胎動の刻―侵食の叫び『夢の叫び』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『夢の叫び』
消えるように氷が去った後…誰かが氷が居ない事を追求するのでは?と思っていたが、予想に反して誰も九尾に氷の所在を尋ねようとはしなかった。
多分、皆の認識は、任務の為に九尾と接触するが…終われば、いつの間にか居なくなっている…それが当たり前の日常なのだろう。だから、居なくなっても気にしない。
唯一、銀朱だけが氷が居ない事を不審に思ったように見えたが…それでも白夜に問う事はなかった。
夜も更け…雫とマリンは子苗達と一緒に車体の中で眠りにつく。天使と白夜は、マリンが用意した簡易テントの中で眠る。
男どもは、交代で火の番をするので、焚火の周りでごろ寝をしている。
私は寝床を決めて居ないので、話の流れや、その場の雰囲気で決める事が多い。火の番をしながら話をしていて…そのまま朝を迎えるのが多かったりするが…まぁ、移動中に寝てるから問題は無かったりする。
「そろそろ休みましょう…。」
天使が白夜の肩に手を置くと、一緒に簡易テントに行こうと誘う。
白夜が頷くと、九尾の膝の上に居る私を抱き上げた。
「輪さんも一緒に寝ましょうね。」
そう呟くと、白夜は私のオデコに頬を擦り寄せる。
「では…皆様、おやすみなさい。」
先に挨拶を済ませて歩き出している天使の後を、白夜はゆっくりと追う。その後ろを銀朱が付いて来ていた。
簡易テントの前に到着すると、銀朱は片膝を付いて、白夜に傅いた。
「お嬢様…銀朱は一旦、穂ノ守の屋敷に行って参ります。親方様にご報告を済ませて、朝までには戻ります。」
銀朱の言葉に、白夜は振り返る。
「そう…分かったわ。万が一って事もあるから、重々気をつけるようにね。」
「はい。では、参ります。」
銀朱はスッと立ち上がると、テントの中から様子を見て居た天使に頭を下げる。そして、そのまま音もなく走り出して…森の中へと消えて行った。
走り去る銀朱の姿が見えなくなると、白夜は小さく溜息を付いてから、テントの中へ入る。
「白夜ちゃん…銀朱さんは何処へ?」
天使が心配そうに話しかけて来た。
「穂ノ守…街の名前なのですが、父上…辺境伯に報告をしに戻りました。朝には戻るそうですので、案内は出来るでしょう。」
白夜は、欠伸を噛み殺しながら、テントの中に広げられた敷物に座り込む。
「え…今から行って、朝には戻れるの?」
天使がちょっと驚いたように尋ねる。…うん、私もそれは思った。香月の街…穂ノ守っていうのか…って、これから向かう場所だよね?山越えした向こう側でしょ…そんなに早く往復出来る距離なのだろうか?
「普通に街道を使用したら、いくらラプティスの脚でも無理ですわね…。慣れた者は、街道を使わずに、走って山越えをしますから…直線で進む分早く移動出来ますわ。
…私には無理ですけど…。」
白夜は苦笑いを浮かべる。
そうか…街道は山を緩やかに蛇行しながら登る。でも直線コースなら、最短ルートって事なのか。
いや、山を直線最短ルートって…整備されてない、道なき道でしょ?険しいってモンじゃないだろう。鍛えて、余程慣れてないと、そりゃ…無理だわ。
「朝に出発すれば…山頂の関所で、簡単な手続きをするのですが…私も居ますし、時間は取らせません。多分昼過ぎには香月に入れますわ。」
白夜は、ふわぁ〜と欠伸を漏らす。余程、眠いのだろう。
薄手の毛布に包まると、コテンと横になる。そして、スゥースゥーと寝息を立て始める。
「…白夜ちゃん、余程疲れていたのね…。」
天使が、労るように白夜の頬に掛かる髪を、優しくそっと流す。
「私…香月は初めてなの。どんな場所なのかしら…。ね、輪ちゃんも楽しみでしょ?」
天使の問いに答えるように、私はグルグルと喉を鳴らす。そして、天使と白夜に挟まれて丸くなった。
「ふふ…おやすみなさい。」
天使が微笑みながら、私の小さな頭をゆっくりと撫でる。
余りの気持ち良さに…私も速攻で眠りの中へと誘われた…。
ーー夢を見ている。
可笑しな話しだが…そう夢の中で、私は自覚していた。
だって…猫の姿では無かったから。両手のひらを見つめながら…
ーーあぁ…手がある…
と、ぼんやりと思っている。足元を見れば、当たり前だけど…両脚をしっかりと大地へ踏み締めていた。
ーーなんで…人に戻った夢なんか見てるんだろう?
