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鎖の刻ー萌芽の集『西への誘い』

――鎖に縛られていた過去が語られ、やがて集い始める者たち。


繋がりゆく命の鎖は、

微睡みの中で揺れる魂を、次なる刻へと導いていく。


小さな“萌芽”が、やがて世界を揺るがす日まで――

『西への誘い』


真っ黒な鴉は、車体の上に舞い降りた。それにしても…デカい鴉だな。普通の鴉の倍の大きさはありそうだ。

しかも、圧が凄い。鴉からは抑えきれぬ威圧感が溢れ出してる。

…本当に精霊なのか?

精霊王のじーちゃんでさえ、こんな威圧感を感じなかったが…。穏やかで暖かみを感じる、優しい春の陽射しのような雰囲気を纏った…樟木じーちゃん。対して、目の前の鴉は…真冬の北風のようだ。刺すような、冷たい風に身を竦ませるように…皆の身体が緊張して強張っている。

「ちょくら、邪魔するよ。」

鴉は羽根を畳み、車体の上から私達を見下ろす。

身体が大きく、存在感のある鴉に気を取られていて、気が付かなかったが…小さな鳩が従者のように、鴉の背後に控えている。

「それで…我らに何か御用ですか?」

白帝城が警戒しながら、鴉を見上げながら声を掛けた。

「ふんっ。お前さんの結界…中々の物だ…アタシの意思をしっかりと拒絶してた。流石は…ザナフの馬鹿が見込んだ株って事なのかねぇ?」

嗄れた女性の声。

ザナフ…って、じーちゃんの名前だった筈だ。精霊王を呼び付け?いやいや…馬鹿とか言ってたけど…。

「あぁ…お前がザナフの馬鹿のお気に入りかい?…なるほどねぇ、良い魂だ。しかし…獣の姿を与えるとは、馬鹿のやる事は分からないもんだ。」

鴉は私を見下ろしながら、「カカカッ」と笑った。

「…精霊様。意思を拒絶したとのお言葉でしたが、我らに害をなさんとお考えか?」

白帝城が目を細めて、鴉を睨む。身体からは葉力が溢れて、湯気の様に湧き上がる。

…白帝城の葉力が溢れるなんて…こんな現象は初めて見た。ゆらゆらと揺らぐ湯気…光を反射して、色めく。…綺麗だ。

鴉が害をなさんとしたら、即座に白帝城は対抗するだろう。それは、魔剣も同じ。白帝城の横で、鴉の隙を窺い続けている。

「ふんっ。血気盛んな奴等だねぇ?ま、嫌いじゃないよ…そういうのは。」

鴉は白帝城の問いには答えずに、羽根を啄みながら魔剣の殺気を受け流す。


「アタシがわざわざこんな場所まで来たのは…阿呆の夾竹桃に用があるからだ。」

「…夾竹桃殿のお知り合いか?」

白帝城がチラリと車体に視線を向けた。車体の中に、眠り続ける夾竹桃が居る。

「大した事は無いよ。アレは、不肖の弟子…アタシは、あの阿呆娘を叱りつけに来ただけさ。…そんな微かな思考に、アンタの結界は過敏に反応した…凄いもんだ。」

鴉か首を下げて、覗きこむように…その硝子の瞳に白帝城を映す。

「だから…その葉力は勿体ない。アンタは扱いきれてないね。」

「…どういう事でしょうか?」

鴉の値踏みするような視線に、白帝城は多少慄きながら聞き返す。

「…今は話す段階ではないねぇ。それより、阿呆な弟子だ。あの子は…あぁー、やっぱりだねぇ。」

鴉は深々と溜息を吐いた。そして振り返り、背後に控えている小鳩を呼ぶ。

「小梅。馬鹿を起こしておいで。」

小鳩は、トコトコと鴉に歩み寄る。

「おばば様…。そんな事をしたら、私はこの姿を維持出来なくなっちゃいますぅ。どうするんですか!雀になっちゃいますよぉ?」

小鳩が、鴉に文句を付けている。

