鎖の刻ー萌芽の集『残響』
――鎖に縛られていた過去が語られ、やがて集い始める者たち。
繋がりゆく命の鎖は、
微睡みの中で揺れる魂を、次なる刻へと導いていく。
小さな“萌芽”が、やがて世界を揺るがす日まで――
『残響』
ポツリポツリと、思い出の糸を手繰り寄せるように…魔剣はその全てを曝け出してくれた。
ネブラミス…14との関わりは、魔剣の中で根深くて、確かに一言で言い表せるような関係性には感じられなかった。それは、今の魔剣を形作っていると言っても過言では無いだろう。
それが…14の死を認識した事で崩れ、天使によって再構築されたように思われた。
「…何か、すまないな…何を話せば良いのか、分からなくて…取り留めもなく、ダラダラと話しちまった…。」
魔剣は、私の沈黙が…呆れ果てていると思ったみたいで、そんな事を言い出した。
「良いよ…聞かせて欲しいって頼んだのは私だし。確かに…情報量が多いから、戸惑ってしまうけどさ。」
私は立ち上がると、魔剣の顔に擦り寄る。
「…でも、どれだけ14を大事に想っていたか…良く伝わってきたよ?…本当に、頑張って来たんだね。ありがとう…。」
魔剣は硬い大きな手で、私の頭を優しく撫でながら
「ありがとう…って何だよ?」
と、問う。
「…何となく?…何だろね、何かありがとうって気持ちになったんだ。」
私の答えに、魔剣がフッと笑いながら…
「変なヤツだな…」
と言った。
魔剣への返答は誤魔化しで…正直に言えば…「生きていてくれて、ありがとう」って気持ちだったんだ。
とても辛かったと思う。苦しくて、眠れぬ夜も沢山あったと思う…。
天使に癒された…とは話していたけど…それでもやっぱり自分を責めて、14の代わりに自分が死ねば良かったと…考えた夜もあったと思う。
でも、負けなかった。ずっと前を見て、歩みを止めなかった。
こうして…今も、魔剣が暖かい…生きていてくれてる。それが、とても嬉しくて…「ありがとう」と言いたくなったんだ。
流石に照れ臭いから…そんな気持ちは内緒だけどね?
「…何か、輪に話してたら…色々と思い出したな…翁牙達は如何しているかな…」
魔剣が遠い眼をして、ぼんやりと天幕を見つめる。
「サボテン国に戻ったの?」
「いや…オレの怪我が完治して、リハビリを始めたのを確認すると…旅に出ちまったな。確か…船でエケベリア公国に向かったみたいだ。まぁ…ハオルチア国内は安全とは言えない状況だったから、仕方ないだろう。」
「…エケベリアかぁ〜。まだ旅の空かな?サボテン国へは戻れたのかな?」
私の問いに、魔剣はゆっくり首を振る。
「分からん…今にして思えば、連絡手段とか確保しておけば良かったと…後悔してるよ。まぁ…一件が片付いて、ひと段落したら、サボテン国に行って見ようとは…考えてるがな。」
「えー…良いなぁ〜!私も行きたいっ!サボテン国、見たい!」
私がそう言うと、魔剣がニヤリと笑う。
「なら、一緒に行くか?」
「えっ、良いのっ!?」
「猫を抱いて旅とか…なかなか酔狂で良いんじゃないか?」
「…だね!」
私と魔剣は顔を近づけて、クスクスと笑い合う。…いつか、そんな日が来ると良いな。でも、約束はしない…一件が落ち着いたら…私がどうってしまうのか…分からないから。
ずっとこの世界に留まるのか…それとも帰還するのか…全く分からない。
時々、自分が召喚された身だと、忘れそうになる。それ位、この世界に…猫に馴染んでる。
この世界には、私の意識だけが召喚された。身体は元の世界に置き去り状態…死んでいるのか、眠っているのか…それすら分からない。
不安にならない…と言えば嘘になるけど…考えても仕方ないとは思ってる。
今を懸命に生きるしかない…皆を見てると、本当にそう思うんだ。
だから…私の出来る事を考えて、見つけて、皆の手助けが出来たら…それがこの世界に来た意味になる…んじゃないかな〜と、漠然とながら考えてるけどね。
そんな事を考えていると、魔剣がふわぁ〜っと、大きな欠伸をした。
「ずっと話してて…疲れたでしょ?少し眠れば良いよ…まだ朝にはならないし。」
魔剣が眼をショボショボさせながら、モゾモゾと毛布を引っ張り上げて、顔を半分くらい隠した。
「ん…そうするわ…」
眠そうな声で答えると、魔剣は眼を閉じる。そして、すぅ…すぅ…と穏やかな寝息をたて始めた。
眠るの、はやっ!…まぁ、あれだけの出血した後だし、ずっと話してたし…疲れても当然かな。
私は魔剣を起こさぬように気遣いながら、簡易ベットから飛び降りる。
忍び足で外に出ると、まるで天幕を守るように九尾が立っていた。
そんな九尾を見上げると、バチッと目が合う。
「いーじゃん、サボテン国への旅行。俺も着いて行こうかなぁ〜」
と、九尾はニヤリと笑った。
そして、優しく私を抱き上げる。
「九尾…昔は荒々しかったんだね?」
肉球で九尾の鼻を、ムギュと押さえる。全く…立ち聞きしてるのは知ってたけどさ。第一声が、それって…どうよ?
