EP 9
無血開城と、轟く「暗黒男爵」の悪名
「お、恐れ入りましたぁぁっ! 慰謝料でも何でも払いますから、命と、残った家族だけはお助けをぉぉっ!」
アルデン領の広大な芋畑の前に、数百人の屈強な盗賊(元・クレーマー)たちが、額から血が出るほどの勢いで土下座を繰り返していた。
「フ……フハハハ。分かれば良いのでござる。当店は『お客様第一』ではあるが、度を越えたカスタマーハラスメントには、法と武力を持って厳粛に対処する所存! 以後、気をつけるでござるよ!」
良樹は、未だに砲口から熱を放つ竜撃砲をドンッと地面に立て、中二病全開のポーズで説教を垂れた。
(よし! 完全にビビらせたでござる! これで営業妨害も終わるはずでござる!)
「それで、お前ら。一体どこのどいつに雇われて、アタイらのシマ(芋畑)を荒らしに来たんだ? あぁ?」
モウラが、盗賊の頭目の首筋に冷たい斧の刃を当てながら、ドスの効いた声で尋問する。
「ひぃぃっ! ば、バルサック子爵です! あの豚野郎が、アルデン領の畑と工房を焼き払ってこいと、金貨を積んできたんです!」
「……バルサック子爵が?」
良樹は首を傾げた。
(なるほど。視察に来たのは、当店の弱点を探るため。そして、デリバリー戦略で売上を奪われたライバル店が、ついに逆上して反社を雇ったということでござるな。……飲食業界の闇、深すぎるでござる!!)
「ヨシキはん、どうしまっか? ワイが一飛びして、あの豚の屋敷を丸焼きにしてきましょか?」
ロードが鼻から煙を吹き出しながら物騒な提案をする。
「いや、それは過剰防衛(コンプラ違反)でござる! ここは警察……帝国騎士団に通報して、法的に処理してもらうのが筋でござるよ!」
平和ボケした現代日本人の良樹は、真っ当な手続きを選択した。
しかし、良樹がわざわざ通報するまでもなく、事態はすでに動いていた。
***
同じ頃、隣のバルサック領、領主の館。
「遅い……。いくらなんでも遅すぎるぞ、『赤き牙』の奴らめ。もうとっくにアルデン領は火の海になっているはずだろうが」
バルサック子爵は、執務室でイライラと爪を噛んでいた。
その目の下には濃いクマができ、手が小刻みに震えている。ここ数日、彼はあの「黄金の芋」と「黒い甘露」を口にできていなかった。自ら街道を封鎖したせいで、アルデン領からの空輸デリバリーが領民たちにしか届かず、プライドが邪魔して平民から買い上げることもできなかったのだ。
「あぁ……芋……塩気……黒い炭酸……。早く、早く奴の首とレシピを持ってこい……!」
禁断症状に苦しむ子爵がうめき声を上げた時。
ドゴォォォンッ!!!
館の正面扉が、凄まじい轟音と共に吹き飛ばされた。
「な、なんだ!? 何事だ!」
「バルサック子爵! 帝国騎士団である! 貴殿に国家反逆罪および、近隣領地への武力行使の容疑で逮捕状が出ている!」
土足で執務室に踏み込んできたのは、銀の甲冑に身を包んだ帝国のエリート騎士団。
そしてその先頭に立っていたのは、良樹の恩人であり、皇女でもあるリリアーナ・グロム・アーベントロートだった。
「リ、リリアーナ殿下!? な、なぜ殿下が直々に……!」
「白々しいぞ、バルサック! 貴様がアルデン領に大規模な私兵を差し向けたことは、すでに『ヨシキ男爵』からの緊急書簡(事後報告)によって把握している!」
リリアーナは、冷徹な視線でバルサック子爵を見下ろした。
「しかも貴様、ヨシキ男爵の『慈悲』を無下にしたそうだな」
「……慈悲、だと?」
「そうだ。男爵は貴様の領地が不当な関税で苦しんでいると聞き、自ら竜を駆って、貴様の領民たちに安価で美味なる食料を配給してくださった。それにも関わらず、貴様は恩を仇で返し、武力で彼の領地を奪おうとした」
リリアーナの背後で、控えていた騎士たちが畏怖の念を込めて囁き合う。
「聞いたか? ヨシキ男爵は、バルサックが放った数百の精鋭傭兵団を、前線には指一本触れさせず、遥か後方の『本陣』だけをピンポイントで消し飛ばして降伏させたらしいぞ……」
「敵の戦力を一歩も動かさず、退路と帰る場所だけを奪って心を折る……。なんて恐ろしい戦術眼だ」
「先に経済(胃袋)を支配し、反抗してきたら一撃で絶望を与える。まさに、冷酷無比な『暗黒男爵』だよ……」
そのヒソヒソ話を聞いたバルサック子爵の顔から、一気に血の気が引いた。
(あ、あのヘコヘコとすり寄ってきた低姿勢は、すべて私を油断させるための罠だったというのか!? 最初から私を破滅させるつもりで、あの『悪魔の粉』を……!!)
