Portrait13:真の彼女は誰なのか?
柚乃の誕生会で母親と和解した菜都緒は、雄瑠への想いを柚乃に語り恋敵となる。
その一方で雄瑠は武葉から、誰を選ぶかできるだけ早く決断をすべきだと促される。
1.誕生日会とハプニング
「柚乃、19歳おめでとう!」
「おめでとう、柚乃ちゃん」
「柚乃、おめでとさん!」
パパパパン、パンッ!
テーブルの真ん中には、柚乃が幸せそうな笑みを浮かべて座っている。僕がお祝いの言葉を述べると同時に、参加してくれたみんなも一斉にお祝いの言葉を述べ、クラッカーを鳴らした。
「ありがとう。お兄ちゃん、真子ちゃん、裕理ちゃん」
ニコニコしながらお礼を言う柚乃に、ことりさんがすっと近づいて笑いかけ、
「柚乃さん、わたくしからもお祝い申し上げます。これ、ささやかですがお祝いです」
そう言いながら、何やら紙袋を手渡す。
柚乃は一瞬、『なんでことりさんまで来てるの!?』と言いたげな顔をしたが、すぐに好意を無碍にしてはいけないと思い直したんだろう、満開の笑顔で、
「ありがとうございます。ことりさんにはいつも気を遣っていただいて」
そう言いながらプレゼントを受け取る。うんうん、柚乃も大人になったなぁ、お兄ちゃんは嬉しいぞ。
そこに、白髪頭の上品な老女が柚乃の手を取って言う。
「柚乃ちゃん、誕生日おめでとう。あなたは通例より早めに退所してしまったから、側に雄瑠くんがいると分かっていても心配していたの。
でも、いいお友だちもできたようだし、本当に安心したわ。今日は招待してくれてありがとうね」
「園長先生……」
大型連休明けに会っているとは言っても、柚乃や僕にとって施設長先生は母親に等しい存在だ。こうやって喜んでもらえるのが一番嬉しい。柚乃は感激屋だけに、すでに目が赤くなっていた。
そこに、女将である永島僚子さんがやって来た。女将は施設長先生の実妹だ。
「斎藤様、それに皆さん、本日は私ども『永楽荘』をご利用いただき……」
そこまで挨拶して、施設長先生の存在に気付き、
「協子姉さん?」
と一瞬驚いた顔をしたが、すぐに僕の計画を察したのか笑顔になり。
「今日は柚乃さんのお祝いです。素敵な時間を楽しんでいただけるよう、私どもも精一杯おもてなしさせていただきますね?」
そう言うと、早速料理を運び込ませた。その豪華なこと! 僕は次々と並べられる品々を見ながら、
(……えーっと、これって予算をだいぶオーバーしているんじゃ?)
と心配になったが、ことりさんがすすっと側に寄って来てささやく。
「ご心配には及びません。わたくしからの柚乃さんへのささやかなお祝いです」
「え!?……ってことはまさか?」
僕が驚いてことりさんを見ると、ことりさんはさも当たり前のような顔でにっこりと笑い。僕の腕に腕を絡めて、
「うふふ、柚乃さんは雄瑠さんの『妹分』。つまりわたくしにとっても『義妹分』です。
愛する雄瑠さんの顔を潰さないよう、勝手ながらわたくしもお力を添えさせていただきました♡」
そう言って甘えてくる。
「うーん、ことりさんの気持ちはとっても嬉しいし、ありがたいが、愛が重い……」
「まぁ、これくらいのことで重いなんておっしゃらないでください。わたくしの愛を感じていただいているなら、お返しにといっては何ですが、どうかわたくしを身重にしてくださいませんか?
幸いここは旅館、わたくしと雄瑠さんの部屋も予約しておりますから♡」
「いやいや! 目にハートマーク♡を浮かべながら、なんてこと言うんですか!?」
僕が慌てていると、柚乃がお怒りモードでやって来た。
「お兄ちゃんとことりさん、柚乃の誕生日会で何こそこそ乳繰り合っているんですかぁ?」
「いや言い方っ!? 僕はただ、ことりさんにお礼を言っていただけだから」
なぜ僕が言い訳しないといけないかは分からないが、反射的に言い訳をしてしまう僕なのであった。
「雄瑠くん、そちらのお方は?」
そこに、施設長先生が不思議そうな顔をしてやって来る。柚乃がすかさず答えた。
「あ、お兄ちゃんの『お友達』で、岩城ことり先輩です。いっつも可愛がってもらっているんです♪ ねー、センパイ☆」
だが、ことりさんも負けてはいない。僕の腕に胸を押し付けながら、施設長先生に上品な笑顔を向けて言った。
「こんにちは。わたくしは岩城ことりと申しまして、雄瑠さんの婚約者です♡ 施設長先生のことは常々雄瑠さんから聞いておりまして、ぜひ一度ご挨拶させていただきたいと考えておりました。
今日、図らずもお顔を拝見することができて、とてもうれしく思います。不束者ですが、雄瑠さん同様、可愛がっていただければ幸いです♡」
「え? 婚約者? え?」
ことりさんの挨拶を聞いて、施設長先生が目を白黒させている。まぁ、それはそうだと思う。先生にしてみれば、僕は柚乃と結婚するものだとばかり思っていたところに、『婚約者』を名乗る女性が現れたら、施設長先生だって戸惑うのは当たり前だ。
「ちょっと、雄瑠くん。こっちに来てちょうだい。岩城さん、少しの間、雄瑠くんをお借りするわね?」
「あ、はい。構いません」
施設長先生は困惑した顔で僕を部屋の隅に引っ張って来ると、詰問口調で訊いてきた。
「……あの、雄瑠くん。ちゃんと説明してもらっていいかしら? 柚乃ちゃんとはいつお別れしたの? 今も柚乃ちゃんは隣に住んでいるの? あなたが浮気して柚乃ちゃんを捨てたとかではなく、きちんと話し合ってお互い納得して別れたんでしょうね?」
施設長先生の心配は、もっぱら柚乃に向いている。これは当然だ。僕はもう22歳で、大学生活ももうすぐ終わって社会人になる。イラストレーターとしての収入もある。
一方で柚乃は成人したとはいえ、まだ19歳で大学生になったばかり。バイトはしているといっても収入も安定していない。僕の隣に住むのならと、柚乃の気持ちを汲んで通常より早い退所を認めてくださった施設長先生にとって、僕に裏切られたという気持ちもあるに違いない。
「えっとですね、ことりさんの挨拶には若干……というか、かなりの誇張が入っていまして……後で柚乃に聞いてもらってもいいですが、説明するとですね……」
僕は最初苦笑いが出て、そのあと真面目な顔でことりさんとの出会いから、彼女の性格まで説明した。施設長先生は僕がイラストレーター『KANNU』であることを知っているので、説明がしやすかった。
施設長先生は、最初こそ怒った顔をしていたが、説明を聞いているうちに怒りは収まったようで、呆れ顔になり、最後には渋い顔になった。
「今の状況は分かったわ。雄瑠くんにとって岩城さんは友達兼ビジネスパートナーだけれど、岩城さん自身は雄瑠くんにかなりお熱なのね?