「まぁな…若かったから?」
「何で疑問系?」
「んん。何か、荒れてたって自覚はあったけどな…それでも多少は落ち着いた頃だったんだぞ?…もう雫とも一緒に居たしな。」
九尾がちょっと照れ臭そうに苦笑いをする。
「そうなんだ…。」
「雫を引き取る為に、猟犬を辞めたのによ…また連れ戻されてさ。まぁ、雫の保護をおっさんが約束してくれたから…渋々ながら猟犬に舞い戻ったが…何だかイライラしてて。…だからじゃないかねぇ?」
九尾が左手で私の身体を支えながら、右手で鼻の頭を指で擦る。
どうやら、照れ臭いらしい…このまま冷やかしていたい気もするが…。
「魔剣の話し、全部聞いていたんでしょ…どうだった?」
今は、九尾を揶揄うより…魔剣だ。
ネブラミスとの関わりを知った上で、どうするのが最善なのか。ネブラミスの影に居た…あの威圧感の塊みたいなアレと、どう対峙するか…考えないと。
「…どうだった…と聞かれてもな〜。
黒髪の少女に固執してる様子は知っていたけど…まさか、ネブラミスだったとは…想定外だったわ。」
九尾は立ち止まり、まだ暗い空を見上げる。
「強行で研究所に向かって…到着した時…遠目から見ても把握出来る、地形が変わる程の壊滅状況だった。地下深く、潜るように施設は存在してたらしいから…デカい穴が開くように…全てが瓦礫で埋まっていたんだ。その瓦礫の残骸に押し潰されるように…奴等の切り刻まれた遺体が放置してあって。被害者株の遺体は、何故か…潰される事無く、綺麗な状態で…眠るように冷たくなってた…。
部下の猟犬は周辺を探らせる為に散らし、同行したパープルには現状維持の為に残って貰ったが…何も分からなかった。」
九尾は眉根を寄せて、痛ましげに眼をキツく閉じる。
脳裏に、その惨状を浮かべているのだろう…。
「火が出た形跡は無い…でも、黒焦げの遺体はある…煤みたいになっていて…性別も不明、遺伝子情報を採取出来ないくらい丸焼けだった。その数体の遺体を発見した時に…その中に、魔剣が気にしている少女が居ると考えちまった…早計だったな。」
そうか…九尾はネブラミスが脱出したと思っているんだ。
魔剣が話したのは過去…あの戦いの最中の会話は知る訳はない…。
「壊滅させたのは…ネブラミスだよ。」
私は意を決して口を開いた。
「え…」
九尾の視線が、空から腕の中にすっぽりと収まっている私へと移る。
「ネブラミスが話していた…研究所職員が、証拠隠滅で実験体を始末し始めた時に…神の声を聞いた…って。
研究所は…霊力を宿す為の器の準備…もしくは神から与えられなくても霊力を宿せるような…そんな研究をしてたんじゃないかな?」
私の話に、九尾の表情が徐々に険しくなっていく。
「…死の間際に…ネブラミスは霊力を与えられて…恨みのまま研究所を壊滅させた。だから、奴等の遺体損壊が激しく、被害者株の遺体は綺麗だった…訳か。」
「研究所は教会関係の末端だったなら…神の降臨を示唆するネブラミスの存在を知って…迎えて入れたのかも…。でも…」
私は矛盾に気が付き、口を閉ざした。職員を殺して、施設を破壊する程の恨みを持っていたのに…何故、元凶の教会に組したんだろうか?
