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胎動の刻―侵食の叫び『香月①』

世界は、沈黙の奥で胎動する――


芽吹きは命の兆し。

だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。


風は優しく、花は揺れ、

それでも確かに、何かが侵されていく。


交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――


いま、侵食の夜を迎える。

『香月①』


買い出しからマリンと氷が戻ると、私達は西辺境地域を目指して出発した。

九尾は『大丈夫』と断言していたが、やはり…マリンと氷のコンビでの買い出しは気が気じゃ無い。戻るまで、どうしても…ソワソワしてしまった。

けれど二株は、九尾が話す通りに、しっかりと任務を完了させて無事に戻ってきた。

まぁ…氷の目付きは最悪で、表情が激オコのソレだったけれど…。


南辺境伯の悪事のせいで、食料は高騰しているし、貧しい村ならば、食料すら蓄えられていない可能性もあった。

でも向かった村では、幸いにも…西からの行商人から食料品を大量に格安で譲ってもらったばかりだったらしく、マリン達も購入する事が出来たみたいだった。

もちろん西からの行商人は、辺境伯の目を盗んで訪れている。今の現状を憂いた株達が、貧しい村々を回っているらしい。

辺境伯に見つかって、捕らえられたら…命は無いかも知れないのに。勇敢な株達も居るのだな…と、私は感動を隠せずに居た。

西から来たと言うのなら…もしかすると西辺境伯・白夜の父親の耳にも南辺境伯の悪事は届いているのかも知れないな。『悪事千里を走る』とも言われているし…。

直接に関与してしまうと、色々と問題になるだろう。王都へ陳情書を送り…結果が出るまでの間、影から民を守ろうと…行商人を刺し向けているのかも知れない。場合に寄っては、襲われたら返り討ち的な…手練れだったりするのかも?

…いや、まさかねぇ〜。流石にソレは考え過ぎかな。

そんな事を考えながら…旅に出る前にマリンが用意してくれた籠の中で丸くなる。


ラプティスの脚速い。馬ならば三日は掛かる道のりを、半分で移動出来るのは有り難い。

氷が乗ってきた馬は、ラプティスの走りに伴走させると潰れてしまうので…氷は馬を離してしまった。

今は車体の屋根に乗り、周囲を警戒している役目を担っている。

離された馬は、自力で戻れるらしい…なかなかの帰巣本能だ。私の世界の馬もそうなのだろうか?いや…そんな話しは聞いた事無いよなぁ。

やっぱり異世界だから?知ってるモノでも、何かが違うのかも知れない。


休憩は、子苗達が居るから多めに取るようにしていた。

その度に、子苗達をラプティスの背から車体の中へ、飽きたらまたラプティスの背へと移動させる。ずっとラプティスの背に乗っているのも疲れるだろうから…という配慮だ。

子苗達が車体の中に居る間は、天使が魔剣と相乗りをしている。その間の警戒は九尾が担当していた。


誰とも行き合う事も無く…街道を西へと直走る。

道が整備されているから、ラプティス達も走りやすそうだ。私はうつらうつらと眠りながら、目覚めると窓の外を眺める。

青く美しい湖畔と、周囲に繁る緑鮮やかな木々が醸し出す絵画のような風景が、淡い若草色の絨毯を敷き詰めたような爽やかな草原になり。

夕暮れを迎え頃には…山を臨む森の中へと街道を進んでいた。


どうやら、西辺境地域『香月』は緩やかな山に囲まれた盆地地域らしい。この山を越えれば、ベヌスタ属の里だ。

どんな所だろうか?白夜や九尾が好んで着ている服は、和服っぽい。この世界に『和風』って概念があるのか分からないけど…私の居た世界の『和風』に他ならない。

服装が和風なら、建築物はどうなんだろう?民が暮らす家や、辺境伯の屋敷とか。

王都の城は…真っ白で、如何にもファンタジー世界の『王城』って佇まいだった。もしくは、中世ヨーロッパ辺りにありそうな雰囲気?いや、その位の年代だと…石造りだろうから、あそこまで真っ白って事は無いのかな…。


街道はこのまま山越えをして、香月まで続いている。このまま進む事も可能だけれど…整備されてるとは言え、夜道は危険を伴う。安全を期して、私達は山の手前で一夜を明かす事にした。

街道から外れて進み、キャンプ地を見つけると、皆は手際良く、野営の準備をする。

しかし…僅か一日で西辺境地域まで辿り着くとは…恐るべしラプティスの脚力。でも、流石に皆は疲れて居るみたいで、言葉少なく、黙々と準備をして居た。

元気なのは…ラプティスだけかも?

あれだけ走ったのに、疲れを感じさせずに、雫からキャベツを貰って喜んでいる。一枚づつ器用に葉を毟って食べる姿は、とても愛らしく、見飽きる事は無い。子苗達も笑顔になって、その食事風景を眺めている。


九尾が火を熾し、マリンがお湯を沸かして、皆にお茶を振る舞う。

落ち着いてから、食事を作るのがマリン流だ。

皆が焚火の周りに集まり、マリンが用意したお茶を飲む。視線は、ラプティスと子苗達に注がれている。

「流石に疲れたなぁ…」

九尾がふと言葉を漏らすと、皆が頷く。

「あの距離を、こんな短時間で移動したのですから…当然ですわ。」

白夜が自分の背中に手を回して、トントンと叩く。

「背中がバキバキになってしまいました…。」

ずっとポノに跨って走っていたから、背中の筋肉が固まってしまったのだろう。

「でも…ラプティスの走りは爽快でしたわ。」

そう話すと、白夜はにっこりと微笑む。それは、今だにラプティスに乗れない白帝城への当て付けだろうか?