「ひぃぃぃっ! わ、私は悪くない! あの男が、あの男爵が化け物なのだ! 芋だ! あの黄金の芋と黒い水を寄越せぇぇっ!!」
完全に精神が崩壊し、涎を垂らしながらジャンクフードを乞うバルサック子爵。
彼はそのまま騎士団に拘束され、帝都の地下牢へと引き立てられていった。もちろん、その牢獄のメニューにポテトフライもコーラも存在しない。一生、禁断症状に苦しみながら冷たい石の床を舐めるという、完璧な「ざまぁ(自業自得)」の結末であった。
***
数日後。アルデン領、執務室。
「ヨシキ様! 朗報でございます!」
マルセルが、満面の笑みで部屋に入ってきた。
「バルサック子爵は帝国騎士団により捕縛され、爵位と領地を剥奪されました! そして、バルサック領の領民たちは、あのポテトと牛丼を届けてくれたヨシキ様を『救世主』と崇め、是非ともアルデン領に吸収合併してほしいと皇帝陛下に嘆願書を出したそうです!」
「おぉ! それは素晴らしいでござるな!」
良樹は、執務机の上で新しいフレーバー(サワークリームオニオン)の調合をしながら、嬉しそうに頷いた。
(フハハ! 悪質なライバル店が倒産し、そのエリア(顧客)を丸ごと当チェーン店が吸収したということでござるな! これで売上はさらに倍増! 拙者のボーナス(善行ポイント)もウハウハでござる!)
「しかも帝都では、ヨシキ様の戦術と慈悲深さが話題沸騰です! 敵に血を流させず、心だけを折って無血開城させるその恐るべき手腕から、人々は敬意と畏怖を込めて、貴方様を**『暗黒男爵』**と呼んでおりますぞ!」
「……あんこく?」
良樹の手が、ピタリと止まった。
「暗黒男爵……! フ、フハハハハハ!!」
次の瞬間、良樹は机の上に立ち上がり、中二病の眼帯をバサァッと外して天を仰いだ。
「ついに! ついに拙者の隠された真なる通り名(二つ名)が、この世界に知れ渡ってしまったでござるか! 左様、拙者こそが宵闇を統べる者、暗黒男爵ヨシキでござる!!」
「ヨシキのやつ、自分が『極悪非道なマフィアのボス』みたいな意味で呼ばれてるのに、完全に『カッコいい中二病ネーム』だと思って喜んでるわね……」
ルナが、遠い目をして呟いた。
「まぁ、いいじゃねぇか。アタイらのシマがデカくなって、美味い飯がいっぱい食えるなら、暗黒だろうが漆黒だろうが関係ねぇよ」
モウラが、新しいサワークリームオニオンのポテチを口に放り込みながら笑う。
平和ボケの勘違い社畜が、ジャンクフードで他領の経済を破壊し、まぐれの砲撃でクレーマーを屈服させた結果。
アルデン領はバルサック領を吸収し、異世界初の「超巨大ファストフード経済圏」として、さらなる飛躍を遂げようとしていた。
最強の胃袋支配は、まだ始まったばかりである。




