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鎖の刻―魔剣の過去『詭弁』

心の奥底に沈んだ記憶が、今――

鎖を引き千切って、顔を出す。


繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――

それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。

『詭弁』


「全く…驚くよ。君の回復力はどうなっているんだい?」

翁牙が、カルテとかいう紙に色々と書き連ねながら、また同じ事を話す。一体これで何回目だろうか。数えるのにも、飽きた。

「知らん。」

そっぽを向きながら答えると、翁牙は

楽しそうに笑う。何が面白いのか、全く分からない。

「君達ハオルチア属の特性なのかな?それとも…君特有の特性かな。」

「知らん…しつこい。」

この治療院に運び込まれてから、何回目かの朝が来た。翁牙は、毎日のように検査を続ける。

まず左腕の骨が繋がった。もう痛みを全く感じない。その後、首を固定していた器具が外れた。まだ少し引き攣るような感覚は残っているが、問題ない。

昨日から、上半身を起こす事が出来るようになり、今はベッドに座って居る。翁牙が背中にクッションとかいう、モコモコした物を当ててくれてるので、かなり楽だ。

座れるようになって気が付いたが…窓があって、外の風景がよく見える。

抜けるような青い空…ぽっかり浮かぶ真っ白な雲。日差しは強く、空気は乾燥している。地面は茶色で砂だらけだ。

翁牙の話しにも飽きてきて、オレはぼんやりと窓の外に広がる風景を眺める。

ー空の色が、全く違うんだな…。綺麗…って言うのは、コレの事なんだろうか?…14にも見せてやりたいな…


思い出さない日は無い…。アイツの黒髪を触りたい…そう思わない日は無い…。こうして、ぼんやりして居る間にも、どんな目にあってるのか…気にならない日は無い。


ーどうして…こんな所で、オレは空を眺めてるんだろう…。助けに行きたいのに…今すぐ帰りたいのに…何でオレの脚は動かないんだろうな…。


情け無い…と思った。

もう、戦えない。守ってやる…一緒に生き残ると、交わした約束は守れ無い。

「…暗い眼をしている…また自分を責めているんだね。」

翁牙が少し悲しそうに、オレの顔を見つめながら、そう呟いた。

「…もう、戦えない…。」

言葉にすると、胸の奥がズシンと岩でも飲み込んだように重くなってくる。

「君は、まだまだ…子苗なんだな。」

翁牙の言葉に、カチンと来て、睨むように視線を向ける。

「馬鹿にしてるのか?」

「本当の事を言ったまでだよ。」

翁牙は、ベッドの脇にある小さなテーブルにカルテを置くと、椅子を引き腰掛けた。

「君は、自分を責めるのは上手なのに…自分の赦し方を知らないだろう?俺は、君より長生きをしているから…自分の責め方も、赦し方も心得てるさ。それが、出来ない内は…まだまだ子苗って事だな。」

翁牙が腕を組みながら、窓の外を眺める。

「長く生きていると…どうしようも無い事が、何度となく起きる。後悔しながら…何度も考える。なんで上手く出来なかったのか、他に手段は無かったのか…眠れない程に、考える時だってあるんだ。…今の君のように、暗い眼をしてね。」

「…翁牙にも、悔やむ事があるのか?」

「俺を何だと思っているんだい?医者だぞ…救えない、助けてやれなかった生命を、何度となく見送って来てるさ。」

「…そうか。」

正直言って、医者と言う者が何なのか…よく分かって居ない。研究所には、そんな奴は居なかったから…。

でも、世の中には翁牙のように、他者の病気や怪我を治す奴等がいる…と、ここに厄介になってから、知った。


「自分を責めるのは…とても苦しいだろう?」

翁牙が真っ直ぐに正面からオレを見つめる。

「君は、悔やむ隙なんか無い位…常に最善を考え、行動して、生き残る為に…精一杯努力して頑張って来た。

それじゃ、後悔する余地も無いんじゃないか?」

翁牙の言葉を考える。

今までを悔やむ…事は、あまり無いかも知れない。常に気を張って、必死に生きて来た…気がする。

「なのに、君は自分を責める。後悔する余地も無いのに…。怪我をしたのだって、不運な事故に過ぎない。君の所為ではないだろう?なら、そろそろ自分を赦してやらないと…先へ進めなくなるぞ?」

