鎖の刻―魔剣の過去『運命の歯車』
心の奥底に沈んだ記憶が、今――
鎖を引き千切って、顔を出す。
繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――
それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。
『運命の歯車』
カラカラ…と車輪が廻る…。
王宮の煌びやかな広い廊下には、警護兵すら居ない。
静まり返った城内に、ただカラカラ…と車輪が廻る音だけが響いていた。
その音の正体は、車輪が付いた椅子が動く音に他ならない。車椅子に座った男の顔は青白い。サボテン国からの帰国者で、下半身不随に加え、風土病まで患っていた。
幾分回復はしてきては居るようだが、まだ余談は許さない状態である。にも関わらず…時期、宰相の座が約束されているアストロ政務副宰官の呼び出しを受けては…断る訳にも行かなかった。
王宮医師団・メディカルルーム担当医師、リュカ・ソレイユは、眉間に皺を寄せながら、男を車椅子に乗せて、政務副宰官の執務室へと急いでいる。
ーサボテン国から付き添ってきた担当医師からの引き継ぎをしただけで、まだ診断も終えてないのに…呼び出しとは。全く、副宰官殿は重症患者を何だと思ってらっしゃるのか…
リュカは溜息と苛立ちを飲み込むと、車椅子に座る男に声を掛ける。
「これから会われるお方は、政務副宰官ーアストロ・ボウバーグ殿で…実質、宰相副官と言っても過言では無い役職を担っているお方だ。その業務は政務全般、軍政など多岐に渡る…地位の高い偉い株だから、失礼が無いように頼みます。」
「…分かった。」
男は呟くように返事をするものの、本当に理解しているのか、一抹の不安を感じる。
「私は、控えの間に下がりますが…体調に異変を感じたら、直ぐに声を掛けて下さい。決して無理はしないように…分かりましたね?」
「…ああ」
男の返事を聞くと、この返事は絶対に理解していないだろうと…リュカは今度こそ溜息を吐いた。
両扉のサイドに衛兵が立つ部屋の前に到着すると、
「王宮医師団・メディカルルーム担当医師リュカ・ソレイユ。命により、サボテン国から帰国した被害者株をお連れしました。副宰官様にお取り継ぎをお願い致します。」
「暫し待たれよ。」
衛兵が扉の奥に消え、暫くの後、両扉が広く開け放たれる。リュカは車椅子を押しながら中に入ると、広々とした室内でニ株の男が被害者株を待っていた。
一株は、この部屋の主…アストロ政務副宰官。もう一株は、リュカが知らない株だった。その容姿からすると、ベヌスタ株だと一目瞭然ではあるが…。
「被害者株をお連れ致しました。私は控えの間におります故、患者の様子に変化が御座いましたら、お声がけをお願い申し上げます。」
リュカはそう告げると、アストロに深々と一礼をする。
「ご苦労。何…話を聞くだけだから、時間は取らないだろう。済まぬが、控えていてくれ。終了したら声を掛ける。」
「はい。畏まりました。では…失礼致します。」
リュカは去り際に、被害者株の耳元に
ー無理はしないように…
と囁いて、控えの間に下がっていった。
無駄な物…調度品って言うのか?飾りも何も無い、質素な室内だ。デカい本棚に、デカい机。その机に両手の肘を乗せて組み、測るようにオレをジッと見つめる株…コレが、リュカが話していた偉い奴だと、すぐに見当が付いた。
もう一株は、やはりデカいソファーに踏ん反り返って座っていたが、リュカが控えの間とやらに下がると、立ち上がり、オレの乗った動く椅子を押して…ソファーに向かいに陣取らせるように、移動させる。
そして、ドカッと…荒々しくソファーに座り直した。
「到着したばかりで、疲れきっているだろうに、ご足労願って申し訳ないね。私は、この国の政務副宰官を務めている…アストロ・ボウバーグと言う。宜しく頼むよ。」
全く、申し訳なさそうに聞こえない挨拶をされても…オレには名乗る名前が無い。
「そこで、イライラしてるのは…ハオルチア王国対組織犯罪特別戦術課『闇組織摘発部隊』って呼んでるがね…通称アッシュハウンド部隊の猟犬、九尾と言う。」
九尾と呼ばれた男を見ると視線が合ったが、睨み返される。
しかし…名前が九尾なのか?まるでサボテンみたいな名前だな。
そんな風に思っていると、九尾と言う男が口を開いた。
「『九尾』ってのは、暗号名だ。特殊葉力株は、身バレ防止の為に国から暗号名を授かるんだよ。馬鹿な奴らが…特殊葉力欲しさに遺伝子を狙って、親族を襲撃したりするからな。」
遺伝子欲しさに親族を襲撃…そうやって特殊葉力を集めて、オレ達の様に培養するのか…。
「俺の本名は…九重颯真。見ての通りのベヌスタ属だ。言っておくが、本名で呼ぶなよ。」
ムスッとしたまま、九尾はオレに右手を差し出す。一瞬躊躇したが、あ…握手か、と思い出して九尾の右手を握りしめた。
「…オレには名乗る名前が無い。」
「知ってる。落ち着いたら名前を付けるが良いさ…まぁ、国から暗号名を授かる方が先かも知れないがな。」
九尾はそう話すと、何故かアストロを睨み付ける。
九尾と名乗った男からは、ビリビリと殺気が放たれている。これは…怒りなのだろうか?
