表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
89/98

胎動の刻―侵食の叫び『雫の機嫌』

世界は、沈黙の奥で胎動する――


芽吹きは命の兆し。

だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。


風は優しく、花は揺れ、

それでも確かに、何かが侵されていく。


交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――


いま、侵食の夜を迎える。

『雫の機嫌』


「いや、だから…」

九尾の困ったような声が聞こえて、私は目を覚ました。

顔を上げて周りを見渡すと、寛いでいたはずの皆の姿が消えている。

私はひとり居間に取り残されていて、座布団の上に丸くなっていた身体には、薄手のブランケットが掛けられていた。

ちょっと眠るつもりだったんだけど、爆睡してしまったみたいだ。

ブランケットから這い出ると、思い切り身体を伸ばす。猫ストレッチ…こうすると、OFFからONにスイッチが切り替わる感じがするから、不思議なモノだ。そうしながらも、耳をピクピクと動かしながら、音を探る。

目覚めに聞こえた九尾の声は、割と近くに聞こえた。


魔剣が寄りかかっていた壁の反対側、襖の向こうに皆が集まっているみたいだ。

建物の見かけだけでは無く、中の作りも和風建築のソレらしい。各部屋は襖で仕切られていて、全てを開け放てば、だだっ広い部屋になる。

きっとこの居間も、襖を開け放っていけば、広間へと変貌するのだろう。

私は襖に寄ると、さて…どうやって開けようかと考える。声を掛ければ、誰が開けてくれるとは思うが…今でも九尾の声と、白夜の声が聞こえてくる。

話しの邪魔はしたくは無いな…。

爪を引っ掛けて開ける事は可能だとは思うけど、それだと襖に傷が残ってしまうだろう。

私は爪を出さないようにしながら、襖を開けられないか試してみる事にした。

滑らかな、柔らかい肉球では…やっぱり無理だよね。ただ襖を撫でているようなモノだ。

ならば…。と思い、私は襖を前脚で何度かノックした。タシタシタシ…肉球を押し付けるように、襖を叩く。

すると…スッと音もなく襖が僅かに開かれる。その僅かな隙間に、身体を捩じ込むようにして、すり抜けて通る。

やっぱり思った通りに、襖の側にはマリンが控えていた。うん、マリンならば気が付いて開けてくれると思ったよ。

襖を開けてくれたマリンを見上げると、小さく頷くように挨拶をしてくれた。そのマリンの膝に、私は頭を軽く擦り付けてから、視線を室内へと移した。


居間とは違い、こちらの内装は洋風な感じに思われた。と、言っても…向かい合うようにカウチソファーが置かれていて、中央には細長いテーブルが配置されているだけだど。

私の正面のカウチソファーには魔剣と天使が座り、向かい側には白帝の背中が見える。

私の入室に気が付いて居ない様子の面々の視線は、窓の側…部屋の隅で皆に背を向けて、膝を抱えるように座り込む雫へと注がれていた。

その丸めた雫の背中に、困ったような表情を浮かべた九尾が話し掛けている。その隣りには、白夜がオロオロとしながら座していた。


ん?…一体これはどういう状況なんだろうか。

「そんなに拗ねないでくれよ…。」

九尾が、そう言いながら雫の頭に手を置くと…あろう事か、雫はその手を振り払った。

「…拗ねてる訳じゃない。それ、心外。」

珍しくもツンとした物言いの雫。いや、その話し方自体が十分拗ねてると言えるのでは無いだろうか?

私は何がなんやら分からずに…助けを求めるように、隣りで空気と化してるマリンへと視線を向ける。

私の視線に気が付いたマリンは、聞こえないような小さな溜息をひとつ吐くと、小声で状況の説明をしてくれた。


私が寝入った後…食事を済ませてた頃を見計らうように、館からの使者が庵を訪れてきた。

「夜分に失礼致します。『現状の説明と報告を願う。九尾殿と白帝城殿の御二方は、至急、館に参られたし。』との、西辺境香月領主、伊集院翠嶺様からの伝令で御座います。

ご案内も申しつかっております故、速やかにご準備をお願い致します。」

そう話す使者に急かされる様に、九尾と白帝城は浴衣の上に揃いの羽織りを纏い、使者と共に館に向かったそうだ。

事の次第を記憶する役目を持った雫にしてみれば、会議に呼ばれなかった事と、加えて、無理にでも連れて行かなかった九尾と白帝城に腹を立てて怒っていたらしい。

庵に残された白夜が、「香月独自の風習の所為だから…」と、雫の怒りを鎮める為に、説得を続けていた。


その『香月独自の風習』とは、どんなに忙しく、家庭の手伝いを行うとしても、日暮れまでとし、子苗は速やかに家へと戻る事。家に戻った後には、仕事などをさせない事。十分な睡眠時間を心掛ける事。…などの子苗の成長に害を為さない様に、心掛ける風習らしい。

