鎖の刻ー萌芽の集『推し』
――鎖に縛られていた過去が語られ、やがて集い始める者たち。
繋がりゆく命の鎖は、
微睡みの中で揺れる魂を、次なる刻へと導いていく。
小さな“萌芽”が、やがて世界を揺るがす日まで――
『推し』
夾竹桃が顔を真っ赤に染めながら、白帝城の麗しさ、凛々しさを早口で捲し立てる。
私はその様子を俯瞰しながら…私の世界にも似たような方々が居るよなぁ〜と、ちょっと懐かしく感じていた。
きっと、白帝城のキャラクターグッズ等があったら…買い集めるんだろうな…。聖域に祭壇みたいにグッズを飾り、写真がこの世界にあったら、引き伸ばし、パネルをあちこちに貼り付けて。
二頭身にデフォルメした白帝城のぬいぐるみとか作ったりしてさ。
学生が鞄にマスコット人形を沢山付けてるみたいに…持ち歩いたりして。
夾竹桃の見た目は幼く、中学生くらいに見えるから…。脳内で…制服を着せて、鞄に白帝城ぬいを沢山ぶら下げて、登校する姿を想像しても…全く違和感無い。
「…って、輪さん聞いてるっ!?」
夾竹桃が私の顔を覗き込むように、尋ねて来た。
「うん、全く聞いてなかった。」
「ちょっ、ひどっ!」
私の返事に、夾竹桃がプクッと頬を膨らませた。
「まぁ…推しの話しは、懐かしい気もするけど、正直どうでもいいかなぁ〜?白帝城の迷惑にならないように…好きにしてくれ。」
私は、さっき夾竹桃に握られた前脚を、ペロペロと舐めながら言うと
夾竹桃が小首を傾げる。
「…推し?」
「そ、推し。『好き』ってのは感情で、『推し』ってのは行動かな?
憧れの対象、相手から見返りを求めず、相手の幸せだけを願う。活動を応援して…そういう行動を『推し活』って呼ぶらしい。」
「活動を応援…推し活…」
「んん…あまり詳しくは無いんだけどね。概ねそんな感じ?」
ニュアンスで受け入れた言葉だから、いざ説明ってなると…困惑するもんだなぁ。
「そろそろ良いかな?
あっちで白帝城を待たせてるからさ。心配してるだろうし…。どうしても恥ずかしいってなら、次回にするとかさ…」
さっきから、離れた場所に立ち竦み、此方を伺っている白帝城が気になって仕方ない。あまり待たせると、九尾達まで集まって来そうだ。
「はっ!白帝城様をお待たせしてるなんて…夾ちゃんの馬鹿…。早く行こう、輪さんっ!!」
夾竹桃が意を決したように立ち上がると、慌ただしく身なりを整える。
レースのフリルの形を気にして、ピンクのツインテールの髪を梳き、どデカい真っ白なリボンをキュッと結び直す。
「…大丈夫かな?ねねっ、夾ちゃん可愛いかな…。白帝城様の瞳に映される価値あるかな?てか、白帝城様に見つめられたら、夾ちゃん…天に召されちゃうかも…。」
「…」
まごつく夾竹桃を横目でひと睨みすると、問いには答えず、歩き出す。
尻尾がブンブンと揺れる。
夾竹桃に付き合ってたら、朝になるわ!
闇の中。少し離れた場所にある焚火の微かな灯りを背景に、白帝城は立っている。私の姿を目視すると、フワリと優しく微笑みを浮かべた。
そうやって笑うと、天使と白帝城はよく似ている。やはり兄妹…血は争えないって事だろうか?