…おばば様?やっぱり、かなりの高齢な精霊なのか。じーちゃんを名前呼びしてるって事は、もしかして同じ位の年齢か?いや、そもそも…じーちゃんは年齢不詳だしなぁ。

「雀も可愛いから良いだろ?…それとも何かい、小梅はアタシの決定に、歯向かうって言うのかい?」

鴉がギロリと睨むと、小梅と呼ばれた小鳩は震え上がった。

「…雀の姿で帰るの…大変だなぁ〜」

小鳩は、ぶつぶつと文句を言いながら

車体の中に入り込む。

「あの馬鹿は、一気に精霊力を使い…眠り込んでる。このままじゃ、失った力が満たされるまで何百年も寝ちまうからねぇ?だから、他者から精霊力を分け与えて、無理矢理起こすのさっ。

空の器を完全に満たしちまうと、今度は分け与えた小梅がやられちまう…。塩梅が難しい。

だけど、小梅は…いっちゃ何だが、こういうのに、慣れてるからねぇ。」

鴉は満足気に、車内に満たされていく小梅の精霊力を感じている。

そうやって放出した精霊力は、空っぽの夾竹桃が吸収していくのだろう。

小梅…やはり名前通りならば、梅の木の精霊だろうか?

「…全く、誰の思考だい?この姿が本当の姿の訳ないだろがっ。とんだ間抜けが居るね!」

鴉が馬鹿にしたように、カァーッと一声鳴いた。

「良いかいっ、よーくお聞きっ!アタシ達は西の聖域から来た精霊だ。アンタ達ハオルチアと会話する為に、物理的肉体を精霊力で構築した。祝福を受けてないヤツも紛れてんだろ?

姿は見えない、会話が聞こえないってんじゃ、話にならないからねっ!」

物理的に肉体を構築って…そんな荒技も出来るんだっ!?

じーちゃんは、鷹の置物に憑依してたけど…。

私の思考を聞き取った鴉が、首を傾げながら瞬きをする。

「ザナフのジジイの考えはまどろっこしくて、好きじゃないねぇ!体裁ばかり気にする、ただのカッコ付けさね!!」

じーちゃんをジジイ呼ばわり…。でも、そうか。鷹の置物に憑依したのは…カッコ付けだったのか。その方が、精霊として箔が上がるとか。おいそれと姿を見せない方が、有り難みがあるとか…。そんな簡単で単純な理由かも知れないな。

「鳥は移動が早いからね…だからさっ。」

鴉が誰かの思考を読み取り、何でこの姿で来たのかを説明が終わる頃…車内から、小さな雀がチョンチョンと飛び出てきた。

「おばば様。終わりましたぁ…やっぱり雀になっちゃいましたよぉ〜」

雀はチュンチュンと鳴きながら、羽根をバタつかせる。

ああ…精霊力を分け与えてしまったせいで、鳩の姿を維持するのが難しくなってしまったのか。だから、もっと小さな雀に…何か痛ましい話だ。


しかし…この世界で雀をこんな間近で見たのは初めてなんだけど。

何て言うか…こう、身体がウズウズするっていうか…本能が訴えかけてくるモノがあって。

私は尻尾を振りながら、身体を沈めてる。そして、チョンチョンと跳ね回る雀の姿をロックオンしていた。

いや、マズイだろ?雀といえど…相手は精霊だよ。分かっちゃいるが、争い違い衝動が、身体を突き動かす。

隙だらけの雀…。今、飛び掛かり、その小さな羽根を押さえてしまえば…

いやっ!何、考えてんだ、私はっ!?

「…チョイと、そこの狐や。その猫を取り押さえておくれでないかい?雀をヤラれちまったら困るんでねぇ…。」

鴉が私の衝動に気付き、釘を刺す。

九尾は、鴉に言われるまま私を抱き上げた。…良かった。狩猟本能のまま、雀を狩ってしまうかと思ったよ…

「輪…お前、何してんの?」

九尾が呆れるように呟く。

「ん…本能が…ごめん」

九尾の腕の中で、クタっと脱力しながら謝る。

「…かなり同調してきてるねぇ。なるほど、なるほど…。」

そんな私を、鴉は見つめながら呟いた。…同調って何の事?

