胎動の刻―侵食の叫び『奔流②』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『奔流②』
夜が明け…朝日が庵を包み込む。
昨夜…氷の執着が暴走し、白夜の側近の銀朱を…その狂刃で斬り伏せた。
例え、銀朱の早とちりで戦闘を仕掛け、返り討ちにあったとしても…氷が銀朱だと知りながら斬り伏せた事実は変わらない。
銀朱は、天使の『癒し光』で命は救われた。
でも…私達が受けた精神的ダメージは計り知れない。
事情を聞いて、ショックを受けた雫を慮ったマリンが、ラプティスのティスを労りに雫を連れ出した…はずだった。
雫は、独りで戻って来た。
走って、転んで膝から血を滲ませながら。
それでも息を切らせながら走って…
「夜通し走ったティスを…労わってあげましょうとマリンに誘われて…向かっていたの。途中でマリンが立ち止まって…血の匂いがするって。氷が、来てるって…ボクに庵に戻るように言うと、止める暇なく…林に向かって走り出したの!」
雫は九尾の服を握り締めながら、必死に状況を説明する。その手は…震えている。
「ごめんなさい!マリンを止められなかった…。にーちゃ、マリンを探して!止めて…マリンが…氷君を殺してしまう!」
ボロボロと大粒の涙を溢しながら、雫は九尾に縋り付く。
九尾は雫を抱きしめると、落ち着かせようと、その小さな背中を優しくゆっくりと撫でる。
九尾の腕の中で、見たままの幼い少女のように…雫はしゃくり上げて泣きながら訴え続けていた。
マリンの手が血で濡れるのが嫌なのか、それとも氷が死ぬのが嫌なのか…いや、多分その両方なのだろう。
「分かった…大丈夫だ。探して、止める。どっちに向かったか、分かるか?」
雫は震える手で、真っ直ぐ東を指差した。その脳裏には最悪の光景が映っているのだろう…。マリンは返り血を浴びて真っ赤に染まり、足元にはその爪で引き裂かれた氷が、冷たくなって骸となる。その血で、周囲に赤い花を咲かせて。
そんなのは、私も嫌だっ!
ブルブルと頭を振って、映像を追い払う。
「白帝城…雫を頼む。」
「分かった…だが、見つけられるのか?」
九尾は、泣きじゃくり不安そうな雫を白帝城の腕の中に押し込めるように渡すと、眉根を寄せる。
マリンと氷の気配を探りながら探して、果たして間に合うのか…九尾は、肯定も否定も出来ずに居る。
だったら…
「私が、探す。」
私は、息を吸い込んで吐くように呟いていた。
「私なら…探せる。匂いも覚えてる。音で探れる。だから…私が、探す!」
私は、雫が指差した方向を見据える。
身体は怠い…だからって走れない訳じゃない。
「だが…輪だって安静にしていないと」
白帝城が、私を引き留めようと口を開いていたが…気にせずに走り出した。
あの雫が、ボロボロと泣いている。マリンを、氷を案じて泣いてるんだ。
あの九尾が白帝城の問いに即答出来ない状況…。黙って待って居るなんて出来やしない!
「輪っ!」
白帝城が私を呼ぶ。
私を心配してくれてるのに…申し訳ないと思う。けど、無理だろうが何だろうが…出来る時に無理しないで如何するの?後で後悔するのは、ごめんだ。
走り出した私の後を追うように、九尾が走り出している。
大丈夫…九尾なら、私を見失う事はない。集中するんだ。匂いを追え!耳を欹てろ!マリンの声、氷の声、足音、争う物音…何でもいい。拾うんだ!
集中した私の耳に、九尾の小さな呟きが届く。
「すまない…頼む。」
その声に、私は心の中で答える。
ーー任せてっ!獣の意地を見せるからねっ!!
