鎖の刻―魔剣の過去『研究所』
心の奥底に沈んだ記憶が、今――
鎖を引き千切って、顔を出す。
繋がれていたのは、運命か。それとも、絶望か――
それは、彼の魂に巻きついた『鎖』の記憶。
『研究所』
九尾達が集う、焚火へと向かう天使を私はそのまま黙って見送る。
その足音が遠ざかったのを確認すると、魔剣の溝落ち辺りを…ギュムッと踏みつけた。
「女子に対して…『気持ち悪い』ってのは、ちょっと怒っちゃうなぁ〜」
とわざとらしく呟いてみせた。
「…いつから気付いてた。」
魔剣が眼を開き、少し申し訳なさそうな顔をして私を見つめる。
「テントに入った時から…何で、あんなに心配してる天使に…狸寝入りしてんのさっ!」
「…初めからかよ…」
「私だから、そのまま流したけど…九尾だったら、即バレで皮肉の一つ二つは言われてるよ?」
「だよな…。すまん。何か…天使に何て話して良いのか…分からなくて…。心配してくれてるのは、分かってはいるんだ…。分かってるのに…。」
魔剣は両手で顔を覆うと、言葉を失ってしまったように口を閉ざした。
やはり…ネブラミスとの邂逅は、古傷の痛みを甦らせてしまったみたいだ。苦しげな魔剣の姿は…見たくなない…でも、いつまでもそのままにしておく訳にもいかないんだ。
私はゆっくりと深呼吸をしてから
「ネブラミスと話しは…全部聞こえていたよ。苦しんでいるのも…よく分かってるよ?傷口に塩を塗るような真似は…したくはない。けどさ、ネブラミスとの因縁は、皆には伝えなくちゃ駄目だ。
この先に…ネブラミスとは必ずまた会う。天使を狙う以上…また刃を交える事になる。その時の為にも…その痛みは原因は共有した方が良いと思う。
全部を共有出来る…とは思わないけど…魔剣の考えは言わなきゃ駄目だよ。」
私は、精一杯の想いを込めて、話して欲しいと魔剣に訴えかける。
「…まだ、頭ん中がぐちゃぐちゃで…整理、出来てないんだ。」
力無い魔剣の言葉…。
「うん。」
例え…まだ話せないと言われたとしても、説教臭いと言われても。ウザいと嫌われたとしても…私は伝え続けよう。皆を信じてくれ…と。
そう心の中で思ったが…魔剣の口から漏れた言葉は
「…だから、支離滅裂かも知れない。それでもよければ…聞いてくれ。輪の判断に任せるから…九尾達に伝えて欲しい…。」
「うん…分かった。」
魔剣は私の想いを察してくれたんだろう…。
苦しげな魔剣の様子は変わらない。
ひとりで重い荷物なら、私も一緒に持つから…そんな気持ちで魔剣の小さく呟くような話に耳を傾けた…。
気が付いたら、無機質な室内に居たんだ。
ーー魔剣の話しは、静かに、そうやって始まった。ーー
歩いても全く音のしないリノリウムの灰色の床。絶え間なく聞こえるコポコポという音は、水が一杯に浸された大きな硝子の筒に空気が上がり、弾ける音らしい。
視線を向ければ…硝子の筒の中、虫の様な物体が、コードに繋がれ浮かんでいた。
それが胎児だと知ったのは、だいぶ後だと思う。
カサカサになった手足…逃げられぬように首輪をされ、動く度にチャラチャラと不快な音で鎖が鳴る。
狭い檻の中、視野に動く物は、白衣を着た男の後姿だけ…ただぼんやりと過ごしていた気がする。
ある日、隣の檻に動く気配を感じて、
視線を向けると…同じ鎖に繋がれた少女が居た。目が合うと、不思議そうな顔をしてジッと此方を見続けている。
まだ、その時は…お互いろくに話しも出来ない状態だったから、ただ見つめ合って檻の中で過ごして居た。
暫くすると、白衣を着た男達が少女を連れて行く。
自分も同じ事を沢山された…今にして思えば、血を抜かれ、傷を負わされ…実験を繰り返していたんだと思う。
少女が檻に戻されると、青い顔をして…傷を負い、ガタガタと身体を震わせていた。それを見た瞬間、今まで感じた事がない…一気に頭に血が湧き立つような感覚、息苦しいような、胸が押さえつけられてるみたいな…圧迫感。
何かが沸々と沸き上がり、溢れて。どうしようもなくなって、混乱したまま、檻を蹴飛ばし、頭を打ちつけて…叫び声を上げながら、とにかく暴れまくった。
「何だっ!?いきなりsubject.No.13が暴れ出したぞ!!」
「分からない…とにかく押さえつけろ!早く、鎮静剤をっ!」
「貴重な成功例だぞっ!死なせるよっ!」
白衣の男達が、慌てる。
何か叫んでいるが…意味は分からなかった…。でも、その姿を見てるのは、胸のつかえが解けるような…スッとした気がしたのを覚えてる。
檻の隙間から腕を掴まれて、何かを刺される。
次第に朦朧としてきて…そして、崩れるように意識を手放した。
それが、初めて芽吹いた感情…『怒り』だったんだ。
