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鎖の刻―魔剣の過去『刃の矛先』

心の奥底に沈んだ記憶が、今――

鎖を引き千切って、顔を出す。


繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――

それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。

『刃の矛先』


粗末な救護室の室内に寝かされると、翁牙がまたアレやコレやと、オレの世話を焼き出す。

若い警護兵が、水差しと木製のカップ、オレンジ色の丸っこい果実を運んで来た。

翁牙は、木製のカップに半分位水を注ぐと、片手でオレを支え起こし、もう片手でカップを握る。

「さ、ゆっくり…まずは口の中に少しだけ…含ませて、渇いた口内を湿らすんだ。」

オレは素直に翁牙の言うままに従う。

「いいぞ…、もう一口含んで。慌てずに…ゆっくり飲み込んで。急ぐと気管に入るからな…ゆっくりだ…そうそう…上手いぞ。」

一口、二口と水を含み、ゆっくりと嚥下する。水が身体に沁み渡るようで、渇きが和らいでいくのが分かった。

「うん…大丈夫だな。どうだい?楽になって来ただろう。」

確かに…翁牙の言う通り、水を飲む前と飲んでからだと、明らかに違いを感じられる。

「さぁ、果物も食べてみよう。コレは…蜜柑と言う名前の果実だな。こうして、皮を剥くんだ。柔らかいから、素手で皮が剥ける。ほら、柑橘系の良い香りがするだろう?」

オレンジ色の皮を剥くと、確かに甘酸っぱい香りが広がる。

「このままでも食べれるが…胃が弱っているだろうから、薄皮も剥いてしまおう。こうしながら…こうしてやると、綺麗に剥けるんだ。

ほら、口を開けて…」

言われるまま、口を開けると…翁牙が

ポイッと皮を剥いた果実を口内に放り込む。

「っ!!?」

噛むと、果汁が飛び出して…口いっぱいに広がった。何て、瑞々しいんだ。

「…甘い…」

モグモグと咀嚼しながら、口に広がる香りと甘さを堪能する。果実とは…こんなに美味いのか!

翁牙が丁寧に剥く果実を、オレは鳥の雛のように口の中に入るのを待つ。

「美味いだろう?一気に顔色が良くなったな…。もっと食わしてやりたいが…胃腸がビックリして、また体調がおかしくなるから…残りはまた明日にしよう。後で、胃腸に優しい薬膳がゆを作ってやるからな。」

ニコニコと翁牙が嬉しそうに世話を焼く。


「果実…悪くない。」

果実をもっと食べたい気もするが…。

また食えるのなら、今は我慢しよう。

「翁牙は、何でも知ってるんだな…オレはこんな果実初めて見たし、食べたぞ?」

オレの言葉に、果実の皮を片付けていた翁牙が、その手を休める。

「…君の居た環境が悪かったせいだよ。この果実はありきたりな果物だから…何処でも入手出来るさ。気に入ったのなら、また食べような。ハオルチア国は緑豊かな国で、果物も沢山あるぞ?元気になったら、腹一杯食えるさ。」

翁牙が、労るように優しく微笑んだ。…そうか、こんなに美味いのに、全く特別な果実では無くて…ありきたりな果実なのか。

それだけ…オレは異質な環境下に居たんだと、改めて知らされる。

「王宮に入る頃には…掠れた声も戻るだろう。渇いてひび割れた手足は…完治するまで、ちょっと時間が掛かりそうだが…。」

「問題ない。」

「少しづつ、水分をしっかり摂って、食事をしよう。果物が気に入ったなら、それでも良いし…美味いと思えるなら、何でも栄養になるさ…身体は勿論、その心にもな。」

翁牙はニコリと笑うと、その薬膳がゆってヤツを作りに、部屋を出て行った。

オレは力尽きたように、ベッドに横たわると眼を閉じる。口の中には、まだ爽やかな酸味と、甘い香りが広がっている。

…14にも、果物ってヤツを食わせてやりたいな…甘いモノ…食った事ないから、きっと眼を丸くして驚くだろう。

王宮とやらに着けば…研究所に居た仲間は助けてやれるのだろうか?鯱真が話すように、思惑通りに動いてくれるだろうか…。

オレは、そのまま…深い眠りの中へと落ちていった。


そのままオレ達は、数日間を駐屯地で過ごし、ハオルチア王宮警護団の到着を待った。翁牙のおかげで、オレは少しづつだが体力が回復しているのを実感している。だが…筋肉が落ち、痩せ細った身体付きは、如何ともし難い。動かない下半身は…仕方ないとは言え、動く上半身は鍛えないと…せめて、短剣位は扱えないと駄目な気がする。

そう言えば…ずっと『武器顕現葉力』を使って居なかったな…まだ使えるのだろうか?