ふと、周囲に眼をやれば…深い緑の木々に、雪が積もっていて…小高い丘の上に立っていた。
丘から望める景色は、隆起しながらも果てしなく続く大地に、所々に木々が枝を伸ばし、大地はこげ茶と白で斑になっていた。雪が降ったばかりか…それとも溶け出しているのか。
丘に風が舞い上がる。
髪が靡き、薄手の服がパタパタと揺れた。
寒さを感じなくて良かった…と、呑気に思いながら服を押さえていると。
何処からか…啜り泣く声が聞こえてきた…。女性…だろうか?
ーーなんで…。独りで逝ってしまう…。
悲しげな声を風が運んできた。
何をそんなに嘆いてるのだろう?
何がそんなに悲しいんだろう。
逝ってしまう…とは、誰が、独りで死んだと言うのだろうか…。
まさか?
ーー本当に…価値があったのか?其方が生命を賭すだけの…
この声の主は…まさか、ネブラミス?
subject.No.14…魔剣が崖から落ちたた後だろうか?
でも…魔剣が落ちた場所は、サボテン国に程近い崖の上だったはず。南辺境地域のはずだから…こんな雪が降るような場所では無い筈だ。
ーー淋しい…哀しい…何故…妾を置いて逝く…。
…違う。これは…この声の主は、ネブラミスじゃない。
似てるけど、違う。何がどう違うのかは、分からないけど…直感的に違うと感じた。
ーーあぁぁぁ……妾は…どうすれば良かったのだろう…。ゼロ…妾は…其方が居ないならば……。
掠れた涙声が…嗚咽に変わる。
ただ…ゼロ…ゼロ…と呼ぶ。
名前…だよね?
ゼロ…聞いた事ない名前だ。
その株が死んだから…嘆き悲しんでいるのだろうか。
その悲しみは、とても深くて…聞いているだけで胸がギュッと痛み、締め付けられる。
誰が泣いているのか…分からないけど。その悲しみに寄り添ってあげたいと思った。肩を抱いて、一緒に泣いてあげたい。残された悲しみ…でも、貴女は独りでは無いんだと…話してあげたい。
そう心の中で思った瞬間、ピタリと声が収まった。
ーー誰だっ!!
いきなり怒声が響き渡る。木々に止まり、羽を休めていた鳥達が、悲鳴のような鳴き声をあげながら、一斉に空へと羽ばたいた。
な、なんで…私の声が、泣き声の主に届いた?
そんは…馬鹿な…?
あ。まさか…精霊の心話で?
いや、でも…。相手は、精霊だった?
ーー誰だっ!?妾の…記憶を覗こうとする輩はっ!!
汚さぬぞっ、決して…渡さぬぞっ!
何処だっ!許さぬぞっ!!
泣き声の主の怒りは頂点に達している。ちょ、そんな…怒られるような真似はしてないよ。
泣いてるから…その悲しみを癒してあげたいと思っただけで…。
でも…記憶を覗く?
一体なんの事を話しているんだろう。これは、私の夢の中…だよね?
声の主の怒りに同調しているように…清々しかった澄んだ空気が、どんよりと澱んでいく。
不穏な気配が周囲に漂い初めて…重苦しい。
何か……やばい?
そんな気がしてきて、慄きながら数歩後退りをした。
ーーっそこかっ!!! 見つけたぞっ!
真後ろから怒声が聞こえて、私は文字通り飛び上がった!
「うにゃぁぁぁーっ!!」
身体がビクンッと跳ね上がり、私は飛び起きて叫び声を上げた。
「きゃあっ!?」
一緒に寝て居た白夜が、思わず悲鳴を上げる。
…え?
心臓の鼓動がバクバクしてる。夢…だよね?
夢…だったはず。
でも…なんてリアルな…。
なんで、あんな夢を?
私は震える身体を、自分で抱きしめ…たいけど、出来ないので。
地面に落として伏せた。
「輪さん…急に…どうしたのですか?」
白夜が心配そうに、私を覗き込もうとすると…
「何だっ!どうしたっ!?」
簡易テントの中に、九尾が慌てて駆け込んできた。
「きゃぁぁっ!?」
前触れなく突入して来たのが九尾だと分かると、白夜は堪らずに悲鳴を上げる。
そりゃ…寝起きの女性の部屋…じゃなくてテントの中に突入してきたら、悲鳴くらい上がるってモンだろう。
まぁ…私が寝惚けて、叫んだせいなんだけどさ。
でも…あの夢。一体なんだったんだろう…。泣いてた女性は誰?それに…ずっと呼び続けていた『ゼロ』って…誰なんだろう。
たかが、夢。されど、夢…。
白夜と九尾が、ギャイギャイと騒いでいるのを、知らん顔で横目で見ながら…。
雫にでも相談してみようかな…と思いながら、身体を伸ばした。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




