胎動の刻―侵食の叫び『花守の湖畔②』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『花守の湖畔②』
鴉は嫌がる夾竹桃の襟首を摘み、そのまま大空に舞い上がった。
「いやぁぁーっ!」
夾竹桃の悲鳴が、ルアセル湖の水面を揺す。
「は、は、白帝城さまぁーっ!夾ちゃんは…もぅ駄目ですぅ〜。どうか…お元気でぇぇ〜っ!」
悲壮な夾竹桃の叫びに、白帝城は苦笑いをしながら手を振る。
「夾竹桃殿。また西で、再会できるのを楽しみにしております。」
「はぅっ〜!ちょっと困り顔をしてる白帝城様も…素敵っ!ヤバい…永遠に見てられるっ!てか、見てたいっ!!
夾ちゃんに会えるのを楽しみに…って!そんな殺し文句をっ!?ヤバい
夾ちゃん召されそう〜っ!」
上空で夾竹桃は喚き声を拡散しながら、鴉に吊されたまま、その姿は小さくなっていく。
夾竹桃の声が聞こえてこなくなった頃、魔剣が盛大な溜息を吐いた。
「なんなんだ…アレは。本当に精霊なのか?」
その言葉に、天使がクスリと笑う。
「魔剣…夾ちゃんさんに懐かれていましたね…。」
「ちがっ!懐かれた訳ではないっ!ずっと白帝城の話しを一方的に聞かされただけだっ!」
慌てながら魔剣は天使に弁明する。変な誤解をされたのではないか…と思ってるみたいだけど…天使の笑顔からすると、揶揄われてるってのが正解じゃないかな?
「夾竹桃殿が…私の話しを魔剣に?一体何を話していたんだ。」
白帝城が思案顔で魔剣に問う。
「いや…よく分からん。白帝城が素敵だの、素晴らしいだの…尊さを何で理解出来ないんだ…と詰め寄られたな…全く、鬱陶しにも程がある。」
魔剣が心底嫌そうに話すので、天使と白夜が笑いだす。
「ほう…夾竹桃殿は私の素晴らしさを理解しておられるのか。それは喜ばしい話ではないか。」
白帝城がご満悦そうに頷く。
「えっ。お前、それ、本気で言ってる?」
呆れたように九尾が突っ込みを入れるが、白帝城は「ん?」と首を傾げるだけだった。
「うっわ…こいつ、マジだわ。」
九尾がドン引きしながら、一歩白帝城から距離を取った。
「白帝城様も…なかなかですわね。」
白夜も若干引きながら、苦笑いを浮かべる。
「白帝城らしくて…良いと思いますよ?」
天使は動じる事なく、にっこりと微笑む。その手は、ガッチリと魔剣の服の裾を握りしめていて…。
アレ?天使は魔剣を揶揄って、あんな事を行言ったと思ったんだけど…割とマジでヤキモチ妬いてた?
私は雫に抱かれながら、いつもの賑やかな風景を眺めてる。
雫は、その輪に入らずに…私が鴉から聞かされた話しを、ずっと考えているようだった。
精霊の祝福ーー受ける事によって起きる弊害。遥か昔に起きた出来事…厄神の存在。立ち去る神が与えた置き土産が、『葉力』だったという事実。
雫の頭の中には、今まで読んだ全ての文献、研究資料、論文、架空のお伽話まで…ありとあらゆる情報がインプットされている。
それらと、鴉の語りを照らし合わせてるに違いない。
ーーまだ、こんな幼い少女なのに…。
私は居た堪れない気持ちになって、爪を出さないように気をつけながら雫の艶やかな頬に手を伸ばす。
肉球に弾力ある頬の感触が伝わると、雫が伏せていた淡青の瞳を私に向けた。
「ん?」
雫はあどけない微笑みを浮かべて、小首を傾げる。
「コンを詰めすぎないで…まだ時間はあるよ。ゆっくり考えよう。」
雫は性格上、ひとつの事に集中すると、寝食を怠る癖がある。集中力が半端ない、持続力があり過ぎる…とも言えるが、こんな旅の途中でぶっ倒れたら…目も当てられ無い。
怪我や病気なら、天使の『癒しの光』で回復できるけど、疲労の回復は見込めない。
「ん。…そうだね。西辺境地に着いてからゆっくり考察する。…鴉に尋ねたい事もあるし。それからにするよ。」
私の心配を感じとったのか、雫は安心させるように微笑んで見せた。
「そうと決まれば…早く西の香月に向かわなくちゃっ!」
雫は、私を抱いたまま小走りで九尾の元へと向かった。
雫に促されるように、皆が出発の準備を始める。
そう言えば、マリンと氷の姿が見当たらない。子苗達と一緒に遊んでいるのかと思ったんだけど…。
「ねぇ、マリンと氷は?」
私はラプティスの手綱のチェックをしている九尾に声を掛けた。
「うん?ああ、二株には買い出しを頼んだ。近くに村があるらしいからさ…まぁ、南辺境の情勢じゃ、ろくな物は買えないだろうけど。無いよりマシだろ?」
九尾の言葉にギョッとする。
え…あの仲の悪いマリンと氷で買い物?それって、何か…めっちゃトラブルフラグ立ってない?