目が覚めると、隣りに居た少女が消えていた。
危険と判断されて、何処に移されたようだった…。
肌寒いような、何かがサワサワと騒つくような、胸の辺りがキュッと痛む感じがして…少女の姿を狭い檻の中から探した。
それが、『不安』で、『寂しい』と言う感情だと、後から気付いた。
どの位の時間が過ぎただろうか。
ガリガリだった身体に、薄っすらと筋肉がつき始めた頃から、『教育』と『訓練』というものを受けるようになった。
『教育』は言葉や知識を学ぶ。『訓練』は身体を鍛え、剣術や体術を学ぶ。
朝日が昇り、沈むまで『訓練』をやり続け、暗くなってから『教育』を受ける。毎日、毎日…同じ事の繰り返し。
その頃…狭い檻の中から、鉄格子の部屋へと移る事になり…より頑丈な首輪を付けられた。
そして…あの時の少女と再会した。
「アナタが…13?ワタシは14…同じ部屋。よろしくね。」
辿々しい話し方。でも、彼女の口角が上がっていて…ああ、これが笑顔と言うものか…と思った。
ボサボサの黒い髪。自分と同じ黒い髪…手を伸ばしてその髪に触れると、彼女の口角が上がる。
笑顔になる。
その顔が見たくて…髪を撫でる。
それは、まるで儀式のように…オレは毎晩、繰り返していた。
14の短い髪が、肩に届いた頃には、自分達以外にも同じような株が居る事を知った。『訓練』を一緒にやるようになったからだ。
白衣の男達は、『研究員』と言う奴等で、いつも見張るようにオレ達の側に居る。そして…オレ達は、『実験体』でsubject.Noで呼ばれていたと知った。
あの…ガラスの筒に浮かんでいた…胎児。研究室員が話していた、『貴重な成功例』と言う言葉の意味…。研究員達が話していた内容を今更ながらに気が付き…自分が空っぽになったような、虚ろな存在だと思い知る。
髪を撫でられ、笑顔を見せる14は…この事を知っているのだろうか?
そして、騒ぎが起こる。
研究員達がバタバタを慌てて、部屋の前を走り去る。鉄格子にしがみつき、外の様子を伺って居ると
「subject.No.17が暴れ出したぞっ!
」
「早く止めろ!首輪を起動させるんだっ!」
…No.17…オレよりも少し小さな株だった。奴が、暴れてる?いつも俯きかげんで、大人しい奴だったのに…
「駄目だっ!痙攣が止まらない!」
「首輪の出力レベルが高いんじゃないのか?」
「いや、マニュアル通りにしたっ!最低出力で、痺れて動けなくなる程度のはず…。」
「いや…これは、首輪の出力レベルの問題ではないぞ?見ろ…組織が崩れてる部分がある…。」
「何っ!?」
「拒絶反応か?」
「…かも知れない…首輪の出力で、組織破壊が活性化した可能性があるな…。駄目だ…コイツは使い物にならない。」
「クソッ!また廃棄か…コレで何体目だ?」
「…数えたくもないね。」
「とっとと始末して…いや、解剖して調べるのが先だな。」
「また徹夜かよ…。」
ガヤガヤと研究員達は、ビクビクと痙攣する17を抱えて立ち去る。そして…17には二度と会う事はなかった。
オレは、自分の首輪を触りながら…研究員達の話を反芻する。
この首輪には仕掛けがしてあり、暴れたり命令に違反すると作動するようだ。痺れる…電撃か何かだろうか?とにかく身体の自由が効かなくなる。そして…拒絶反応…身体の組織が破壊される恐れがある。
使い物にならない…そう判断されれば、始末…多分、殺される。
奴等が始末した株を数えたくも無いと言う程…死んでる…殺されている…。
じゃあ、オレは…オレ達は、何の為に生きているんだ?
subject…実験体だからか?
こんな…こんなので、生きてると言えるのか?
オレは髪を掻きむしり、粗末なベッドに座り込む。すると、14が心配そうにオレの顔を覗き込んできた。
「…大丈夫?」
14…お前は…研究員のクソ共の話しを理解してないのか?それよりも…オレなんかの心配を優先してくれているのだろうか。
手を伸ばし…長い黒髪を撫でる。
そして、14の乾いた唇が…小刻みに震えいるのに気が付いた。恐怖や不安を感じていない訳では無い…。
そうだ…。オレは独りでは無い。14が側に居るんだ…。
オレは14の髪を撫でながら、言葉を掛ける。
「…大丈夫だ。14は死なせない。オレも死なない…2人で生き残るんだ。いつか…一緒に外の世界を見に行こうな。」
オレに言葉に、14はあどけない笑みを浮かべて頷く。
「うん、約束…だね。」
「ああ…約束だ。」
14の…微かに小さく震える…カサカサになった手を握り締め、オレはその日、初めて涙を溢した。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