何を怒っているのか、見当も付かないが…アストロは気にも留めて居ないのは一目瞭然だった。
「九尾…本名を名乗るのは、ルール違反だぞ?」
「コイツは大丈夫だ。身体が不自由でも、眼が死んで無い。葉力も桁違いだが…その情報は重要だ。誠意を見せずに、取引は成立しない。」
「…取引?」
「お前の持つ情報を全て俺に話せ。その対価として、お前の代行者として動いてやる…。」
九尾の言葉に、オレは目を見開いた。…全て話すつもりでは居たが、そんな事で取引になるとは、考えもしなかった…だから、とても驚いた。
「九尾…何で、そうやって先走る。決めるのは、私だぞ?」
アストロが険しい顔をして九尾を睨むが、その厳しい視線を物ともせずに、九尾はアストロを睨み返した。
「俺は灰色の猟犬…アッシュハウンドだ。獲物が居るならば、即座に噛み殺す…そう決めたのは、アンタだろ?なら、依存は無い筈だ。違うか?」
アストロは肩を落として溜息を吐くと
「…違わないな、その通りだ。さて…では、話を続けよう。我が国では、目下、闇組織が暗躍し、その被害者は後を経たない…だが、国力は想定外の敵に襲撃されてる現状では、闇組織殱滅に割く余力は残されて居ないのは明白だ。被害者の聴取が済み次第、アッシュハウンドは速やかに対象の殱滅に移行せよ。…場合によっては、パープルウィドウを動かすのも視野に入れておく。」
アストロがそう宣言すると、九尾はニヤリと笑い、首を垂れた。
想定外の敵…あの影だか泥だか知らないが、奴等の事だろう。オレは意を決して口を開いた。
「…その襲撃してくる黒い奴等…正体や目的までは知らないが、見た事がある。」
オレの言葉を聞くと、アストロは椅子から立ち上がる。その反動で立派な椅子が倒れた。
「…本当かね?」
「オレの代行者になってくれる…そう言ってくれる奴等に嘘は吐かない。」
真っ直ぐにアストロを見つめる。元々、全てを話すつもりでいたし、何の問題はない。
「聞かせてくれたまえ…君の全てを。」
倒れた椅子を戻しながら、アストロは重々しくそう言うと、深々と椅子に座り込んだ。
オレの話しを聞き終えると、アストロは天井を仰ぎ見た。
「…一連が繋がっている可能性が有ると見て間違いないな。」
九尾が、ソファー前に置かれたテーブルに広げた地図を、不機嫌そうにクルクルと丸めながら、キツイ眼差しをしてアストロを睨む。
「研究所の位置は把握出来た。俺は、直ぐ出るぞ。残りのアッシュハウンドで情報収集に当たる。パープルを貸せ…被害者多数、その救出を優先、その後、殱滅させる…。」
九尾の手が、微かに震えている。
「クソがっ!!」
そして、怒りを露わにすると、九尾はテーブルを思い切り蹴飛ばした。高価そうなテーブルは、無残にも壁に叩きつけられて壊れてしまった。
オレは九尾の震える背中を、呆然と見つめた。この男は…何で、抑え切れないほどの怒りに震えてる?
