鎖の刻―魔剣の過去『絶望』
心の奥底に沈んだ記憶が、今――
鎖を引き千切って、顔を出す。
繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――
それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。
『絶望』
数日後、急遽アストロ政務副宰官に呼び出された。多分…例の研究所話しだろうと察しが付き、急ぎ執務室へと向かう。
リュカは手が離せないらしく、今回はアンジーが車椅子を押してくれた。
前回同様に、扉前で警護している株に取り継ぎをしてもらい、中へと誘われる。
アストロは、同行者がアンジーだと知ると、驚いた様子ではあったが…リュカとは違い、控えの間に下がらせずに、そのまま室内に居るように…と指示を出した。
「今回の件…私の施設部隊が動いていたが…アンジェリカにも聞いて貰いたい。」
アストロは両手を組み、テーブルを挟んで、オレとアンジーを睨むように見つめる。その重々しさに、アンジーは黙って首を垂れる。
それにしても…九尾だったか?あの鋭い眼つきの株が居ない。あの、緑と白の髪の女性もだ。確か…マリンと言ったか。
「まず、結果を話そう。
猟犬とパープルが目的地に到着した時には…研究所は瓦礫と化して、壊滅状態で合ったと聞き及んでいる。死者多数…生存者なし。研究所職員らしき株は…無惨な迄に切り刻まれており、被害者株らしき者達は…比較的に綺麗な状態のまま亡くなっていたようだ。
中には、焼けたような…黒焦げな死体もあり、職員か被害者株か…知る術も無い状況だったようだ。
まだ猟犬が嗅ぎ回ってはいるが…これ以上の探索は無理だと考えている…
何か質問があるなら、分かる範囲で答えよう…。」
アストロが話す内容が…頭に入って来ない。一体何を捲し立てているのだろうか?
「…壊滅状態…とは、どの様な状態だったのでしょうか?何かに襲撃された…もしくは…。」
青ざめた顔色で、アンジーがアストロに質問を投げかける。
「報告に寄れば…どちらとも取れぬ…と有るな。内部からの破壊、外部からの襲撃…建物の損壊具合である程度は予測出来るのだが…職員の死に方にも疑問が残る。口封じにしては、やり方が余りにも雑だ。」
「…口封じ…?」
掠れた声の言葉が、オレが発した声だと…意識しないまま、ぼんやりと尋ねる。
「…よく有る行いだ。事が露見するのを恐れ、研究所を閉鎖する。その際には…研究資料だけを運び出し、実験用の株は全て廃棄…殺される。そして、建物を爆破するなどして、闇へと葬り去る…トカゲの尻尾切りなどと例えられるがね。」
あの時…、王宮へと向かう車体の中で、翁牙が話しかけた言葉…「尻尾切りが妥当…」それが意味するのは、この事態だった?
オレが逃げたから…奴等は尻尾切りで、仲間を殺して、研究所を破壊したのか?
「…アストロ閣下のご意見は?…どの様に見立てておいでなのでしょうか?」
アンジーが食い下がる様に、言葉を紡ぐ。
「私かね…口封じ…をしようとしたが、失敗した。もしくは、そのタイミングで襲撃を受けた…と考えている。何故なら、被害者株の遺体損壊は少なく、職員株の損壊が酷い。研究所職員に対する恨み、もしくは制裁…と、見て取れるからな。
…どちらにせよ、王都を襲撃する影の手掛かりを失ったのは、確かだろう…。」
アストロの声が苦々しく響く。
そうだった…それを探るのも猟犬が務めていた筈だ。しかし…そんな徹底的に研究所職員を痛め付けるように殺害してあるとしたら…仲間割れの可能性もある…のか?
