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鎖の刻ー萌芽の集『氷』

――鎖に縛られていた過去が語られ、やがて集い始める者たち。


繋がりゆく命の鎖は、

微睡みの中で揺れる魂を、次なる刻へと導いていく。


小さな“萌芽”が、やがて世界を揺るがす日まで――

『氷』


全員に祝福を与えるのは、やはり無謀だったようで、夾竹桃は気を失ってしまった。

今は、白帝城の傍に敷物を引き、身につけていたマントを外し、横たわる夾竹桃を包むようにして、寝かせている。

突然、目の前に現れた夾竹桃の存在に、九尾は度肝を抜かれたようだったが…祝福を受けたと説明すると

「いずれは必要になるかも…とは考えてたけどなぁ〜。まさか…こんな形で、精霊から祝福を授かるとは、予想外過ぎだろ。」

と、苦笑いを浮かべていた。

全く、ごもっともな意見で…私もそれ以上は何も言えなくなる。

「…夾竹桃殿は、大丈夫だろうか。」

白帝城は、傍らで眠る夾竹桃を心配そうに覗き込んでいる。

「多分…一気に精霊力を使ったから、疲労みたいな感じだと思う。」

私も夾竹桃の寝顔を覗き込む。

顔色は悪くないし、呼吸も安定してる。何より…寝顔は満足気で、薄っすらと微笑みを浮かべていて、幸せそうな顔をしている。

もしかすると…推しの白帝城との急接近に感極まって、気絶した可能性もあるのでは?

心配そうな白帝城の顔を見上げながら、考える。でも、まぁ…そうとも限らないし、余計な事は言わない方が良いのかな?と思い直した。

その瞬間に、耐えられない程の眠気を感じて、私は、ふわぁぁーっと大きな欠伸をした。

「疲れただろう…。雫と白夜はラプティス達の処で寝ているから、輪も一緒に眠ったらどうだ?」

白帝城が私の背中を優しく撫でながら、そう言う。

そういえば…夾竹桃を連れて来た時に、白夜達の姿が見えなかったのは、寝てしまったせいだったのか…。起きたら、祝福の事を話さないとな…。

「輪?」

白帝城が呼ぶが…私は答えずに、そのまま夾竹桃に寄り添うように、丸くなって目を閉じる。

「そこで眠ると寒いのではないか?」

白帝城が夾竹桃を包んだマントをずらして、私にも掛けてくれる。

本当に…白帝城は優しいなぁ…。

夾竹桃にピッタリと寄り添い、白帝城のマントに包まれる。そのマントからは、爽やかな若葉のような香りがして…何とも心地良い。

夾竹桃からは、花の香りが微かにするし…気持ちが良いなぁ〜と思いながら、私は眠りの中に落ちていった。


どの位眠ったのだろうか?

ふと、白帝城の声が聞こえたような気がして、目を覚ました。

「…来たぞ。…ああ…間違いない。狂犬だろう…」

んん?

何が来たって…狂犬?

野良犬でも居るのだろうか。

何だか…まだ意識がぼんやりして…そんなに時間は過ぎてないのかも知れないな。

私は、眼を開けて辺りを見回すと…明け方近いのか、薄っすらと明るくて、周囲は煙るような白い靄に包まれていた。

一瞬、また…何かに襲われて、閉じ込められたのかと、ヒヤッとする。

でも、朝の匂いがする…朝露に濡れた木々の香り。空気がしっとりとしていて…闇が薄れて、空の色がゆっくりと変化していく。うん、きっと太陽が登り切れば、靄は晴れて朝日が眩しいのだろう…と感じた。


今はまだ、夜と朝の狭間。

夾竹桃を起こさぬように気を遣いながら、白帝城のマントの中から抜け出す。

夜通し、火の番をしていた白帝城と向かいに座る九尾に声を掛けようとした瞬間に…私は毛を逆立てさせた。

何だ? 異様な気配を感じる。

耳を欹てて、音を拾おうとするが…木々が揺れる、風の音しか聞こえない。

でも…何だろ?とても、嫌な感じがする。

私は不安になって、傍にいる白帝城に頭を擦り付けた。

「輪…目が覚めたのか?」

白帝城は私を抱き上げると、自分の膝に降ろす。

「九尾の客が来た。…大丈夫だとは思うが…私の膝の上ならば手出しは出来ないだろう。暫くの間、ここに居ると良い。」

白帝城は、私の不安を感じ取ったのか…宥めるように、私の頭をゆっくりと撫でてくれた。

「九尾にお客さん?こんな森の奥なのに…」

「ああ、何処に居ても来る。驚くかも知れないが…変わった男だよ。ああ…ほら、来たぞ。」

白帝城は目を閉じながら、そう話す。

その言葉通りに…靄の中に、ゆらりと影が動いた。


ずっと耳を欹ててたのに、足音が全く聞こえなかった。

その影は突然、森の中から現れたように私には感じられた。ゆらゆらと左右に揺れながら、ゆっくりと此方に向かって歩いてきている。

九尾の客だと白帝城は話していたが…その九尾は、背後に近づく影など全く気にして居ない様子で、焚火の中へと小枝を投げ入れている。

その無防備な九尾の背中を守るように、マリンが腕を組み仁王立ちしているのに気が付いた。

そう言えば…マリンも気配をあまり感じない。もしかして、九尾の客っていうのは…。

靄に掠れた影が、マリンの目前で立ち止まる。

そして「チッ」と舌打ちをした。

え…舌打ちって、どう言う事?