「自分を赦す…」

「君は精一杯、生きて来た。これから先も精一杯に生きていく…その為にも、事故で怪我をした自分を、赦すんだよ…。」

翁牙が優しく微笑みながら、オレの手に自分の手を重ねた。

サボテン国に来てから…他者から与えられる『優しさ』や『微笑み』その意味を知った。それらはオレを、何だか…むず痒い気持ちにさせる。パッと翁牙の手から逃れた。

「何を赦せと言うんだ?」

「そうだな…まずは、今の状態かな?君は、直ぐに『戦えない』と言うが…何の為に戦うんだい?」

「生きる為に。」

「クソったれな研究所から外に出られたし、制御装置も外れてる。君は生きてるし、生き残ってる…戦う必要が無くなってるんだよ?」

言われてみれば…そうかも知れない。

けど…。

「守る為に…。」

「そうだね。それは、大事だ。自分を守る、誰かを守る…必要な事かも知れない。でもね、それは何も肉体を使って戦闘する事が全てでは無いんだ。」

「…どういう事だ?さっぱり分からん。」

オレの返事に翁牙が、愉快そうに笑う。

「だから、君は子苗だと言うのさっ。良いかい?知恵を身に付けるんだよ…頭を使って、未然に危機を回避する術を身につけるんだ。君が育った環境は、劣悪だ…戦闘し、勝ち続け、生き残る事が、全てだった。けど、外の世界は違う…戦闘しなくても、回避する事は可能なんだよ。まずは、勉強だな!本を読もう。書物は良いぞぉ〜。」

カラカラと室内に翁牙の笑い声が木霊する。

確かに…オレは何も知らないんだ…と思い知らされてる。ずっと室内のベッドの上だ…本を読むのは良いかも知れない。


気が掛かり…はまだ有る。14の事だ…今頃、どうしているのだろうか…まだ、生き残っているだろうか。

「…まだ、何かあるんだね?話してごらん。」

翁牙が足を組んで、オレを見る。

さぁ、聞くぞ?と、体勢が訴えているみたいだ。

「オレは…14との約束が守れなかった…。」

胸がズキンと痛む…。

「…研究所に残された彼女の事だね?」

コクンと頷く。

「君は…彼女と『生き残る』と言う約束と、『一緒に逃げる』と言う約束をした。良いかい?二つの約束をしたんだ。…まぁ、詭弁になるかも知れないが…。『一緒に逃げる』事は叶わなかったが、『生き残る』約束はまだ有効だろう。」

二つの約束…そうなのか…?

「彼女は、幼い頃から…君がずっと手を引き、二株で、生きる為に戦って来たんだろう?それを、ずっと傍で見てきたんだから、そうそうヘマはしないと思うな…。

彼女が無事ならば、お互い『生き残る』って約束は守られている。

君も…半身不随と言う窮地に有りながらも、それでも前を向き、彼女との約束を守り『生きる』為に精一杯足掻いている…。

ひとつが叶わなかったとしても、もうひとつの約束は有効…と、言えるんじゃないかな?」

翁牙がポリポリとモジャ頭をかく。

なるほど、それは…詭弁だな。

だけど…そんな考え方も出来るって話しだろう。

そうか、それが翁牙が言った『知恵を身に付ける』って事なんだ。

発した言葉そのものだけでは無くて、その意味や、背景、含まれている要素が関係してくる…って事なのか。

これが、柔軟な思考ってヤツなんだろう。

「詭弁だな。でも…そういうの…嫌いじゃない…みたいだ。」

オレがそう話すと、翁牙はニコリと笑う。その笑顔は、サボテン国の真っ青な青空のようで…嫌いじゃない…と思った。


翁牙から本を借りて読んでみたり、内容で分からない箇所を質問したりと、長閑…な、時間がゆっくりと過ぎて行く中で、…オレは体調を崩して寝込むようになった。

異様な迄の渇きを感じたすぐ後に、吐き気がして、食事が取れなくなる。この国では貴重とされる飲み水でさえ、身体が受け付けずに吐いてしまう。絶え間ない頭痛に襲われ…寝ているのに、グラグラと身体が揺れる。多分、眩暈を起こしているんだと…思う。

食事が出来ない、水すら飲めない…あっという間に身体が衰弱していくのが、自分でも分かった。

…折角、翁牙が本を貸してくれたのに…眩暈で文字が読めないなんて…残念だ。

眼を閉じて、ぐったりとしていると…話し声が聞こえてきた。

翁牙と…この声は…鯱真…だったか?

