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胎動の刻―侵食の叫び『花守の湖畔①』

世界は、沈黙の奥で胎動する――


芽吹きは命の兆し。

だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。


風は優しく、花は揺れ、

それでも確かに、何かが侵されていく。


交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――


いま、侵食の夜を迎える。

『花守の湖畔①』


鴉の誘いで、私達は西辺境地域に向かう事になった。

教会の企みは明るみになったものの…女王陛下の行方は分からないまま。一旦は引いたネブラミスが、また襲ってくる可能性もある。そして…去り際に現れた邪神の影…。

不安要素を上げたらキリが無い。本来ならば、王都へ戻り、アストロ宰相に直接報告して、今後を話し合うのが筋だろう。

それでも西に向かう事を決定したのは、救出した子苗達の安全を確保する為でもある。

南に戻すのは論外として、王都まで行くには遠すぎる。ここから1番近い都市…西辺境地域「香月」。白夜と九尾の故郷で、ベヌスタ属が住まう土地。

白夜の話では、城下町の穂ノ守には、領主の奥方様…白夜の母親が手掛ける孤児院があるらしい。

そこならば、信用も出来るし、絶対に安全だと…白帝城が渋る九尾を説き伏せて、西へ向かう事に決まったのだ。

何より子苗の安全を願う九尾なのに、なんで西辺境地域に行くのを渋るんだろう。

アレかな。前に私に話してくれた…誘拐されて、何とか故郷に戻ったものの…何だかんだあって出奔した…って。それが気まずいから…とか?

それとも、白夜の許嫁の件だったりするのかも?

渋ってみたものの、子苗達の身の安全、今後の生活保証を考えると、白夜の母親の世話になるのが1番だろう…と、九尾は納得したらしいけどね。


「香月は、山に囲まれておりまして、農業が盛んな長閑な地域ですわ。母が営む孤児院では、四季折々の野菜や果物を育てたり、布織物や加工品など幅広く手掛けておりますわ。

もちろん作業の無理強いは致しませんことよ?あくまで自主性を重んじておりますので、ご安心下さいませ。そうですわねぇ…孤児になった子苗達の職業訓練…みたいな感じだと捉えて頂けます?

そうやって手に職を付けたり、農業の基礎を学んだり。学術を学ぶ機会も設けておりますから、興味がある子苗は学問の道に進むのも可能ですのよ?」

子苗達を香月の孤児院に…と、白帝城が提案した時に、そう白夜が饒舌に説明をしていた。


「それから…一番心配しているのは教会の存在、ですわね?それならば、香月は安全だと思いますわ。何故ならば…西辺境伯の父が教会施設の建物を撤去しておりますし、その関係者は皆、出奔してしまったようです。もともと、香月は独自の文化が栄えておりますし、どちらかと言えば『精霊信仰』が主流ですから…神を崇める者達には住み難い土地だったのでしょう。でも…奴等は地下に潜る者。私の方から、父により安全になるように、徹底的に調べる事を進言したいと考えておりますわ。これは子苗達の為だけではなく…香月に住まう全ての民の為。きっとお聞き入れて頂けると思います。」