だとしたら…影を操る奴等の尻尾は綺麗さっぱり消え失せているかも知れない。
「他に質問はあるかね?」
アストロが睨む様に、オレを見るが…オレの口からは何の言葉も出て来ない。
何故、この株は…オレを睨むのかと、そんな事を気にしている。
ああ…そうか、痛ましい事実を突き付けているから…か。その視線が、眼差しが…現実を受け入れろ、逸らすな、直視するんだ…と、オレに訴えかけているんだと、気付いた。
「…生き残りは…居なかったんだな…。」
大きく息を吸い込み、吐くようにして…やっとの思いで口が開く。
「…残念ながら…到着した時には、かなり時間が経っていたらしいから、それなりに腐敗も進んで、中には獣に漁られた形跡もあったらしい。なので、移送は断念し、被害者株は近くに丁重に埋葬した…との報告を受けている。」
アストロはフッと息を注ぐと
「…九尾らしい計らいだろう。」
と話した。
「マリンからの報告では…九尾は研究所職員の遺体は踏み付け、被害者株らしき遺体は丁重に扱い、震えながら遺体を全て一株で運び、埋葬したようだ…誰の手も借りず…な。奴なりの…詫びだったのだろう。」
「…そうか…」
アストロは、かなり時間が経っていた…と言った。なら、猟犬がどんなに急いでも間に合わなかっただろう。なのに…九尾は、責任を感じて仲間を埋葬してくれたのか。
「…埋葬した遺体の中に…黒髪の女は居なかったか?」
オレの問いに、アストロはテーブルに置かれた報告書をペラペラと捲る。
「…性別不明の遺体はあるが、それらしい報告は上がっていないな。」
「…そうか…分かった。」
オレは小さく息を吐くと、目蓋を閉じる。もう…14の髪に触れる事は…出来ないんだな。何だろ…少し、肌寒いな…。
「九尾…達に、礼を伝えてくれないか?」
眼を開けて、真っ直ぐにアストロに向かい合う。アストロのさっきまでのキツイ眼差しが、和らいだみたいな気がする。
「埋葬…してくれて、ありがとう…と。」
「分かった。伝えておこう。では…君の治療の話をしようか。」
アストロの視線が、オレからアンジーへと移る。
「その前に。アンジェリカ、…陛下から暗号名が正式に授与される事に決まった。に、伴って…今まで隠し通してきた、その葉力『癒しの光』は表沙汰になるだろう。現在、我が国は正体不明の襲撃を受けている…君の葉力を必要とする株は、ますます増えていくのは明白…心の準備をしておいてくれたまえ。」
アンジーは俯きながら、
「…はい。」
と、小さく返事をしただけだった。
「君の準備が整い次第で構わない、まずは…彼の損傷箇所を癒してやって欲しい。彼もまた、類い稀なる葉力の持ち主。動けるようになれば…陛下から暗号名を授与されるだろう。」
「承知致しました…。」
アンジーは…暗号名が欲しくないのだろうか?薄っすらと微笑んではいるが、不満気な雰囲気を感じる。
だが、アストロは気にしている様子は無い。オレの気のせいだろうか?
「私の話は以上だ。また何かあれば知らせる…。」
アストロが立ち上がり、オレ達に背を向けて窓の外を眺める。
それが合図の様に、アンジーはオレの車椅子を押して部屋を出た。
車椅子を押されながら、長い渡り廊下の窓から、穏やかで静かな雰囲気に満たされた外を眺める。
サボテン国の真っ青な空とは違い、優しい光が降り注ぐ水色の空。…翁牙から借りた本の中に、魂は空に還る…と書いてあったが…14や仲間達は、この空に還ったんだろうか?
独りだけ…生き残ったオレを恨んで、この空の何処かで、オレを睨んでいるのだろうか?
そんな事を考えていると、アンジーが立ち止まって
「…大丈夫ですか?」
と声を掛けてきた。
「うん?」
「大切な…方、だったんでしょ?黒髪の女性…ちょっとだけですが…翁牙さんから聞きました…すみません。」
「ああ…別に隠してる訳では無いから、構わない。
ずっと…一緒に居たんだ…いつも隣りで…育ってきた。オレがsubject.No.13、アイツはsubject.No.14で…小さくて、細くて、女性だから力も無いし…直ぐ死んじまいそうで、いつも心配で…。
でも、戦闘はオレと競い合える位、強かったんだ。
ずっと守る…一緒に生きようと…約束してて…。
真っ黒な長い髪が…風に揺れて、笑いながら……」
アンジーにポツリ、ポツリと語り聞かせている時に、オレはある事に気が付いて言葉を失った。
黒髪が風に揺れて…笑う14の顔が…思い出せなくなっていた。
笑顔だけじゃない…泣き顔も、怒った顔も…心配そうにオレを見てた顔も…。ただ、14の長い黒髪が靡く姿が印象に残っているだけだった。
「どうしたんですか…?」
アンジーが、言葉を詰まらせたオレを心配そうに見ている。
オレは、アンジーを見上げながら…無意識に笑った。
「はは…14の顔を、忘れちまったみたいだ。…薄情なヤツだよな、オレは…何で思い出せないんだろう…ずっと、忘れずに…思い描いていた顔なのに…。何で…こんな急に…。
オレだけが…地獄の底から這い出たからか?
もう…皆死んじまったからか?
生き残って…安心してるからか?
…長い黒髪…しか覚えないなんて…こんな…。
こんなの…恨まれても当然だな。」
オレの言葉に、アンジーは息を飲んだ。
…そりゃ、呆れても当然だろう。
翁牙や鯱真に『助けてくれ』と頼み込んで、九尾達にまで救出を願い出て…。
なのに、オレは大切な仲間の顔を思い出せない…忘れてしまったんだ。
オレの中で、何かが音を立てて崩れていくのを感じる。
両手で頭を抱えるようにしながら、まるで自分自身に語りかけるように、口を開く。
「…間に合わない…そんな気はしていた。崖から落ちて、サボテン国で保護されて、ハオルチア国に戻るまで…かなり時間が掛かったし。こんな身体になっちまった時から、そんな気はしてたんだ。もう…二度と生きて会うのは叶わないだろう…約束は守れないだろう…って、気はしてたんだ。…だから、かな。何処かで、諦めてたんだろうな。…だから、オレは14の顔を忘れて…。無かった事にしたいんだろう…。
酷い株だな、オレは。」
耳に乾いた笑い声が響く…その声が、自分の声だと気が付くのに、時間は掛からなかった。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