「そうだな…あくまで可能性だが…邪神の使徒になった事で、恨みの矛先が教会関係者から…魔剣に…世界に向かうように…歪められた…とか。」
「ああ…。」
九尾の言葉が胸に痛みを伴い、ストンと落ちた。
歪み…。
実験体として扱われ続け、死の恐怖に怯えながら生きて。唯一の心の拠り所だった魔剣の存在を失い…。怒りや悲しみ、憎しみ、感情の全ての矛先が、約束を破った魔剣に向かうのは…違和感を感じていたんだ。
自分に起きた悲劇の原因が、世界がこうだからと…短絡しているように感じている事も…。
邪神の力によって、そう有れと、歪められた。全てを憎しみ、破壊せよ…そう有れと…位置付けられたんだ。
「…そんなの…酷いよ…」
魔剣とネブラミスは…心を通わせて居た。本当なら、お互い生きている事に安堵して…喜びあってもおかしくないはずなのに。
「そうだな…邪神が運命を狂わせたのは間違い無いだろう。…ネブラミスは、まだ被害者株のまま…何だろうな。」
九尾の声音が、悲しげに響く。
「それを踏まえて。考えて行こう…先ずは、それを皆と共有だ。」
九尾が私を縦抱っこに抱え直すと、背中を優しく撫で始める。
私は九尾の肩に顔を埋める。
「しかし…倒すのも厳しいネブラミスを、今度は救う手立てとか…流石の雫頭脳でも…無理ゲーじゃね?」
「ぶっ!」
思わず、吹き出した。
ちょ、何で九尾が「無理ゲー」とか、ある意味専門用語的な言葉を知ってるんだ?
「ふふん〜ビックリしたな?雫が色々と輪の事を調べて居てさ。お前の元居た世界…何かリンクしてる資料を入手したんだとよ。」
九尾がカラカラと笑う。
「誰から貰ったと思う?…何とマヤからだ!マヤが精霊力の強化修行の一環で、違う世界からの影響力について学んだ事を纏めた資料らしいぞ?」
な、な、なんだって!?
そういや…じーちゃんが精霊は世界を越えるとか何とか…話していた気もするが。まさか、マヤがそこまで力を付けてきているとは…。
あ、ヤバい…私も精霊力を多少なり持つ者の筈なのに。役に立ってない…
「まぁ、そうしょげるなよ?マヤはじーさんに見込まれた苗だからな…潜在能力の差だろ。輪は、今のまま…俺達と一緒に居てくれてれば、良いんだからさ〜。」
九尾がポンポンと優しく背中を叩く。
「それ…役立たずって…認めてんじゃんか。」
私はちょっとだけブータレながら、九尾の肩に顎を乗せて、身体をダラけさせる。
「まぁまぁ…輪は癒し枠だから!問題ないっ!」
九尾が、クックック…と笑う。も、絶対にワザと意地悪言ってる!
