動乱の刻―歪む運命『風の跡』
世界は、静かに脈打っている――
芽吹き、歪み、そして命は交差する。
今、ひとつの「刻」が動き出す。
『風の跡』
長い夜の静寂を突き破るように、教会建物は瓦礫と化してゆく。
蛍火のように…チカチカと爆ぜながら舞い上がる火の粉と、土埃と黒煙が渦を巻くように、上空へと昇ってゆく。
逃げ遅れた信者も多いかも知れない。煙に撒かれ、瓦礫に押し潰されて…帰らぬ旅路へと向かう。
ー白夜が、逃げ遅れた…。
皆が息を詰めて、建物だった残骸を見つめている。
誰も、口を開く事が出来ずにいた。
重苦しい沈黙の中、時々聞こえるパチパチと木材が爆ぜる音だけが響いている。
私は頭の中が真っ白になって、状況が理解出来ぬまま、その状況を眺めていた…。
さっきまで、一緒に居たのに…。何で…今、ここにその姿が無いのだろうか?逃げ遅れた…逃げ遅れたって、どういう事?あの、瓦礫の中に…残骸ばかりの、建物だった中に…白夜が居るって言うの?
屋根が崩れて落ちて、地下からは火の手があがり…闇夜を炎で明るく染め上げている中に?
そんな訳ない。白夜が、そんなヘマをする筈はない…。
私は放心したまま、天使の腕から飛び降りると、一歩二歩と建物へと近寄っていく。
煙の臭いが鼻を突く。煙くて涙が滲む…。でも、そんな事が気にならない位、私の心は麻痺していた。
微かに聞こえる、唸るような風の音…。
ん?
ふと気がつく。…風なんか、吹いてないのに、風の音が聞こえる。
立ち止まった私を、ヒョイと九尾が抱き上げた。
「気付いたか?」
九尾が私の顔を覗き込むと、目を細めて見せる。そして、振り返ると
「もっと後方へ退くぞっ!なるべく太い木の幹に寄れ。気を失ってる魔剣達は木に縛り付けろ!吹っ飛ばされるぞっ!」
その九尾の声に、皆が正気に戻ったように動き始めた。
「急げ!」
九尾に追い立てられるように、皆が後方へと退く。
次第に、風の唸りは増していく。
かなり離れた位置に居ても、暴風に身体が持っていかれそうだ。
それに、ここからでもハッキリと見える…風が、煙も、炎も、瓦礫すらも…空へと巻き上げ、昇っていく。
コレは…白夜の竜巻!?
轟々と唸る激しい渦の中で、炎は消し飛ばされ、瓦礫は微塵と化して天高く登って行く…凄まじいまでの破壊力。
巻き上げたその全てが微塵と化した頃…風が、何事も無かったように収まり、フッと消失した。
「白夜!」
私は九尾の腕から飛び降り、名を呼びながら駆け出した!
天使と雫が私の後を追う。
建物があった敷地には、残骸も瓦礫も綺麗さっぱり消え失せていて…建物の基礎部分の土台などの頑丈な部位が僅かに残るのみ。
その中央に、緩やかな風を纏わせている白夜の姿があった。
「白夜ぁー!」
私は、泣きそうな気分のまま白夜へ飛び掛かる。
「まぁ!輪さん、どうしたんですの?」
白夜は、皆の心配を他所に…明るく笑顔を見せながら私を受け止めて、その腕に私をすっぽりと納めた。
「心配しましたわ…」
後から来た天使が、薄っすらと涙を浮かべて白夜を見つめる。
「うん、流石に駄目かと思った…防御の為に、風を纏わせてた?」
雫が白夜を見上げながら尋ねると
「三重に風を円形になるように高速回転させて…落下してきた屋根を破壊しつつ巻き込み、身体に触れぬように外へと逃しておりましたわ。
一気に竜巻を起こしてしまえば、楽なのですが…それでは皆様を巻き込んでしまいますでしょう?
皆様が避難して、建物から離れた頃を見計らい、竜巻で消し飛ばしましたの。火の手も収まりますし、瓦礫などの残骸は粉々になりますわ。…難を申せば、身体が埃だらけになった程度でしょうか。」
白夜は片手で私の身体を支えて、もう片手でパタパタと服を払う。
確かに…砂埃のような細かい塵が、叩くたびボロボロと落ちてくる。
「髪も、めちゃくちゃになってしまいましたわ…。」
白夜が少し残念そうに、そう言うと、近寄ってきた九尾が頭に手を乗せて、髪を優しく撫で付けた。
「髪なら、後で洗えば済むさ。…全く、ヒヤヒヤさせてくれたな!」
九尾が白夜の頭をポンポンと軽く叩く。そして、白夜の顔を覗き込むと、にっこりと微笑んで見せた。
「無事で良かったよ。」
「っ!!」
白夜が、真っ赤になって俯きながら、私をギュッと抱きしめる。
「あ、あの程度の危機など、危機の内には入りませんわっ!全くっ!全然っ!楽に回避出来ましてよっ。
わ、私を、舐めないで頂きたいですわねっ!」
赤くなった顔を見られぬように、私の身体に顔を埋めて、白夜が捲し立てると…堪らず天使がクスクスと笑い出した。
「まぁ…確かに、大したもんだなぁ〜ちょっと見直したよ、白夜。」
と、九尾が笑顔を見せる。
「〜〜っ!?」
私の身体に埋めた白夜の顔が、熱を帯びてきてる。頭から湯気が出そうな勢いかも?
