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鎖の刻―魔剣の過去『赦し』

心の奥底に沈んだ記憶が、今――

鎖を引き千切って、顔を出す。


繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――

それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。

『赦し』


研究所は壊滅。仲間達は、奴等と共に死んでしまった…。

ずっと…考えてた。願っていた…14の長い黒髪を触りたいと。いつもいつも…髪を撫でると、14は嬉しそうに笑うから。その笑顔を見たいと…思っていたのに。

オレは、14の顔を思い出せない…姿形は分かるのに、顔だけが霞んで、ボヤけて…分からない。

…何で、忘れちまったんだろう?

オレは、こんなにも薄情なヤツだったんだろうか?

自分だけ生き残ったから…死なずに済んで良かったと…何処かで安心してたのだろうか。

ずっと14の心配をしていたのは…偽りだったのだろうか?

オレは、自分自身に呆れて、情け無くて…仲間達を永遠に失った悲しみよりも、その事実に打ちのめされて…笑いが出た。

こんな有様では…九尾のように怒りを胸に抱き、被害者を思いやるような猟犬には成れない。


そう考えて居ると、いきなりアンジーが、その胸にオレの頭を背後から抱え込むようにして抱きしめた。

「…何をする?」

ビックリしながら、アンジーの腕を剥がそうと…細い腕に、オレの乾いた手を重ねる。

「…顔が思い出せないのは…貴方の所為では無い…心が壊れないように…無意識が貴方を守ろうとしてる防御反応…なんです。」

重ねたオレの手が、ピクリと動く。

「…防御反応?」

「はい…そうでもしないと…貴方の心は耐えられない…彼女の死を乗り越えられない…だから、一時的に記憶を…消してるだけ。忘れてしまった訳では、無いから…」

「…そんな事、オレは考えて無かった。忘れたいとか、思っても居ない。」

ギュッとアンジーの腕を握り締める。

「貴方の無意識が…貴方を守って居る…それだけ、なんです。無意識は、貴方以上に貴方を知って居るし、見ています…だから…それ以外、自分を責めないで。」

そんな馬鹿な話しを信じろって言うのか。オレは、オレだろ…。

でも…翁牙も似たような話しをしていなかったか?無意識…では無かったが、本能はオレ以上にオレの本質を知っている筈だと。

…無意識に、オレは自分の記憶を消してしまったのか?

責めるな…とアンジーは言うが、オレには無責任だと感じてしまう。

14の顔を忘れるなんて…在りえないだろ…。

「…それだけ、貴方にとって彼女は大切な存在だったんです…だから、救済処置が働いた…だけだから。本当に綺麗さっぱり忘れた訳では、無いから…大丈夫です…。」

アンジーが、ギュッとオレの頭を抱く腕に力を込める。

「救済処置…」

「自分を赦す為に…無意識が働いたんです。」

赦す為…ああ、サボテン国に居る時にも翁牙に言われたな。オレは自分を責めるのは上手なのに、赦す事を知らないと…。

何を、赦すと言うんだ?オレは…何も出来なかった。間に合わなかった…。

その時、パタパタと何かが落ちる音が微かに聞こえて…一瞬、思考が止まる。…何だろう?

アンジーの腕の中から逃れようと、頭を位置をずらした時に…オレの頬にポタリと濡れた何かが溢れて流れた。

まさか…涙?

オレは恐る恐る、探るようにアンジーの頬に触れた。

アンジーが、しっかりとオレの頭を抱いているから…目視出来ないが、軽く触れたオレの指先は、柔らかな濡れた頬の感触を確かめた。

アンジーは…声も上げずに泣いていた…

「…何故、泣いてる?」

驚きと、焦りが混ざり、オレの掠れた声が上擦る。

「泣かない…泣けない…辛くて、悲しくて…どうしようも無い程に苦しいのに…涙を流せない貴方の代わりに…。私が泣くの…。」

アンジーが涙を拭うように、オレのボサボサな髪に頬を摺り寄せる。

「…何だ、それ…」

大粒の涙を流しながら、アンジーはオレの頭をギュッと抱きしめた。

「貴方の傷は…私が…癒すから。また、前を向いて立ち上がれるように…必ず、癒すから…貴方は自分を赦して上げて欲しい…。今度こそ、貴方が大切に思う、何かを、守ってあげて欲しい。だから…一緒に行こう…皆を守る為に…。何があっても、私が…貴方を癒し続ける…約束するわ。」