でも…それは、魔剣とネブラミスの現状を知って、打ちひしがれてる私の気分を晴らす為だと…気付いている。
私がここで…へこんでいても、現状に変化は無い。気持ちを切り替えて、打破する為に、受け止めて進まなきゃ。
そのスイッチの切り替えを、九尾はいつも進んでやってくれている。
知っては…いるんだが…
「…くそ〜っ、いい男だなっ…腹立つわぁ!」
前脚の肉球で、九尾の頬をムギュムギュと踏みつける。
「ふふん。俺がカッコいいのは周知の事実だな〜。」
九尾がカラカラと笑いながら、皆が集まる焚火に向かって歩みを進めた。
焚火の側に天使の姿が見当たらなかった。キョロキョロと辺りを見回していると、白帝城が声のトーンを落としながら教えてくれた。
「天使なら…子苗達を見守りに行っている。先程、そのうちのひと苗が泣き出してな。ラプティス達と遊び、笑っていたが…やはり心の傷は深い…という事だろう。」
白帝城が悼むように、眼を閉じる。
九尾も「…そうか」と一言だけ述べる、白帝城の隣に着座した。
私は九尾の腕から飛び降りると、白夜の膝に乗ろうとしたが、歩みを止める。
白夜の隣り…マリンの膝枕で、雫が寝息を立てて眠っていた。
マリンは、私に人差し指を唇に添えて…静かに…と諭すと、薄手の毛布を雫に掛け直してあげている。
安らかな寝顔。
私なんかより、余程癒し効力がありそうだ。その証拠に、白帝城、九尾、白夜、マリンが慈しむように…雫の寝顔を見ている。そして…私も。
起こさぬように計らいながら、雫の側に寄る。このまま一緒に眠ってしまうかな…と考えていると。
ー輪さんっ!ちょ、寝ないでよっ!
後で行くって、さっき話したじゃない!
…頭の中で、夾竹桃が話しかけてきた。あ〜そう言えば、そんな事を言っていたなぁ。
ーちょっ、酷いぃーっ!夾ちゃん、泣いちゃうんだからねっ。渡したい物が有るって、言ったじゃ無い!
んん、だって…もう眠いしさ。明日じゃ駄目なの、それ。
私は雫に寄り添うように、丸くなり、目を閉じる。
ーえぇえっ!!?
もぅ、着くから!すぐ、側だからっ!
寝ないでぇぇーっ!
夾ちゃん、寂しくなっちゃう…。
大精霊なのに…折角良い物を渡したいから、わざわざ出向いたのに…。
酷くない?
この、扱い…酷く無いっ!?
夾ちゃんの助言で、侵食の魔女を退けられたのに…眠いから出直せって、酷くないっ!?
頭の中で、夾竹桃がギャイギャイと喚く。まぁ、言われて見れば、夾竹桃のおかげであの窮地から脱する事が出来たのも確か…。
眠いけど…仕方ないか。
私は億劫そうに身体を起こすと、しなやかな身体を目一杯伸ばした。そして、大きな欠伸をひとつ。
「?」
九尾が眼で「どうした?」と尋ねてきた。
「ちょいと外すね…客が…夾竹桃が来るっぽいから、会ってくるよ。そんなに遠くには行かないから、大丈夫だよ。」
なるべく小さな声で、皆に話す。
聞こえたのは、マリンと九尾だけみたいで…頷いて答えてくれたが、白帝城と白夜はキョトンとしている。
んで。夾ちゃんは、何処に居るの?
今からそっち向かうよ…
ーこっち、こっち。こっちだよ…
夾竹桃の甘々の声を頼りに、焚火を背にして歩き出す。
ーこっち、こっち…森の中。
暗い闇の中、森の中へと誘われる。
こういう時は、本当に猫で良かったと痛感するね。闇を物ともせずに、歩める。
ーこっち、もうすぐ…。
ふと…甘い香りが、ふんわりと私を包み込んで来た。この香り…前に嗅いだ事がある。
そうだ。思い出した…真夏の照り付ける日差しの中で、咲き誇る夾竹桃の花の香りだ。とても甘くて、少し酸味を感じるような…独特な香り。
私の世界の『夾竹桃』は植物で…
キョウチクトウ科キョウチクトウ属の常緑中低木だと記憶してる。
真夏に、艶やかな白や赤、ピンクの美しい可憐な花を枝一杯に咲かせる。見応え抜群の植物だ。
公園や、街路樹に使われているから…あまり知られてはいないのかも知れないけど、葉、花、根…全ての部位に毒性を含む、かなり危険な有毒植物だったりする。
その毒性は強く、土壌や燃やして出た煙にも毒性が残るとか…何とか。
名前の由来は、葉が竹のようで、花は桃に似ているから『夾竹桃』と名付けられたみたいで、とにかく丈夫で生命力が強い植物だ。
さて…こちらの世界の『夾竹桃』はどうだろう?
ーこっち、こっち、ホラ…もう見えるよ…
周囲の木々より、一際大きな木の下に。はにかむように、微笑みを浮かべる、『夾竹桃』が…其処に居た。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




