鎖の刻ー萌芽の集『笑顔の殺意』
――鎖に縛られていた過去が語られ、やがて集い始める者たち。
繋がりゆく命の鎖は、
微睡みの中で揺れる魂を、次なる刻へと導いていく。
小さな“萌芽”が、やがて世界を揺るがす日まで――
『笑顔の殺意』
朝日を連れて来たように現れた株『氷』は…大好きな上司の前に正座して、ニコニコとご機嫌な様子で、その膝に居る私を見つめている。
氷の年齢は、高校生位だろうか。青年…と言うには、まだ幼いように感じられる。
クリっとした少し垂れ目の灰色の瞳は、射抜くような冷たさを含んでいて…その明るい無邪気な笑顔を、限りなく胡散臭く陰らしていた。
猫が珍しいのか…興味津々で私を見つめる。触りたいけど、上司である九尾の膝に居るから…手を出したいが出せない。ウズウズしてる…そんな様子で、ずっと私を凝視している。
どうにも…氷が怖く感じる私は、その視線から逃れる様に、九尾の膝の上に丸くなり顔を隠していた。
そんな私を宥めているのか…九尾はゆっくりと背中を撫でてくれていた。
「…可愛いっスねぇ〜。なんつーか、猫の寝顔って、癒されるって言うか?」
私の背中を撫でる九尾が、ちょっと羨ましいのか…氷はそんな事を話し出す。猫好きなのかな?
ーー猫好きな人には悪い人は居ないーー
そんな意味不明な自論を持っている私は、氷に興味を持ち始める。ちょっと怖いけど…悪い株では無い…筈だ。九尾の部下だし…。白帝城も、危険は無いって話してた。でも、油断はするな…と注意喚起はしていたから、警戒は忘れない様にしないとな。
私は意を決して、薄目を開けて氷を見た。バチっと視線が合う。
「あ、こっち見てくれた…。」
声音は、嬉しそうに聞こえる。が、やはり眼は笑ってない。冷たい視線に、背中のざわつきが抑えられなくて…どうしても逆立ってしまう。
ふぅ…と、九尾が溜息を吐いた。そして、せっせと背中の毛を撫で付ける。
「…氷、猫が好きなのか?」
九尾の質問に、氷の表情が一段と明るくなる。…本当に九尾に懐いているんだな。
「猫、好きっス!と、言うか、動物は好きっスよ?でも、何か…いつも逃げられるっつーか、嫌われちゃうんスよねぇ〜。」
ははは…と、氷は乾いた笑いを浮かべる。んん、それは…何か、切ない話しだな。
「動物とは敏い…お前の本質を見て、怖がってしまうのだろう。」
白帝城が、話し難いだろう事をズバッと言ってしまう。
「えぇ?ナンスか…それ。白帝城様は、俺の本質は、化け物か何かと思ってます?」
氷がシュンと萎れる。ああ…何か、痛々しいな。好きな動物が逃げていくってのは、割とショックなんだよね…。
「…化け物だろう。」
九尾の背後に仁王立ちしているマリンが、珍しくも発言した。しかも…追い討ちだ。これは、痛いっ!
「…あ?メイドのクセに、口を挟むんじゃねーよっ。」
案の定、氷がキレた。スイッチが切り替わるように…スッと眼を細め、険しい表情へと変わる。瞳に力が入り、殺気が湧き上がる。
「だから、止めろって。」
九尾が呆れた様に、速攻で止めに入った。
「本質が化け物だろうが、なんだろうが…どうでも良い事だろ?氷は氷だ。何も変わりない。」
九尾は、パキンっと小枝を折って火の中に焚べる。
「…兄貴…」
九尾の言葉を聞き…氷は、感動したような表情を見せる。
「それに…輪はそんじょそこらに居る猫とは、訳が違う。氷に慣れたら…きっと撫でる事位は許してくれるさ。なっ?」
んん…最後は私に振るのかっ!九尾らしいっちゃ、らしい…か。
「ニャア…」
猫鳴きで、返事をしてみる。確かに…氷は怖いけど、その人柄に慣れたなら…撫でるくらいなら許せるようになる…かも知れないし。
「おぉっ。返事した!…賢い猫ちゃんっスねぇ〜。そうか…名前、輪ちゃんって言うんスね?可愛い名前だねぇ〜。」
九尾の励ましが効いたのか、氷の表情が元に戻った。
何となく…氷は演技しているんじゃないか?と感じた。今、こうして嬉しそうな笑顔も、その言葉も。まるで、用意したような…そんな風に思われた。
氷の本質…それは、瞬間に切り替わる『怒り』や『殺気』の方で…だから怖いと感じるのかも知れない。
氷の瞳…感情を映し出さない灰色の硝子のような瞳。露われるのは、もしかして『殺意』のみ…なんじゃないだろうか?
だから…敏い動物は、本能的に逃げてしまうんじゃないだろうか。
九尾は言った。氷は氷だと…。そういう人柄だと知れば、対応も可能だろう。それに…演技してるように見えてしまうが、ワザとやってる風には思えない。計算してる感じはしない。
無意識のうちにやってしまっている…って可能性が1番高そうだ。
多分だけど、直感的にそう感じた。
危うい、危険な匂いは付き纏う。だけど、悪い奴では無い。
「ニャァン」
九尾の顔を見上げて鳴く。
氷の人柄が見えた気がしたから…知らせる為に。猫の本能は消せないけど、私は大丈夫だよ…と、思いを込めてのひと鳴き。
「ん。やっぱ、輪は敏いなぁ〜」
ニヤリと九尾は笑う。
うん、九尾なら伝わると思ったよ!