あなた方の青春だから、私は何も言えないけれど、一つ忠告するなら、雄瑠くんはもっと自分の意思をはっきりさせないといけないと思うわ。でないと柚乃ちゃんも岩城さんも、もちろん雄瑠くん自身も幸せになれないわよ?」
……この言葉は、とても耳が痛かった。武葉さんの存在を黙っていたから、余計に自分が女性にだらしがない男のように思えてきてしまったのだ。何とかしなきゃ。
まぁ、こんなことはあったが、それ以降の誕生会は至極平穏で、楽しいものだった。
「わぁ、このケーキ美味しい! この旅館って、見た目は和風で渋いのに、こんな可愛らしくて美味しいスイーツが出るんだ」
一番の元気者、小宮裕理ちゃんがそう感嘆の声を上げると。
「そうですね。和の装いが、すっごく映えます。SNSにアップしてもいいでしょうか?」
雨宮真子ちゃんは熱心に、いろんな角度からケーキを撮影している。
「うま♡ ケーキだけじゃなくクッキーやお饅頭、大福餅やお団子も最高☆」
「……そうですね、パティシエでしょうか? パティシエールでしょうか? どちらにしても和洋両方でこれほどの完成度のお菓子が作れる職人さん、わたくしもあまり記憶にありませんね」
柚乃だけでなく、ことりさんもべた褒めだ。いいとこのお嬢様であることりさんは、それなりに舌が肥えている。彼女の言葉には説得力があった。
「女将さん、本日の料理やスイーツを担当された方をご紹介いただけませんか? 感激したので一言お礼を申し上げたいのですが」
ことりさんが言うと、女将さんは嬉しそうにうなずき、
「ありがたいお言葉です。では、料理人をお呼びいたします」
そう言って仲居さんを厨房へと走らせた。
「施設長先生、料理はいかがだったでしょうか?」
僕がさりげなくそう訊くと、施設長先生はにこりと笑って答えてくれた。
「とても美味しかったわ。私はここの料理長は知っているけれど、この料理は恐らく新人さんが作ったのでしょうね。コース料理の方は粗削りな面が見えたけれど、料理人のいいものを提供したいという意気込みは十分に伝わるものだった。
スイーツの方は何も言うことはなかったわ。お嬢さん方が感激して夢中になっていたでしょう? その姿がすべてを物語っているわ」
そう言っているうちに、
「こんにちは。本日の料理を担当しました音無菜都緒です」
そう言いながら、菜都緒ちゃんが部屋に入って来た。かなり緊張している。まあ、お母さんとケンカして家を飛び出した菜都緒ちゃんだ。そのお母さんがここに居ると知っているから固くなるのも仕方ない。
「……素晴らしいスイーツでした。私の娘に等しい柚乃ちゃんの誕生日に、こんな素敵な味を届けてくれて感謝しますよ、菜都緒」
場の雰囲気を作るために、ことりさんと柚乃が菜都緒ちゃんにお礼を言う手はずだったが、なんと施設長先生が真っ先に菜都緒ちゃんに声をかけた。それも、作品を誉め、お礼の言葉を添えるものだったため、菜都緒ちゃんは一瞬茫然としていた。
だが、すぐに我に返って、
「ありがとうございます。今後もっと精進します」
不思議なものを見るような眼で施設長先生を見ながらそう答える。
「そうね、スイーツは完璧でしたが、コースの方はここの料理長と比べるのもまだ早いという感じでした。もし、菜都緒がスイーツ以外で勝負したいと思うのなら、もっと頑張る必要があると思うわ。
でもまだあなたは2年生。しっかりと自分の道を見極め、夢に向かって努力なさい」
そして僕に顔を向けると、
「雄瑠くん、ありがとう。私も菜都緒と話すきっかけが欲しかったの。お世話かけたみたいね?」
そう言って笑う。
「どういたしまして。菜都緒も施設長先生と話したがっていましたから、そのお手伝いをしただけですよ」
僕も笑い返して言った。
こうして、ちょっと途中ハプニングはあったものの、柚乃の誕生会はいろんな意味で盛会裏に終わった。
なお、その夜はことりさんが宿を貸し切りにしていたこともあり、光弘や春香さん、愛実メイド長まで呼んで、みんなで盛り上がったことを付け加えておきたい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2.雄瑠の『餌食』がまた一人?
うちの名前は音無菜都緒。K大学食物栄養学部の2年生です。
突然ですが、うちには好きな人がいます。その人の名前は甘羽雄瑠さんで、同じ大学の総合福祉学部に通う4年生です。
実はうち、雄瑠さんとは柚乃ちゃんよりも長い付き合いがあるんです。私の母は児童養護施設の施設長をしていて、雄瑠さんは小学校1年生の時に入所して来ました。
その時うちはまだ幼稚園の年中組でしたが、うちが小学校に上がった時、雄瑠さんを意識する事件が起こったのです。雄瑠さんは3年生でした。
その当時、5年生の中にモブ田という、すごくやんちゃな子がいまして、悪ガキを集めて校内で暴れまわったり、女の子をいじめたり、公園の遊具を仲間で独占したりと、困ったことばかりしていました。
その日、うちは仲のいい友達3人と、公園で砂遊びをしていました。うちらの他には、2年生の男の子たちがサッカーをしていました。
えっ? 公園で球技をしてもいいのかって? うちらが小学生の頃は、まだ大人はみんな子どもに優しかったんです。子どもが外で遊び回るのは当たり前、自分たちも野山を駆け回り、人様に迷惑をかけながら大人になったんだからって、お母さんは言っていました。
それが、家庭用のゲーム機や携帯ゲーム機が浸透し、HENT〇I紳士が注目を集めるようになったり、子どもが公園で遊ぶ声がうるさいと言う大人が出てきたりで、今は公園に子どもの姿を見かけることは稀になりましたね。寂しいことです。
閑話休題、うちらが砂場で遊んでいると、急に男の上級生がふざけてちょっかいをかけて来ました。
「とおっ! ラ〇ダーキーック!」
ズシャッ!
「きゃんっ!」
男の子の跳び蹴りで、A子ちゃんが大声を上げる。そして火が付いたように泣き出した。
「うえええ~ん!」
「どうしたのA子ちゃん!?」
うちがA子ちゃんの手を見ると、男の子の跳び蹴りが当たったのか、靴の跡がはっきり残っていました。
「A子ちゃんがケガしちゃったぁ!」
うちがそう叫ぶと、B子ちゃんやC子ちゃんもA子ちゃんを慰めるように集まって来る。
「何だよ、おれが跳び蹴りした先にいる方が悪いんだろ!?」
跳び蹴りした5年生は、そう言ってうちらを睨む。謝るつもりはないらしい。
「A子ちゃん、ケガしたんだから、あやまってよ!」
うちがその5年生にそう言った時、別の5年生がすごい顔をしてうちを怒鳴りつけたんです。
「ああん!? おれの友達のどこが悪いんだよ!? こいつはちゃんと、『ラ〇ダーキーック!』って叫んで注意したじゃんかよ? それで避けられなかったお前たちが悪いんだよ」
その顔の怖いことといったら……うちは思わず漏らしそうになっちゃいました。
ビビったうちを、あざ笑うような眼で見ながら、凄んだ5年生はふんぞり返って、
「いいかぁ? この公園はおれたちのもんだから、おれたちが何しようが勝手なん……」
そこまで言いかけた時、
「急所蹴り!」
ドカッ!
