EP 6
賢竜の宅配便と経済支配
バルサック領の上空数百メートル。
分厚い雲を突き抜け、巨大な影が滑空していた。
「いやぁ、ええ眺めでんなぁ。けど、この背中の荷物、めちゃくちゃええ匂いして腹減ってしゃあないわ!」
「我慢しな、ロード! アタイらの任務は、この『悪魔の粉』の匂いを、眼下の平民どもにたっぷり嗅がせてやることさ!」
賢竜ロードの背中には、モウラが仁王立ちになり、巨大な『丼亭よしき・出前迅速』と書かれたのぼり旗をはためかせていた。そしてその後ろには、保温機能付きの巨大な魔法鞄が幾つも括り付けられている。中には、揚げたてのメガ盛りポテトと、特製牛丼がギッシリと詰まっていた。
「目標、バルサック領の広場! 降下するで!」
ドズゥゥゥンッ!!
バルサック領の農村の広場に、突如として巨大な竜と、凶悪な武器を持った獣人の女戦士が舞い降りた。
「ひぃぃぃっ! り、竜だぁぁっ!?」
「野盗!? いや、帝国軍の襲撃か!?」
農作業をしていた平民たちがパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「おいおい、逃げるなよ! アタイらは怪しいモンじゃねぇ!」
モウラが、ドスの効いた声(※全く安心できない)で怒鳴りながら、魔法鞄から巨大な麻袋を取り出した。
「アタイらはアルデン領の『丼亭よしき』のデリバリー部隊だ! 街道が封鎖されちまったから、空から直接メシを売りに来たんだよ! ほら、まずは試食だ! 食ってみな!」
モウラは、怯える村人たちの前に、コンソメパンチ味のポテトチップスを無造作にばら撒いた。
「……ひっ! な、なんだこの強烈に美味そうな匂いは……」
一人の若者が、恐る恐る黄金色に輝く薄切りの芋を手に取り、口に運んだ。
サクッ。
「…………っ!!? な、なんじゃこりゃああぁぁっ!!」
若者は白目を剥き、雷に打たれたように硬直した。
「うまぁぁいっ! 芋なのに肉より美味い! 塩気が脳天を直撃する! おい、みんなも食ってみろ! 毒なんかじゃない、神の食べ物だ!」
若者の叫びに釣られ、村人たちも次々とポテトに手を伸ばす。
結果は、言うまでもない。オーガニックな貧しい食事しか知らない平民たちの味覚は、地球のケミカルな旨味(コンソメとのり塩)の前に、たった一瞬で陥落した。
「さぁさぁ! ポテトだけじゃねぇぞ! 腹ペコの野郎どもには、この『特製牛丼』がお勧めだ! 熱々のご飯に、甘辛いタレと肉がたっぷり乗って、たったの500円(ルチアナ円)だ!」
「買う! 買いますだ! 俺に三杯くれ!」
「こっちはポテトのLサイズを五つ!」
モウラの強引なセールスと、ロードの圧倒的な運搬能力(と愛嬌のある関西弁の接客)により、『異世界ウーバー・ロード』は初日から凄まじい売上を叩き出した。
空からのデリバリーは、バルサック領内のあらゆる村や町を縦横無尽に飛び回り、瞬く間に「悪魔の黄金」と「魅惑の丼」を蔓延させていった。
数日後。バルサック子爵の執務室。
「ど、どういうことだ!! なぜ税収が半分以下に落ち込んでいる!?」
バルサック子爵が、帳簿を床に叩きつけて激怒していた。
「そ、それが……領民たちが皆、手持ちの金をすべて『空から降ってくる芋と丼』に注ぎ込んでしまっておりまして……。領内の酒場や食堂は閑古鳥が鳴き、経済が完全にストップしております!」
部下が青ざめた顔で報告する。
「な、なんだと……!? 街道を封鎖したのに、空からだと!?」
子爵はワナワナと震え出した。
経済封鎖(兵糧攻め)を仕掛けたはずが、相手は空路という絶対に封鎖不可能なルートで直接領民の胃袋を掴み、あろうことかバルサック領の「富」を根こそぎアルデン領へと吸い上げているのだ。
「おのれ、アルデン領の成り上がり男爵め……! なんという悪辣で、非情な経済戦略だ! 領民から搾取するだけでなく、他領の経済まで完全に干上がらせる気か!!」
バルサック子爵は、良樹のことを「血も涙もない冷酷無比な経済の怪物」だと完全に勘違いし、恐怖と怒りで顔を紫に染めた。
その頃、冷酷無比な怪物(良樹)は。
「フハハハハ! 凄い! 凄いでござるよマルセル殿! デリバリーの売上が、店舗売上を完全に逆転したでござる!」
アルデン領の執務室で、良樹は山のように積まれたルチアナ円(現金)の束を数えながら、狂喜乱舞していた。
「やはり飲食業界の未来は、中食にこそあるでござるな! ロード殿の積載量とスピードなら、どんな僻地でも熱々のポテトを届けられる! これぞ最強のフランチャイズ展開でござるよ!」
良樹は、自分が隣領の経済を完全に破壊し、悪徳貴族を破産寸前まで追い込んでいるなどとは夢にも思わず、「売上の上がる優秀なエリアマネージャー」として一人でご満悦に浸っていた。
「ヨシキのやつ、また小銭数えてニヤニヤしてるわ。ほんと、小市民よね」
ルナが、執務室のドアの隙間からその様子を呆れ顔で覗いている。
「だが、あのバルサックって豚が、このまま黙ってるとは思えねぇな。経済で勝てねぇと分かれば……次は力(暴力)で来るのが、悪党の常套手段ってもんさ」
モウラが、壁に立てかけた愛用の鎖斧を睨みながら、凶悪な笑みを浮かべた。
深夜バイトの防衛線は、いよいよ血生臭い「武力抗争(クレーマーの暴動)」へと発展しようとしていた。