でも、白夜が無事で…本当に良かった!九尾からも褒めてもらって、良かったね、白夜。
私は白夜の赤い顔にそっと肉球を添えて、その熱を直に感じてみる。
あっっつ!
…白夜、大丈夫か…?
ちょっと心配になったけど、褒めてもらって、素敵な九尾の笑顔を見せてもらった白夜は、とても嬉しそうだった。
「さぁ、白夜の無事も確認出来たし…魔剣を回収して、白帝城と合流しよう。」
九尾の指示に頷くと、魔剣の元へと向かう。竜巻が起こす暴風に飛ばされぬように、マリンが木の幹に縛っていたからな。
緊急処置とはいえど…気を失ってる魔剣達をそのまま放置ってのは、宜しくないし…特に重症の青年達は、早く安静に寝かせないと。
急いで魔剣達と元へと歩みを進めていると、先を歩いていたマリンが、戸惑うように立ち止まった。
そして、振り返り九尾に報告をあげる
「教会信者の青年…三株の姿が消えました。縛ったロープが残されておりますので、この幹に間違いは有りません。…申し訳有りません。私が目を離したばかりに…誰かに連れ去られたようです。」
マリンが一歩下がり、頭を垂れた。
九尾は青年達が居た筈の幹へと歩み寄ると、しゃがみ込み周囲を見聞し始めた。
雫が残されたロープを手に取り、繁々と見つめる。
「マリンの力で、幹にしっかりと縛りつけた…結び目もそのまま…解かれた様子無し…ロープを切られた様子無し…。」
ぶつぶつと雫が口にすると
「周囲に俺たち以外の足跡もないな…どういう事だ?」
九尾が腕を組み、顔を顰める。
「魔剣の様子に変わりは有りません。気を失ってはいますが、状態は安定しています。」
魔剣を心配そうに、寄り添う天使が九尾を見上げながら話す。
一体…どういう事だろうか。
誰もこの場所に来ていないのに、幹に縛られていた三株が姿を消した。
結いつけられたロープもそのまま…まるで蒸発したみたいに…って、まさか
「宗玄の毒?」
確か、死んだ後には溶けて消えるって、ネブラミスは話していたよな。
まさか、溶けて消えた?
「いえ、どんな毒かは分かりませんが…毒を受けた形跡はありませんでした。」
青年達の様子を見て、治療術で体力回復を図った天使がそう話すなら…そうなのだろう。
なら、何で消えたんだろう…。
ーはぁ〜い!私が連れて行きましたぁ!
頭の中に甘々の夾竹桃の声が響く…脳裏には元気に手を上げる生徒のような姿が浮かんだ。
お前か…何で、また、そんな混乱するような事を…!
ーお前かって、酷くないっ?
夾ちゃんって、可愛らしい名前あるんだからねっ!
…はいはい、すみませんでした。うん。夾ちゃんだよね…。
私はガックリと肩を落としてしまう。
そうだ、夾竹桃は思う事を、状況や空気やその場の流れ…何も考えずに喋りまくるタイプなんだ…。
ーもぅ、今度「お前」呼ばわりしたら、夾ちゃんは激怒しちゃうからね!本当なんだからっ!
気をつけてよね!
まぁ、今回は許して上げるよ〜?夾ちゃんは優しいから…何てねっ。
てへっ。
それでぇ…三株の青年なんだけさぁ〜?
かなりヤバイから、こっちで何とかするって。
私じゃないよ?
じーちゃまが、治療…って言うか、宗玄?アイツがやりやがった呪術の解術を試みてみるって。
んでぇ、1番近くに居る夾ちゃんが、三株を保護してぇ、じーちゃまに届けて来ました!
だから、錦さんには安心するように伝えて?
受けた呪術の解術…そんな事が出来るんだ。
その、じーちゃまって精霊さん?凄いんだね…。
ー何、言ってんのぉ?輪さんも仲良しじゃん、じーちゃまと。
へ?
仲良しの精霊?…まさかとは思うけど…。夾竹桃の話す『じーちゃま』…って、クスノキのじーちゃん?
ーそうだよぉ〜!我らを統べる偉大なる精霊王!
優しくてぇ〜賢くてぇ〜、夾ちゃんを大事にしてくれてぇ〜、何より可愛がってくれてる、じーちゃま!だよぉ〜?
…じーちゃん…あんた夾竹桃の育て方、間違ったんじゃないか?
あまりにも自由奔放過ぎるだろ…。
でも、そうか。
じーちゃんが解術してくれるなら、ここで治療するよりも助かる確率は高そうだ。
うん、夾ちゃん…ありがとう。
青年達を頼みます。助けてあげてください。
ーオッケー!
じーちゃまに任せておけば大丈夫だよぉ〜。
後で、渡したい物があるからさ…また後でねぇ!
渡したい物?何かな…って、また言うだけで言って、また念話を切ったな。
さて。
青年達がいきなり消えた謎は解けた訳だが…。
未だ頭を捻り続けている面々に、この状況を何と説明したものか…。
私は、皆とは違う事で…頭を捻るのだった。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