鴉に疑問を投げ掛けようとした時に、車体の中から大きな欠伸をしながら、夾竹桃が出てきた。

「ふわぁ〜あ、いやぁーあ、良く寝ちゃったなぁ〜。ねね、ココは何処かなぁ?」

寝惚けたように、夾竹桃は私を抱く九尾に話しかけてくる。

「…っ!?は、白帝城様っ!? やばっっ!!寝起きの顔見られた…?いやぁぁーっ、恥ずいっっ!?」

近くに居る白帝城の存在に気づくと、真っ赤になりながら…身だしなみを気にし始める。…うん、夾竹桃は、寝起きでもテンションが高めで変だな…。

車体の上からはドス黒いオーラを見に纏う鴉が、プルプルと羽根を震わせいる。雀が慌てて、引っ込んでいった。

それに全く気付かない夾竹桃は、白帝城に話しかける。

「あの、あの…どうですかっ。私の祝福は…あの、私見えてますよねぇ…?」

白帝城は鴉を気にしつつも、夾竹桃の目覚めを喜んでいるようで。笑みを浮かべながら夾竹桃の手を取り、跪く。

「…夾竹桃殿。祝福の件、ご無理を強いてしまったようで…申し訳ない。貴女の姿を拝見しながら、会話が出来るなんて…夢のようです。有難う御座いました。」

胸に手を当てながら、傅く白帝城。夾竹桃は、逆に恐縮したように慌て出した。

「え。ヤダヤダヤダ…やめて下さいっ!そんな、勿体ないっ!!膝とか、汚れちゃうしぃーっ、も、頭とか下げなくて良いですからぁ〜!いや、もう、白帝城様が喜んでくれただけで…夾ちゃん幸せだしぃ〜?えへへ。」

白帝城にデレデレな夾竹桃。皆の視線が…呆れたように細めらていく。

ただ、鴉だけが。ブルブルと身体を戦慄かせる。そして…

「…夾竹桃…」

ドスの効いた低い呼びかけに、夾竹桃はビクッと身体を震わせた。

…やっと気づいたのか…と皆が内心ホッとしてしまう。あんな圧を車体の上から放出してるのに、夾竹桃が全く気付かないから…皆がヒヤヒヤしていたみたいだ。

「…アレ…鴉…もしかして…婆ちゃま…かなぁ?」

夾竹桃が一気に青ざめた顔をしながら、恐る恐る鴉の姿を確認した。

そして…ジリジリと後退りを始める。夾竹桃、逃げ腰になってるなぁー。

「お前…自分が何をしたのか。…分かってんのかい?」

圧を放出しながらも、鴉はあくまで静かに語りかけてくる。

私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。分かる…これは嵐の前の静けさだ。

「えっとぉ…?何、かなぁ〜?」

夾竹桃が、在らぬ方を見て…何かを誤魔化そうとしている。

「こっのっ!馬鹿たれがっ!!」

鴉の嗄れた怒声がビリビリと響きわたる。思わず、雫がマリンのスカートの影に隠れてしまう程だ。

「一体何をやってるんだいっ!!」

夾竹桃は鴉の怒声に飛び上がると、

「ひゃぁーっ」と悲鳴を上げながら、傍にいた白帝城のマントの中に隠れてしまった。

白帝城が困ったように狼狽える。

「隠れてんじゃないよっ!この、馬鹿娘がぁっ!? コッチは、ずっと心配して動向を見てたんだっ。言い逃れは出来ないからねっ!!」

アレか…腐食の魔女関連で、夾竹桃の動向を見てたって事か。んじゃ…鴉が怒る原因は…もしかして、私達?

