胎動の刻―侵食の叫び『夜更け①』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『夜更け①』
雫の機嫌が治り、皆の顔に自然な笑顔が浮かぶ頃。
皆は、遅ればせながら、私が目覚めて皆が集まるこの部屋に入って来ているのに気が付いた。
「よく寝てたなぁ〜。」
九尾が、近寄る私の頭を撫でる。いつもなら…そのまま九尾の膝の上に座るのだが、今は雫が座っている。
私は九尾の膝は諦めて、カウチソファーに座る白帝城の隣りに陣取った。香箱座りをして、欠伸をひとつ。
「輪が熟睡している間に、九尾と白帝城が館に呼ばれて…色々と説明してきたぞ。」
まだ眠いのか?…と言わんばかりの視線を私に向けながら、魔剣が口を開く。
「ん。さっきマリンに聞いた。んで、どうだったの?」
私は、隣に座る白帝城を見上げながら尋ねると、白帝城は苦笑いを浮かべる。
「白夜殿には、全てを説明して同行してもらっていたからな。その親御殿だ…話さない訳にもいかないだろう。女王陛下の件と共に、南辺境地域での教会の動き…邪神の存在の有無、洗いざらい話してきたんだが…。」
言葉を途切れさせると、白帝城は困ったように溜息を吐く。
「とてもじゃないが…今後を話せる風では無かったな。」
白帝城の話しに、九尾は肩を竦めて見せる。
「仕方ないさ…情報過多なんだよ。陛下の件は極秘事項、辺境伯が知る訳も無いし、香月としては俺達の話しを鵜呑みにせずに…裏付けをしてからじゃないと、何事も決められないだろうさ。」
九尾は、雫をキュッと抱きしめるながら、話しを続ける。
「今頃…館の密偵、香月では『影衆』って呼ばれてるんだが…情報の擦り合わせに、目を回しているだろうよ。…過労で倒れなきゃ良いけどなぁ〜。」
何処か、他人事のように…九尾はそう言うと、雫の頭の上に顎を軽く乗せる。
「確か…宰相さんの所にあった報告書で見かけた。『影衆』香月の諜報部隊。王都の『アッシュハウンド』と同じ様な活動をしてる。伊集院家の私設部隊…。」
雫が軽く頭を左右に振り、九尾の顎を揺らす。
「まぁ!雫ちゃん…宰相様に提出された報告書類を読んでしまったの?」
天使が驚いたように声を上げると、
雫が、しまった!っという顔をする。
「…読んでは、いない。テーブルの上に、無造作に置かれてたから…見えちゃっただけ…。」
上目遣いで、雫がそう言うと…恐々と皆の反応を見る。アストロ宰相さんの書類を、勝手に見てしまった事を咎められるのかと、不安そうだ。
「ちょっと見ただけで…覚えてしまうなんて。雫ちゃんって…本当に凄いのですねぇ。」
そんな不安そうな雫を気遣うように、白夜が雫を褒め称える。
「まぁな。雫は、凄いんだっ。」
まるで自分が褒められたように、九尾が胸を張る。…まるで、子供を褒められた親のようだ。いや、もう、眼の中に入れても痛くない…って感じ?
それにしても、アストロ宰相さんが
香月の私設部隊を調査しているとは…何か気になる事でもあったのだろうか。
もしかすると…香月が教会施設を取り壊した事と関係がある?
いち早く教会施設を取り壊し、関係者を領地から追い出した香月に興味を抱いた…とか。
そうすると、猟犬を使って闇施設の掃討を目指し、指揮を取っていたアストロさんは教会の脅威を感じ取っていたのかも知れないな。
裏で教会が暗躍しているという決定打が出ないから、教会を排除する強行策に出れなかっただけで…。だから香月の行ないの中に、その決め手があったのでは無いか…そう考えて、秘密裏に香月を調べていたとか。
んん…私の考え過ぎだろうか?