「輪は心配か?」
九尾が手を休めて私を振り返る。
「だって…」
めちゃくちゃ険悪な雰囲気だったし。心配になるだろ、そりゃ…。
「大丈夫だ。買い出しって任務を与えたんだ。喧嘩っ早いが、任務はしっかりこなす奴等だよ。まぁ…戻って来たら、また角を突き合わすかもだけど…。」
九尾は、「はは…」っと、困ったように苦笑いを浮かべる。
マリンも氷も…与えられた任務は絶対にこなす。プロって事か…。
そんな二株を、九尾は信頼してる。
「九尾がそう言うなら…大丈夫だね。しかし…何でアソコまで険悪になるのかなぁ?」
ラプティスの手綱のチェックが終わったらしい九尾は、私を抱き上げる。
「俺が聞きたいよ…。」
フサフサの九尾の9枚の尻尾が、シュンと垂れさがる。あら…珍しい。普通に接しているけど、精神的ストレスを感じているのかな。
「慕ってくれるのは…正直嬉しいんだけどな。」
九尾が、照れ臭そうに笑顔を見せる。
「まぁ、九尾は『良い男』だし?慕われるってのも当然みたいな?」
私はニヤリと笑い、茶化すようにそう言うと
「おっ?輪も中々言うじゃないか。まぁ…そりゃ、当然だな。自明の理ってヤツだ。」
フサフサの尻尾をゆらゆらと揺らしながら、九尾は太々しく笑う。
うん、調子出て来たね。
「まだ氷は良い方じゃない?…白帝城みたいに、夾竹桃に好かれたら…。」
私の言葉に、九尾はゾッとしたように身体を震わせた。
「恐ろしい事を言うなよなぁ…。本当、アレを平然と受け入れてる白帝城の精神力は…常軌を逸していると思うぞ?」
九尾の言葉に、私は深く頷く。全くその通りだと思う…。
目の前で、あんな風に褒め称えられ騒がれたら…普通の精神では居た堪れない。
恥ずかしくて、逃げ出すでしょ。
それこそ…褒められ慣れてる。それが当然だし、何ならもっと上げてくれって…精神じゃないと、耐えられないだろう。
そう考えると…白帝城って「アイドル」向きなのかも知れない。
「でも夾竹桃には悪気は全く無い訳で…何なら純真無垢って子だよ?真性のオタクだけど…。」
「分からなくもないけど。それより…オタクって、何だよ?」
九尾がキョトンとして聞いてくる。
あーあ…そうかぁ。そうだよねぇ。知らないよねぇ…そりゃ、そうだ。
「流石にそこまで調べてないかぁ。んとね…私の世界にある言葉で。
そうだなぁ…特定のモノに対して、熱狂的な熱量で愛情を注ぐ方々を指す言葉かな。物だったり、人物だったり、空想上のキャラクターだっり…。夾竹桃は、所謂『ドルオタ』って感じで。アイドルオタクの略語なんだけどね。白帝城を推すオタクって事かな。」
こんな説明で伝わるのか?
不安になりつつ、九尾の様子を見ると…納得したような顔をして頷いていた。
「なるほど…。白帝城をアイドルと見立てて…熱狂的に愛情を注いでる…と。でも、それ…危なくないか?」
そう言う不安も出てくるのは当然だな。実際に、やべー方々も多少存在してるのは確かだし。でも…夾竹桃はそうじゃ無い。それは断言出来る。
「夾竹桃は大丈夫だと思う。本来、オタクの『推し』ってのは、相手から見返りを求めずに、相手を応援して活躍するのを見て満足する…ってモノだから。夾竹桃は白帝城から好かれたいって思いより、『見ていたい』『傍に居たい』『役に立ちたい』みたいな、欲求ばっかりだと思うんだよねぇ〜。」
私の話しに九尾は思い当たる事があったらしく
「そう言われると…そうか。」
と頷いてみせた。
「だから、たまに白帝城が夾竹桃に何かをやったり、言ったりすると…夾竹桃は恐縮しちゃって『ヤダヤダ…やめてぇ〜っ!』ってなる。」
夾竹桃の声音を真似して話すと、九尾が…プッと吹き出した。
「クック…似てんじゃんっ。なるほど、なるほど…納得したよ。『熱狂的に愛情を注ぐ』何て言われると、そのうちに…こんなに想っているのに、何で愛してくれないんだっ?って逆上するのかと、不安になっちまったよ。」
笑いながら、九尾は安心したように言う。
「私の世界には…そうやって逆上する方々も居るけどねぇ。その時点で、その方々は『オタク』じゃないからさぁ〜。」
私の言葉に、九尾は興味をそそられた様子で
「輪の世界には、面白い言葉が沢山あるんだな〜!また、何か教えてくれよ。雫も喜びそうだし…」
と、言いながら笑う。
「良いよぉ〜。雫も誘って『輪の住む世界の用語集』とか作っちゃう?」
ケラケラと楽しそうに九尾が笑う。
「いーじゃん、それ。マヤも加えるかぁ〜?もしかすると、じーさんも加入するかもだぞ。」
「じーちゃんの参加…ありそうで嫌だなぁ〜!のんびりし過ぎて、話し進まなそうっ。」
「確かに!」
九尾と私は、ケタケタと笑い転げる。笑い声が響き、不思議そうに此方を見ている魔剣と眼があった。
そのキョトンとした表情を見て…また笑いを誘われてしまう。
マリンと氷が戻ったら、いよいよ西辺境地域『香月』へと向かう。
西で、何かが待ち受けてる…。
そんな不安を、私は笑い飛ばした。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




