胎動の刻―侵食の叫び『香月の苗②』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『香月の苗②』
子苗達が職員さんと共に退出してしまうと、部屋がしん…と静まり返った気がした。全く騒いで居なかったのにな…。子苗の存在をそれだけ気に掛けていたから、そう感じるのかも知れない。
白帝城に至っては、子苗達が出て行った扉を心配そうな面持ちで、ぼんやりと眺めてしまっている。きっと寂しいと感じているのだろう。
「後程、皆様方も施設内をご案内致します。建物は3棟に分かれておりまして、食事や寝泊まりをする『宿舎』。勉学や作業を学ぶ『学び舎』で御座います。今居るこの執務室がある建物は、職員宿舎として利用しております。」
志乃さんは、白帝城の気持ちを察するように施設の説明を始める。
ぼんやりとした白帝城の視線が、志乃さんに注がれる。その視線を真っ直ぐ受け止めた志乃さんは、穏やかな笑みを薄っすらと浮かべながら、言葉を紡いだ。
「敷地内には畑も有りますので、農作業を学びながら、自分達で育てた野菜を食しております。
敷地外に自生している竹を利用した細工物を作って販売したり…他にも加工品を取り扱っておりますが、それらは『生活を学ぶ』を基本として行っている、『職業訓練』の一端でございます。
学業としては、基本的な読み書き算術…望む者がおりましたら、もっと高等な教育を施す事も視野に入れて考えておりますが…正直に申しますと、其方はなかなか難しい現状で御座います。
と申しますのも、お恥ずかしい限りで御座いますが、高等教育を施せる教員の数が、圧倒的に不足している現状で御座いまして。教員の確保をどの様にして行うか…目下の課題になっております。」
志乃さんは、真っ直ぐに白帝城へと語り掛ける。しっかりと地に足を付けた環境。課題を抱えながらも、万全な教育体制を目指す。
志乃さんの『香月の苗』と言う名の保護施設に向ける情熱が、とても眩しく思えて…私は眼を細めて、その熱を小さな身体いっぱいに感じた。
「私共は、決して子苗達に強制を致しません。情報を与え、何故それをやるのか…学ぶのかを、理解出来るように導き、判断を促します。
どの苗も…得て不得手は御座いますから。多様な可能性を秘めて居るのが苗。親が居ないからと…その可能性の芽を摘んでしまう事なく、見落とさず拾って育む。それが…この施設『香月の苗』の役割だと信じて、運営している次第で御座います。」
志乃さんの話しは、決して理想論を語っている訳では無いだろう。その言葉には自信が満ち溢れ、培ってきた経験を感じる事が出来た。
子苗達を誘う職員の態度、話し方、子苗達と目を合わせて微笑む…その笑顔。何ひとつとして、偽りの香りは感じない。
それは、白帝城にも感じる事が出来たようだった。
「ここならば…あの子苗達をお任せ出来ます。…不幸な苗達です。導かれ、幸せを掴めるようになれると…感じられました。どうか、あの苗達を、宜しくお頼み致します。」
白帝城は、志乃さんに頭を下げた。
志乃さんは微笑みながら、力強く頷く。
「はい、お任せ下さい。必ずや、己の足で立ち、幸せを掴める強い株に成れるよう…導いて見せましょう。」
白帝城は志乃さんに右手を差し出して、ガッツリと握手を交わした。
志乃さんが運営する、この施設ならば…きっとあの子苗達は、自分の幸せを自分の力で見つけて、掴めるようになるに違いない。
「ボク…思うんだ。」
そんな白帝城と志乃さんのやり取りを、黙って見聞きしていた雫が、急に話し出す。皆が、どうした?と言う顔で、雫へ視線が集まった。
「九死に一生を得て、あの子苗達は救われた。凄い幸運だった…。だからね、きっと強いんだよ。もっと、もっと…強くなるよ、あの子苗達は。だから…白帝城は心配しなくても大丈夫…。香月は、子苗達には最適な場所だから。」
雫が冷めてきたお茶を啜りながら、そう言った。
「はい。私も…雫ちゃんと同じ意見です。とても…感銘を受けました。本当に…素敵な場所ですね。」
天使が和かに雫の話しに同調した。
しかし、魔剣は難しい顔をしながら口を挟んでくる。
「…ああいう体験は…必ず精神に爪痕を残す。本当に落ち着くまでは…常に誰かが傍に居てやってくれ。泣き出しても…抱きしめてやれば安心する。直ぐに落ち着くから…。」
魔剣がそう話すと、志乃さんは難しい顔をしながら頷いた。
「確かに…そうですわね。身体の傷と違い、心の傷は見えません…暫くの間は、隣りの部屋に職員を寝泊まりさせましょう。魔剣様…ご助言、有難う御座います。」
志乃さんは、魔剣に一礼すると微笑んだ。さっきから感じていたが…志乃さんの笑みは、子苗達を思う笑みが一番暖かい。穏やかで、柔らかい。
まるで…聖母のようだ。
そんな笑みを向けられた魔剣は…
「い、いや…別に、礼を言われる程では…。」
耳を赤くして、志乃さんから視線を逸らし、ゴニョゴニョと…何かを言っている。
正直者の魔剣は、正に聖母の微笑みというモノで、ノックアウトしたらしい。それとも…熟女の色香にやられたのか。
どちらにせよ…コレは、後で天使がヤキモチ妬いて、大変になるかも?…だな。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




