胎動の刻―侵食の叫び『風景』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『風景』
銀朱は、「朝までには戻る」という宣言通りに、穂ノ守から明け方前には戻ってきた。その道行は…かなりの強行を強いた筈なのに、髪の一房も乱さず、全く疲れを感じさせていない。
これが…山に鍛えられて、険しさに慣れた株って事なのだろうか?
銀朱も白夜と同じような…冷たい印象を受ける美人さんだけれど、時折り見せる笑顔は明るく華やかで…。花に例えるならば、やはり和を感じられる花だろう。リンドウの花とか似合いそうだなぁ〜。白夜は…高貴、純潔、純粋…そんな花言葉がある百合の花がピッタリだ。
バタバタと出発の準備を済ませて、軽く朝食を摂り…慌ただしく、街道を蛇行しながらゆっくりと登る。
街道はきっちりと整備されているし、道幅も広く、大きな竜車でも余裕がある。
緩やかな坂道を登るにつれ、その景色は壮観になっていき、この世界にはガードレールのような物が設置されていないから…安全だとは思うが、ヒヤリと肝が冷えた。
今日は子苗達は車体の中に居た。やはり、安全第一って事なんだろう。窓の外に見える景色…それは、子苗達にしてみれば、初めて高い場所から見下ろす風景なのだろう…とても楽しそうだ。車体が揺れる度に黄色い悲鳴を上げて、白帝城に笑いながらしがみ付く。それはまるで、私の世界の遊園地にある…ちょっとしたアトラクションに乗っている、そんなリアクションだと思った。
そこにある物を、好奇心のまま、なんでも楽しむ。どの世界でも変わりなく、子供達は楽しむ事を見つける天才だ。
私といえば…すこぶる寝不足で…籠の中で丸くなっていた。
あの夢…今でもハッキリと思い出せる。
ーっそこかっ!見つけたぞっ!!
背後に聞こえた叫び声…同時に湧き上がる恐怖感。
夢だ…夢なのに…今、正に見られているような…そんな錯覚を抱いてしまう。それだけ…怖かったのだ。
本当に、夢だったのだろうか?
いや…夢だったんだ。私は人の姿をしていたから…。
でも、何かがあるような…そんな気がして、雫に聞いてもらうつもりでいたけど…子苗達の前で喋る訳にもいかない。
とりあえず、子苗達と別れて…落ち着いた頃に、雫に話してみようと考えている。きっと雫なら…夢の話しを怖がっている…なんて馬鹿にするような事はしない。真面目に聞いて、何かしらの理由を見つけてくれる…そんな気がしていた。
だから、大丈夫…。何が大丈夫なのか、自分でも分からないけど…きっと大丈夫。
ザワザワする心を落ち着かせるように、自分に言い聞かせながら…私は穏やかな眠りについた。
どの位眠っただろうか…子苗達の歓声が聞こえて眼が覚めた。
「うっわーっ!すっげぇーっ!」
「うん。凄く綺麗だねぇ!」
無邪気な声で、何かを見た感想を話しているみたいだ。
私はショボショボする眼を開けて、子苗達へ視線を向ける。
車体の窓に張り付くように、三株の子苗達は外を凝視していた。
何を見ているのだろうか…。そういえば、緩やかだけど坂道を降っているみたいだ。寝ている間に、関所は通過したのだろう。
私は御者席へ通じる小窓から外へとにじり出る。山裾を掛け上げるような風に、一瞬、私の小さな身体を持っていかれそうになるが、爪を立てて踏ん張る。すると、見かねたマリンが片手でひょいと私を持ち上げて、隣りに座る雫へと渡した。
雫は御者席の隣りに座っていて、風に煽られても大丈夫なように、革製のベルトで、席に固定されている。
これなら、揺れても落ちる心配は無さそうだ。
雫は私を抱っこすると、繁る木々の隙間に見える景色を眺めている。
私も視線を其方に向けると、思わず声が漏れた。
「うわぁ…凄い…」
木々の隙間から覗む風景に、息を飲む。
黄金色に染まる畑…あれは米?いや…小麦畑かも知れない。風に吹かれ、波打つソレは遠方まで広がり、雄大で、とても美しいと思った。
「あそこ…向こうの山肌にも畑があるよ。」
雫が指差す先には、山肌に段々畑があり、こんもりした緑の塊が日に当たりキラキラしながら、綺麗に列を成していた。
野菜?いや…違うな。果実って感じでもない。あ、もしかして…茶畑かも。茶葉の栽培までやってるのかぁ〜。白夜の話では、加工もしてるらしいし…質の良いお茶が入手出来るかも知れないな…きっとマリンが喜ぶだろう。
私達は蛇行しながら、ゆっくりと降っていく。
少しづつ畑に近づくにつれ、黄金色の作物は小麦だと判別できた。米ならば、稲穂が重そうに垂れ下がる。小麦は、下がる事なく天を突くように真っ直ぐに伸びて、穂先は微かに垂れる。見渡す程に広がる作物は、真っ直ぐに伸び、風が立つ度に僅かに下がった穂先が揺れる。