アレ?って思った瞬間に、溢れんばかりの殺気が一気に放たれて…全身の毛が逆立った!

「ちょ、何っ!?」

思わず声が出て、私は白帝城の膝の上で身を竦ませる。

立ち止まった影から放たれる殺気を、マリンは臆する事なく受け流し、九尾にいたっては何処吹く風って様子で、確認しようともしない。

え、え、どういう事?

全身ハリネズミの様に毛を逆立てている私に、白帝城は宥めるように撫でながら毛皮を整え始めた。

「大丈夫…いつもの事だから。」

そう言いながら、苦笑いを浮かべている。

「…くそメイドが。邪魔なんだよ…」

少し甲高い男の声。

声からすると、まだ若い。少年といっても良さそうな感じだ。

少しづつ、靄が薄まっていく中。

声の主の輪郭がハッキリと見え始めてきた。

身体にピッタリとフィットした黒い服を着ている。ベストは、艶やかな革製だろうか?膝下までのアーミーブーツ。左右の太腿にはベルトが絞められてして、鞘にナイフが収められているようだ。

木々の隙間から、柔らかな朝日が差し込む。靄が晴れ、その日差しを後光の様に纏い、その背中を照らし出す。

表情が窺えるようになってきた。

眉間に皺を寄せ、鋭い眼差しをマリンに向けている。その視線は冷たく、まるで鋭利なナイフのよう。

黒に近いグレーの短髪。ツンツンと尖った髪型をしているが、前髪の一部だけが長く、顔に掛かっている。

やっぱり…まだ若い。マヤ少年よりは上だろうけど…10代後半くらいの感じに見える。

「…耳が遠くなったか?くそメイド。邪魔なんだよ…そこを退け。」

殺気を放ち、険しい表情をしながら少年が凄む。

「…まったく躾が出来てませんね。」

嫌そうな声色で、マリンが話す。

「だから、駄犬だと言うのです。」

マリンに駄犬呼ばわりされた少年が、スッと目を細める。

「…あ?何か言ったか、オバさん。元暗部だからって粋がってんじゃねーぞ…殺すぞ。」

「マスターが抜けたアッシュハウンドは品位低下が著しい。駄犬は吠えるばかりで、質も良くない…己れを過大評価して、相手の力量を測れないとは。私が、躾をしてあげましょうか?」

珍しく雄弁なマリン。

背中を向けているから表情は見えないが、怒っている…そんな雰囲気の匂いがプンプンする。

「…上等だ。元暗部のお手並み拝見してやんよっ!」

駄犬少年が、さっと両手をクロスさせて、太腿のベルトからナイフを抜き放つ。両手にナイフを握り絞めながら、舌を出し、ペロリと弧を描く唇を舐めあげる。

目は据わり、放たれた殺気は凝縮し、鋭いキリのようにマリンを刺し貫く。

まだ…10代後半の少年に見えるのに、その気配や殺意は、暗殺者のソレだと…何も知らない私にも感じ取れるモノだった。

「…客じゃ、ないの?」

小さな私の呟きに

「まぁ…九尾の元部下なんだが…」

と白帝城が困ったように言葉を詰まらせる。

さっき、マリンは『アッシュハウンド』と言った。魔剣の話にも出てきた…アストロ宰相の手駒、私設部隊の名称だ。通称『猟犬』。

五葉になる前に、九尾が所属していた部隊…ああ、この少年は猟犬なんだ…だから、マリンは駄犬呼ばわりをしているのか…。


一発触発…猟犬の少年とマリンは睨み合いながら、間合いを測る。駄犬呼ばわりをされ、怒り心頭の少年の殺意は本物で…本当にこの場で殺し合いを始めてしまいそうだ。

一応は…仲間だよね?

ハラハラしながら、成り行きを見守るしかない…と、息を呑む。

すると、九尾が手にした小枝をパキンッと二つに折る。小さな渇いた音だったが、猟犬の少年とマリンが反応して、ピクリと身体を震わせた。

「全く…いい加減にしろ。」

九尾が呆れたように、自分の背後にいる二株に声を掛けた。

「マリン。まぁ〜面白がるのは分かるが…そう煽るなよ?」

九尾が振り返り、マリンを諌める。

「面白がっている訳ではありませんが…マスターがそう仰るならば、この場は引きましょう。」

マリンが僅かに頭を下げながら、一歩引く。

「氷も…いちいち会う度にマリンに突っかかるなよ。」

九尾がジロリと、猟犬の少年を睨む。すると、氷と呼ばれた少年が…パァ〜っと顔を明るくさせながら、九尾に駆け寄った。

「兄貴〜っ!