私がそんな事を漠然と考えていると、白帝城が手を伸ばし、私の頭をゆっくりと撫でてきた。
「輪は良く寝て居たようだが、私達はそろそろ休んだ方がが良いだろう。この話しは、また明日にしよう。」
白帝城の言葉に、白夜は頷くと…大きく手をパンッパンッ!と叩く。すると、廊下を急ぐ足音がパタパタとか近づき、襖の向こうから声が聞こえてきた。
「お呼びでしょうか?」
スッと襖が開くと、女中さんが傅いて白夜の言葉を待っている。
「そろそろ休みます。」
「畏まりました。お部屋の準備は整っておりますので、皆様をご案内致します。」
女中さんは立ち上がると、皆が来るのを廊下の隅により待つ。
「あ、俺は…もう少しここに居るよ。」
九尾はカウチソファーに座り直すと、ヒラヒラと皆に手を振った。
「承知致しました。では、後程ご案内致します。」
女中さんは九尾に丁寧に頭を下げると、廊下に出てきた皆を誘いながら先を歩き出した。
「九尾様…。では、お先に失礼します。おやすみなさいませ。」
少し心残りな様子の白夜が挨拶をして、九尾の反応を待つ。
「ん…おやすみ。」
私の背中を撫でながら、白夜の挨拶に答える。
すると白夜は、僅かに微笑みながら、静かに襖を閉めた。
アレ、なんか…私は取り残される流れになったな。まぁ…九尾も残るって言うし、今日はこのまま九尾と一緒に休む事になりそうだ。
屋外なら自由に行き来出来るけど、室内ではそうも行かない。襖の開け閉めとか、絶対に無理だし…慣れるまでは誰かと一緒に居たいから、九尾にくっ付いておかなきゃ。
いそいそと、九尾の膝の上にどっかりと座り込む。これならば、うたた寝しても置き去りにされる事はないだろう。
「なんだよ…。もしかして、さっき起きた時に誰も居なくて、寂しかったのか?」
ニヤニヤと笑いながら、九尾が私を冷やかしてくる。
「そういう訳では無いけどさ…慣れるまでは、誰かと一緒に居たいかなぁ〜って思って。襖、私は開けられないし…閉じ込められてる気がしちゃうし。…。」
ボソボソと返事をするが…まぁ、寂しいってのは否めなかったりするんだよな。
九尾が、私の前脚の肉球をプニプニと触りだす。軽く押しながら、爪を出して、その鋭さを確認する。
何、急に…。私は疑問符を浮かべながら、九尾の顔を見上げる。
「確かに…この爪じゃ、襖が破けるか。庵は広い…襖で仕切られてるから、部屋数も多い。輪には、ちょっと動き難いかも知れないな。今まで、王宮を出てからずっと野外だったし、閉塞感を感じるのも無理もない。」
九尾が労るように、私の頭を撫でる。
「朝になったら、扇に『猫の移動手段の確保』として、襖は少し開けるように頼んでおくよ。」
九尾の顔を見上げる私に、ニッと笑い掛ける。
それは、とても助かる申し出だ。私からお願いするのが筋なんだろうけど、こうして先回りして話しを進めてくれるのは、とっても有難い。
私は眼を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「俺、今からちょっと出るつもりなんだが…ひとりが嫌なら、一緒に行くか?」
九尾は窓の外に視線を向けながら尋ねてきた。
え、今から?かなり夜更けだと思うのだけど…。何処に行こうって言うのだろうか。
「うん、行く。」
私は二つ返事で答えた。
何処に行くのかは分からないけど、私が邪魔だと思うのなら…きっと誘わずに九尾は単身で行動するだろう。
それをしないって事は、一緒に居ても大丈夫だと思っての誘いだ。だったら、乗らない理由はない。
「んで、何処に行くの?」
一応は聞いても良いだろうと、私は尋ねてみた。
すると九尾は、ちょっと小首を傾げながら
「んー?…散歩。」
と答える。
何か、微妙な間があったような気がするんだが。行けば分かるかな…と思い、私はそれ以上は聞かない事にした。
「んじゃ、行きますかね…。」
九尾はゆっくり立ち上がると、私を抱き上げる。スッと音も無く掃き出し窓を開けると、胸元から草履のような履物を取り出して、縁側のすぐ下に設置された沓脱石に草履を揃えて履く。
九尾は最初からこうするつもりで、履物まで準備してたんだ。しかも懐に隠してたなんて…秘密裏に行動する気満々だ。
「警備に見つからない?」
なるべく小さな声で、囁くように九尾に尋ねる。見張り…は、流石に居ないとは思うが、敷地内を警備してる株は居る筈だ。知った顔とは言え、今は客人扱いだろうし、こんな夜更けに勝手な行動…それが例え『散歩』だったとしても、バレたら色々と面倒そうだ。
私の心配を余所に、九尾は太々しくカラカラと笑う。
「俺が見つかる訳ないだろ?」
ふわり…と、九尾のトリコームが舞う。
そうか…『認識阻害』を発動したら、誰にも見つかる事はないんだ。
でも…九尾がそこまでして行きたい場所って、何処なんだろう?
ちょっと『散歩』って感じでは無いぞ、コレは…
私は、九尾にしっかりと抱かれながら…ワクワクと、ドキドキ、ハラハラをごちゃ混ぜにした面持ちで、九尾が歩き出す先…月明かりに照らされた砂利道に、浮かび上がるように千鳥打ちされた飛石を、ジッと見据えていた。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




