鎖の刻―魔剣の過去『帰国』
心の奥底に沈んだ記憶が、今――
鎖を引き千切って、顔を出す。
繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――
それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。
『帰国』
とっぷりと日が暮れた頃…闇夜に紛れるように、一台の馬車が国境を目指して直走る。
二頭立ての馬車の御者をしているのは、サボテン国国境警備隊第二部隊団長、金鯱の鯱真。
馬車は国境警備隊救護班の物で、一目で分かるような警備隊エンブレムが馬車に施されている。
警備隊の意匠は、優美な大鷲が鋭い眼差しで翼を広げ、その大鷲を囲うように、サボテン特有の鮮やかな花が咲き誇っているデザインで、隊によって花の色が変わる。第二部隊の花色は、黄色の花だった。
そのエンブレムの意匠は、鯱真の頭に巻かれている白いターバンの中央にも徽章バッジが付いている。。
喉元まで、かっちりとボタンで止められた警備隊服は、白と黒を基調としており、裾が膝丈まであるフロックコートは、警備隊の凛々しさや、清廉さを醸し出すのに最適に思われ、腰に備え付けられたベルトには、サーベルや、警備隊員の備品を収納するような小型ポーチが備え付けられている。
今は背中側に回され、小さなポーチは軽く、背もたれ代わりになっていた。
車体の中には、頑丈なベッド誂えられており、揺れを軽減出来るように丈夫なスプリングがベッド下に施されている。そのベッドにしがみ付くように、都市バスカール治療院、常駐医師ーー銀翁玉の翁牙の姿があった。
モジャモジャの焦げ茶の髪は、ターバンには収まりきらぬようで…小さな円形の帽子が、ちょこんと乗っている。髪質と同じモジャモジャの髭は豊かで、翁牙の人柄のように、大らかな印象を与えた。
重体で治療院に運び込まれたハオルチア国民、そして…密入国容疑がかけられていた男の、担当医。
その男には名前が無かった。事情を聞いた鯱真と翁牙は、他国事情とはいえ…割り切れぬ憤怒の思いに掻き立てられるように…風土病に犯され弱っていくハオルチアを救うべく、急ぎハオルチア国へと向かう…。
馬車がスピードが落ち、ゆっくりと止まる。
「少し休憩しよう。夜道の山越は危険だからな…ここらで朝を待つ。」
薄らぐ意識の中で、御者席から声を掛けてくる、鯱真の声が聞こえて来た。
ゆらゆらと意識が揺れて、浅い眠りを何度か繰り返す。ふと、眼が覚めて…視線を彷徨わせていると、俺を観察するように見ていた翁牙と眼があった。
「気がついたかい?…酷い揺れだったけど、13号君は大丈夫か?吐き気や、頭痛が悪化していないか?」
翁牙が傍に寄り、ベッドに横たわるオレの眼を覗き込み、頭に手を当て、右手首を持ち上げながら脈を測る。
「…うん、安定しているな。」
安心したように翁牙はそう言うと、「少し待っていろ…」と声を掛けながら外へ出て行った。
翁牙の足元がふらついている…そんなに酷く揺れたのか。全く分からなかった。ずっと…うつらうつらと眠っていたからだろうか。
翁牙が戻ると、薄っすら湯気をたてる布でオレの顔や手足を拭き出す。
「すぐ側に河があるんだ…君がハオルチアから流されて来た河だ。飲み水には向かないが…こうして、煮沸したお湯で身体を拭くだけでも、多少の効果は望める。この水は、ハオルチアから流れて来ているからね…身体から水分を補給出来るんだ。まぁ、気休めだけど…どうだい?さっぱりしただろう。少しは楽になれば良いんだが…。」
翁牙が濡れた布を畳んで、オレの額に乗せた。…言われてみれば、確かに気分が良くなったような気がする。
「…悪くない…」
掠れ声のオレの答えに、翁牙がニカッと笑う。
「そうだろ、そうだろ。うん、良かった。鯱真に頼んで、河の水を持って行こう。国境に着けば、ハオルチア国境警備隊から水を貰おう。飲めたら、もっと身体が楽になるからな…。」
治療院に運び込まれた時から、翁牙は甲斐甲斐しくオレの世話を焼く…全く知らない他国民なのに…。
「…どうして…オレなんかを…」
「うん?」
オレの声に振り向くと、モジャ髭をオレの近くに寄せる。
「何で、世話を焼くのか…って?それはね、俺がそういう性質のサボテンだからさ。サボテン国民はね、一見、冷たそうに見えるが…実のところは非常に情に厚い種族なんだ。ほっておけない、助けてやりたい…何とか力になってやりたい…義理人情に厚く、親切で、お節介な奴が多いんだな…。正義感が強く、その強さは岩をも貫く針にもなる。
まぁ、俺は前者のお節介な医師で、後者は鯱真みたいな奴だな。」
岩をも貫く…強さ…
「ん?あぁ、君は強さを求める株だったね…。強さとは、肉体だけに有らず、その精神に宿るモノとされてるのさ。鯱真の正義は揺るがない。芯が通り、決してブレる事は無い。奴が、間違っている、おかしい、許せないと、君が味わってきた苦渋の日々をそう認識しまったのだから…もう止まらないだろうな。」
翁牙が苦笑いをしながら、モジャ頭をぽりぽりとかく。
「オレとは…関係ない奴なのに?」
「ああ、そうだね。君はサボテン国民でも無いし、何の面識も無い…偶々拾った怪我人だ。でも、そんな事は関係ないのさ。
重要なのは、君が俺達に助けを求めた…それに対して俺達は、助けたいと感じた。ただ、それだけだ。
国家間のまどろっこしい遣り取りも、最早…関係無い。俺達は、俺達が信じる道を走るだけさ。」
翁牙が、人懐っこい顔でニカッと笑う。
「なんで…そこまで…」
「ん?そんなの簡単だろ…俺達は君を気に入っている。好きって事だからさ!」
翁牙の言葉に度肝を抜かれ、ギョッとした。…好き…だと?オレを?
