテチ。定期納入。休むことなく義務を課す。
それはつまり――。
(……国営の超巨大ブラック企業の、工場長(責任者)に任命されたってことでござるか……!?)
良樹の脳裏に、かつてのワンオペ深夜バイトの記憶がフラッシュバックする。
終わらない玉ねぎの仕込み。次々と鳴るオーダーのチャイム。クレーマーの怒声。そして、いくら働いても増えない睡眠時間。
「ヨシキはん、やったやんけ! 子爵やて! これでもう一生遊んで暮らせるんちゃうか?」
ロードが呑気に笑う。
「フフフ、ヨシキ様の経営戦略(社畜魂)、ついに皇帝陛下にまで届きましたな!」
マルセルが感涙にむせぶ。
「これで毎日、たらふく肉とポテトが食えるな! さぁ、じゃんじゃん揚げようぜ!」
モウラがやる気に満ちた顔でフライヤーの火力を上げる。
誰も、良樹の絶望に気づいていなかった。
「……あ、あぁ……」
良樹は、フラフラと歩き出し、執務室の片隅に積み上げられた「金貨の山(莫大な売上)」の上へとよじ登った。
そして、その大量の金貨の上に仰向けに倒れ込み、天井を見上げた。
「……金は……こんなにあるのに……」
ポロリ、と。
中二病の眼帯の下から、一筋の美しい涙がこぼれ落ちた。
「休みが……休みが欲しいでござるぅぅぅぅぅぅぅッ!!!」
スローライフを夢見て異世界に転移した男は、自らの『丼マスター(深夜バイトのスキル)』と『悪魔の粉』の力によって、最強の胃袋支配を成し遂げた。
しかしその結果、彼は異世界で最も過酷な「24時間稼働工場の最高責任者(社畜)」へと、見事に上り詰めてしまったのである。
「店長ォォォッ!! 次のコンソメパウダーが足りません!! 早く召喚してください!!」
「ルナたんの風魔法が弱まってるでござる! もっと気合を入れるでござるよォォッ!!」
今日もアルデン領には、香ばしい油の匂いと、暗黒男爵(ブラック工場長)の悲痛な叫び声が響き渡っている。
勘違い聖人のグルメ無双は、かくして(別の意味で)伝説となったのだった。