「ふぎゃっ!?」
ふいに凄んだ5年生の真後ろから、男の子がそう言って股間を蹴り上げました。その子は変な声を上げて突っ伏し、訳の分からない声を上げて転げ回ります。
急所蹴りをくらわした男の子は、悶えているその5年生に、冷たい声で言い放ちました。
「俺はちゃんと『急所蹴り!』って警告したぜ。避けられなかったお前が悪いんだろ?」
すると、ガキ大将5年生のモブ田が、
「お前! 下級生のくせに生意気だぞ! やっつけてやれ!」
そう叫ぶと、跳び蹴り5年生は男の子に飛び掛かって行きましたが、もう一人の5年生が、男の子の顔を見て真っ青になり、ガキ大将5年生に言います。
「お、おいモブ田、こいつ3年の甘羽だぜ!」
「えっ!?」
「うぎゃっ!?」ドサッ!
ガキ大将が驚いた時、跳び蹴り5年生は雄瑠さんに投げ飛ばされて、地面に伸びてしまいました。
「俺、甘羽雄瑠だけど。上級生が1年生にケガさせて、謝りもしないってどうよ?」
「お、お前だってモブ山に急所蹴り食らわして、モブ川を投げ飛ばしてるじゃんか! 人のことが言えるかよ!?」
「俺はちゃんと事前に注意したのに、避けられなかった奴が悪いんだろ? あいつが自分でそう言っていたしな。
それにあっちで伸びているあいつは、バットで殴りかかって来たからな。なあモブ田さん、『正当防衛』って言葉、知ってるか?」
そう言いながら、ハイライトのない目で二人を見つめながらじりじりと間を詰める雄瑠さんは、言いようもなくカッコよかったけれど、相手はとっても怖かっただろうなぁ。
「う、うっせえ! 焼き入れてやる!」
ザッ!「うっ!?」
「あー、ずっこーい!」
思わずうちが叫んだのは、モブ田はいきなり雄瑠さんの顔面に目つぶしの砂を投げつけたからです。そして二人がかりで雄瑠さんに殴りかかって行くなんて、5年生が3年生にやることじゃないですよね。
「だれか、たすけてくださぁーい!」
このままじゃ雄瑠さんが酷い目に遭う……そう思ったうちは、大声で叫びました。けれど、A子ちゃんたちは、ぼーっとしてケンカを眺めています。
(A子ちゃんたちも助けを呼んでくれればいいのに)
そうちょっとムッとしたうちが、三人に文句を言おうと思った時、
「うわぁ、助けてくれぇ~」
「こいつ、バケモンだぁ~」
なんと悪ガキたちの方がボコボコにされて、公園から逃げていきました。
「甘羽お兄ちゃん、大丈夫?」
うちが、洋服に着いた砂を払っている雄瑠さんに駆け寄って尋ねたら、雄瑠さんは目をつぶったままうなずき、迷いもなく水道の所へ歩いていくと、目に入った砂を洗い流して、
「菜都緒ちゃんたちこそ、大丈夫だった?」
笑ってそう聞いてくれたのでした。
「へぇー。やっぱりお兄ちゃんって、その頃からケンカ強かったんだ」
柚乃の誕生日会から数日、菜都緒ちゃんは大学近くのファミレスで柚乃やことりさんと昼食を摂っていた。特に柚乃は、菜都緒ちゃんが同じ学部の先輩であり、施設長先生の娘でもあることから、すっかり仲良くなったみたいだ。
「わたくしも一度、三人の暴漢から守っていただいたことがあるんです♡ 雄瑠さん、何か武道でもされているのでしょうか? 三人とも一撃必殺って感じで倒していましたが」
ことりさんがうっとりした表情で言う。
「うーん、お兄ちゃんがどこかの道場に通っているのは見たことないなぁ。ひょっとしたら、仕事の関係で知り合った人から習った可能性はあるけど」
柚乃がそう答えると、菜都緒ちゃんが思い出したように言う。
「そう言えば雄瑠さん、小学3年生くらいから武道の本をよく読んでいたみたいです。
そうかぁ、なんでよく屋上や中庭で踊っているのかなって思っていたけど、あれって自分なりに稽古していたのかも……」
「ところでナト先輩。どうして柚乃たちとお昼を? お兄ちゃんの昔話をするためだけじゃないですよね?」
柚乃が聞くと、菜都緒ちゃんはあっけらかんとした笑顔で答える。
「え? 雄瑠さんの昔話をしたくなっただけだよ? ことり産廃はその頃の雄瑠さんのこと知らないだろうから、二人でマウント取れるかなぁって思って☆」
するとことりさんは、目が笑っていない笑みを浮かべ、
「菜都緒さん、『産廃』ってどういうことでしょうか? わたくしを産業廃棄物扱いするんですね? いい度胸じゃありませんか、ケンカなら買いますよ?」
そう凄むと、菜都緒ちゃんはちょっと自分の台本を取り出して、セリフを確認する。
「ありゃりゃ、すみません先輩。台本が誤字ってるみたいです、てへぺろ☆」
「え!? 何!? 『台本』って何!? 柚乃にもあるの? なんか怖いよぅ」
驚いてポケットやカバンの中をかき回す柚乃に、ことりさんはいつもの微笑を向ける。
「柚乃ちゃん、メタな詮索をしてはいけませんわ。わたくしたちに筆者はいない。いいですね?」
「あっ、ハイ」
ことりさんの圧に気圧された柚乃は、それ以上の追及はしなかった。そこでことりさんが、菜都緒ちゃんへの詰問を再開する。
「おほん、こちらはそれでいいとして、早速台本どおりの追及を始めましょうか」
「えっ!? また台本って言った!?」
ことりさんは柚乃の言葉をガンスルーして、菜都緒ちゃんに聞く。
「雄瑠さんの小さい頃を知っているなんて、何てうらやま……いえ、そんなことでマウントを取るなんて、まだまだ子どもですね? で、その頃の雄瑠さんの好物とかは?」
菜都緒ちゃんはニヤリと笑うと、ことりさんをムダに挑発する。
「なんだかんだ言っても、雄瑠さんのことには興味津々じゃないですかセンパァーイ♪
さすがは、『婚約者』を自称するだけありますねぇ。うりうり♡」
「先輩をからかうんじゃありません! それに『婚約者』は『自称』じゃございません。ちゃんとお母様の言質は取っています。早く雄瑠さんの好物や、下着の色を教えなさい!」
赤くなって詰め寄ることりさんに、菜都緒ちゃんはすまし顔で答えた。
「うーん、確か茄子の辛子漬けとか、ワキャの味噌和えとか、ニンニクの紫蘇漬けとか、アジの干物とかだったっけ?」
「……何か、思ったより子どもらしくないというか、渋いというか。それにワキャって何でしょう? 聞いたことのない食材ですが?」
「あ~、ワキャは『イソギンチャク』だね。コリコリして美味しいっていう人もいるけど、柚乃は苦手だなぁ。見た目が若い人の(自主規制)みたいだし」
柚乃がせっかく自主規制したのを、菜都緒ちゃんがぶっ壊す。
「そ☆『若い人の〇siriの穴』みたいだから、方言で『ワキャんシ〇のス』を略して『ワキャ』って言うみたいですよ?」
「お、おsiriの穴!?……そ、それはまた何と言いますか……ぐへへ……」
あっ、ことりさんが妄想暴走モードに入った。でも、何がスイッチだったのか全く分からないなぁ……いやマジで。
一人妄想の世界に浸ることりさんを見て、すっかりドン引きした菜都緒ちゃんは柚乃にささやく。
「……柚乃ちゃん、ことり先輩ってちょーっとヤバくない?」
「いや、だいぶヤバいって。お兄ちゃんとの愛の日々を妄想してるんだよきっと。なんか、妄想の中ではお兄ちゃんとの子どもが6人いるとか言ってたし……」
柚乃の言葉を聞いた菜都緒ちゃんは、急に真面目な顔になって聞く。
「……つかぬことを聞くけど、雄瑠さんってもう大人の階段は上ったのかな?」
