胎動の刻―侵食の叫び『香月②』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『香月②』
白夜の知り合いと思われる女性…銀朱は、白夜の隣りに座り焚火を眺めている。向いには九尾が座り、その背後には影のように氷が睨みを効かしていた、顔見知りとはいえ、油断はしない…氷が纏う空気が物語っているみたいだ。
子苗達はラプティス達と、穏やかな眠りに堕ちて居る。もちろん眠る前には、マリンが作った食事を残さずに食べていた。
お腹がいっぱいになれば、眠くなる…子苗達はそんな自然の摂理に正直だ。
私達は具沢山の温かいスープを食しながら、銀朱との会話を続けている。
マリンは私に、調味料を使っていないスープをくれた。私が居るだけで、手間が増えてしまい…申し訳ないと思うが、マリンは全く気にも止めて居ない様子だった。
「私の名は『銀朱』と申します。両親共にお館様と奥方様の側人の役を仰せつかっておる為、白夜お嬢様とは幼き頃から親しくさせて頂きました。そのままお館様とお嬢様のご意向を受け、今は白夜お嬢様の側近としてお仕えしております。」
銀朱は右手を胸に添えて、片膝を付き、私達に頭を下げる。
「この度は、お嬢様を連れ戻して頂き…誠に有難う御座いました。」
銀朱は『連れ戻す』と言う単語を強調して話した。それだけで、如何に白夜が度々抜け出し、それを必死に銀朱が探しているのか…想像が付いた。
銀朱は、常に自由奔放な白夜に振り回されて…苦労してるのだろう。
それから、銀朱はここへ着た理由を語り出す。
「山の頂にある関所から、麓に山越えをして来そうな一団が居るとの情報が入ったので…もしやと思い、様子を見にやって参りました。」
銀朱は恐縮しながら、そう語った。
その一団が、まさかあの五葉だとは夢にも思わなかったし、そんな国が定めた英雄の中に白夜が混じっているとは想定外だったのだろう。
「私も知らせを銀朱に送らなかったのは…申し訳無かったと反省しているわ…。」
白夜が隣りに座り銀朱を労る様に、視線を向ける。
「本当にごめんなさいね…銀朱。」
「お嬢様…。」
素直な詫びが、銀朱の心に沁みていくのが分かる。しかし、銀朱は意地悪そうに眼を据えると
「…どうせ、九尾様との再会に有頂天になっていたのでしょう?ずっと探しておいででしたものねっ!銀朱の事など、思い出す暇も無かったのでしょう?」
銀朱の言葉に、白夜は狼狽える。顔を赤らめながら
「ぎ、銀朱…何を言ってるのっ。そんな事は…無いわよっ!」
明らかに狼狽してる様を見て、銀朱は
「ほらっ、やっぱり!」
と勝ち誇ったように笑う。
そんな白夜の銀朱のやり取りは…侍従関係のソレでは無くて。もっと近しい…友達や姉妹の様な…そんな感じに見受けられた。幼馴染ってのも嘘では無いのだろう。
座る場所もそうだ。氷は、九尾に何も言われぬままに影のように背後に控える。マリンもそうだ。
だけど、銀朱は戸惑う事無く、白夜の隣りに着座した。これは、ニ株のいつもの定位置なのだろう。
「ところで…白夜さんは、兄貴に恋慕してるんっスか?」
九尾の背後から、いきなり氷が直球で割り込む。その豪速球並みの問いに、九尾は「ゲホッ!」と咽せてしまい、白夜は顔から火が出る程に真っ赤に染まった。
何だか…初々しいやり取りだなぁ〜と眺めていると、魔剣がしらっと口を挟んだ。
「なんでも…九尾と白夜は親が決めた許嫁らしいぞ?」
魔剣も氷に習うように超特大の爆弾を投下した。九尾が慌てたように、立ち上がると
「だからっ!何度も言ってるが、俺はそんな話しを聞いて無いんだっ!」
と、喚きだす。
「ほぇ〜っ!兄貴に…許嫁っスかぁぁあーっ。…ビックリっスねぇ。」
氷があまりビックリしてない感じで、そんな事を言う。あまり驚いてないようだけど…知って居た訳でもないだろうし…実感が無いのかな。
「九尾…私は前から思って居たのだが…その態度は余りにも白夜殿に対して失礼では無いだろうか?」
白帝城が、真剣な面持ちで口を開いた。諭すような穏やかな口調は、九尾を一気に冷静へと引き戻す。ゆっくりと座すると、九尾は思案顔をして俯いた。