雫が指差した東側の林を進むと、敷地を隔てる柵と、小さな門が見えてきた。革鎧を着た門衛が、手持ち無沙汰そうに立っている。だが、立っているのは門の外では無く、内側だ。まるで外へ出さない為に立っているような…。
入り口の門に比べるとかなり小さな門だからだろうか…門衛は若い青年が一株だけだ。
マリンは柵の向こうにいる。それは間違い無い。私は躊躇する事なく、柵の隙間をすり抜けた。
「誰だっ!この先は禁域で、許可なき者は通す事はできん。直ちに立ち去れっ!」
門衛の青年の声に振り返る。
あら…九尾が門衛に見つかってしまったか。『認識阻害』が間に合わなかったか、それとも…わざとか?きっと後から白帝城か白夜が追ってくるだろう。誰かに発見されていれば、道標になる。
「っ!? これは九尾様。このような場所に何用で御座いましょうか?」
あ、やっぱり…九尾の9枚の尻尾で、誰かと分かるんだ。
「いや、すまない…。猫が脱走して追いかけてるんだ。」
九尾が門衛に話しかける。
ちょ、私のせいにするのか…。まぁ、良いけどさ。
私は、門衛の青年に見つかるように大きな声で「ニャア!」と鳴いてみる。
門衛の青年がその鳴き声に気付くと、柵の隙間から覗き、門の外に居る私を確認した。
「白夜が大切にしてる猫なんだ。早く捕まえないと。」
「お嬢様が…。では、自分が捕まえましょう。」
門衛の青年が軋む鉄製の門を押し開ける。ヤバイ、捕まる訳には…。私は、警戒心を露わにしてジリジリと後退りする。そして、獣道のような細い道筋から逸れて、薮の中に姿を隠した。
「待て。警戒心が強いから、見知らぬ君が傍に寄ると逃げてしまう。俺が追うから…君は、後から来る白夜達に知らせてくれないか?」
「そうですね…分かりました。先程も申し上げた通り、この先は禁域となっております。本来ならお通しする訳にはいかないのですが…なるべく早くお戻りになるようお願い致します。」
「分かった。この事を、後から来る白夜か、白帝城に伝えてくれ。」
「畏まりました。」
門衛の青年は渋々ながら、九尾が門の外へ見送る。そして立ち去る九尾に一礼した。
九尾は薮の中に入ってくると、木の根本に身を隠す私を見つけて小声で話しかけてきた。
「何か…悪い。輪のせいにしちまった。」
「いや、別に良いよ。白帝城達に知らせる為でしょ?」
「まぁな。で、どっちに向かったか分かるか?」
私は耳を欹て、鼻をヒクヒクさせる。
微かに…マリンの匂いがする。
「音は拾えないけど、匂いが残ってる。獣道沿い…もう少し奥かな。」
「…犬みたいだな。」
九尾が感心したように呟いた。
その呟きを聞いて、ちょっとムッとしてしまう。確かに、普通の猫とは違うと実感してるけどさ。
「私、犬、以上ですからっ!」
私は捨て台詞のように叫びながら薮から飛び出して走り出す。
「ちょっ。声、デカいぞっ」
九尾は、アタフタしながら私の後を追いかけて走り出した。
走り出してすぐに…周囲の風景が変化した。ブナやクヌギなどの高木層の木々が生える林から、涼やかな竹林の中へ。
サワサワと、竹の葉が風に揺らぐ。
うわ…すごっ!
地面には枯れた竹の葉が敷き詰められて、フカフカだ。どれだけ積もれば、こんなになるんだろう。
そう言えば、門衛さんが禁域だとか何とか話していたな。人が来なくて踏み固める事が無いから、こんなにフカフカなんだろう。
そのまま鬱蒼とした竹林を進むと、開けた場所に辿り着く。
広場のように円形に拓けている。その広場のどん詰まりには、大きな白乳色の岩があった。
私は惹きつけられるように、その岩に歩み寄った。台座が有り、何かを供えられるようになっている。岩の表面は滑らかで、艶やかだ。
白乳色だけど…よく見ると、透明感がある。一体何の岩で出来ているんだろう。まるで何かの宝石の原石みたいな風合いだ。
石碑…なんだろうな。何かを供えるなら、墓だろうか?
追い付いた九尾が、石碑を見上げる。私の身体は小さいから、よく分からないけど…こうして九尾と並ぶと、石碑の大きさがよく分かる。
「こりゃ…何だ?」
呆然としながら九尾が呟く。
へぇ…九尾でも知らない事があるんだ。
「何かの石碑っぽいね。それか、誰かの墓石とか?」
私は石碑っぽい何かの周りを見て回る。厚みはそんなに無い。平たい感じだ。何かを彫んだ形跡も無い。
石碑とか、墓石なら何かを岩に彫んだりするんだけどな…何も無いなら知りようもない。
「白夜なら知っているだろう。後で聞いてみるか…。」
九尾が繁々と白乳色の滑らかな岩肌を舐め回すように観察しながら、そう呟いた。
確かに、自分の住む敷地の側にある石碑なら…何か知っていてもおかしくないだろう。
でも…もしかして。コレがあるから、この周囲が禁域とされているのでは?
何か、重要な物…もしくは、危険を伴う物だったりしないか?