「…そのテーブルはお気に入りだったんだが…報酬から差し引くからな?」
「好きにしろっ!」
九尾が吐き捨てるように言葉を吐くと、アストロはニヤリと笑う。
「…冗談はさて置き。マリン…居るな?来い。」
そう窓枠に歩み寄ると、そう声を上げる。
キィ…と窓が軋み、外へ開かれると、いつの間にか一株の女性が室内に現れていた。…この株…かなり出来る。オレの直感が囁いてきた。
「ご命令を。」
女性はアストロに膝を付き、傅くとそう呟いた。
「今よりアッシュハウンド・九尾の指揮下に入れ。任務は研究所に囚われた被害者株の救出及び研究所殱滅。」
「…承知致しました。」
女性はスッと立ち上がると、九尾の背後に回り
「殱滅方法は?」
と九尾に尋ねる。
「…問わない。情報収集は猟犬で行う。証人も不用。徹底的に、根絶やしだ…。」
「承知…。」
女性は薄く笑うと、九尾に首を垂れる。
「行くぞ!」
九尾が宣言すると、ふた株は、窓から霞むように姿を消した。
アストロは満足そうにしながら、ゆっくりと窓を閉める。
「暗部最強のニ株が手を取る事態になるとは…な。流石の私でも想定外だった。」
アストロはゆっくりと歩みながら、椅子ではなく、ソファーへと座る。
「さて、今のニ株の話は内密にしてくれたまえ。猟犬もパープルも私の私設部隊でね…暗部特殊部隊なんだ。」
「暗部?」
「そう…猟犬は闇組織専門の殱滅部隊。パープルはそれに与する貴族や役職持ちを抹殺する部隊…法で裁けぬ輩が多くて困るね。もちろん、この事も極秘事項だから…他言無用だ。話せば…脅迫する訳では無いが、君の生命の保証はしない。」
冷たい眼差しでオレを見つめるアストロの瞳には、迷いは感じられない。
その眼光は…鯱真に通ずるモノを感じた。そうか…それも、またこの株の正義なのだろう。
「問題ない。」
真っ直ぐに見つめ返すオレを、アストロは薄く笑って
「君の眼は…九尾が話す通りに、まだ死んでいない。絶望も無い。真っ直ぐに前を見る…とても良い眼をして居るな。」
アストロは、オレを観察するように眼を細める。
「君の特殊葉力…『武器顕現』その力を国の為に使う気は無いかね。九尾は、君と同じ闇組織の被害者だった…だから、猟犬に誘った。君も…猟犬にならないか?」
九尾が…被害者?
あの怒りは、それが理由だったのかと…ストンと腑に落ちた。
しかし…アストロの誘いは…
「…オレは身体が動かない。幾ら葉力が特殊であっても…使い道がないだろう。」
身体が動くならば…14を救い出して、オレがこの手で研究所を殱滅させてやりたい。
動けるならば、そもそも王宮なんかの世話にはならなかっただろう。
「…いや、その身体、治す手段があるとしたら?」
「っ!?…本当か。」
「ああ…王宮には、唯一無二の癒し手が存在する。まぁ、今はまだこれも極秘なんだがね…知るのは女王陛下とごく僅かな数名のみ。その、『癒しの光』ならば、君は…また歩き、戦えるだろう。どうするかね?私の猟犬になる事を承知してくれるかい?」
アストロはオレを試すように、眼を覗き込む。まるで心の奥底…感情の奥底を見るように…。
「…その話しが本当ならば、悩む必要も無い。猟犬だろうが、パープルだろうが…何でもやるさ。元々、暗殺特化株らしいしな…」
自虐する様に、オレはニヤリと笑って見せる。
そうだ…あの研究所、九尾達が殱滅したとしても終わりでは無い。鯱真が根深い…と話したその通りに、地中深く潜る奴等が居る。そして、繋がっている可能性は高い。
なら、奴等に刃を向けない理由は、何ひとつも無いだろう。
「では、決まりだな。」
アストロが改めて右手を差し出してくる。オレはその逞しい、叩き上げられた手を、ガッチリと握りしめた。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