流石は、『子苗は香月の宝』とまで言う地域である。…が、それが雫の足枷になってしまった…と言う事のようだった。

『五葉』と言う役であったとしても、雫はまだ子苗に他ならない。この香月では、子苗の未来や健康は守るべきモノであり、それは五葉に名を連ねる雫であっても、他の子苗達と何らら変わりない。

要するに…子苗は夜更かしせずに、さっさと寝る!それが、香月の仕来りである!って事で…省かれたのだろう。

九尾はそれを知っているから、無理を押し通してまで雫を連れて行かなかったみたいだ。

「郷に入っては郷に従え…理屈は理解する。けど…。」

白夜の説得の成果で、雫の怒りは消えたものの…今度は消化出来ないモヤモヤに苛まれた雫は、膝を抱えて拗ねてしまった…と、いう訳らしい。


「すまん…先に説明して置けば、雫にこんな思いをさせる事もなかったのに。俺の不手際だ。」

九尾が、背中を向ける雫に平謝りをしている。

「いえ、私こそ…先程、両親とお話しをして居た際に、会議は昼間にするように願い出ていれば…雫ちゃんに不快な思いをさせずに済みましたのに…本当にごめんなさいね。」

白夜もひたすら謝り続けている。

出会った頃は、雫の事を「小娘」扱いだったのに…今では雫を慮ってくれてる。そんな白夜に感激しながら…黙ったまま様子を見ていると。

カウチソファーに座り、私と同じように静観を決め込んでいた魔剣が口を開いた。

「…雫、そうやっていつまでも駄々を捏ねてる方が、余程、子苗だぞ。」

呆れた様に、でもキツめな口調で魔剣が言うと、バッと勢い良く雫は振り返り、魔剣を睨む。淡青の瞳には涙が滲んでいる。


そうだ…悔しいのだろう。役目の為に、危険な場所まで着いて行き、ずっと見てきたんだ。それを、年齢的な理由で除外されてしまったんだから。

自分ではどうする事も出来ない壁が、今の雫の目の前に立ち塞がった。

「九尾も白夜も悪気があった訳じゃないのは分かるだろ?地域的なモノなんだから…ここだけの話しだ。だったら、この地域に見合ったやり方を見つけりゃ済む話しだと思うが。」

魔剣が、幼い顔を赤くして睨む雫の事など、全く気にしないような素振りで話しを続ける。

「九尾と白帝城、後は白夜が『会議は日中にしか参加しない』と言って、徹底すれば良いだけだろ?」

魔剣の言葉に、ハッとしたように白帝城が同意した。

「そうだな。そうしよう。それが1番手っ取り早いし、確実だろう。」

「はい、私からも両親には話しておきますわ。」

白夜も必死な形相で同意を示した。

そんなやり取りを、九尾は頷きながらも…何処か、ホッと安心したように目尻を下げている。

「ん。それ、お願いします。…ごめんなさい。ちょっと、大人気無かった。」

雫はそう言うと、身体の向きを変えて、皆の顔をひとりひとり見つめた後で頭を下げる。

「いや…まだ子苗なんだから、良いだろ、別に。雫は、そうやって子苗扱いされるのは嫌なのかも知れないけどさ…良いんだよ、今のままで。」

九尾は胡座をかくと、その股の間に雫を座らせる。そして、雫を背中から両腕でふんわりと包み込んだ。

「ちょっと…焦ったけどな。」

そう言って、九尾は笑う。その笑顔を覗き込むように見上げていた雫に、笑顔が戻る。


黙ったまま、ずっと静観していた天使が、クスッと笑った。

隣りに座っていた魔剣が、ビックリしたように天使を見ると…天使は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「さっき…雫ちゃんに睨まれて…かなり焦っていたでしょう?」

天使は片手で口元を隠しながら、クスクスと笑いながら魔剣に問うと、あからさまに魔剣の耳が赤く染まる。

「なっ!? 別に…焦ってないが?」

その答えに、『めっちゃ焦った…怒らせたかと思った…』と、魔剣の心の声が重なったように思えたのは…多分、私だけでは無かっただろう。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