同じように感じたのだろう…白帝城は苦笑いを浮かべた。

白夜も意地悪な事を言うなぁ〜。

その白帝城の顔が、ふと真剣味を帯びた。

「…誰か、来たな。」

その一言で、皆に緊張が走った。

マリンは、速やかに雫と子苗達の元へ移動する。追いかけるように天使も続く。

氷が九尾の影に移動して

「兄貴、…俺が。」

と小さく尋ねた。

その問いに、九尾は首を振る。

「南なら頼むが…もう西辺境領地に入っている。今は様子を見よう」

氷は素直に頷くと、周囲の警戒をするように気配を探り出す。

「結界内に入ってきた…と言う事は、あからさまな敵意や悪意は無いのだろう。」

白帝城はそう呟くと、座り込んだままお茶を堪能していた。魔剣は愛用の剣を顕現させると、それを抱きしめるようにして、眼を閉じて座っている。


張り詰めた空気の中…。森の中を早足で歩く足音が私の耳に届いた。その音は、次第にリズミカルになり、走り出したのだと感じる事が出来た。

「…走ってる。山の麓の方…こっちに来るよ」

私は座っている九尾の膝の上に乗ると、皆に注意喚起する為に呟いた。

皆が山の方角を注視する中、一株の姿が見えてくる。

その株は、真っ直ぐに焚火の周りに集まる私達の元に走り寄りながら

「お嬢様っ!?」

と叫んだ。

少し低い女性の声。肩で息をしながら、スピードを落として歩み寄る。

薄明かりの中、その女性の姿がはっきりと見えるようになると…何故か、白夜が数歩後退りをした。

ん?

「お嬢様っ!御無事でしたか…。何も言わずに、数日も留守にしてっ!どれだけ心配したかっ!」

藍色の作務衣を着た女性は、白夜に詰め寄っていく。

あ、上着は作務衣みたいだけど…下はゆったりとしたサルエルパンツっぽいな。

「あー…銀朱?その…ごめんなさい…」

白夜は苦笑いを浮かべつつ、ジリジリと後退していく。

どうやら白夜の知り合いだと分かると、張り詰めていた緊張の糸は途切れる。

「あー…銀朱、では有りませんっ!お館様様も大変ご心配をなさっておいでです!一体全体、何処に行ってらっしゃったんですかっ。」

白夜が後退した分、銀朱と呼ばれて女性は詰め寄って行く。

「そのぅ…話すと長くなるので、後程父上に直接お話ししたいと思って…。銀朱…父上のお叱りを受けてしまったわよね?」

白夜が銀朱を気遣うように、言葉を掛けると、銀朱と呼ばれて女性は盛大な溜息を付いた。

「そりゃーもぅ…たんまりとお叱りを受けましたよ。お嬢様が自由奔放なのは知っておりますが…せめて銀朱には話してくれても、良くないですか?」

少し淋しそうに肩を落とし、俯く銀朱。それを見て、白夜は心が痛んだのか…銀朱の肩にそっと手を置くと

「本当にごめんなさい…。」

と謝った。

銀朱は俯きながら、口角を僅かに上げて…ニヤリと笑った。

そして、パッと体勢を変えると…白夜の片手を捻り上げて、あっという間に押さえ込んでしまった。

「っ!? ちょ、待って!痛いってばっ!銀朱っ!」

白夜が喚くが、銀朱は冷ややかな顔で微笑む。

「どうせ、銀朱を丸め込んで…この場から逃げるおつもりでしょう?逃しませんよっ。」

銀朱はギリギリと腕を捻じ上げる。

その光景を、私達は呆気に取られて眺めるだけだった。

「に、逃げないってばっ!」

「そう言いながら、いつも逃げるでしょっ!?」

「いや、本当に逃げないわよっ!ほら…連れも居るんだからっ!一緒に香月に戻る途中なのっ!」

白夜の悲鳴が混じる話しに、やっと銀朱の注意が私達へと移った。それを確認したように、九尾がやれやれ…と重そうな腰を上げて立ち上がる。

「銀朱。久しぶりだな…。すまないが、白夜を離してやってくれないか?」

九尾がそう銀朱に声を掛けると、銀朱は驚いたように眼を丸くして…白夜の腕を即座に離した。

「颯真様ーーいえ、九尾様…ですか?お久しゅうございます。…まさか、お嬢様が九尾様とご一緒とは存ぜず…失礼致しました。」

銀朱は片膝を地面に付き、九尾に頭を垂れた。

銀朱は、余程白夜の心配をして居たんだろう。白夜ばかりを注視していて、一緒にこの場に居る私達の存在を完全にスルーしていたようだ。

九尾は傅く銀朱の肩に手を乗せると、困ったように笑顔を浮かべた。

「堅苦しいのは、やめてくれ。そういうのは苦手なんだよ…。でも、銀朱は全然変わらないなぁ〜。」

「九尾様は、とても御立派になられましたねぇ…。」

銀朱が嬉しそうに笑う。

何だ…九尾とも顔見知りだったみたいだ。

懐かしそうに、眼を細める銀朱の笑顔に比べ、九尾の笑顔が少しぎこちなく感じる。

捻り上げられた肩を摩りながら、白夜は小声で「助かったぁ…」と呟いた。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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