アンジーがゆっくりとオレの頭を解放すると、回り込み、車椅子の前にしゃがみ込む。

ボロボロと泣きながら、オレの乾いた両手を握り締めると、真っ直ぐに瞳を見つめてくる。

「いつか…貴方が、自分を赦せる…その時まで。私は…ずっと傍にいるよ…。」

涙に濡れてグシャグシャな…でも、とても綺麗なその顔を…オレは何も言わずに見つめ返した。


潤み切った銀に微かに緑がかった独特の瞳が…泣き過ぎで、真っ赤になっている。綺麗な形の鼻も、赤くなってしまったな…。こんなにボロボロ泣いてるのに、しゃくり上げもしないで…唇を噛んで耐えていたのか?僅かに血が滲んでしまっている。

何故か…胸がギュッと締め付けられるような、不思議な感覚を覚えて…オレは狼狽えた。

そっと…アンジーに握り締められた両手を外す。涙で濡れた頬に、見事なまでに綺麗な白銀の髪が張り付いてしまっているのを、壊れ物を扱うように…剥がす。その、一房の髪を…オレは優しく握り締めた。

「…オレの為に…泣いてくれたのか…。何で…?」

アンジーは少し困ったように微笑んで

「…私は、赦し、癒し、守る者…だから…かな?」

「何で疑問系なんだ?」

「ん…自分でもよく分からないの…でも、貴方を知るほど…実感してきてる…ああ、こういう事なのかって…。貴方を苦しめる全てを赦して、その痛む傷を癒して…二度そんな思いをしないように…守りたいって…感じるの。」

そう言いながら、アンジーは照れくさそうに微笑む。

「…変かしら?」

小首を傾げながら、オレを真っ直ぐに見つめてくるが…どう返せば良いんだ?

今まで、こんな経験した事ない。誰かがオレの気持ちを汲んで泣いてくれたり、自分を責めるオレを代わりに赦すと言ったり…オレを癒して、守るなんて…言われた事なんか無い。

困惑しながら…オレの口から出た言葉は

「…変だな。」

…オレは、一体何を言ってるんだっ!?

「ふふふ。」

アンジーが血が滲んだ唇を気にするように、指先を当てがいながら、笑う。笑顔の仮面じゃ無い…綺麗な笑顔。その笑顔に見惚れながら…オレは、指先で血を滲ませるアンジー唇にそっと触れた。

「…痛むか?」

アンジーが、驚いたように眼を見開き、顔を赤くする。

…どうしたんだろうか?

「だ、大丈夫…」

「眼も真っ赤だぞ?冷やさないと腫れてしまう…」

オレは何も考えぬまま…涙で濡れた頬を、優しく手のひらで拭う。

「んんっ!だ、大丈夫…だから。直ぐに治すわ…」

明らかに狼狽したアンジーを見て、ハッとした。…オレ、今、何をしてたっ!?

アンジーが気を取り直したように、スッと眼を細めながら…祈るように両手を胸元で指を組む。

すると、キラキラと銀色のトリコームが舞い上がる。まるで…光の粒みたいだと思っていると、それがアンジーの身体に降り注ぎ…次第にゆっくりと消えていく。

「ほら…もう、大丈夫。」

ニコリと笑うアンジーの顔から、血を滲ませた唇も、泣き過ぎで赤くなった瞳も、腫れてきた瞼も…何もなかったかのように戻っていた。

これが…『癒しの光』なのか。


「ねぇ…いつまでも名前が無いのは、不便だし…私が貴方の名前を考えても良いかしら?」

アンジーがしゃがみ込んだまま、オレの膝に手を当てがいながら、小首を傾げて話しかけてくる。

「…唐突だな。」

「必要だと…思って…個として成らないと、前を向けないんじゃ無いかなって…思って。余計な事だったかしら…」

アンジーが僅かにシュンとする。

…こんな顔もするのか…。

「いや、別に余計な事では…無いと思うが…そうだな、名前か。全く、考えて無かったな…」

確かに、言われるまで全く気が付かなかった。

「…なら、私が考えても良いかしら?」

アンジーの顔が、パッ明るくなった。…何で、こんなにコロコロと表情が変わるんだろうか?

何て言うか…目が離せなくなる…ような気がする。

「ああ、構わない。」

名前に縁なんかなかったし、付け方なんか知らない。誰が名付けようが一向に問題ないだろう。

「…そうねぇ…」

アンジーが探るように、ジッとオレを見つめながら悩み始めて…。

何だか、居た堪れないんだが…と思った瞬間に

「クレスト…って、どうかしら?

