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EP 3

嫌味な隣領の悪徳子爵、襲来

悪魔のコンソメによるジャンクフード革命から数日。

アルデン領が「黄金のポテチ」の熱狂に包まれていた頃、隣接するバルサック領の領主館では、一人の男が忌々しげに舌打ちをしていた。

「……アルデン領の成り上がり男爵が、妙な作物で領民をたぶらかしているだと?」

丸々と太った腹を揺らし、ギラギラと脂ぎった顔を歪める男。

バルサック子爵である。彼は代々この地方の流通を牛耳ってきた、絵に描いたような悪徳貴族だった。

「はい。しかも、あの偏屈なドワーフの魔工鍛冶師、ドンガフまでもがアルデン領に巨大な工房を構えたとの情報が……」

部下の報告に、バルサック子爵は豚のような鼻を鳴らした。

「チッ! 古竜をまぐれで倒したからと図に乗りおって。あのドンガフの技術と、噂の『黄金の芋』の利権……我がバルサック家が独占すべきものだ。ちょっと脅しをかけて、小娘の手をひねるように利権を奪ってやろう」

バルサック子爵は、私兵(実質的なチンピラ)を数十人引き連れ、アルデン領へと乗り込む準備を始めた。

***

「ヨ、ヨシキ様! 大変でございます!」

アルデン領の執務室。

ポテチの塩分濃度レシピの微調整を行っていた良樹の元へ、マルセルが血相を変えて飛び込んできた。

「隣領のバルサック子爵が、完全武装の兵を引き連れて当館の前に陣取っております! 『新米男爵の不審な動きを監査しに来た』と、半ば強引に……!」

「なっ……! か、監査だと!?」

良樹の顔から、サーッと血の気が引いた。

(監査……抜き打ち視察……! つまり、このエリアを統括する本部のお偉いさん(エリアマネージャー)が、拙者の店舗(領地)の運営状況をチェックしに来たということでござるか!?)

深夜の牛丼屋時代、エリアマネージャーの抜き打ち視察は「死刑宣告」に等しかった。

床のベタつき、冷蔵庫の温度チェック、マニュアル違反……一つでも粗を見つけられれば、容赦のない減点と罵倒の嵐が待っている。ましてやここは異世界。減点=文字通りの「死(首の物理的な切断)」かもしれない。

「やばいでござる!! マルセル殿! 直ちに全員に共有! 身だしなみチェック、笑顔の練習、そして店内の清掃を徹底するでござるぅぅ!!」

「えっ? は、はい!?」

良樹は、中二病の眼帯をかなぐり捨て、真っ白なエプロンをピシッと締め直すと、かつてないほどの鬼気迫る表情で玄関ホールへとすっ飛んでいった。

バンッ!!!

「出迎えも寄越さんとは、どういう了見だ成り上がり者め!!」

屋敷の玄関の扉が乱暴に蹴り開けられ、横柄な態度でバルサック子爵が踏み込んできた。その後ろには、威圧するように武装した兵士たちが並んでいる。

「おい、男爵とやら! 貴様、この神聖なる帝国の大地を芋だらけにするなどという、地域経済のバランスを乱す暴挙に出ているそうだな! さらにドワーフを囲い込むとは……このバルサック子爵に対する反逆と――」

「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

「……へっ?」

バルサック子爵の怒声は、良樹の鼓膜を突き破るような「完璧な発声のいらっしゃいませ」によって物理的にかき消された。

「バルサック子爵マネージャー様! 本日はお足元の悪い中、当アルデン店……いや、アルデン領への店舗視察、誠にありがとうございます!!」

良樹は、床に額がつくのではないかというほどの、完璧な九十度のお辞儀(最敬礼)をキメていた。

声のトーンはワントーン高く、口角は不気味なほど引き上がった「100点満点の接客スマイル」。牛丼屋のバイトリーダーとして培った、究極の防衛本能(ヘタレの極み)の顕現である。

「な、なんだ貴様は……。貴族の矜持というものがないのか……?」

バルサック子爵は、あまりの低姿勢にドン引きしていた。

普通、いくら格下の男爵とはいえ、一国一城の主。ここまでヘコヘコとすり寄ってくる貴族など、アナステシア大陸のどこを探してもいない。

「矜持!? とんでもございません! 拙者どもは常に『お客様(上位貴族)第一主義』で運営させていただいております! コンプライアンス遵守! 地域の皆様に愛される領地作りを目指しておりまする!!」

良樹は、手を揉み手しながら、ジリジリとバルサック子爵にすり寄っていく。

そのあまりに卑屈すぎるオーラに、逆に恐怖を感じた子爵は、思わず一歩後ずさった。

(な、なんだこの男……。プライドというものが一切ないのか? 不気味すぎる……!)

その様子を、ホールの影からこっそりと覗き見していた仲間たちは、呆れ果てていた。

「……ヨシキさん、姿勢が低すぎて地面にめり込みそうよ。なんであんな嫌味なデブ相手に、神様みたいに接してるの?」

ルナが引きつった笑顔で呟く。

「ヨシキのヤツ、相手が権力者だと分かった途端にあのザマだ。アタイが後ろからあのデブの頭をカチ割ってやろうか?」

モウラがイライラと斧の柄を握りしめる。

「やめときなはれ。あれがヨシキはんの『最強の生存戦略(社畜ムーブ)』でっせ。情けないけど、ある意味一番厄介な防御魔法や」

ロードが鼻で笑う。

一方、良樹の異常な低姿勢にペースを狂わされたバルサック子爵は、コホンと咳払いをして強引に話を戻した。

「ええい、誤魔化されんぞ! 貴様が領民に食わせているという『黄金の芋』とやら。もしそれが、帝国の貴族の舌に合わぬ家畜の餌のような代物であれば、貴様の統治能力の欠如として皇帝陛下に報告し、この領地を我が領地に吸収してくれるわ!!」

バルサックは、どうせ泥臭い芋料理しか出せないだろうと踏んで、難癖をつける気満々だった。

しかし、それを聞いた良樹の顔が、パァッと輝いた。

(なるほど! 新メニュー(ポテチ)の『検食テイスティング』でござるな! フハハ、エリアマネージャーめ、味のチェックとは基本に忠実でござる!)

「かしこまりましたでござる!! すぐに当店の……当領の最高傑作をご用意いたします! 視察員様、どうぞこちらのVIPルーム(応接室)へ!!」

良樹は、最高の笑顔でバルサック子爵を応接室へと案内する。

「フン、せいぜい無様な泥芋を出して、我が前に平伏すがいい……!」

バルサック子爵は、自分がこれから、地球の食品メーカーが叡智を振り絞って生み出した「悪魔のコンソメ」によって、取り返しのつかない胃袋の蹂躙テロを受けることなど、まだ知る由もなかった。

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