鎖の刻ー萌芽の集『小さな奇跡』
――鎖に縛られていた過去が語られ、やがて集い始める者たち。
繋がりゆく命の鎖は、
微睡みの中で揺れる魂を、次なる刻へと導いていく。
小さな“萌芽”が、やがて世界を揺るがす日まで――
『小さな奇跡』
九尾と氷が小川から戻ると、白帝城は子苗が亡くなった事を告げた。
「…そうか。」
九尾の小さな呟きと、閉じた眼差し。救えなかった後悔が、天へと召された小さな命の尊さ…その悲しみが重過ぎて、開けていられないかのように…瞼を伏せたように思えた。
「…救出した子苗、亡くなっちゃったんスかぁ〜。残念っスね…。」
横から氷が口を挟む。
全く残念そうに聞こえないのが、本当に残念だよ…。
「あっ。俺、綺麗な場所、知ってるっスよ!」
氷は思い出したように、手を叩く。
「ちょっと歩きますけど…小高い丘があるんスよぉ〜?森を抜けて、街道を見下ろす感じで、見晴らしもイイし!なかなか良い感じで、綺麗だと思うんスけど…。そこに、埋葬とか…どうっスかねぇ?」
まさか氷から埋葬の提案があるとは思わなかったのか、白帝城が驚いた表情を見せた。
「…なんスか? 俺が墓の場所を提案したら、変っスかね…。」
不満そうに、氷は唇を尖らせる。
「いや、そう言う訳では無いんだが…お前が、そんな死者を思いやれるとは知らなかったから、驚いてしまっただけだ。」
白帝城…その言い方は身も蓋も無いと思うんだが…と、私は口に出さずに心の中で突っ込む。
「いや、俺は別に…死者とかどうでもいいっスけど。兄貴が…悲しそうだから、どうかなぁ〜って思っただけなんで。」
にこやかに…笑わない瞳で、氷が話す。それには、流石に絶句したように白帝城は口を閉ざした。
「他に当てがある訳でも無いし…生活が苦しいとはいえ、子苗を売る親元に戻すのも…な。綺麗だと氷が言うなら、埋葬はそこにするか。」
九尾が氷の発言など気にする素振りも見せずに、話を進める。
「俺、案内するっスよぉ〜っ!」
「ああ…皆で行こう。出立の準備をしようかね…」
そう話しながら歩き出す九尾を、追うように
「手伝いまっスよぉーっ。」
と、氷はスキップを踏んだ。
残された白帝城は、片手で頭を抱えながら…深い溜息を吐く。
「氷は、氷…だな。」
氷に、他者を慮る気持ちが有ると…白帝城は勘違いしてしまったみたいだ。私は…氷とは知り合ったばかりだし…何とも言えないんだけど。
氷にしてみたら、何も知らない他者よりも…『九尾』が全てっ!って感じなんじゃないかな。
うん。何か、病んでるなぁ…とは思うけどね。
「私達も行こう。他の子苗達もそうだが、夾竹桃殿も…目覚めるまでは気掛かりだ。氷は…九尾に任せておけば問題ないだろう。」
白帝城は気持ちを切り替えて、私を抱き上げて歩き出す。
「しかし…車体内が満杯だな。さて、どうするか…」
困ったように白帝城が唸る。
言われて見れば…子苗に、眠る夾竹桃。天使も疲れ切ってるだろうし…雫に、白夜も居る。
マリンと雫は御者席に座るとしても…かなりの人数が車内に居る事になるのか…。
そんな私と白帝城の心配を他所に、移動方法は九尾がテキパキと指示を出していた。
残った子苗は3株。九尾がティスに跨り、2株を前に乗せる。残りの1株は白夜がポノに乗せて跨る事になった。ポノが運んでいた荷物は、マリンがワイヤーを使い、一旦車体の上部に括り付けた。
白帝城、天使、眠り続ける夾竹桃、亡くなった子苗の遺体が車体に乗り込み、御者にマリン。その横に雫が乗る。
やはり…遺体と子苗を同じ車内に乗せるのは憚られる。九尾らしい計らいだろう…。何より、ラプティスを気に入っている子苗達は、その背に乗れるのを喜んでいる。
