鎖の刻―魔剣の過去『精一杯』
心の奥底に沈んだ記憶が、今――
鎖を引き千切って、顔を出す。
繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――
それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。
『精一杯』
「単刀直入に話せば…君はもう歩けない。下半身不随になった…と言う事だ。」
担当医の銀翁玉の翁牙と名乗る男の言葉が理解出来ずに、オレは固まる。…歩けない?とは一体どう言う事だろうか…。
「君が保護された時に…壊れていたが、頑丈な首輪をしていただろう?アレが合ったから、助かった。無かったら首が折れて、間違い無く、君は死んでいた筈だ。」
翁牙が、自分の首の後ろを指でトントンと叩いて見せてくる。
「見えるかね?此処に頸椎呼ばれる骨が有る。その骨の中には、太い神経の束があって、脳へと繋がる…脊髄と呼ばれているが…その大事な神経を、君は損傷してしまったんだ。その部位を損傷してしまうと、回復は見込めない。そして、君の場合は…下半身に症状が出てしまった。今、こうして足を触っているのだが…全く触られてる感覚はないだろう?脊髄を損傷し、下半身に繋がる神経が途切れてしまったからだ。神経が途切れているから、歩けない…分かるかね?」
翁牙が捲し立てるように…オレの状態を説明する。
ー待ってくれ…脊髄損傷?神経が途切れて…歩けない?…神経は、途切れるモノなのか?ー
理解が追いつかずに、混乱していると
コンコンと、扉を叩く音が聞こえてきた。
「すまないが…ちょっと待っていてくれ。」
翁牙がオレの狭い視界が消える。
首が動かないだけで、こんなに視野が狭くなるんだな…。
ボソボソと何かを話す声が聞こえてくるが、何を喋っているかまでは聞き取れない。誰が来たのだろうか…そんな事を考えていると、視野に翁牙とは違う顔が見えた。
翁牙と同じような、日に焼けた肌。
白い布を頭に巻き付け…確か、ターバンとか言うヤツだった気がする。
一度だけ…研究員が研究室内を案内していた男が、同じように頭に布を巻いていたのを覚えている。
オレの視野に入っている男のターバンからは、黄色に近い濃い金の髪を覗かせている。
値踏みするような、金の瞳は鋭い。
「だいぶ回復してきてるようで、何よりだな。」
ターバンを巻いた男が、オレに声を掛けて来た。…回復?何を言っているんだ、コイツは。今、歩けないだろうと言われたばかりのオレには、その言葉に意味を感じられない。
「話しが出来るようなら、少し良いがな?先生の許可は得ている。君がサボテン国への密入国した経緯を知りたいんだ。」
「…サボテン国?」
今度こそ、何を言っているのか分からない。密入国…とは、どういう事だ?…待て、そもそも此処は何処だ。
「…待ってくれ…教えてくれないか?ここは一体、何処なんだ」
ターバンの男は眉根を寄せると、一瞬視界から消える。
「…翁牙先生…まだ何も説明して無いんですか?」
声だけが聞こえてくる。
「いや、まだ身体の状態説明をしていた最中だったんだ。仕方ないだろ?鯱真…お前から説明してやれば良いだろう…手間も省ける。」
「…全く。仕方ない先生だな。」
スッとターバンの男が視野に戻ってくる。…なんでコイツらは、いちいちオレの視野に入って話しをするんだろうか?
「まずは自己紹介をしよう。
私の名前は、金鯱の鯱真と言う。
サボテン国国境警備隊第二部隊団長をしている。君を国境付近に流れる河辺で発見、保護した者だ。」
そう話すと右手を差し出してくる。意味が分からず、戸惑っていると…鯱真ってヤツはオレの右手を握りしめた。ああ…これは、握手ってヤツだ。
「さて…まずは君の質問に答えようか。今、君がいるこの場所は、国境近くにある、我がサボテン国とハオルチア国を繋ぐ監視拠点、バスカールと言う名の都市だ。」
「サボテン国…バスカール?」
「そうだ。君は…ハオルチア国民だろう?何故、我が国に密入国しようと思った。首輪をしていたし…言わせてもらえば衣類も見窄らしかった。
何処かの…奴隷だったのか?
怪我をして河に投げ捨てられたのか?
それとも、決死の覚悟で逃げてきたのか?
我がサボテン国は、奴隷制度は廃止されている。もちろん、ハオルチア国にもそんな制度は無いのは承知している。もし…我が国で、君が奴隷として扱われていたならば、その相手を厳罰に処さねばならない。
ハオルチア国から逃げて来たと言うならば、君を保護し、ハオルチア国に厳重注意を申し出る。
正直に答えて貰いたい。大丈夫だ。話した事で君に害が及ばぬよう…君の安全は、国境警備隊第二部隊が全力を持って保証しよう!」
…サボテン国の奴等は、みんな話しを捲し立てるのが風土なのか?