「えっ!? し、知らないよ。知っててもプライベートなことだから柚乃からは言えない。
ただ言えることは、柚乃はまだってだけ。お兄ちゃんが大学に入ってから、柚乃がお隣さんになるまで2年4か月くらいあったから、誰かとその間にってことは否定できないけど」
柚乃はちょっと顔を歪めてそう答える。
「その言い方だと、柚乃ちゃんは雄瑠さんに手を出してもらいたいんだね? 柚乃ちゃんの雄瑠さんLOVEは相変わらずかぁ。小学2年生の時だったっけ? それ以来ならもう10年以上になるじゃない? 一途だねぇ~」
「だって、柚乃を助けてくれた人だし、ずっと守ってくれた人だもん。好きにならない方がおかしいよ」
柚乃の言葉に菜都緒ちゃんはうなずくと、
「それは解る。ことり先輩も、何か雄瑠さんから助けられたんだろうね。
うちだって助けてもらって、それから後はお兄ちゃんみたいに思ってた。
柚乃ちゃんが雄瑠さんべったりになった時に、自分の本当の気持ちに気が付いたけれど、その時はもう手遅れだった……」
そう、遠い目をして言う。柚乃は息を吞んで菜都緒ちゃんの言葉を聞いていたが、恐る恐る聞いた。
「……まさか、ナト先輩って……」
菜都緒ちゃんは笑ってうなずき、柚乃にこう言ったそうだ。
「うん、So You KOTO。一度は諦めたつもりだったけれど、今回のお母さんとのことで雄瑠さんにお世話になって思った。やっぱりうち、雄瑠さんのこと好きなんだって」
「……雄瑠さんは、鈍感系先天性無自覚女ったらし主人公ですね」
台所で煮物を作っていた武葉さんが、いきなりそう言った。
「は?」
ダイニングで本を読んでいた僕は、あまりに突拍子もないタイミングで言われて、そうとしか言葉が出せなかった。
「ラブコメ主人公としては最高ですが、現実でお付き合いするとなると、女の子にとっては結構ハードですよ?」
「え? 何々、なんで僕はいきなりディスられているんでしょうか?」
武葉さんの真意が分からない僕は、本を閉じて彼女の背中に問いかける。
武葉さんは火を止めると、肩越しに僕を振り返って、冷ややかな声で言った。
「いえ、ただ雄瑠さんの餌食になってしまった女子が、また一人増えたなと」
そう言いながら、ハイライトのない目で僕をじっと見ている。なになに、怖い怖い怖い!? なまじ武葉さんが神様であるだけに、理由の説明もなく冷たくされるのは心臓によくない。
「あのー、武葉さん?」
「何でしょう?」
「何か、怒ってらっしゃいますか?」
恐る恐るといった感じで彼女に聞いてみると、武葉さんははあっと深いため息をつき、
「別に怒ってはいません。雄瑠さんはそんな方なんだと再認識し、呆れを通り越した諦めの境地に至っているだけです」
「え、何? 僕は呆れられるようなとんでもないことを何度もやらかしているんですか?」
僕はびっくりして聞く。だって本当に心当たりってものがないのだ。それであの言われ方をされるのは、なんか怖いし釈然としない。
「釈然としていないってお顔ですね? 何もハートヒットはございませんか? 例えば、今回の柚乃さんの誕生日会について……」
「いや、ハートヒットと言われましても……うぇっ?」
僕はあることに思い当たって冷や汗が出る。もし僕の勘が当たっていたら、またまたややこしいことになりそうだ。
僕の様子を見て、武葉さんは氷のような微笑を向けて言った。
「……思い当たることがあったようですね? そうです、雄瑠さんが密会していた彼女、彼女もどうやら雄瑠さんに恋心を抱いてしまったようですね。
まあ、彼女の場合は、ニュアンスはちょっと違いますが『焼け木杭に火が付いた』というところでしょうか?」
「あは、あは、あははは……」
僕の乾いた笑いが居間にこだまする。だって、このシチュエーションで、笑うほか僕に何ができるって言うんだ。
(……これからどうなるんだ。ああ、僕の平穏な暮らしがぁ~)
あ、でも考えたら、武葉さんが来て以来、『平穏な暮らし』はお空の星になっていたんだったわ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
3.恋愛詐欺師・光弘の助言
「で、ボクに相談があるって訳だ。いやぁ~、お前も4年生だろ? 社会福祉士の試験もあるんだろ? それなのに、この時期に恋愛の相談ってヨユーじゃないか?」
ここは光弘が会長を務めるサークルの部室だ。
「……そう皮肉を言わないでくれよ。今ちょっと本当に参ってるんだからさ」
「まぁ確かに、近頃雄瑠はやつれているなーとは思ってはいたけど……それ、勉強でもなく、柚乃ちゃんやことりとの愛の営みでもなく、悩みでやつれていたのか」
光弘が割とガチな顔で言う。こいつ、僕が柚乃やことりさんに手を出しているとか思っていたのか?
「あのな、光弘。僕も勉強や諸々で忙しいし、柚乃はまだ1年生なんだし、ことりさんだって大事な時期だ。手なんか出している場合か?」
「……お前の言葉を信じれば、何も進展がないってことだよな? あんな美人二人に言い寄られて、どっちにも手を出さないなんて、ボクだったらあり得ないな」
呆れ顔でそう言った光弘は、不意に苦笑する。
「……あ、でもまぁ、お前が置かれた状況や、柚乃ちゃんとのことを考えれば、それも仕方ないかぁ。お前、柚乃ちゃんが一人前になるまでは、あくまで『お兄ちゃん』でいるって言ってたもんな。小学校から今まで、よく面倒見て来たなぁ。お前の後をくっついて回ってた柚乃ちゃんの姿が目に浮かぶぜ」
「いや、しみじみと言われると、父親みたいな気持ちになるな。確かに柚乃は可愛らしかったもんな。いや、今だって可愛いが」
「雄瑠、So You TOKOだぞ? お前が『シスコン』って言われるのは。で、今日は恋愛マスター光弘さまに、どんな相談だい?」
就活用にきっちりと整えた髪を、サッと櫛で撫でると光弘は聞いて来る。僕はうなずくと、近頃の出来事……柚乃の誕生日会までのことを話して聞かせる。
すると光弘は露骨に嫌な顔をして、
「おい雄瑠。お前、自分で『モテない』って言ってたが、それ嘘だろ? 柚乃ちゃんにことり、それに施設長さんの娘だぁ!? どんだけ周囲にいる女の子をその気にさせれば気が済むんだ、オメーって奴はよう!?」
そう言うと、肩をすくめてのたまう。
「んーなの、オメーがさっさと誰か一人に決めれば済むことじゃねぇか。ボク言ったよな? 『もう社会人になるんだから、腹くくれ』ってさ」
いや、光弘の言うことは正論だし、何も言い返せはしない……だけど……。
僕が困ったような顔で黙っていると、光弘はとんでもないことを言い出した。
「幸い、柚乃ちゃんはその気だし、他の二人は二十歳を超えているよな?」
「ああ、それで?」
僕は光弘の顔を見て、とてつもなく嫌な予感を覚えながら先を促す。
「三人の中から選べないなら、この後最初に会った子を抱いたらどうだ?『選べない』というのは、お前的には結局『誰でもいい』と同じなんだからさ」
……予感的中……。
「いや、そう簡単に考えられるか!? あ、相手の気持ちってものもあるし……」
「三人とも、お前のこと本気で好きなんだろ? だったら、今みたいに中途半端な立場に置いて、妙に期待を抱かせる方が、相手にとって残酷なんじゃね?