白帝城は、私が足元まで近寄ると、抱き上げ、縦抱っこにすると、小さく耳元に囁いた。
「大精霊様はご一緒か?」
白帝城の声を掻き消すように、夾竹桃の悲鳴が聞こえてくる。私は、耳をピンピンと跳ねるように動かしながら
「…後ろからついて来てるよ。も、騒がしい…」
私は疲れ切ったように、白帝城の肩に顎を乗せて脱力した。
白帝城は歩き出しながら、そんな私の背中を、よしよし、お疲れ様…そんな感じで、ポンポンと軽く叩く。
「どんなお方なのだ?」
声は小さく、夾竹桃には聞こえていないだろう。それは、白帝城なりの気遣いかも知れない。
「んん…見た目は15歳くらいの幼さが残る少女の姿で…ピンクの長い髪の両サイドを白いリボンで結んでて、ピンクのヒラヒラの…裾が膝丈までのドレスを着てて…」
甘ロリです!って、白帝城に伝えた所で、意味が通じるとは思えないので、そんな説明になってしまう。
「性格は…まだ理解しきってないけど…賑やかで、わちゃわちゃしてて、騒がしいけど…優しい良い子だと思う。樟木じーちゃんみたいに、悟ってる感は無いなぁ…。」
私の説明に、白帝城はクスリと笑う。
「輪が騒がしいと言うならば、余程の事だな…だが、愛らしいでは無いか。」
その台詞は…夾竹桃が聞いたら悶絶確実だな。
「よぅ。何か時間かかったな…その大精霊とは合流出来たのか?」
焚火の側にいる九尾が、白帝城と私に気がつくと、そう声を掛けてくる。
すると、背後から夾竹桃の叫び声が響いてきた。
白帝城の肩越しに、夾竹桃を見ると…ピンクの瞳がキラキラと輝いていた。
「ええっ!?もしかして…九尾っ!?
わ、素敵じゃーん!!白帝城様には全く、全然及ばないけど…。
吊り目でクールな切長の眼差しなのに、やだぁ〜ベヌスタの尻尾!!モフモフじゃない…可愛いぃ〜っ!何、ギャップ萌え!?
最高かっ!」
と、夾竹桃はテンション高めで騒がしい。私は、ギャップ萌えって…『萌え』は知ってるんかいっ!って、突っ込みを我慢する。
「ははぁ〜ん?この、緑と白のツートンカラーの髪色…さては、最強メイドのマリンだな!?
マヤきゅんが、めっちゃ尊敬してるって話してたんだぁー!何でも熟す万能メイドでしょ?カッコよぉ〜!!」
夾竹桃は両手を捻り、モジモジと照れくさそうにマリンを見つめて、視線をマリンの膝枕で眠る雫へと移す。
「膝で寝てるのが…水色の髪…マヤきゅんが話してた、天才少女雫ちゃんっ!?じーちゃまのお気に入りっしょっ!
寝顔…マジ、天使じゃないーっ!可愛い〜っ!!ヤダヤダ〜癒されるぅ。
これは、マヤきゅんに報告せねばっ!!」
今にも飛び跳ねそうな勢いのまま、夾竹桃はマリンの横に座り込む白夜へと視線を移す。
「ベヌスタ属の錦かぁ〜っ!ヤバっ!綺麗じゃーんっ!!やっぱ錦は美しいなぁ…。尻尾は、九尾と違って、シュッとしてるんだぁ?髪色が灰銀色っていうのが、良い味出してるぅ〜っ!!」
夾竹桃は、握り拳をブンブンと上下に振り、興奮しまくっている。
「あれ…あと黒い株と、白帝城様の妹君が一緒に居るはずだよね?」
小首を傾げながら、私に視線を移し尋ねてくる。
私は白帝城の肩に、顎を乗せたまま答える。この体勢…楽だわぁ〜。
「魔剣は寝てるよ。天使は、教会施設から救出した子苗の所に居るってさ…。てか、夾ちゃんがハオルチア大好きなのは分かった。でも、興奮し過ぎ…ちょっと五月蝿いわ…。疲れて、寝てる株も居るんだから…静かにしてね?」