聞いているだけで、疲れてくる。
話すまで、ずっと尋ねられるのも、かなり煩わしいのも確かか…。
「…ここがサボテン国だとは思わなかった…崖から落ちて…河に流されて…気がついたら、あそこに転がっていた。」
「…河に流されて?ハオルチア国からか?…確か、ハオルチア国内では、かなり急流だったと思うが…。」
「あぁ…よく覚えていないが…かなり急流だったな。」
「なるほど…では、首輪は?壊れていたし、治療の邪魔だから外したが…。」
唯一自由な右手でオレは首元に手を当てる。…本当だ、あの忌々しい制御装置が無い…。
ああ…そうか。オレは…自由になったのか…。
「…首輪は、制御装置だ。違反を犯せば、制御装置が作動して身体の自由を奪う。」
「…制御装置?なんでそんな物騒な物を付けていた。」
金鯱の鯱真ってヤツの言葉を聞いて、オレはクスリと笑う。物騒な物か…そうか、物騒な物と見えるのか。その物騒な物は、あそこで生きている間は外れないと思っていた。いつの間にか…制御装置がある事が普通になっていた。いかにして、装置が作動しないように努めるか…そればかり考えていた。
…いや、違う。オレがいつも考えていたのは、そうじゃない…。オレが考えていたのは…。
オレは右手を伸ばして、鯱真の上着を必死に掴む。
「助けてくれっ!オレは…もう、歩けない。帰れない…頼むっ!オレに代わりに…助けてやってくれ。」
いきなり上着を掴まれた鯱真が、ビックリしたように眼を丸くする。
「ど、どうしたっ、何だ?」
「頼む…待ってるんだ…14が…オレの帰りを待ってるんだっ!生きたいと、願っただけなんだっ!生きると約束したんだっ!オレが…帰らないと…希望が…望みが…14を守って、生かしてやってくれっ!!」
「ちょ、待てっ!お、落ち着いて、話しをしよう。な、何だ…その14ってのが、君の帰りを待ってる…のは、わかった。が、何だ、その生きたいとか、生かすとか…どう言う事だ?」
鯱真が困惑しながらも、オレの話しを理解しようとしてくれてる…それは分かった。
話そう…全てを。この鯱真と翁牙に…動けないオレを…助けてくれ…。
それから、オレは…かなり掻い摘んで研究所て行われていた、オレが知る全てを語った。
その間、翁牙は眉間を押さえながら何度も首を振り、鯱真は始終難しい顔をしながら、腕を組み、微動だにしなかった。
「…これが、オレが知る研究所の全てだ。…助けてくれるか?」
視野に留まる、翁牙と鯱真を真っ直ぐ見つめる。
「…何て事だ…ハオルチア国で…そんな馬鹿な実験をする輩が居るなんて…国は何をしているんだ…。」
「密入国の怪我人が…まさか、こんな重大案件の被害者だったとはな…。しかし、呆然としている時間も無い。これは、国際問題に発展する恐れがある。慎重に、だが急務で事を進めなければならない。」
鯱真がスッと上着の襟を正すと、オレの瞳を覗き込むように、顔を近づけてくる。
「任せろ…とは、言えない。助けてやる…とも言い切れない。だが、私は私の出来る精一杯で、君に助力する事を誓おう。君の大切な仲間を直接助けてやれない…私達を許してくれ。」
鯱真はそう話すと、視野から消える。
「まずは、詳細を本国へ伝える。それから、ハオルチア国へ行った奴を洗い出す!先生、例の首輪…制御装置は?」
「ああ…私の事務室にあるが、直ぐに取ってこよう。後、13番君の検査結果と、遺伝子情報を調べる為に保管した血液も渡そう。本国の医師による検査が必要になるだろう…」
「ああ、そうだな。それは重要な証拠になり得るな。助かるよ。」
バタバタと翁牙が部屋を出ていく気配がした。
「大丈夫…今は身体を厭う事だ。必ず、サボテン国とハオルチア国を動かして見せる。それが、私が出来る、精一杯だからな。」
声だけ残して、鯱真もまた部屋から出て行った。
静かになった部屋に、オレは1人取り残された…。何だろう、この思いは?
この、胸が熱く詰まるような思いは…。
意識していないのに、自然と涙が溢れて…オレは、ゆっくりと枕を濡らした。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