別に無理やり最後までやれって言ってんじゃないんだ。押し倒してみて、相手の反応を視つつ、続けるか引くかをその時判断すればいいじゃん?
怖がっていたり、戸惑っていたりしたら、お前の『好きだ』っていう気持ちを伝えて誠心誠意謝ればいいんだし。それで許してくれないなら、それはそれで結構。お前が悩むべき選択肢が減るわけだからさ」
僕の反論に、光弘は持論を繰り広げる。
「……お前、それ、春香さんにもやったのか?」
僕が聞くと、光弘はドヤ顔で答える。
「んなことするか!? やってたらボクは今頃56されてるわ!」
……でしょうね。分かってた。
僕は光弘をジト目で見て言う。
「でも、お前がどうして『恋愛サギ研究会』の会長をやっているか、よーく分かったよ」
僕の言葉に、光弘は少し心外そうに反論した。
「何だその冷たい目は? いいか? 恋愛は人間の本能的な社会的行動だ。そこには、生物学的、心理的、そして当人たちの社会的影響がある。
だから恋愛を今言った様々な角度から科学的にアプローチして、各種詐欺手法がどんな相手に、どういったシチュエーションで効果を発揮するのかを解明し、恋愛詐欺の対策を確立する……それがボクの研究会の目的だ。勘違いするなよな?」
……ふむ、目的を聞けば、至極真面目で真っ当な気がする。だが、『恋愛サギ研究会』なんだよなぁ……。
呆れている僕に、光弘は得々として自分たちの活動をレクチャーするのだった。
「はぁ……光弘の言うことも分かるけどなぁ……」
光弘のサークルボックスを出た僕は、思わずそうつぶやく。
(柚乃やことりさんは、光弘の言ったとおりにしたら、すんなり僕を受け入れてしまうような気がする。菜都緒ちゃんは、恐らく拒否するだろうな……。だったら、この後出会うのは柚乃が先か、ことりさんが先かって運ゲーになっちゃうな……)
そこまで考えて、僕はハッと気づいてしまった。
(これ、家に帰って武葉さんがいたら、そこで決まりじゃないか?)
そう、これは光弘に言えなかった因子だが、武葉さんの存在を失念していた。光弘の提案に従えば、家に帰るまで三人に出会わなかったら、自動的に相手は武葉さんになってしまうのだ。武葉さんがいなければ別だが、近頃の武葉さんはずっと部屋にいるから。
(そして、武葉さんもそれを待っている……ハズ、だよな?)
僕はごくりと唾を飲みこむ。神様と致すって、どんな感じなんだろう?……いや、僕だって若い男性だ。その辺の興味がないとは言わないし、何なら無人島キャンプでは危うくことりさんの色香にやられるところだったくらいだ。
でも……
「……いやいや、運や巡り会わせで決めてしまっていいものじゃないだろ?」
思わず僕が口走った時、
「え? 何をですか?」
「お兄ちゃん、歩きながら独り言はヤバいよ?」
「でも雄瑠さんは、昔からちょっと変わってたしなぁ」
……ことりさんと柚乃と菜都緒ちゃんがそこに立っていた。まさか三人が一緒に行動しているなんて想定外だったが、反面、僕がホッとしたのは事実だった。
「お兄ちゃん、何を運や巡り会わせで決めちゃいけないって?」
ホッとしている僕に、柚乃が聞いて来る。僕はとっさに、
「あ、いや、就職先だよ。やっぱり就職先はきちんと考えて選ばなくちゃなって思ってさ」
そう言うが、柚乃はじーっと僕の眼を見て、
「……それ、嘘だよね? だってお兄ちゃんは社会福祉士を取りさえすれば、柚乃たちの施設に雇ってもらえるし、それを断るお兄ちゃんじゃないもんね?」
そう言う。やはり柚乃はこういうところは鋭い。
しかし、もっと鋭い人物がいた。
「運や巡り会わせ……でも雄瑠さん、恋人とか、結婚っていうのもそうじゃない? うちさ、雄瑠さんに会ってから、『縁』ってものを信じるようになっちゃったんだよね」
菜都緒ちゃんが僕をひたむきに見つめて言う。音信が不通だった時期があるだけに、その時間を取り戻すように、彼女はここしばらく僕に付きまとって離れなかった。
「菜都緒さんの言うこと、分かります。わたくしも雄瑠さんには切っても切れない縁を感じていますもの。それこそ、押し倒したいほどにお慕いしております♡」
ことりさんが言うと、菜都緒ちゃんは爪を噛みながら、
「くっ! 柚乃ちゃんはお隣さんで地の利がある。ことりさんはいいとこのお嬢様で恥ずかしげもなく雄瑠さんに迫れるメンタルを持つ。
それに比べてうちは、突出したものがNAI!……これは早く何とかしなければ、周回遅れにもほどがある……」
そんなことをぶつぶつつぶやいていた。
やがて、菜都緒ちゃんが自動車で『永楽荘』に帰るのを見送った僕たちは、
「では雄瑠さん、今夜夢でお会いいたしましょう♡ また明日」
今度は豪☆ジャス☆なリムジンに乗り込むことりさんを見送る。
「あはは……夢の中はどうか分からないけど、とりあえずまた明日ね」
僕たちは、リムジンが見えなくなると、何となく気まずい雰囲気になった。ことりさんのあけすけな求愛行動や、柚乃の嫉妬を含んだ言動には慣れているはずなのだが、菜都緒ちゃんの顔が目の前にちらついてしまう。
(それもこれも、光弘が変なことを提案するからだ……)
僕がそう考えて苦々しく思っていると、突然柚乃が言った。
「お兄ちゃん。教養で教えてほしい科目があるんだけど、柚乃の部屋に寄ってくれる?」
柚乃の部屋は、大学生になって雰囲気が少し変わった。
ここに引っ越してきたばかりの時は、高校3年生で受験を控えていたこともあり、生活に必要な家具と、僕の作品集の他にはいくつかのぬいぐるみ(僕がゲーセンで取ったものだ)があるくらいだったが、今は料理やスイーツの本、お菓子作りに必要な器材などが増え、部屋には甘い香りが漂っている。
「相変わらず、ちゃんと片付いているね。僕も見習わなきゃ」
部屋に上がると、僕は思わずそんな感想を言う。柚乃はニコニコしながら、
「えへっ☆ 柚乃、お兄ちゃんのお嫁さんになったら、家事に関しては手を取らせないよ。
お兄ちゃんにはいい作品を生み出してほしいもん。全力でサポートするよ?」
そうアピールしながら、台所で何か作り出した。
「柚乃、僕に構わなくていいから。何を教えてほしいんだ? 数学か、歴史か?」
僕は机の本棚に並んだ柚乃の教科書を眺めながら聞く。やっぱり、こうやって頼られると嬉しいものだ。
「だぁってぇ~。せっかく教えてもらうんだもん、ちゃんとお礼もしなきゃ」
柚乃はそう言いながら、冷蔵庫から取り出した生地を型に入れ、オーブンで焼き始める。
「さて、これでよしっと。後は焼き上がるまでお兄ちゃんに教えてもらおうっと♪」
そう可愛らしい笑顔で言いながら、エプロンを外して僕の隣に腰かける。
僕は、『いつもよりちょっと距離感が近いな』と思いつつ、ことりさんや菜都緒ちゃんがいたせいかなと思って、あまり気にはしていなかった。
「で、どの教科を教えればいいのかな?」
僕がそう言うと、柚乃はにっこり笑ってとんでもないことを言った。
「保健体育♡」
「え?」
「だから、保健体育だよ」
「……いや、部屋の中じゃ運動できないだろ?」
僕が言うと、柚乃はぷくっと頬をふくらませて、
「んもう、お兄ちゃんったら、分かってるくせに♡『保健体育』の『保健』の部分だよ?