白夜は真っ直ぐな眼をして、そう言い切った。

辺境伯の父親を信頼している…と言うのもあるだろうけど。その眼に宿る光は、民を守る…領主としての信念みたいなものを感じた。

まるで…白帝城みたいだなぁ〜と思ったのは、秘密にしておこう。

白夜に話したら、きっと微妙な顔をしそうな気がするから…。


行きにも眺めた、美しいルアセル湖。

その辺りで休憩を挟む。

初めて見る湖の広大さに、子苗達の声が弾む。

「うっわーっ!ひっろーいっ!!」

「スッゲー!」

「綺麗だねぇーっ!見て見て、ホラ、アソコに水鳥の群れが居るよ!可愛いっ!!」

はしゃいで走り出す子苗達の後ろを、白帝城が追いかけていく。

「ホラ、そんなに走ったら転ぶぞっ?騒いだら水鳥達を驚かせてしまうから…静かに見よう。」

白帝城の注意を素直に聞き入れて、子苗達は白帝城の両手にぶら下がるように手を繋ぐ。

「ほら、兄ちゃんも早く行こうよっ!逃げちゃうから〜」

手を繋げなかった1番年上の少年が、白帝城の背中を押して急がせる。

「兄ちゃんも一緒に見よ〜ね。」

1番幼い少女がギュッと白帝城の手を握り締めて、あどけない笑みを浮かべた。

「そうだな。一緒に見に行こう。」

白帝城が優しく微笑み返すと、少女は頬を赤く染めながら元気に頷いた。

「やったーっ!じゃ、早く行こうよ」

もう片方の手を握る大人しそうな少年が、白帝城の腕を引き歩き出した。

「焦らなくても大丈夫だ…静かにゆっくり近くに行こう。」

ワイワイと子苗達と共に、白帝城が少し離れた水辺に群がる水鳥を眺めに、その場を離れていく。


いや…も、何て言うか…保育園の先生と生徒みたいな光景だねぇ。

私がほのぼのとしながら、そんな事を考えていると、全く同じような事を思っていた九尾が口を開いた。

「いや…白帝城があんなに子苗達の面倒を見るとは…以外だったなぁ。大人気じゃないか。なんつーか、親か?って思ってしまう…。」

多分…このメンバーの中では、1番子苗好きっぽい九尾はショックを隠せないのかも知れないな。

「アレっスね?白帝城様の美しさは、老若男女を虜にする…って、ヤツっスねっ!」

氷が九尾の後ろから話しかけてくる。

「外見の話しでは無いだろ。」

その横から、魔剣が氷に突っ込みを入れてきた。

うん、私もそう言おうと思ったよ。

「えぇっ?…そうっスかねぇ。」

不満そうに氷は唇を尖らせる。

そんな顔すると…氷ってまだ幼いんだなぁ〜って感じてしまうんだよね。

「だって、ホラ…あの女の子。頬を染めて手を繋いでいるじゃないっスかぁ!絶対、白帝城様の色香に魅了されてるヤツっスよっ!!」

氷の指摘は……確かにそうかも知れない。


「…白帝城が…色香で…幼な子を虜に?」

ワナワナと身体を震わせながら、夾竹桃がやってくる。そして、私の隣にペタンと座り込んだ。

「ヤバい…白帝城様がっ!幼な子に手を引かれながら…笑ってるっ!何っ!?あの図柄っ!ヤバくない?尊い…って言うか、清らか過ぎじゃないっ!?あの笑顔、ヤバ過ぎないっ!?もぅ、語尾が死んだっ!!あああ…こうして万人に白帝城様の尊さが知れ渡っていくんだわぁ〜っ!!今、夾ちゃんは、白帝城様の麗しさを讃える1ページを目撃しているんだっ!!?」

夾竹桃のオタ発作が始まり、早口で白帝城の麗しさを讃え出す。

途端に、九尾がうんざりしたように肩を落として、溜息を吐いた。

「…兄貴ぃ…どうしたんんっスか?」

氷が敏感に反応して、九尾の顔を覗き込む。

「あぁ…そうか。氷には見聞き出来ないのか…。まぁ、色々とあんだよ。」

九尾が氷の肩を抱くと、その場から逃げるように離れていく。


「…お前、五月蝿い。」

キャワキャワと座り込んで騒ぐ夾竹桃を見下ろしながら、魔剣が言い放つ。あ、それ…直接言っちゃうんだ…。

「なっ!!?」

夾竹桃が顔を上げると、魔剣を睨み付けた。

「ちょ、五月蝿いって…酷くないっ!?白帝城様の麗しさが、貴方には分からないのっ!?」

夾竹桃は鬼の形相で立ち上がり、魔剣の前に立ちはだかる。

「…知らん。」

「なっ!?し、知らんって…貴方、えと…黒いから…魔剣でしょ!?そうよね?

知らんって、どーいう事よっ!白帝城様の仲間でしょ?いつも一緒に居るんでしょっ!?…羨ましい…。

じゃなくてっ!何で、あの、麗しさや尊さを理解してないのっ!

夾ちゃん、激怒しちゃうっ!もう、本当に、信じられないんですけどぉーっっ!!」

私は耳をペタンと伏せる。魔剣じゃないけど、五月蝿いって言いたくもなるよなぁ。

夾竹桃の声は、甘ったるいけど甲高いから…興奮して早口になると、結構耳障りなんだよなぁ。

に、しても。夾竹桃の魔剣に対する憤慨が、「精霊に対する無礼」では無くて、「白帝城様の尊さ」を理解しないって事って言うのが…何ともはや…。

「あっーっ!!もう、五月蝿いっ!オレは知らんっ!興味も無いわっ!!」

魔剣がブチ切れて叫び声を上げた。

そして、プイッと夾竹桃に背を向けて歩き出してしまった。

「ちょっ!待ちなさいよっ!今、興味無いって言ったわよねっ!?

だったら、興味が湧くように…白帝城様の素晴らしさを、夾ちゃんが教えてあげるっ!