「こういう話に口を挟むのは…世間では野暮と言うのだろう?だから、控えていたのだが…今回ばかりは言わせてもらうぞ。
こうして白夜殿の側近が居られる場で、その様な態度をしては、白夜殿の立場が無かろう…少し落ち着いて話をすべきだと思うぞ。」
白帝城の話しは尤もだと思われた。
その指摘は、流石は従者を従えていた白帝城…って感じだ。
「それに…白夜殿が九尾を慕っているのは一目瞭然だろう。それを知って無下にするのは…紳士としての格を下げる行為ではないのか?」
白帝城の言葉に、白夜が真っ赤な顔をして俯いてしまった。両手で顔を隠すように覆ってしまっている。
「〜〜〜っ!」
白夜は、言葉にならない声を上げる。
…ですよねぇ〜。
そうなりますよねぇ。これは…白帝城のデリカシーの無さが浮き彫りになる言葉だ…やっぱり、白帝城なんだなぁ〜。折角、「流石は白帝城」だったのに…。
「白帝城の意見は尤もだし、俺も反省はする。…するが。いやいや…お前…サラッと、勝手に、心情を、この場で晒される白夜の立場は…どーすんだ?」
九尾が呆れたように白帝城に尋ねると、白帝城は…ハッとしたような顔をする。気づくの遅くない?
「あー…白夜殿…その…申し訳ない。」
白帝城は、俯き肩を揺らす白夜に向かうと、しどろもどろになりながら詫びる。
あれ…白夜、もしかして笑ってる?小刻みに揺れる肩は、笑い声を抑える為に揺れてるみたいだ。
白夜の隣りに座り、キョトンとしながら成り行きを見て居た銀朱が、堪らずに吹き出す。
「そっかぁーっ。なら、白夜さんは兄貴の許嫁って事っスから…今日から白夜の姉さんって呼びますねぇーっ!」
氷が九尾の背後から、元気よく宣言すると…白夜は限界に達したようで
「あはははっ!」
と涙を浮かべて笑い蹴ろげる。隣に座る銀朱の肩を叩きながら、爆笑だ。
何故、突然笑い出すのか…全く読めて居ない白帝城は戸惑いを隠せない。だが…氷が微妙な雰囲気をぶち壊してくれたのは確かだと思ったようだ。
白帝城は氷と視線を合わせると、黙礼をした。それに対して、氷はニヤリと笑って返している。
氷。その言葉は天然なのか、計算付くなのか…イマイチ読めない男だな。
九尾の舎弟ってのは伊達じゃないのかも知れない。
いつものように…賑やかに夜は更けっていく。
白夜の側近である銀朱の案内で、夜明けになったら山を登る事になった。
登るっても、ラプティスが引く竜車に乗ってるだけだが…。
白夜の爆笑が収まってから、私達が西に来た理由を、九尾がざっくりとだが銀朱に話して聞かせた。
銀朱に頼みたいのは、やはり子苗達の行末で…。白夜が母親に頼んでくれるらしいが。出来れば、先に子苗達を孤児院に迎えてもらえないだろうか…と九尾は銀朱に打診した。
ずっと一緒に居ると情が湧く。…もしかすると手遅れの可能性も否めないが。新たな環境に素早く順応させる為には、子苗達が自分達に依存してしまわぬうちに離れた方が良い…との考えからだった。
それは…九尾らしい考えだと思った。自分達に依存してしまえば、離れる事で心に傷が残ってしまう。また捨てられたと…感じてしまうかも知れない。
自分達は、子苗達を保護して、安全な場所まで送り届ける。その立場は揺るがせない。揺らげば…子苗達も敏感に察してしまうからだ。
九尾の考えを聞いて…一番子苗達に懐かれて居る白帝城は、小さく息を吐いた。そして、銀朱に自分からも頼むと頭を下げた。
「そんな…頭を上げて下さい。大丈夫です…街に到着したら、屋敷に戻る前に孤児院に行きましょう。
山の頂の関所で、孤児院に知らせを向かわせますので、直ぐに受け入れ体勢は整えられると思います。念の為にお嬢様のお言葉を添えましょう。」
銀朱は、九尾と白帝城にそう確約すると、穏やかに微笑んだ。
銀朱の髪色は、灰汁色をしている。落ち着いたグレーブラウン。その真っ直ぐな長い髪を、頭の上の方で高くまとめたポニーテール。名前と同じ銀朱色の組紐で結ばれている。
んん…和風だし。なんか、こう、忍者っぽいな!髪型も、くの一っぽいよね?