主に、『生殖行動』の部分を実践したいの、お兄ちゃんと♡」
そう言いながら柚乃は僕にのしかかって来る。しかも、片方の手は僕の雄瑠君に伸ばそうとしているではないか!
「ちょ、ちょっと待て柚乃!」
「イヤ、待たないもん。柚乃はもう我慢しないもん♡」
柚乃は理性が吹っ飛びかけている。普段なら絶対にこうしたことをしない柚乃の豹変に僕は戸惑いながらも、嫌な気持ちにはなれない自分がいることを自覚する。
だが、柚乃の左手が僕の雄瑠君に伸びて来た時、僕は我に返った。もちろん、過ちで柚乃とそんな関係になった場合は責任を取るつもりはある。それは柚乃が隣に引っ越してきた時から決心していた。
だからこそ僕は、柚乃の将来の選択肢を狭めないために、彼女が一人前になる……具体的には彼女が就職するまでは、『お兄ちゃん』として彼女を見守るつもりでいた。それは今だって変わらない。
「柚乃、ちょっと待て」
僕は、柚乃の左手をつかんで言う。柚乃の瞳をじっと見つめながら。
「……お、お兄ちゃん、手を放して。それにそんなに見つめないでよ。恥ずかしいじゃない///」
柚乃の腕から力が抜ける。僕はそのままの姿勢で柚乃に語りかけた。
「恥ずかしいって、本番はきっともっと恥ずかしいぞ? なにせ柚乃は裸にさせられるし、(自主規制)だって(自主規制)しなきゃいけないんだ。まだ明るいから、柚乃の(自主規制)も僕からしっかり観察されるけど、それでもいいの?」
柚乃は初心で恥ずかしがり屋だ。だから僕はわざと恥ずかしい単語を連発する。
思ったとおり、柚乃は真っ赤になって両手で顔を覆った。
「お、お兄ちゃんのばかぁ。そんなこと言われたら、柚乃は恥ずか死んじゃうよぉ~」
僕はゆっくりと体勢を戻すと、柚乃を抱きしめて言った。
「柚乃の気持ちは、ずーっと前から伝わっている。それに対する答えも、何度も話したよね? 君が一人前になる頃にはちゃんと答えを出すから、それまでは自分を大事にしてくれよ。大切な妹分だからさ」
「……いつか、『恋人』にランクアップする可能性、ある?」
「ないとは言わないよ。だって柚乃は大事な女の子だから」
それを聞いて、柚乃は少し機嫌を直した。
「へへ……可能性があるならいいや。そろそろチョコチップパンが焼き上がるから、一緒に食べよう、お兄ちゃん」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
4.真の彼女は誰なのか?
「柚乃さんまで、盛りが付いたようですね?」
僕が柚乃のご機嫌を取って、何とか自分の部屋に戻ると、武葉さんが玄関先で僕を待ち構えていた。
栗色のセミロングに鳶色の瞳。その瞳が僕をじっと見つめている。
この女性は、志鳥武葉さん。正体は僕がお世話になった施設の近くにある神社の祭神、武羽槌命だそうだ。
神社が勧請されて2百年、長い年月の間に人々の崇敬は薄れ、いよいよ消滅を覚悟していた武葉さんだが、当時小学5年生だった僕が神社を通算百回掃除したことで消滅の運命を免れたんだそうだ。
武葉さんは、そのことをとても恩義に感じ、僕をずっと見守ってくれているらしい。そしてその当時、僕は武葉さんをお嫁さんにする約束をしたので、今、その約束を果たしに僕の部屋に入り浸っている……と言う訳だ。
とは言っても、彼女はすこぶるお淑やかで、僕に甘えることはあっても自分から迫るってことはめったにない。だからこそ、柚乃やことりさんも(内心ではどうか定かではないが)彼女の存在を疎ましく言うようなことはない。
……が、とにかく武葉さんがこう言う時は、心穏やかではない時だ。
「さ、盛りが付くってそんな、犬猫じゃあるまいし。柚乃があんな態度を取ったのも、きっと僕がはっきりしないからだと思うので、柚乃を悪く思わないでやってください」
「……そこを理解しておられるのならいいです。とにかくお帰りなさいませ」
武葉さんはそう言うと、少し口元を緩めてキッチンへ移動する。僕は靴を脱いで、とりあえず居間のソファに腰を下ろした。
「これ、柚乃が焼いたチョコチップパンです。武葉さんにもおすそ分けしてもらいました」
僕がそう言ってパンの包みを開くと、武葉さんは紅茶セットを持ってきて、僕の隣に座る。そして二つのカップに紅茶を注ぎながら、
「柚乃さんも、私やことりさんの出現で焦りが出て来たんでしょうね。でも、私は別として、ことりさん相手なら、雄瑠さんと暮らした年月の長さや、実際『妹』として扱われていることで勝算も立つので、焦りは大きくなかったと思います。
しかし、菜都緒さんは、雄瑠さんと自分より早く出会い、自分との出会い以前に雄瑠さんに助けられていることから、ことりさんよりも強敵だと認識しているのでしょうね。
勝てるとしたら、菜都緒さんと雄瑠さんが離れていた数年間があることですが、今、菜都緒さんは急速に雄瑠さんと距離を詰めているでしょう? それで、一気に決着を付けたくて既成事実づくりを狙った……先ほどまでの柚乃さんの行動から、そう感じました」
そう言う。やっぱり神様だから、僕らの行動は筒抜けだったみたいだ、とすると……
「あの、ひょっとして先ほどの顛末を……」
僕は恐る恐る聞く。もし僕が思ったとおりなら、武葉さんの不機嫌の原因は、いつものことだが僕にある。
武葉さんは冷たい目で僕を見てうなずき、
「聞いていましたよ。『恋人』にランクアップする可能性、なくはないんですってね?」
「ゔっ!」
「まぁ、『ある』と答えられるよりは受け入れやすいのですが、いい加減、その残酷な優しさはどうにかしないといけませんよ? でないと、いつか雄瑠さんは女子の集団から袋叩きにされるか、背中から刺される羽目になりかねませんから」
武葉さんはそんな言葉を投げつける。言っていることは僕も分かるし、僕や柚乃、ことりさんや菜都緒ちゃんのことを考えて言っていることも分かる。
「……僕って実は女ったらしなんでしょうか?」
「いつか言ったはずですが? 雄瑠さんは『鈍感系先天性無自覚思わせぶり女ったらし主人公』だと。覚えていませんか?」
「いや、あの時は『鈍感系先天性無自覚女ったらし主人公』って言いましたよね? なんで『思わせぶり』が増えているんですか?」
僕が聞くと、武葉さんはジト目で僕を見て
「菜都緒さんとお母様の仲直り作戦は、菜都緒さんから頼まれて考えたことではなく、雄瑠さんから計画を持ち出しましたよね?