ちょっ、待ちなさいってばっ!!」

夾竹桃が、去っていく魔剣を追いかけて行く。あ〜あ。魔剣、夾竹桃に完全にロックオンされたな…ご愁傷様…。後で、魔剣を慰めてあげよう…。


皆が離れ、各々が思いのまま寛ぎ始める。やっと静かになった…と、私は息をゆっくりと吐き出した。

見れば子苗達の元に、ラプティス達も加わり遊んでいた。水鳥は…逃げてしまったみたいだ。少しは観察出来たのかなぁ…。

ぼんやりとそんな事を思いながら白帝城達を眺めていると。羽ばたきの音が聞こえ、大きな鴉が舞い降りた。

「全く…騒がしい奴等だね。いつもこうなのかい?」

硝子の瞳で、私を見下ろす。

本当に、デカいな…私の倍の大きさがありそうだ。

「まぁ、子苗達も居るし。夾竹桃があんなだから…賑やかになってるだけかな。」

「あぁ…そうかい。本当にあの馬鹿娘は騒がしいから…悪かったね。迷惑をかけて。」

鴉が、私から離れた場所で魔剣と問答している夾竹桃へと視線を移す。

「そこまで…迷惑になってないと思うよ?皆も精霊と話せるようになって、助かる部分もあるのは確かだと思うし。」

「助かる…ねぇ。」

鴉が話し難そうに、言い淀む。

「言ったろ。アンタらが考えるより良い事ばかりじゃないって…。」

「ソレっ!聞きたいと思ってた。ソレって、どう言う意味?」

私は鴉の視線の中に入ろうと、身体を起こして向き合う。

「ハオルチア達は…葉力って力を持って生まれて来る。それは…遥か昔に神から与えられた能力。遺伝子に組み込まれた能力って事は理解してるかい?」

鴉が静かな瞳で私を見つめる。

「…神が与えた能力?それって…霊力って事なんじゃ…」

「…全く、ザナフも説明するならしっかりとやりゃ良いのに…中途半端な奴だよ、本当。」

鴉は肩を…羽を落として溜息を吐いた。


「…遥か昔。この地に忌み神が産まれた。忌み神は、全てを腐らせ、無へと返す。厄神だ。その頃は、神々がこの地を統べていたが…厄神の力は強大で、神々は敗れ、天界へと逃げ帰ってしまった。」

「え…」

鴉は、ふぅ…と息を吐く。

「今じゃ、誰も知らない過去の話しさね。唯一の生き証人は…ザナフかね? ま、そんな時に…神々が、残していくハオルチア達に能力を授けて戻って行った…ってのが、葉力の始まりさ。」

「忌み神…邪神?」

私の問いに、鴉は首を振る。

「それは、アタシにも分からない…。生まれ持った葉力単品ならば、精霊が喰われる恐れは無い。が、相性が良く無い。新たに宿った力が、葉力と反発する恐れがある…。精神を病んだり、身体を壊したり…中には膨大な精霊力に振り回されて、身を滅ぼす力を使っちまった株も居た…って話しさ。理解したかい?」

鴉が私の瞳を覗き込む。

「だから、祝福を与えたからには…アタシ達はハオルチア達を護る義務がある。能力が反発しないように調整し、使い熟せるように鍛える。精神が病まないように導き、決してその身を滅ぼすような…愚かな行為をさせない。」

鴉は硝子の瞳を空へと移す。

「昔…聞いた話しだ。ザナフが祝福を与えた株が…その身を滅ぼす力を使っちまった…。それ以来、ザナフはハオルチア達から距離を置いちまったんだ。あんなに…ハオルチアが好きなのに…。アタシゃ、あの馬鹿娘に、ザナフと同じ苦しみを味合わせたくないんだよ。だから…アタシは手を貸す事にしたんだ。」

鴉がふと我に返ったように、パチクリと瞬きを繰り返す。

「…お喋りが過ぎちまった。今のは…忘れてくれると助かるね。」

私はクスリと笑ってしまう。

口では夾竹桃を、馬鹿だの阿保だの罵るが…何だ、心配で堪らないんじゃないか。不肖の弟子かも知れないけど、本当に可愛くて仕方ないんだと伝わってきた。

「ん。秘密にしておくよ。」

私はニヤニヤ笑いが止まらないまま、そう約束をする。

「…その顔、何だか無性に腹が立ってくるが…まぁ、いい。アンタからも仲間に話しておきな。死にたくなきゃ、無闇矢鱈に精霊力を使うのは避ける事だね…。アタシだって、死なせたく無いんだからね。気をつけておくれってさ。」

「分かった。皆には注意しておくよ。でも…自分で話した方が良いじゃない?」

私の問いに鴉が首を傾げる。

「あの馬鹿娘を連れて、アタシ達は先に西へ戻る。馬鹿娘に振り回されて、疲れ果てた状態で西に来られても…鍛え甲斐ってもんが無くなるだろ?」

カカカッと鴉は笑う。

「それから…狐に伝えな。逃げたら地獄の果てまで追いかけるってねっ!向き合う時期だ…性根を据えなって。」

そんな脅し文句を言われるほどに、九尾は地元に帰るのが嫌だったのか?

私は戸惑いながらも、鴉に頷く。

「それじゃ、頼んだよ。」

鴉が大きな羽根を広げて、空へと舞い上がる。

「こっの、馬鹿娘ーっ!何やってんだい、いい加減にしなっーっ!!」

空中から、鴉の怒声が降り注ぐ。

雷を落とされた夾竹桃が、飛び上がって、魔剣の背中に隠れるのが見えた。

いきなり背中に回られて、驚き戸惑う魔剣の顔…。駄目だ、笑ってしまう。

鴉の話し…とても重要だ。祝福もそうだけど、厄神の話し…どの位昔の話しなんだろうか。雫に伝えなきゃ。きっと雫が欲しいピースの欠片なんじゃないかな…直感的にそう感じる。


でも、今は。このまま、笑っていよう…そう思った。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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