しんがりを務めるのは、魔剣がギギに単独で跨る。氷は自分が乗ってきた馬が居るそうなので、それで先導するらしい。もし何者かに襲われた場合、この2株が迎撃も兼ねている。
九尾が、あっという間に体勢を決めると、移動前に朝食を済ませようと、白帝城が意見を述べる。それに満場一致で皆が頷いた。
食べ盛りの子苗達には、キチンと食事をさせてあげたい…。そんな皆の気持ちが伝わる。
マリンが速やかに朝食の準備を始めた。普段なら天使も一緒に手伝うのだけど…夾竹桃と天使は、既に車体の中で横になっている。
私も猫じゃなきゃ手伝えるのになぁ〜と、思わなくも無いが。いやいや…手際の良いマリンの邪魔をするだけかも知れないな…。そんな事を考えながら、私は白帝城の横で香箱座りをしている。
すると…小川に顔を洗いに行っていた雫が戻ってきた。
んん? 氷が雫に纏わりついているような…。私の耳に、氷の声が響く。
「お久しぶりっス!姫様は相変わらず可愛いっスねぇ〜ぇ。元気にしてましたか?」
氷の問いかけに、雫が憮然と答える。
「…その『姫』って呼ぶのをやめてくれたら、元気になるかも?」
「いやいや、姫様は姫様っスよ?」
「ボク、姫じゃないもんっ。」
「いや、俺にとっては大事な姫様ですからっ!」
…氷と雫は、一体何を話してるんだろうか?
氷は、雫の事を『姫様』と呼んでいて、雫がそれを嫌がっている?
…んん、アレは、本気で嫌がってる顔じゃないなぁ。
アレかな、雫は『姫様』って呼ばれるのが照れ臭いって感じなのかも知れない。
「…氷君は、いつも元気だね?」
雫が話を逸らすように、背後から声を掛けてくる氷を振り返る。
「俺はいつも元気っス!元気じゃない俺は、俺じゃ無いっスからねっ!」
「…意味不明。あと、眼が笑って無いから、怖い。…気をつけて?」
雫が、氷の笑顔を弱点…って言うのか?刺すような、冷え切った眼差しを注意した。
「アッチャーっ!痛い所を突かれたぁっ!姫様には敵わないっスねぇーっ!!」
氷が戯けて、ペンッと自分の額を叩く。あ、氷は自分の眼差しが冷えてるのを自覚してんだな…。
「…ふふ。」
雫は、戯ける氷を見ると、クルリと背を向ける。そして、小さく…笑った!
おおっ〜? 氷、なかなかやるなぁ…雫を笑わせるなんて。
危ないヤツだけど…面倒見は悪く無いらしい。雫にも、嫌われてる訳では無いようだし…それなりに皆とは上手く付き合って居るんだな。
何て、考えていると…不穏な気配を感じて、ハッとした。
…マリンがっ。氷を、威殺しそうな眼で睨んでいるのに気が付いた…。
前言撤回。
マリン以外とは、上手く付き合って居る…だね…。
ヤダなぁ…。氷が居る間は、ずっと殺気の飛ばし合いが続くのかなぁ。
本当に、殺し合いになりそうで…気が気じゃないんだが。
私は、マリンの顔を見なかった事にして。そっと溜息を吐いた…。
そんなこんなで…わいわいと朝食を済ませる。子苗達は、まともな食事は久しぶりだったのだろう…涙ぐみながら黙々と食べていた。
失った命もあったけど…今、輝く子苗達の生命の明るさは…九尾に暖かい笑みを取り戻すには充分だったようだ。
以外にも…子苗達は白帝城に懐いているようで、3株揃って白帝城の傍に居る。まぁ…このメンバーの中では、一番の紳士だし?おおらかで、優しい雰囲気は安心するのかも知れない。
子苗達を救出したのも白帝城だしね。
食事を済ませ、片付け終えると、手早く出立する。
片付けの最中は、私は子苗達に囲まれて…大変だった。猫が物珍しかったのだろう。…尻尾を握られた時には、危うく唸りそうになってしまったが…何とか自重した。