オレは意識を集中して、短剣をイメージする。この手の中に、鋭く光る鋭利な短剣を…。フワリとトリコームが舞い出し、手のひらに集まる。それは、キラキラと光りながら、イメージ通りの形へと姿を変えた。

黒く、鈍い輝きを放つ、短剣。…なんで、黒いんだ?以前は、鈍くても銀色をしてたんだが…不思議に思いながら、小首を傾げ思案していると。

ガランッ…何かを落とす物音がして、パッと顔を上げる。

そこには、目を見開いた翁牙と、鯱真が呆然としながら立っていた。

物音は、翁牙が水差しを落としたらしい。

「今のは…ハオルチアの葉力か?」

鯱真が呟く。

「…ああ、そうだが…何だ?」

何をそんなに驚いているのだろうか。

「…短剣になったぞ?驚いたな…ハオルチアの葉力は知っているが…こんなの初めてみたぞ。」

そう言えば…オレの葉力を詳しく話して居なかった事に、今更ながら気がついた。

「イメージが出来れば…どんな武器でも作れる。」

「本当かっ!?ちょ、ちょっとサーベルを作って見せてくれないか?」

珍しく鯱真が食い気味に話す。オレは言われた通りに、手にした短剣を、鯱真が腰に差しているサーベルと同じモノへとイメージを移す。それは…ほんの一瞬で姿を変えた。その刀身は…やはり、黒い。

「ちょっと、持って見ても…良いか?」

鯱真が差し出してきた手に、黒く鈍い光を放つサーベルを置く。 

鯱真はサーベルを握り締めると、少し離れてから、二度三度とサーベルを振った。

「…重さも、同じ…鋭さは…コッチが勝りそうだな。しかし…コレは…。」

鯱真が言葉を濁し、言い淀みながら、サーベルをオレに返そうとするが、その必要も無いだろうと、意識を切り、サーベルを消した。

「…こりゃ、不味く無いか?」

翁牙が難しい顔をして唸る。

…何の話だ?

「知らなかった…では、済ませられんな。今からでも、駐屯地隊長に話しておこう。」

「そ、そうだな。うん、その方が良いだろう。」

鯱真は慌てるように、部屋を飛び出し行った。訳が分からずに、キョトンとしていると、翁牙が苦笑いを浮かべながら

「あんな、自在に武器の出し入れをされたら…王宮で問題になりそうだから、鯱真が話しを付けに行ったんだ。良いかい?王宮は、国の中心部…偉い方が沢山居る場所なんだ。その葉力…どんなに厳しいボディーチェックをしても意味を為さない。要人を暗殺しに来たと思われ、余計な嫌疑を向けて来る奴等が必ず居るからさ…。無駄な時間を取られたくは無いし、迷惑だろ?」

翁牙の説明は…ストンと胸の奥に落ちて、オレは理解した。

研究所で研究されていた葉力…純粋な戦闘特化株の培養、育成だと考えていたが…そうか、要人暗殺か。研究員の指示に従い、誰かを暗殺する…邪魔な株を排除する集団…暗殺特化株…それが狙いだった…って事か。

「…なるほどな…オレは、暗殺特化株って事だった訳だ。…くだらん。」

「ああ…くだらん話だな…今知って良かったよ。鯱真なら、上手く話してくれるだろうから…大丈夫だ。王宮に到着したら…色々と、その葉力に付いて聞かれると思うが…」

「構わん。幾らでも、根掘り葉掘り聞くが良いさ…全て話すつもりだ。」

翁牙の心配は、想像出来る。だから、話しをぶった斬るように、オレは断言した。

その言葉に、翁牙は安心したように薄っすらと微笑むが…同時に、少し悲しそうに眉根を寄せている。

「何て…何て、酷い事をさせようとしてるんだろうか…そんな事の為に、どうして生命を犠牲に、そんな研究を続けられるんだろうか…俺には、全く理解出来ない。」

翁牙が苦しげに、その気持ちを吐露する。

「アンタは医師だから…救う為の株だろう?奴等とは違う…理解する必要は無い。」

医者は、患者を見捨てない。何としても生きる希望を諦めさせない。常に寄り添い、生きろと前を指差し、道を示す。

それが…翁牙がオレにしてくれた事だ。だから…オレは、今こうして此処に居る。

「死を齎らす刃…そう有れと培養された株…それがオレならば、望むようにその死を奴等に齎してやるよ。下半身が動かない何て関係ない…その首元を切り裂いてやるさ。オレが出来なくても…きっと誰かが奴等を潰すだろう。それを助力する。それが、オレの刃になる…。」

翁牙が苦笑いを浮かべながら、黙ってオレを見つめる。

「…強くなってきたな。」

そして、翁牙はそう呟きをもらす。

その眼には、薄っすらと涙が滲んでいたが…オレは気付かない振りをして、翁牙に笑い掛けた。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。


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