貴方の黒髪…トリコームが僅かに浮かぶと、まるで星冠(クレスト)みたいだから…どうかな?」

アンジーが尋ねるように、オレを覗き込む。

「…クレスト…星冠…そりゃ、随分綺麗な名前を…」

正直、オレに星だの、冠だの言われても…ってなるが。だけど、アンジーが一緒懸命に考えてくれたんだから、無下にも出来ないだろう。

「…駄目かしら?」

アンジーは不安そうに、眉を寄せる。

本当に、表情豊かなんだな…。

「まぁ、いいんじゃないか?」

オレの答えに、パッと花が咲くようにアンジーの顔が明るくなる。

「良かった…今日から、クレストって呼ぶわね。」

何故かとても嬉しそうなアンジーの笑顔に釣られるように…オレも笑顔が浮かぶ。

アンジーのコロコロ変わる表情…まるで百面相だな。

「っ!笑った…笑ってくれた…」

「…何だよ、オレが笑ったら、変か?」

アンジーが立ち上がりながら、裾に付いた埃を払いながら笑う。

「笑顔…素敵だなって…ずっと思ってたから。嬉しいだけ…。」

「なっ…?」

笑顔が…素敵?何を言ってるんだ…

何だろ、顔が熱い。この感覚は…翁牙に冷やかされた時と同じ?いや、それ以上に熱いような…

「…変なヤツだな。」

オレは手の甲で鼻を隠すように…当てがいながら、そんな事を言うと、

「ふふ…クレストは照れると耳が真っ赤になるね…可愛い…」

と言いながら、アンジーが笑う。

「ばっ、やめろ…っ!」

思わず狼狽えたながら悪態をつくと、また楽しそうに…クスクスとアンジーが笑う。


そして。オレは…理解してしまった。

ああ、そうか…これが、癒しなんだと。いつの間にか、オレは自分を責めるのを止めている。

アンジーがその言葉通りに、オレを赦し、癒して、名前を与えてくれた。

まだ…胸の苦しみは残っているが、確かに前を向き始めていると、自分で分かった。

また…助けられたんだな…オレは。

崖から落ちたあの時から…ずっと誰かが手を差し伸べて、助けてくれた。

うつむかずに、前を向けと…翁牙が、鯱真が、アストロが…そしてアンジーが、先を指指し、導こうとしてくれる。

なら…オレは、行かないと駄目なんだな。指差す先へと…悲しみも、苦しみも、無力な自分自身も、全て抱えて…歩き出さないと。

オレは、ゆっくりと息を吸い込んだ。眼を閉じて…胸に溜まった重たい何かを吐き出すように、息を吐く。

例え…顔を思い出せなくても、決して忘れない。


14…お前が大切だったよ。何よりも、大事だった…。だから、過去にはしない。絶対に消さない。

お前の長い黒髪を…忘れたりしない。

オレは、お前の生命に重ねるように、自分の生命を守ってきてたんだって…今頃、気がついたよ。

お前を大事にする事で、オレ自身を大事にしてしまっていたんだ。

オレは、本当に馬鹿だな…だから、お前の顔が思い出せないような事態になってしまったんだろう。

オレはオレを守る為に…お前の顔を消してしまった。そんなオレを…薄情なヤツだと罵ってくれ…。

だけど、オレは前に進むよ…こんなオレを導こうとしてくれた奴等が居たから…。

だから、オレはオレが出来る事をして、恩を返さないと。

いつか…オレがお前が居る場所に逝くまで…待っててくれるか?その時は、恨みも謗りも罵りも全て聞くから…。

だから、待ってて欲しい。

この水色の空の何処かで…。


オレはゆっくり眼を開くと、車椅子を押すアンジーを振り返る。

「オレの傷を治してくれ…また戦いたい…守る為に。今度こそ、必ず守る…オレを助けてくれた皆を、赦してくれたアンジーを…約束する。」

オレの言葉に、アンジーは微笑みながら頷く。

「約束…ね。」

「ああ。」

測らずとも…またこの約束をするとは…分からないものだな。でも、もしかすると…これが運命ってヤツなのかも知れない。

今度こそ…絶対に、守ってみせる。

オレはゆっくり押される車椅子に座りながら、窓の外に広がる水色の淡い空を挑むように見据えた。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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