そう考えていると、ザワっと毛が逆立つ。
九尾が手を伸ばして石碑に触ろうとしていたのだ。
「九尾っ!」
思わず声を張ってしまうが、九尾は首を傾げながら石碑に触れてしまう。
その瞬間ーー
白乳色の石碑が、ぼんやりと光った!
慌てて九尾が手を離すと、光は直ぐに消えて…何も無かったように静まり返る。
「…大丈夫?」
私は九尾を見上げながら声を掛けた。
「…大丈夫だが…。何か、一瞬、吸われたような…」
九尾は石碑から一歩後退ると、石碑を触った手を摩る。
え、吸われたって…何を?
何かを吸い取るような…やっぱり危険な物だから…此処は禁域なんじゃないのっ?
こうして石碑の側にいる分には、何も感じない。触らなければ…何も無いのかな。でも、何か…不気味な。
「よく分からないが…まぁ、後にしよう。」
気を取り直したような九尾の声に、ハッと我に返る。そうだ、マリンと氷を探さなくちゃ。
私は方向を定めようと、周囲を見回しながら匂いを探す。
すると。石碑の裏側の先に、何かが落ちているのに気が付いた。マリンの匂いが強い。
「九尾。」
私はその落ちている物に駆け寄り、九尾を呼ぶ。
マリンの…ハンカチかな。いつもエプロンのポケットに入っているヤツだ。
「マリンの…だな。目印に落としたんだろう。」
マリンが、ポケットからうっかりハンカチを落とす筈がないから…九尾が話す通りに目印なのだろう。
なら、近くに居るのかも!
私は耳を欹てる。
集中…竹林の騒めき以外の音を探せ。
耳を前後左右に傾けながら、音を拾い集める。
すると…何かがぶつかる様な衝撃音と共に、竹の葉が一段と騒めく音を拾った!
竹に何かがぶつかって、揺さぶられて葉が鳴ったんだ。
どっちの方向だっ?
「…駄犬。逃げ足だけは一流ね。だが、数々の愚行、万死に値します。」
冷たく言い放つマリンの声を拾った!
どっち?もっと前か…いや、左に逸れてるか?
ピンと耳を立てて、方向を探る。
「はっ!クソメイドがっ!!調子に乗ってんじゃねーぞ、コラッ。」
今度は氷の声だっ!
「見つけた!」
九尾はホッとしたような顔をしたが、直ぐに表情を引き結ぶ。
「急ごう!」
九尾の声に弾かれたように、私は竹林の中を走り出した!
ーー裏話
『100話目前!キャラ達にインタビュー!』
ーいよいよ次回作で、100話到達になる訳ですが…ご感想をお聞かせ下さい。
九尾「は? 100話?…ちょ、なげーよっ!!」
魔剣「…怠い。」
ーはぁ…何か、すみません(汗
白帝城「いや。長くとも、続けて書き記せるのは、素晴らしいのではないか?」
天使「そうですね…頑張ってる証です。」
ーいや、それほどでも…でも、そう言ってもらえると嬉しいです〜(照れ
雫「でも、要領得ない。端的に、効率良く進めないと、終わる前に、皆が力尽きる。」
ーはっ!…ごもっともな意見で…。本当に、申し訳ない(汗
マリン「持久力不足であるなら、私が鍛えて差し上げます。」
一同、ギョッと身を引く。
マリン「1番弛んでるのは…魔剣様ですね?さぁ、行きましょう。まずは、走り込みからです!」
魔剣「ちょ、待て!なんで、オレばかり…。って、いつの間にか、九尾のヤロー居ねーしっ!!」
天使「頑張って下さい〜」
雫「…体力増量強化メニューを作成しておこう。」
白帝城「では、私は…自主練に励んでこよう。」
ーあああ…魔剣が、マリンに引き摺られて…行ってしまった。インタビューどころじゃ無くなった(汗
輪「…いつもの事だよ。まぁ、どんまい。」
ー輪さんは、随分落ち着いていますねぇ。
ところで、九尾は…。
輪「うん、逃げた。」
ーはぁ…危機感知が鋭いというか、なんと言うか。咄嗟に葉力発動して、回避するとか…流石ですね(苦笑
輪「自主練してる白帝城を少しは見習って欲しいよねぇ〜(笑」
ーなんか、全くインタビューにならなかった訳ですが。
次回で100話に到達します!
まだまだお話しは続きますが、お付き合いして頂けたら幸いです。
読んでくださって、本当に有難う御座います!
九尾「…100話、頑張れよ〜っ!」
魔剣「あんな遠くにっ!? テメェ、戻ってこいーっ!!」




