胎動の刻―侵食の叫び『香月の苗①』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『香月の苗①』
香月・穂ノ守の外れにある孤児院は、竹林を抜けた先の静かな場所に建てられていた。
敷地を囲むのは竹で造られた柵で、大人株の腰位の高さしかない。視野が遮らない為に、解放的な印象を受けた。
正面に見えるのは、木造建築の平屋建て。何だが…時代劇で見たような事がある建物だ…と思った。あれはどんな身分の持ち家だったけ?
玄関先に、誰かが立っている。
銀朱が昨夜の内に知らせていたから、待っていてくれたのだろう。
私達は柵の外に車体を停車する。門は広く入る事は容易ではあるが…やはりラプティスを入れるのは憚られる。ラプティス達は皆人懐っこいし、決して暴れたりはしない。
それでも…初見の株からすれば、デカいトカゲだ。気持ち悪いと感じて、不快な思いをさせるかも知れない。此方としても、旅の仲間であるラプティス達を気持ち悪がられれば…良い思いはしないだろう。
そんな気持ちから、ラプティス達は敷地の外…人目が付かない場所に待機する事になっている。その間は、マリンがラプティス達と一緒に留守番だ。
九尾と白帝城が子苗達に手を貸して、車体の外へと降ろした。
見慣れぬ場所、知らない植物に、子苗達の眼は好奇心でキラキラしている。
銀朱が先頭に立ち、私達を誘導する。その後を、両手を子苗達に握られた白帝城が…その直ぐに後ろを手を繋げない1番年長の子苗が続く。
天使、雫、魔剣が歩き出して…私は九尾に抱っこされて、白夜と並び最後尾だ。
建物の入り口で待ち構えていたのは…品の良さそうな年配の女性だった。
私達の姿を確認すると、手を前に添えて、深々と頭を下げた。
淡藤色の着物。濃紺の帯。髪はしっかりと結えられている。緋色の蜻蛉玉の簪が、日の光を反射してキラリと光った。
「奥方様、五葉の方々をお連れ致しました。」
銀朱は女性に傅くと報告を述べる。
「ご苦労…銀朱はそこで待ちなさい。」
女性は冷たい声で、銀朱を見る事なく命令する。その視線は真っ直ぐに白帝城に向けられていた。
銀朱は女性に一礼すると、速やかに脇に下がる。
何だろ…銀朱は女性を怖がっている?
それに、『奥方様』と呼んでいた。
あれ、もしかすると…白夜の母親なのかっ?
「ようこそ、香月へ。おいでくださりました。」
視線が白帝城から子苗達へと、スッと移る。冷たい印象の眼差しが、一瞬、温度を感じさせた。柔らかく暖かな眼差しで、三苗の子苗達一株一株の顔を見ていく。
「まずは御無事のご到着…何よりで御座います。」
女性は一歩だけ脇に下がり、道を開ける。
「さぁ、中へどうぞ。大したおもてなしはご用意出来ませんが、暖かいお茶をお出し致します故…。」
「では、お邪魔致します。」
白帝城が一礼をすると、倣うように子苗達が真似をする。
「お邪魔…い、しますっ!」
「しますっ!」
「ちゃんと言えよ…城のあんちゃんが困るだろっ!えと、お邪魔…致します!」
子苗達の元気な挨拶に、女性の眼が綻ぶ。
「まぁ、とても元気な挨拶ですわ。とても偉いのね。貴方達には、甘いお菓子を出しましょうね。」
女性の優しい声掛けに、子苗達の眼が一層輝きを増す。
褒められて、甘いお菓子をくれる…そりゃ喜ぶだろう。
子苗達は白帝城を急かしながら建物内に入る。その後ろをゾロゾロと続いていくと、白夜がオドオドしながら女性の前に立ち止まる。
「あの…母様…ただいま戻りました…。」
消え入りそうな小さな声で、白夜がそう言うと、女性はそっと息を漏らしながら
「白夜…お帰りなさい。」
安心したような…ホッとした声でそう言うと、いきなり北風のような冷たい視線で白夜を見つめた。
「ーー後で話があります。心しているように。それから、銀朱。」
いきなり呼ばれて、銀朱の身体がビクっと震える。
「貴女もです。落ち着いたら白夜と共に私の自室に来るように…分かりましたね。」
シュンとして銀朱と白夜は揃って
「「…はい…」」
と答えた。
コレは…めちゃくちゃ怒られる流れだな。正座して、説教を何時間も聞くヤツだ。まぁ…仕方ないよね。黙って居なくなり、連絡もしなかった白夜が悪い。親が一人娘を心配しない筈は無いもんね…。
「それから…九尾様にも。後程お時間を頂けたらと。如何でしょうか。」
スッと流し目で九尾へ視線を移しながら、女性はそう九尾に問い掛ける。
