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第三章 アルデン領開拓編

男爵の初仕事は「ポテト」の量産!? 究極の勘違いスタート

帝都の喧騒から離れた、のどかで豊かなアルデン領。

その中心に建つ領主の館、一際日当たりの良い執務室で、佐須賀良樹はふかふかの革張りチェアに深く腰掛け、窓の外に広がる広大な農地を見下ろしていた。

仕立ての良い貴族服……の上に、なぜか牛丼屋の白エプロンをきっちりと結んでいるその姿は、控えめに言っても不審者である。

「フッフッフ……見渡す限りの大地。これがすべて、拙者に任された『巨大農場(自社プラント)』というわけか」

良樹が中二病の眼帯をクイッと押し上げながら悦に浸っていると、コンコン、と控えめなノックの音が鳴り、銀髪オールバックの老執事・マルセルがうやうやしく入室してきた。

「ヨシキ様。今年のアルデン領の秋の作付け計画書をお持ちいたしました。例年通り、東の畑には麦を、西の畑には太陽芋を……」

「待つでござる、マルセル殿」

良樹は、ビシッと右手を突き出してマルセルの言葉を遮った。

その眼帯の奥にある(と本人が思い込んでいる)魔眼が、鋭く光る。

「麦はダメでござる。いや、太陽芋もダメでござる。このアルデン領の畑……すべてを**『男爵芋』**にするでござるよ!!」

「……は?」

完璧なポーカーフェイスを誇るマルセルが、思わず素っ頓狂な声を漏らした。

無理もない。領地の畑をすべて一つの作物にするなど、農業の常識からすれば異常事態である。

「ヨ、ヨシキ様……? すべて、男爵芋ポテトにする、と仰いましたか?」

「左様! 皇帝陛下は拙者に『男爵』の位を授けた……つまり、これは帝国からの壮大な事業委託! この肥沃な大地で最高品質のポテトを大量生産し、薄くスライスして油で揚げる……すなわち、最強のジャンクフード『ポテトチップス』を量産せよという、グロム皇帝からのダイレクトな勅命なのでござる!!」

良樹は立ち上がり、執務机の上にドンッと両手をついて熱弁を振るった。

彼の脳内では、すでに「男爵=ポテトチップス工場長」という等式が完璧に出来上がっており、微塵の疑いもなかった。

「フハハハ! 皇帝陛下も罪な御方でござる。一度あの悪魔的な塩気とサクサク感を味わえば、帝都の貴族どもなど一瞬で塩分依存症ジャンキーになること間違いなし! 拙者はこのアルデン領を、帝国最大のポテチ・プラントにしてやるでござるよ!」

良樹が、まだ見ぬ黄金の芋(と莫大な売上)を想像して高笑いしていると……。

「……おおぉっ……!」

突如、目の前でマルセルがワナワナと震え出し、その目からポロポロと大粒の涙をこぼし始めたのだ。

「ひぃっ!? ど、どうしたでござるかマルセル殿! パワハラでござるか!? 拙者、ブラック店長みたいな無茶振りをしたでござるか!?」

慌てて土下座の体勢に入ろうとする良樹を制し、マルセルは深く、深く頭を下げた。

「ヨシキ様……! この老いぼれマルセル、貴方様の深き御慧眼、そして領民を想う慈愛の心に……感服いたしました!!」

「……はい?」

マルセルはハンカチで涙を拭いながら、熱を帯びた声で語り出した。

「おっしゃる通りです! 近年、隣領の悪徳子爵が我が領地の流通を妨害しようと、不当な関税をかけ始めております。もしこのまま秋を迎えれば、物流は完全に絶たれ、我がアルデン領は『兵糧攻め』の憂き目に遭うことでしょう……!」

マルセルがギュッと拳を握りしめる。

「麦は収穫までに時間がかかり、加工の手間も大きい。しかし、寒さに強く、痩せた土地でも育ち、何より短期間で莫大なカロリーを叩き出せる『芋』ならば! 万が一冬に包囲網を敷かれようとも、領民一人たりとも餓死者を出すことはありません!!」

マルセルの背後に、後光が差しているように見えた。

「皇帝陛下の『男爵』という位を隠れ蓑にし、隣領の警戒を逸らしつつ、領民の命を救う完璧な飢饉対策! ヨシキ様……貴方様は、戦の何たるかを熟知された、類稀なる知将でございます!!」

「…………」

執務室に、重い沈黙が落ちた。

(……やばいでござる。ポテトチップスを作って一儲けしようとしてただけなのに、なんかめちゃくちゃスケールのデカい『防衛戦略』にすり替わってるでござるよ!? 隣領の兵糧攻め!? 関税!? なにそれ聞いてないでござる!!)

良樹の心の中の小心者が、冷や汗を滝のように流して悲鳴を上げている。

しかし、ここで「ポテチが食べたいだけです」などと言える空気が微塵も存在しなかった。

「フ……フフフ。流石はマルセル殿、話が早いでござるな」

良樹は、震える膝を必死に隠しながら、中二病の眼帯をキリッと直して不敵に笑ってみせた。

「たかが隣領の兵糧攻め程度、我が魔眼の予測シナリオ通りでござる。さぁ、直ちに領民に触れを出すでござるよ! アルデン領の畑を、すべてポテトで埋め尽くすのだ!」

「ははっ!! 直ちに手配いたします!!」

マルセルが、若者のような俊敏な動きで一礼し、感涙に咽びながら執務室を飛び出していった。

バタン、とドアが閉まった瞬間。

「…………胃が痛いでござるぅぅ!!」

良樹は、革張りチェアから崩れ落ち、床の上で丸まって胃を押さえた。

スローライフを満喫するはずの領主生活初日は、かくして「隣領との経済戦争(の準備)」という、最高に胃の痛くなる勘違いから幕を開けたのである。

「なんや、ヨシキはん。また腹下したんか?」

「おぅ、ヨシキ! 芋ばっかりじゃ力が出ねぇぞ! アタイは巨大ボアの肉が良い!」

廊下から、何も知らないロードとモウラの無邪気(で腹ペコ)な声が聞こえてくる。

「もぉぉっ! 肉は後で出すから、今はポテトチップスのことだけ考えさせてでござるぅぅ!!」

新たなるアルデン領の伝説は、黄金のポテトと共に、今、静かに油の中へと投入された。

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