私の指摘に、夾竹桃は慌てて両手で口を押さえる。
でも、こんなに騒がしいのに…雫は良く寝ている…って。
私は、ハッと気付いて顔を上げた。
そうだった…皆には聞こえてないんだ。普通に会話になってるから…皆にも聞こえている気になってた。
夾竹桃に悪い事言っちゃったな…と、後悔していると。
「ごめんねぇ〜?白帝城様筆頭に、こんなに素敵なハオルチアを直に見たのが…初めてだからぁ〜つい…興奮しちゃって。」
夾竹桃はコホンと咳払いをすると、
スカートの裾を両手で摘みながら、右脚を気持ち引く。
僅かに頭を下げながら、礼儀正しく挨拶を始めた。
「騒いでしまい、失礼致しました。
私は、この南に聖域を担う精霊…夾竹桃。若輩者では有りますが、世では大精霊と呼ばれる身の上…。
危機を救って頂いた御礼に参じました。」
夾竹桃は顔を上げると、晴れやかな笑顔を見せる。
「腐食の魔女を撃退してくれた事で、喰われるだけの儚く、か弱い精霊達が救われた…言葉を操るのも難しい者達に代わり、御礼を申し上げます。有難う御座いました。」
そう言葉を締めくくると、夾竹桃は深々と頭を下げた。
何だ…夾竹桃、普通に話せるじゃないか。大精霊らしく、見た目の幼さが気にならないくらい…威厳を感じる。普段から、こうすれば良いのにな…。
などと考えていると…夾竹桃はペロリと唇を舐め、悪戯っぽく笑う。
「なーんてねっ!夾ちゃん、堅苦しいの…超絶苦手なんだぁ〜?
それに、可愛いぃ〜夾ちゃんには、似合わないでしょう?だからっ!改めましてぇ〜、南を統括?しちゃってる、大精霊っ!夾ちゃんですっ!!」
夾竹桃は、腰に両手を添えて、えへんっと胸を張る。ああ…残念な感じに戻ってしまった…。
そんな感じで、夾竹桃は皆に挨拶をしたものの…祝福を受けていない株には、精霊の言葉や姿は認識出来ない訳で…当然の事ながら、誰ひとりとして夾竹桃に注視する者は居ない。
「…何で…無視するのっ!?」
夾竹桃が堪らず声を荒げる。
「酷くないっ?夾ちゃん、大精霊なんだよ?偉いんだからっ!!なのに…無視って…酷くないっ!?
夾ちゃん、めっちゃ傷付いたんだから…こんなに可憐で可愛い夾ちゃんが挨拶してるのに…皆が無視するぅーっ!!!」
あ。これは…夾竹桃も、精霊が認識出来ないって事を、完全に忘れてるな。
夾竹桃はヒステリックに騒ぐが、皆の反応が無いのに気が付くと、その場にペタンと座り込む。そして、大きなピンクの瞳を潤ませて…ポロポロと大粒の涙を溢した。
ああ…泣いちゃった…これは、何とか宥めないと。
私は白帝城の肩から飛び降りると、夾竹桃の前に座る。前脚を夾竹桃の膝に乗せて、泣きじゃくる顔を覗き込んだ。
「夾ちゃん…あのね…」
皆には精霊は認識出来ないんだよ…と、話そうとした瞬間に
「きゃぁぁぁあーっっ!!!」
夾竹桃が両手を頬に添えて、悲鳴を上げた。涙がピタリと止まり、顔を朱色に染めながら、わなわなと震えている。
それは…肩から飛び降りた私を追うように、白帝城が私の背後にしゃがみ込んだからだ。
夾竹桃の目の前に、いきなり『推し』の白帝城が座り込む。まるで泣きじゃくる夾竹桃を心配するように…。
うん、全く違うけど…そう感じたとしても仕方ないタイミングだった。
私は耳をペタリと伏せて…深々と溜息を吐いたのだった。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