九尾は嫌そうな顔をしながらも、
「…承知しました。では、後程…」
と仕方なさそうに返事をした。
女性は満足そうに頷くと、先を行く白帝城達の後を足早に追いかける。
すると、九尾、白夜、銀朱は揃って深々と溜息を吐いた。
「…絶対、怒られるヤツですよね…」
銀朱がボヤく。
「母様…怒ると、父上様より怖いんですわ…。」
白夜がガックリと肩を落とし。
「なんで…俺まで。何言われんのかなぁ…苦手なんだよ、白夜の母親。」
と九尾が天を仰ぐ。
災難…って言うか、何と言うか。でもコレばっかりは仕方ないだろう。九尾まで飛び火するのはアレだけど…もしかすると全く違う話かも知れないしな。許嫁問題とかさ。
「まぁ…元気だして行こう。白帝城達が待ってるよ?」
私は落ち込む九尾達を見て苦笑いが込み上げるが…我慢しながら声を掛ける。
「…だな。行こう。」
九尾が気持ちを切り替えて歩き出すと、白夜と銀朱が渋々と付いてくる。
全く…子供みたいだな、白夜と銀朱。
皆より遅れて案内された室内に入ると、板張りの質素な造りの部屋に、私は息を飲んだ。
深々な座布団が準備されており、思い思いの場所に皆は座っている。
窓際には大きな文机があり、そこが白夜の母親が事務仕事をする場所だと知る事が出来た。
白夜と九尾が座布団の上に座り、銀朱は入り口近くに座布団も引かずに座る。
使用人がお茶とお菓子を運んで来ると、各々の前に置いていく。
私は興味を唆られて、九尾のお茶を覗き込んだ。マリンが淹れてくれる見慣れた紅茶では無く、透明で薄緑のお茶…この香りは…緑茶だっ!間違いない!
うわっ、うわ!良いなぁ〜私も飲みたい!でも…猫の身体にお茶は…駄目だろうなぁ…やっぱり。
私は諦めて、九尾の膝の上に丸くなった。
「ご挨拶が遅れ、大変申し訳ございません。私は、そこの白夜の母…西辺境伯・伊集院翠嶺の妻。伊集院志乃と申します。本日はお越し頂き、誠に有難う御座います。」
白夜の母…志乃さんは、私達の向かいに座ると、三つ指を添えて深々と頭を下げる。
子苗達は出されたお菓子を頬張りながら、皆の話の邪魔にならぬように静かにしている。
「私達は…奥方様はご存知かと思いますので、自己紹介は省いても宜しいでしょうか?」
白帝城が確認を取ると、志乃さんは微笑む。
「はい、構いません。皆様を知らぬ者は居ないと心得ます。」
志乃さんの返答に、白帝城は頭を下げた。
志乃さんは、白帝城が頭を上げたタイミングで、パンパンと手を打ち鳴らす。すると、木戸がスッと開いて若い女性と男性が姿を見せた。
ふた株とも揃いの作務衣を着ている。志乃さんの隣り座ると、頭を下げて子苗達に微笑んだ。
「この施設の職員です。先に子苗達を宿舎と学び舎を案内させて頂きます。…難しい話しを聞いているのは退屈でしょうから。」
先生方は立ち上がると、子苗達に手を差し伸べる。
「さぁ、君達のお部屋を見に行こう。皆一緒の部屋が良いかな?それとも…別にするかい?お布団もフカフカな新しいのを用意したんだ。色んな柄があるから…好きなのを選ぶと良い。」
男性職員が笑ってそう言う。
「学び舎では、同じ年頃の子苗達がお勉強してますよ?お部屋の準備が終わったら、コッソリ覗きに行きましょう。それとも…乱入して、皆を驚かせて見ましょうか?きっと、直ぐに仲良くなれると思いますよ。」
女性職員がクスクスと笑いながら、悪戯を提案してくる。
どちらの提案も子苗達には魅力的に聞こえたようだ。
自分達の部屋。新しい布団。好きな柄…。新しいお友達の子苗達をビックリさせる。
ワクワクが止められないように、差し出された手を握る。
「よし、じゃあ…まずはお部屋の確認だ!探検するみたいで、ワクワクするなっ!」
男性職員が子苗達を誘導しながら室内を出ていく。
女の子の手を引く女性職員は優しい微笑みを浮かべながら
「可愛い柄もありますよ?どんな柄のお布団が良いかなぁ〜。お花は好き?それとも…可愛らしい兎や猫柄もありましたよ。早い者勝ちだから、急ぎましょうねぇ〜。」
子苗に話しかけながら、一礼をして子苗達を連れていく。
何と言うか…子苗達と視線を合わせながらの誘導に、無駄が無い。
決して無理強いはしないで、好奇心をくすぐり、自分で決める事を促している…コレは、プロの仕事だ!
私は感心しながら、子苗達を見送っていた。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