俺、悪くないっスよぉ〜。あのメイドが、毎回毎回、邪魔してくるんスよぉーっ。」

焚火の側に座る九尾の目前に…氷と呼ばれてた少年は、きちんと正座をして座る。

「兄貴にお声を掛けてもらって、俺スッゴイ嬉しくてっ。任務、頑張ってきました!そのご報告に来ました。もぅ、兄貴に会いたくて、超特急ッスよぉ〜!」

さっきまでの、殺気と殺意は何処に消えたのか…。私は呆気に取られながら、その様子を眺めている。

「…駄犬。」

忌々しいって感じで、マリンが呟く。

その言葉に、氷と呼ばれた少年は反応して、

「あ?」

嫌な目付きをして、マリンを睨め付ける。

「…だから、止めろって。」

九尾が苦笑いをしながら、氷の頭をグシャグシャっと荒っぽく撫でる。

「わっ!兄貴〜ぃ、ちょ、止めて下さいよぉーっ!」

口では「やめて」と言っているが、氷の表情は嬉しそうに笑っている。

…犬かな…ワンコだな?

氷が、九尾に構ってもらえて嬉しいと、ブンブン尻尾を振っている幻覚が見える…。

「アレが、九尾の後輩の猟犬、私達はその性質から『狂犬』と呼んでいるが…『氷』だよ。」

呟くように、白帝城が説明をしてくれる。その声は、小さく、九尾達には届いていないようだ。氷が九尾に構われて、はしゃいでいる。

「氷は異様に九尾に懐いていて、マリンとは仲が悪い。あの様子で分かると思うが…氷は、九尾の側に常に居るマリンが気に入らないようでな。会う度に、ああやって揉めている。」

ふぅーっと白帝城が溜息を吐く。

「マリンは氷を警戒している。理由は…輪ならば直ぐ分かるだろう。危険は無いが、油断はするな。」

白帝城は、そう言いながら目を閉じる。

えぇーっ、何か意味深な事を…そこまで言うなら、全部話してくれても良くない?

と、白帝城に話しをしようと思って口を開き掛けて…私は身体を強張らせた。

いつの間にか、氷が目の前に座って…私をジッと見つめていたのだ。

気配を感じない…。なんだ、氷って…何者!?いや、猟犬だけどさ…

「あっれ〜?何か、可愛い子が居るッスねぇ。白帝城様の飼い猫っスか?」

ニコニコと笑顔を振り撒き、氷は白帝城の前にしゃがみ込む。

私は、ドギマギしなが上目遣いで、氷を見上げた。

ゾクリ…と、泡立つように背中の毛が膨れる。


氷の表情は、めっちゃ明るい人懐っこい笑顔で…なのに、なんで?

少し垂れ目の灰色の瞳。好奇心でキラキラと輝いているのに…その瞳は冷めていて…全く笑っていない。

私を測る様に、冷たく、刺すような…そんな瞳。本能的に「怖い」と感じる。

「うひゃぁーっ!モフモフじゃないッスかぁ〜。可愛いっスねぇ…撫でたら怒るッスかねぇ?」

私の頭を撫でようと、氷が手を伸ばしてくる。それを、頭で考える前に…身体が拒絶した。私の身体は、勝手に白帝城の膝から飛び降りて逃げ出す。

そして、九尾の膝に避難した。

「あっれー?逃げちゃった…」

残念そうに、氷は冷たい眼差しを私に向ける。

「お前が怖いのだろう。」

フッと、白帝城が息を吐きながら言う。

「えぇ?俺、怖くないっスよぉ。」

氷は満面の笑みを浮かべながら、困ったように、ポリポリと頭をかく。

いや…怖いよ。話し方は軽薄な兄ちゃん風で、凄むとヤンキーチックだし…私の世界にも沢山居る系だけど。でも、何か違う。その瞳…その眼差しが…私の何かを怖がらせる。

本能かも知れない。野生の感かも知れない…危ない、アレは危険だと、告げてくる。

「やっぱ、輪にはお見通しだなぁ〜。ま、俺の傍なら大丈夫だから…。」

九尾が、珍しくも困ったように私に話しかけてくる。

うん…九尾の膝の上なら、氷は手を出せない…ような気がする。

「兄貴までぇ。…俺、怖くないっスよぉ〜っ!」

誤解だぁーっと、氷が懸命に否定するが…皆は薄っすらと苦笑いを浮かべるだけで、何も言わない。

マリンは目を閉じて、下を向いたまま九尾の背中を守っているみたいだ。

眩しい朝日が、冷たい氷を照らし出す…。私は、九尾の膝の温もりに縋るように、身体を伏せて、目を閉じた。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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