こんなに…綺麗なんだな。写真や映像ならば見た事はあるけど、実際にはに見ると…なんて言うか、迫力が違う。
風が吹く度に、しっかりと実った穂先が波打ち、擦れて…サワサワと音が鳴る。その音は、なんとも言えない心地良さを感じさせる。
あぁ…風が運んでくる、豊かな土の匂い。育てているのは、小麦や茶葉だけじゃないと分かる…微かに甘かったり、少し酸味があったり…とにかく色々混ざり合った、濃い緑の匂いがする。
農業が盛んで長閑な地域…偽りは無いみたいだ。私は目を閉じて、風を感じながら…鼻腔に広がる匂いを堪能する。
そうこうしてる間に、街道は山裾を降りきり、平坦な道へと進む。
坂の合間に見えた、黄金色に染まる小麦畑を突っ切るように街道は整えられていた。
間近で見ても…見事としか言えないな。たっぷりと実った小麦…そろそろ収穫時期だろう。しかし…この広さ畑の小麦を収穫となると…めっちゃ大変そうだ。この世界にはコンバインなんか無いよね?全て手作業で刈り取り、脱穀をするとなると…気が遠くなる作業量になるだろう。
本当に…農作業って大変だよなぁ。
そんな事を考えていると、水音だろうか…流れ落ちるような、バシャバシャという音と、ガタンゴトンと、何かが可動しているような…物音。なんだろうか? 小麦に阻まれて良く見えない。
私は雫の腕をすり抜けると、車体の屋根の上にジャンプして駆け上がった。
荷物が括りつけてあるから…居心地は良くないが、まぁ…猫なら何の問題もない。荷物の隙間を見つけて、身体を安定させる。そして、聞こえてくる音の正体を探した。
街道から離れた場所に…ゆっくりと円形の羽根車が回っている、水車小屋を見つけた。水の流れで、羽根車が回る…ガタゴト、ガタゴト。水が羽根車の抵抗でバシャバシャと弾かれる。
小川か、用水路があるんだな…きっとあの水車を利用して、脱穀や粉挽きをしてるんだろう。
水車小屋の先には、多分民家らしい建物も見える。
平屋建てかな…木造建築っぽい。
私の耳に…聞き覚えがある鳥の鳴き声が届いた。
コッコッコ…コケッ。何処となく愛嬌がある鳴き方の鶏が、何羽が居るみたいだ。
私は思い切り爽やかな空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。
ああ…なんて、長閑なんだろう。
平屋建ての木造建築の住居に、庭には鶏が居るなんて。日本の田舎の風景みたいだ!
感慨に耽っていると、馬で先頭を走り案内をしている銀朱が、車体を牽引するラプティスを操るマリンに馬を寄せ、声を掛けてきた。
「このまま街道沿いに走れば、穂ノ守の街に着きますが…孤児院に向かうには大回りになってしまいます。道は悪くなりますが、畔道を通って最短ルートで行きたいのですが…宜しいでしょうか?」
マリンは銀朱の問いに答えず、隣りに座る雫を見る。
雫はマリンの横から、銀朱に顔を見せながら
「見慣れてないラプティスで街中を走るのは、住民達を驚かせてしまうし、騒ぎになる…ソレは、避けた方が賢明。」
と、答えた。
確かに…ラプティスはサボテン国から譲渡された、貴重な竜だ。竜って言うか…完全にトカゲみたいだけど…。
銀朱も、かなり驚いていたしな。
このままラプティス達と街中を走れば、必ず騒ぎになるだろう。
「承知致しました。九尾様達にも伝えて参りますので、この先にある畔道を、左に曲がって下さい。」
銀朱は馬を翻し、後方にいる九尾の元へと向かった。
しかし…いつの間に銀朱は馬に乗ったのだろう。私が寝ている間に通った、関所で調達したのかな?
暫く走ると、銀朱が話していた畔道が見えてきた。かなり道幅があるので、竜車でも余裕で走れるだろう。
大きな車体を牽引する、ラプティスのラプちゃんが緩やかにスピードを落とし、街道から外れ、畔道へと入る。
畔道は、整備された街道に比べたらガタガタと揺れるが、そこまで酷くはない。
収穫した作物を荷馬車で運搬するから、長い年月を掛けて、踏み整えられたのかも知れないな。
後方の九尾達に伝達を終えた銀朱が、車体を抜き、先導に戻った。
街中を抜けず、最短ルートで孤児院か…。きっと、この畔道の先、街外れに孤児院はあるのだろう。白夜の話では、自給自足って感じもしたし…。
孤児院専用の畑もあるのかもな。
銀朱のポニーテールの長い髪が、リズミカルに左右に揺れるのを眺めながら…私は畑に吹く、緑濃い風の心地良さに身を任せるのだった。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