「…どうだ?」

「かなり…危険な状態だ。やはり…ハオルチアには、サボテン国の気候は合わないんだ。1日も早く母国に戻してやらないと…今は点滴で何とかしているが…こんなのは気休めにしかならない…鯱真、そっちはどうなんだっ!まだ、なのか?」

翁牙が大声を出すなんて…余程焦っているみたいだ。

「今、ハオルチア国との外交取引が始まった状態だ。サボテン国で、ハオルチアの特殊株を密入国させた奴等を根こそぎ捕縛した。奴等の聴取書類と、13号君の聴取書類、違法人口培養の遺伝子情報の全てを、ハオルチアに渡した…オレがサボテン国で出来る事は、もう無い。」

鯱真が口惜しそうに言葉を飲み込む。

「後は…ハオルチア国次第だが…13号君の強制送還発令がいつ出るか…俺にも分からない…。」

「だから、危険な状態だと言ってるんだ!何故、発令されないんだっ。ハオルチアの風土病は今に始まった話しじゃないだろう!」

翁牙が鯱真に喰ってかかる。

そうか…鯱真は言葉通りに、自分が出来る精一杯の事をしてくれたんだな。

「…オレは…大丈夫だから…」

自分の声とは思えないくらいに、掠れた声で翁牙に声を掛ける。

「翁牙…鯱真を責めないで…くれないか?精一杯、オレの為に…やってくれたんだろう…」

「13号君…君ってヤツは…。」

翁牙の声が上擦っている。涙声ってヤツか?

「君のその状態は、長期間ハオルチアがサボテン国に滞在していると掛かる風土病なんだ。ハオルチア国とは違い、この国は…日差しが強く、乾燥している。室内に居ても…紫外線が当たる…なるべくそうならないようには…していたんだが…。処置する薬は無い…ハオルチア国に戻る以外には、完治する手段は無い。…このまま…サボテン国に居続けたら…君は…。」

翁牙が言葉は飲み込み、それ以上は語ろうとはしない。話の続きは想像するのは、容易い。

「大丈夫…だよ。死なない…生き残る…。鯱真…世話を掛けたな…有難う。」

有難う…そんな言葉…初めて言ったかも知れない。14にすら、「有難う」と言った記憶が無い。

あんなにオレを気に掛けてくれたヤツなのに…言えば良かったな…「有難う」って。

意識が朦朧としてくるが…失う訳にはいかない。今、失ったら…戻れないような気がするからだ。

「翁牙も…有難う…な。後は、帰国命令が出るのを…待つだけなんだろ…大丈夫…耐えるのには、慣れてるさ。」

話して居た方が、気を失わずに済む。

だが、掠れて聞き取りにくいかも知れないな…と、ぼんやり考えていると

「いや、礼はまだだ…まだやれる事があった。」

さっき、やれる事ない…と言って無かったか?

「翁牙、13号君を連れて、ハオルチアへ行くぞっ!準備をしてくれ。俺は早急に馬車の手配をしてくる。日中は日差しがキツいから…夜が良いだろう…。」

鯱真が宣言すると、

「…良いのか?」

と翁牙が、念を押してくる。

「構うもんか!俺は、俺の精一杯を約束した。なら、その為に職を失ったとしても悔いはない。それに、これは俺の正義でもあるっ。」

「それでこそ!だなっ。俺も行くからなっ!ハオルチア国まで、13号君の体調管理をするのは、俺の役目だ。むざむざ患者を死なせるような医者になんか、なりたく無い!」

薄っすら眼を開けて二株を見ると、ガッチリと握手しているのが見える。

「大丈夫!ハオルチア国へ戻れば…次第に体調が良くなってくるはずだ。

それまでは…山越えするから、大変かも知れないが…必ず、母国へと連れて行くからな!」

翁牙が興奮したように、オレに声を掛けてくる。

戻るのか?

ハオルチアからの強制送還の発令を待たなくて良いのか?

サボテン国からの命令違反になるんじゃ無いのか?

聞きたい事が山程あったが…言葉にならずに…オレは二株に頷くように、瞳を閉じた。


帰るんだ…。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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