お気に入りのラプティスの背の上で、ウキウキな子苗達。その姿は、氷以外のメンバーの笑みを誘っている。
しかし…車体がでかいから、森を抜けるのはキツそうだ…氷が先導しながら、御者のマリンが苦労している。
獣道のような細い道筋には、木の根が車輪を阻む。ガタゴトと激しく揺れるが…夾竹桃は目覚める気配も無い。天使は起き上がり、何とか揺れに耐えている。
強襲の恐れがなければ、魔剣と共にギギの背に乗っていた方が楽なんだろうけど…。教会施設は壊滅したが、難を逃れた信者が、襲ってこないとも限らない。そんな現状では、車体の中で耐えるしかない…。
私は窓枠に爪を引っ掛けて、外を眺めていた。
ふと…違和感を感じて、森の木々を凝視する。あれ…?何か、変だな。
私は、窓枠から移動して…白帝城が背にしている、御者席が見える小窓から這い出る。
んん。爪を立てないと、揺れで振り落とされそうで…。かなり傷を付けてしまったかも…心の中で「アストロさん、ごめんねっ!」と詫びる。
「あれ…輪さん、大丈夫?」
御者席の手摺りにしがみついていた雫が、私が移動して来た事に気が付いて、声を掛けてくる。
「…変じゃない?」
私は違和感を口にした。マリンも感じていたようで、
「輪様も、そう感じておられますか?」
と、車体を引っ張るラプちゃんを操りながら答えた。
「…先程から、木々が…動いて居るような…見間違いかと思ったのですが…。」
珍しく、動揺を隠せないマリンの声。雫も、マリンの言葉に同意して頷いた。
「木々が…動く?」
私は呟きながら、獣道の先を凝視する。光を調整する為に細くなった瞳孔…瞬きをせずに先をジッと見つめる。
ああ…見えた。
「獣道の先…木々が道を拡げてる?」
私の言葉に雫が驚いたように、身を乗り出す。
「雫様、危険です。」
マリンに注意されながらも、身を乗り出すのをやめない。
「…僅かに…木がズレてるみたい。氷君は気付いてないのかな?」
先頭をゆっくり走る氷の背中を見ながら、雫は首を傾げた。
「アレに、そんな判断力を期待してはいけません。」
マリンの、ぶった斬るような言葉に、雫は苦笑いを浮かべるが、それも直ぐに消えた。
そんな事よりも、目の前の不思議な現象が、雫の瞳を輝かせる。
「森が、木々が…道を作ってくれるなんて。信じられないよっ!あれかな、大精霊が一緒に居るからかな?だから、協力してくれてるのかなっ!?
こんな…事例、見た事も聞いた事も無い。凄いやっ!!」
雫が興奮したように、声をあげた。
私は、身体を沈ませて眼を閉じる。
耳を欹てて、流れる音を聴く。
森の騒めきは、優しく…穏やかで…。
雫が言うように、夾竹桃の存在が影響してるのは確かだろう。
微かな意思…それが数えきれ無い程集まり…確かな意志になってる。それらが、私達の進む道を阻む物を退かそうと働いているのが分かる。
うん、雫…そうだね。
こんなの初めてだよ…。こんな事例なんかある訳ない。
凄いね…きっと私だけの『祝福』では、こんな状況にはならなかったと思う。『祝福』を受けた株が、多数居るから…起こった出来事だ。
眼を見張る派手さは無いけど…これは、小さな奇跡だ。
私は、毛を膨らませて…風を纏う。
細い毛の一本一本を意識するように、想いを解き放つ。
『ありがとう…これからも私達を見守り、導いて下さい』
…そんな感謝の気持ちを、ありったけ込めた。
何処か、遠くから。
鴉の鳴き声が、響く…
まるで、私の声が届いたようにーー
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