鴉が、私に視線を向けた。

「こんな…一気に祝福を与えるなんて、自殺行為だろがっ!夾竹桃、分かってるのかいっ!小梅が力を分け与えてくれなきゃ…何百年も眠り続けてたか、下手すりゃ消えちまっていたんだよっ!!」

夾竹桃が白帝城のマントの中で、小刻みに震えている。見かねた白帝城が、震える夾竹桃の肩を優しく抱き寄せた。

「おばば様…とやら、怒鳴らないで頂けないだろうか?夾竹桃殿が怯えている…夾竹桃殿だけでは無い。我らには、幼子も居る。」

白帝城は視線をラプティス達と遊んでいた子苗達へと向けた。怒鳴り声は子苗達の処まで響いたらしく、動きを止めて怯えたようにラプティスの影に隠れて、こちらの様子を伺っていた。

鴉は子苗達を見ると、諦めたように深い溜息を吐いた。

「…すまないね。つい、馬鹿が浮かれてるモンで腹が立っちまったよ…もう、大声は出さないようにしよう。」

その言葉を聞いた九尾が、マリンに子苗達の元へ行くように指示を出した。と、言っても…言葉にした訳では無い。ただ、マリンと視線を合わせると、子苗たを見て、マリンに頷いて見せただけだった。

それだけで、九尾の言わんとする事を理解して、マリンは動き出す。

氷がぷぅーと膨れる。

「夾竹桃が迷惑をかけた。すまないね…。良いかい、お前達が思う程、精霊の祝福は良いモンじゃない…。アタシ達は神じゃない…神のように与えたまま放ったらかしって訳にはいかない。祝福したからには放置は出来ないんだ…ザナフがやりたがらなかった…それには理由があるんだけどね。全く…面倒な話さっ!!」

鴉が、嫌そうに…カァァーと鳴く。

「どう言う事だ?」

九尾が鴉の意図を読み取ろうと、目を細める。

「…祝福したからには、アタシ達はアンタ達を導かなきゃならないって事だ。一株だけでも大変だってーのに、こんっの馬鹿タレは…一気にやりやがってっ!どうする気だったんだいっ!?」

鴉の詰問に、夾竹桃は視線を迷わせる

「えぇーっとぉ…アレだよぉ。そのぅ…ねっ?ホラ、ちょっとづつさ…。」

夾竹桃の言葉は、しどろもどろで全く伝わらない。鴉は、再び深々と溜息を吐く。

「…考え無しかい…馬鹿タレ過ぎて、呆れ果てて言葉にならないねぇ…。」

「ちょっ!婆ちゃま、ひどぃーっ」

夾竹桃がそう漏らすと、キッと鴉は睨みを利かす。

「ひどいぃーじゃないっ!全く…少しは反省ってモンをしてもらわないとねっ!?阿呆娘、お前…西に来なっ!鍛え直しやるっ。」

「うぇぇーっ!?」

夾竹桃は嫌そうに悲鳴を上げた。

「アンタ達もだよ。西…ハオルチアの辺境伯の所に来なっ。錦…アンタの屋敷だ。アンタなら…アタシの聖域まで案内出来るだろ?」

錦と呼ばれて、白夜が身体をビクリと震わせる。

「聖域…禁域の郷…の事でしょうか?」

白夜が恐る恐る言葉にすると、鴉は満足そうに頷く。

「やはり、伊集院家の娘だね…良く学んでる。そうだ、そこまで来なっ。もちろん、アンタもだよ、狐。」

九尾がビクっと反応する。

あ、そうか…九尾も白夜もベヌスタ属だから、同郷なんだよな。

「西で、祝福を受けちまった全員を、アタシが鍛えてやるよ…。覚悟しなっ!」

カカカッと鴉が笑う。


ええーっと?

祝福と、鍛え直すのは関連があるのだろうか…。

鴉が話した…そんなに良いモンじゃなくて、じーちゃんがやりたがらない理由ってなんだろう?

鴉の有無を言わさない誘いに、私達は理由を尋ねる事も出来ないまま…頷くしかない。

皆が溜息を吐く中で、鴉が満足気に「カァァーッ」と笑うように鳴いた。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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