「おや?ビックリしてるね…そんなに驚く事かな?まぁ、むさいオッサン達に好かれてんじゃ、困りもするかな?でも、心は正直なモノさ。感情もね…君は吐露するのが苦手なようだから、尚更かな?」
ハッハッハと豪快に笑うと、外まで聞こえたのか…鯱真が顔を覗かせる。
「何だ、愉快な話しでもあるのか?」
「いやいや、13号君の戸惑ってる顔が…傑作だったんだよ。で、そろそろ行くかい?その前に頼みがあるんだが…」
鯱真がオレの傑作顔を想像しているのか…じっと見つめてくる。何だか…居た堪れない気がして、顔を背けるが、何だが耳が熱い気がする。
「…耳が真っ赤だな…。まぁ、深く追求するのは、やめておこう。で、頼みって言うのは…河の水だろ?もう樽に入れて、荷台に積んだぞ。」
「流石…手早い。そりゃ、部下も嘆く訳だ。団長自ら、動いてしまうから…仕事が無くなる…上層部に知られたら、ドヤされると話していたぞ?」
「誰だ…そんな事話した奴は…まぁ、いい。さっき部下からの伝令鳥が来た。守備良く、発令書を手に入れた。これで、正式に国境越えが出来る。」
「おぉ!そりゃ、朗報じゃないか!それを先に言えよ…直ぐに向かおう。」
「ああ。そろそろ夜が明ける…出立しよう。」
鯱真がオレの顔をチラッと見ると、また何かを想像しているのか…ニヤリと笑う。そして、何も言わずに表に出ていき、出立準備を始めた。
「さぁ、また揺れるだろうから…君はゆっくり眠ると良い。目覚める頃には、国境線を越える駐屯基地だろう。」
翁牙が子苗を寝かしつけるように、ポンポンと優しく布団を叩く。
…馬鹿にしてないか?
とも思わなくも無いが、その柔らかく優しいリズムは、オレを寝かしつけるのには…残念だが、最適だった…。
ふと…話し声が聞こえてきて、目が覚める。どの位眠っていたのだろうか。何だか…頭の霞が晴れてきてる気がする。
「はい、確かに正式な書類と確認致しました。ようこそ、ハオルチア国へ。予想以上にお早いお付きなので、まだ王宮警護団が到着しておりません。書類にも記されておりますように、必ず護衛官と共に、王宮へ…とあります故、暫くお待ち頂きます。」
「ああ、待つのは構わない。」
「待つのは良いが…サボテン国から護衛してきたハオルチア株は、風土病で重症なんだ。水と、何か…この国の特産品…果物とかは無いか?出来るなら、柔らかい瑞々しいのが好ましい。」
「風土病ですか…それでは、急ぎ手配致します。水ならば、直ぐにお持ちします。
それと…護衛は御二方のみ…ですか?」
話の内容からすると、ここは翁牙が話していた国境を守る駐屯基地らしい。
その警護兵と話しているのだろう。
「…何か、問題でも?」
鯱真のムスッとした声が聞こえてきた。
「おいっ!失礼な事を聞くな。申し訳ない…コイツは世情に疎く、サボテン国をあまり知りません。そのエンブレム…あの名高い、第二部隊所属の方とお見受け致します。大変失礼致しました。」
何やら別のハオルチアが口を挟んで来て、詫びを入れている。鯱真の部隊はハオルチア国境警備隊にも知れ渡る程有名なのか…。
「サボテン国国境警備隊第二部隊団長を務めている、金鯱の鯱真だ。」
鯱真の声はまだムスッとしている。
「おお…貴方が、あの金鯱の鯱真殿かっ!お噂は、ハオルチアまで届いております。ささ、中へどうぞ…直ぐに救護室の準備と、果物を手配致します。そちらの後同行者様は…」
「私は、医師だ。患者と共に居るのでお気遣いは不用です。」
「なるほど…承知致しました。では、中に…開門っ!!」
の太いハオルチアの声が響いて、重々しいギギギ…と言う軋む音が聞こえる。国境を閉ざしていた門が、馬車を通す為に開けらているのだろう。
オレはその音を聞きながら、眼を閉じる。崖から落ちて、急流に流されるまま…サボテン国へと入国した。
下半身不随になり、動けぬまま日々を過ごした。
あれから…どの位過ぎたんだろうか。
オレは…帰って来た…。やっと、帰って来たんだ…ハオルチアへと。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