女子はそんなところで雄瑠さんの気持ちを曲解するんです。『自分に気があるから、こんなに心配してくれるんだ』って。
優しさから出ている行動だとしても、無自覚に思わせぶりな行動になっているんです。ですから、『思わせぶり』という属性を加えました。雄瑠さんの属性がどれだけ増えるか、いっそ楽しみでもありますね」
そう皮肉たっぷりに言う。皮肉って分かっていても、いちいちごもっともなので何も言い返せはしない。やっぱ正論パンチの破壊力は凄い。
もはや虫の息の僕に、武葉さんは妖艶な笑みを浮かべてものすごいことをささやいた。
「私は神ですので、私と契れば雄瑠さんは神婿ということになります。そうなると基本的には人間の女子と契るのは許せませんが、ただ、それも絶対というわけではありません。私が認める相手なら、結婚しても構わない場合もあります」
……つまり、柚乃、ことりさん、菜都緒ちゃんの誰かと結婚できる場合もあるということだ。『武葉さんが気に入れば』という条件付きではあるが。
そうなると、武葉さんが誰を気に入っているのかは気になる。だから僕は聞いてみた。
いやこれは決して、武葉さんが気に入った女の子と付き合えば、神様枠と人間枠で二人の美女を妻にできるじゃないかーひゃっほー、と言う訳ではない。断じて!
「ちなみに、武葉さんは誰なら許せますか?」
が、あっさりとカウンターを喰らう。武葉さんには僕の邪な気持ちが分かったのだろう。
武葉さんは、うっすらと笑いを浮かべて、
「……私が許す女の子を選べば、美女二人を両手に花、ですか?
雄瑠さんも殿方ですね? そんな都合のいいことを考えるだなんて。まぁ、それで私があなたを嫌いになるなんてことはございませんが……。
私が許せるのは、雄瑠さんが心底好きになり、雄瑠さんを心底好きになった女性です」
……つまりは、あくまで僕自身が決めねばならないってことだった。
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴る。でも、土曜日の朝は至福の時間だ。もう少し寝ていたい。特に昨夜は、武葉さんが言った言葉のことを考えて、寝つきが悪かったせいもある。
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴る。柚乃なら合鍵を持っているから勝手に入ってくるはずだし、ことりさんなら不可思議な方法で部屋に入って来るだろう。宅配便も頼んでいないし回覧板なら昨夜回したばかりだ。だから玄関前にいるのは何かの勧誘だろう。無視無視、インセクトだ。僕はそう思いながら布団の中で寝返りを打つ。
ピンポンピンポンピンポン!
おっと、さすがにラッシュとまではいかないが、チャイムを連打し始めた。馬鹿め、そんなことされたら意地でも出てやるもんかと、変な反骨精神が沸き上がって来る。
ピン、ピンポピンポン、ピンピピピンポーン
おっとぉ、『ラジオ体操』の歌のフレーズジャマイカ。チャイムで再現するなんて、誰か知らないが、器用だな……そう思った時、スマホにメールが届いた。
『お兄ちゃん、メールですよ♡』
柚乃の声の通知音を聞き、僕は目をこすりながら枕もとのスマホを確認する。
『玄関開けて~!!』
至極簡単な文面だ。差出人を確認すると『NATO』……北大西洋条約機構だった。ってえっ!? 菜都緒ちゃん!?
僕はびっくりして目が覚めた。だって菜都緒ちゃんには僕の住所は教えていないはずだ。どうして僕の家が分かったんだ?
僕は起き上がると、玄関を開ける。目の前には夢ではなく、菜都緒ちゃんが立っていた。
「もう、雄瑠さんったらひどい。どれだけピンポン鳴らしても開けてくれないんだから」
そう言いながら、菜都緒ちゃんは両手に買い物袋を提げたまま、部屋に上がろうとする。マズい、僕は『顔出しNG』でプロのイラストレーターをやっていて、そのことを知っているのは柚乃とことりさんの関係者、そして施設長先生だけだ。菜都緒ちゃんがしゃべるとは思わないが、秘密を守るには多人数で共有しないというのは古今東西の鉄則だ。
「な、菜都緒ちゃん。どうして僕の家が? まさかストーキング?」
僕が聞くと、菜都緒ちゃんは心外そうに答えた。
「誰が雄瑠さんをストーキングするもんですか。そんな重い女じゃないですうちは。
退所記録を見て、柚乃ちゃんの住所を調べただけでーす♪」
なるほど、柚乃が『お兄ちゃんの隣に住んでいる』とでも言ったに違いない。だったら柚乃の住所を調べれば、簡単に僕の部屋にたどり着く……菜都緒ちゃんはそう考え、実行したのだろう。
「いやいや、十分重いし、それって下手すると個人情報保護法に引っ掛かるから。それにこんな朝早くから来てくれても、ちょっと迷惑だけど?」
僕が言うと、菜都緒ちゃんはショックを受けたような顔をして、
「がーん! うちはただ、雄瑠さんに朝ごはんを作ってあげたいだけなのに、『迷惑』だなんてひどいよ雄瑠さん~!」
そう叫ぶ。うわ、朝の7時とはいえ土曜日だぞ? 近所迷惑すぎるだろう。
僕が慌てて、
「ごめんごめんごめん、『迷惑』は言いすぎた。とにかく、少し静かにしてくれない? ご近所に迷惑かけるから」
そう言うと、菜都緒ちゃんはにんまりと笑って、
「じゃ、早く雄瑠さんの部屋に上げてよ。うちの自慢の手料理を振舞ってあげるからさ」
そう言いながら部屋に上がろうとする。せっかく来てくれたのを追い返すわけにもいかないし、これは僕がKANNUであることを話さないといけないかな? と覚悟した時、
「あら、雄瑠さん。この方が新しい彼女さんですか?」
そう言いながら、武葉さんが玄関に出て来た。
「え? あれ?……雄瑠さん、『新しい彼女』って何?」
菜都緒ちゃんは、思いもよらぬ女性の出現に固まってしまい、やっとそれだけを口にする。柚乃ならともかく、美人のお姉さんは想定外だったようだ。
そこに、柚乃が顔を出した。
「もぉ~、お兄ちゃんってば、朝っぱらからうるさいわね……って、ナト先輩? こんな朝早くから何事ですか?」
柚乃は、固まっている菜都緒ちゃんを見てそう言い、僕と武葉さん、そして菜都緒ちゃんが提げている買い物袋を見て状況を悟ったらしく、
「ナト先輩、ちょっとこっちにどうぞ~」
と、呆けている菜都緒ちゃんを自分の部屋に押し込み、
「状況は把握したよ。ナト先輩には柚乃から説明しておくね? 後から柚乃の部屋に来て」
そう言って、自分の部屋に戻って行った。
それを見送って、ほっとため息をつく僕の後ろから、武葉さんが真剣な声で問いかけて来た。
「……今度の彼女さんも、ことりさんに負けず劣らず積極的みたいですね? さて、雄瑠さん、いったいどうしますか?」
「……できるだけ早いうちに決断しますよ。どうせいつまでもこのままじゃいられないんですから」
そう言う僕の声が、まるで別人のように聞こえた。
「人生の軌跡が交差したら、お互いに何かしらの影響を受けないわけにはいきません。そしてその軌跡が離れる時、切ない感情が生まれるのも避け得ないことです。
ただ、それが哀しみに囚われたものになるのか、未来への糧として温かい思いとなるのかは、雄瑠さん次第だと思いますが?」
「……そうですよね……」
僕は武葉さんの言葉に、そう答えることしかできなかった。
武葉さんは言っている。誰も傷つけずに、関係を変えることなどできないと。そして、今の関係が未来永劫続くものではないことは、僕も分かっていた。
「決断、しなきゃな……」
僕はそうつぶやくと、重い足取りで武葉さんが待つ部屋に戻った。
「柚乃ちゃん、あの女は誰!? 柚乃ちゃんも知っている人なの? どう見てもお泊りしていたよね!? 雄瑠さんってお姉さんはいなかったよね!?」
「えっとぉ、そのぉ……とにかく落ち着いてくださいよナト先輩」
わたしは取り乱すナト先輩をなだめながら、武葉さんのことをなんて説明すべきか考え迷っていた。
(うーん、確か武葉さんが神様ってことは、武葉さん自身で明かさなきゃいけないんだったよね? それにお兄ちゃんが『イラストレーターKANNU』ってことも、話していいものかどうか分かんないしなぁ……困った……)
「落ち着け!? これが落ち着いていられる!? うちらの雄瑠さんの部屋に、うちらの知らない女がいたんだよ!?