よく見れば、背中に回されてて気が付かなかったけど…脇差しを腰のベルトに差してるみたいだ。
脇差しっ。日本刀だよっ!
うっはーっ、この世界でまさかの日本刀を拝めるとは…。
いや、でも鞘の中だし。抜いたら全く違う形状…なんて事もあるかも知れないけどさ。
でも、何か…テンション上がる!?
私は喉をゴロゴロ鳴らしながら、九尾の膝の上で銀朱に見惚れている。
「うん?なんか、輪さん…ご機嫌っスねぇ…。」
氷が九尾の背中から覗き込むように、私を見てきた。
「そうだな…何か嬉しい事でもあったのかね?」
九尾が、私の背中を優しく撫でる…。
すると、それを横から眺めていた氷が小声で九尾に話しかけてきた。
「俺…ちょっと思ったんスけど…。」
「ん、何だ?」
九尾は膝の上に居る私から視線を外す事なく答える。
「何か…兄貴、あの銀朱ってのと、何かあったんっスか?」
氷の言葉に、九尾が嫌そうに眉を顰める。
「…何でそう思う。」
「いや、だって…兄貴の態度が妙にぎこちないっスから?そりゃ、何かあったんだって…バレバレっスけど…?」
おぉ?そうなのか…いや、確かに笑い方がぎこちないかなぁ〜とは思ったけどさ。
九尾は嫌そうな顔をしたまま、氷に視線を向ける。
「…何もない。例え、何かあったとしても…話す訳ないだろ?探るなよ…そんな事。」
九尾の答えに、氷は不満そうに唇を尖らすが、直ぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「いや、探るのは猟犬の任務なんでっ!」
氷の笑顔に九尾は溜息を吐いた。
「…鼻から効くのも、問題だな…」
と呟くと、視線を私に戻して、一心不乱に私の背中を撫で始める。
「探れもんなら、探って見せろ。香月に滞在している間に答えを引き出せたら…そうだなぁ…何か褒美をやろう。どうだ…やるか?」
九尾の言葉に、氷が目を輝かせる。褒美ってのが魅力的だったみたいだ。
「やるっス!ご褒美…期待してるっスよぉ〜っ。んじゃ、ちょっと仕事して来ます。まずは…香月の今の状況と、辺境伯の身辺って感じで良いっスかね?」
一段と声を押し殺し、氷は突然お仕事モードに切り替わる。
「特に、教会信者の有無は念入りに頼む。」
「承知っス。」
氷はスッと立ち上がると、誰にも気付かれもしないまま、闇の中へと気配を消した。
…何か、九尾の『認識阻害』に似てるな。いきなり存在感が薄れる。まぁ…九尾のように完全に消える訳では無いけど。それでも、注意しないと気付かないってのは…猟犬としての強みかも知れない。
「やれやれ…」
九尾は溜息を吐くと、両手を上げて背中を伸ばした。
九尾が氷と、あんな賭けをするとは思わなかった。氷を試す為だろうか?
知られてしまうのが、非常に嫌そうに感じたけど…絶対に知られない自信がある…のかな?
そこまで九尾が嫌がるってなると、俄然興味が湧いてしまう。無理強いで聴き出すのは良くない。
…でも、賭けを言い出したのは九尾なんだから…。
私は心の奥で、氷の応援をしてしまう。
ーー頑張れ、氷。そして、ご褒美ゲットだぜっ!
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