私はご機嫌で、ゴロゴロの喉を鳴らした。
「ちょ、なんか…輪ちゃんと兄貴…分かり合ってるって言うか。なんつーか、仲良いっスねぇ。飼い主って、白帝城様じゃないんっスか?」
氷が白帝城に視線を向けるが、その問いに言葉を返さずに、白帝城は肩を竦めて見せる。
私の飼い主を明確にしない…どちらとも取れるような返事。
「…そうっスかぁ。動物相手にも相性ってのは、有るんスよねぇ…。」
氷は、飼い主は白帝城だが…相性が良い九尾と私は特別に仲が良い。飼い主の面目丸潰れ…と思ったようで、白帝城に同情的な視線を向けている。
「無駄話しが過ぎたな。氷…報告を頼むわ。」
九尾が、これ以上私についての考察はよろしくないと判断したようで、会話を切り替えた。
私が召喚された事は極秘事項だし、普通に会話出来る事も…まぁ、様子を見ながらって事だろう。
「はい。では、ご報告を…」
氷がベストの胸ポケットからメモを取り出した。
「まずは…南辺境地の現状っス。治安が非常に悪くなって来てますねぇ。物価の上昇に伴い、富裕層と貧困層の落差が激しくなってます…っていっても、そりゃ何処も同じなんスけど。問題は…物価の上昇を、辺境伯が吊り上げてるって事実っス。
王都に無断で、交通税を値上げしてますねぇ。すぐバレるってーのに、辺境伯は馬鹿っスかね?
それだけでは無いっス…多額の交通税を免除するからと、商人を丸め込んで、辺境伯直々に安値で荷物を買い求めてます。
要するに、街に流れる筈の商品を横取りっスね!んで、それを高値で街で売り払ってますわ…貧困層には手が出せない金額っス。
王都から支給された食糧も同じやり口で…兵団から預かるって形で、辺境伯に納められてますから…それを売ってます。無料配布してないのは、南だけっス。
なモンで…喰えない貧困層は、野盗になるか、飢えて死ぬかの二択って状況っス。この物騒な現状…他の領地へ助けを求めたり、移動なんて…戦う術を知らぬ普通の株達には出来ませんしねぇ。大体、戒厳令発令中ですし…無理っスわ。街の出入りは、領主の施設兵が固めてますし…南辺境地は陸の孤島となってるっス!」
氷が、えへんっと胸を張る。
南辺境地は…そんな酷い事になってるのか。民を守る辺境伯が私利私欲の為に、民を追い詰めるなんて…。
「まだまだ有るっスよ!
金の流れっスけど…どうやら教会に集まってるみたいっスわ。南辺境伯は昔から熱心な教会信者だって話しっスからねぇ。で、その喰えない貧困層から、子苗を買い取ってます。
胸糞悪い話しっス…買い取った子苗は、他国へ奴隷として売られている形跡を発見しました。南辺境からなら、王都にバレずにサボテン国へ行けますし?サボテン国を経由して、アガベ大国って流れも予測出来ます。
その売り払われた子苗の行方は、まだ調査中っス。
残りの子苗のは、教会施設で…。兄貴達が壊滅させましたよね?
も、びっくりっす!やる事、半端無いっスよねぇ〜ほんと!
で。一応、他の領地にある教会施設を俺らで、隈なく調べてます。
マジで糞野郎なんで、もう…殺してきていーすか?」
満面の笑みを浮かべて、氷が九尾の許可を得ようとする。
「これ以上調べても無駄っスよ。奴等は真っ黒な、悪い奴等っスもん!もーぅ、さっくりと、皆殺しにした方がいースッよっ!」
許可を得られたなら、すぐ行く、殺すっ!と氷が灰色の瞳を輝かせながら、九尾に詰め寄る。
「奴等は悪だから、殺してもいーすっスよね?」
九尾が、ふぅーっと長い息を吐いた。九尾にとって…親に売られた子苗達のような被害者の存在は、怒りのスイッチを簡単にONにする。その場に居たなら、氷のように上司の許可を得る事無く、南辺境伯をその手に掛けていたかも知れない。
今、私の背中を優しく撫でる…大きな手が、血に染まっていたかも知れない。いや…既に血に染まった手だろう。
でも、被害者の安否に重点を置く事は決して忘れない。常に最重要視している…それが九尾だ。
「…被害者の安否確認を急げ。他国に売られた子苗の行方もだ。」
九尾の指示は明確だ。猟犬は探る…それを決して忘れない。
「アストロさんに報告をしろ。…パープルが動くだろう。」
九尾はキュッと固く目を閉じた。
「ええーっ!おやっさんには、別の奴が報告しに走ってますし〜。パープルが動く必要も無いっスよ?俺がチャチャっと殺した方が早いっスもんっ!」
氷は…殺したくて仕方ない…そんな風に見える。確かに…南辺境伯のやり口は最低だし、怒りを覚える。けど…氷からは、九尾のような烈火の怒りは感じられない。
外道に対する怒りに誘発された殺意…とは全く違う。
「悪党なら、殺してもいーすっスよね?なら、チャチャって殺しちゃいましょうよ〜。」
その氷の言葉…余りにも軽くて、私は息を呑んだ。
怒りに起因された殺意では無い。殺す…それ事態を楽しんでいるようは…そんな殺意?
治った筈のざわつきが背中を走る。
氷は、真っ直ぐな灰色の瞳をキラキラさせる。誰かを、殺す…その行為を行える期待に輝く、暗い闇の光。
無邪気な笑顔を浮かべ…
「殺しちゃって、いーすっスよね?」
氷は、九尾に再度詰め寄った…。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