しかも、雄瑠さんは鍵を閉めていたから、どう考えてもあの女はお泊りしたってことじゃん!? 柚乃ちゃん、あんた自分の隣で雄瑠さんがN○Rてんのを指をくわえて見てるの!?」
よっぽどショックだったんだろう、ナト先輩の言葉にはだんだんと怒りが籠って来た。
まぁ、わたしだって最初に椎葉さんがお兄ちゃんの上に馬乗りになっているのを見て激怒したから、先輩が動揺しているのは分かる。
だからこそ、説明を間違えちゃいけないんだよね。
「あの、先輩? 今日は何をしにお兄ちゃんの部屋に来られたんですか?」
とりあえず、分かってはいたけどそう聞いた。武葉さんが部屋にいた事情は私から詳しく説明できないし、N○Rじゃないってことも客観的証明は不可能だ。
だから、まず先輩の頭の中を占めているだろう、『お兄ちゃんの浮気』から意識を離さないと、わたしだって何も説明できない。
「そ、それはその……雄瑠さんに朝ごはんを作ってあげようかなって。
大学での噂を聞いたら、柚乃ちゃんが毎日作っているみたいだったから、うちも負けていられないって思って……」
先輩から見ればわたしは『後輩』で、『施設での知り合い』で『恋敵』だ。そんな女の子に面と向かって『あなたの想い人にモーション仕掛けに来た』とは、よほど自分に自信があるか、傍若無人な女王様的性格でないと言い辛いものだ。
そして先輩はそのどちらでないと知っている。思ったとおり、先輩はその言葉を口にすると恥じらいからか、怒りのボルテージが下がったようだった。
「そうなんだ。柚乃も先輩の朝ごはん食べたいなぁ」
わたしが笑顔で言うと、ナト先輩は不思議そうに、
「えっ? 柚乃ちゃん、言い難いけれど、うちは雄瑠さんの好感度を上げるために来たんだよ? 柚乃ちゃんから見たら下心丸出しの恋敵だよ?
そんなうちに、『先輩の朝ごはん食べたい』なんて、それって余裕なの? それとも何か別の思いがあるの?」
そう聞いて来る。わたしはすかさずうなずいた。
「うん、別に余裕って訳じゃないですけどね? だって柚乃の誕生会の料理、とっても美味しかったから、正直先輩は強敵だと思う。
でも、お兄ちゃんを好きになった理由の一つが、柚乃と同じ『助けられたから』なら、お礼をしたいって気持ち、分かるもん。
今、お兄ちゃんの部屋にいる武葉さんだって、詳しくは言えないけど11年前にお兄ちゃんから助けられたんだって。で、ずーっとそのお礼がしたくてお兄ちゃんを探していたらしいんだ。
武葉さんにそれ以外の気持ちがないとは言い切れないけれど、少なくともお兄ちゃんは恋愛関係じゃないって言ってくれたから、柚乃はそれを信じているんだ」
わたしはそう、先輩に口を挟ませない程度の早口で説明する。先輩はわたしがお兄ちゃんを信じていると聞いて、少し落ち着きを取り戻したようだった。
「……雄瑠さんと柚乃ちゃんの信頼関係は、ずっと二人を見て来たから分かっているつもりだけど、それにしても雄瑠さんってガードが緩すぎじゃない?
武葉さん、だっけ? その女が泊まること、柚乃ちゃんは平気なの?」
「平気なわけはないけど、武葉さんはそれなりに柚乃の立ち位置を理解してくれているよ。
『妹ムーブ』してお兄ちゃんに甘えても、そんなに嫌な顔もしないし、柚乃がお兄ちゃんの恋人って言い張っても、笑って受け流すほどの余裕があるっていうか、気にしていないっていうか……」
もちろん、これは少し嘘を交えている。武葉さんはとても人間くさい神様だから、お兄ちゃんに欲情することだってあるはずだ。現に嫉妬するところは何度も見ている。
けれどそれを言ったら、ナト先輩はお兄ちゃんの部屋に突撃するだろう。そしたらお兄ちゃんがKANNUだってこともバレてしまう。それは避けたい。
だからわたしは、武葉さんをできるだけ持ち上げた。その時、
「柚乃さん、私をそんなに持ち上げていただいてありがとうございます。そちらのお嬢さんに、私からも説明したいのですが、部屋に入る許可をいただけますか?」
武葉さんがドアの外からそう言ってきた。これは渡りに船だ、私はすぐに同意した。
「はい、どうぞお入りください」
すると、武葉さんはいつもしているように、ナチュラルにドアをすり抜けて部屋に入って来た。
「は!? ドアをすり抜けた!? どんな手品? それともうち、夢見ているの?」
初めて武葉さんの『ドアすり抜け』を見たナト先輩は、当然のことながらびっくり仰天し、自分の頬をつねっている。
武葉さんはそんなナト先輩の前まで歩いて来ると、見ている者の心をとろかすような微笑を向けて言った。
「私は雄瑠さんの守り神、武羽槌命。私と雄瑠さんの出会いから、今の関係までご説明いたしましょう」
ナト先輩は、茫然とした顔でうなずいた。
【13.真の彼女は誰なのか 終わり】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
いやぁ~、ことりさんは相変わらずでしたねぇ~。前回登場した音無菜都緒ちゃんは、引き続きの登場ですが、この子もまた、何かやらかしてくれる気がしてなりません。
一方で、雄瑠も社会人になる時のことを考え、三人の中の誰を選ぶのかという問題が、いよいよ無視できなくなってきました。どんな選択を雄瑠がするのか(あるいはヘタレて誰も選ばないのか)が楽しみですね。
次回もお楽しみに。




