動乱の刻―歪む運命『呼び声〜教会壊滅』
世界は、静かに脈打っている――
芽吹き、歪み、そして命は交差する。
今、ひとつの「刻」が動き出す。
『呼び声〜教会壊滅』
心臓の音が、バクバクと煩いくらい身体に響く。胸がギュッと締め付けられて、痛いくらいだ。ギュッと目を閉じて、その痛みに必死に耐える。
闇に閉じ込められて…恐怖と不安が私を支配しようとしている。
大丈夫…大丈夫、皆は近くに居る。
私はひとりじゃない…。
心を落ち着かせようと、それだけを念仏のように唱える。
皆と一緒に閉じ込められたとしても、外には白帝城が居る。光の結界を張れる力を持つ彼ならば、破る方法を知ってるはずだ…と、思う。
私だけが闇に囚われていたなら、必ず皆が救出しようとしてくれる。
だから…大丈夫。
私は深呼吸を何度もして、どうにかパニックを起こす前に、不安と恐れ慄く心を鎮める事に成功した。
ゆっくりと目を開けて…私は闇を凝視した。何か…気配や微かな音が拾えないかと、耳を欹てる。
すると…視野に小さな光が瞬いた。
今、一瞬何が光ったような?
私は身体に尻尾を身体に巻き付けたまま、身体を沈めるながら、ゆっくり慎重に…瞬いた光を求めて歩み出す。
ーそんな怖がらなくても、大丈夫だよぉ〜!
うわっ!?
私は、思わず飛び跳ねて、床にペッタリと身体を沈めてしまう。
いきなり頭の中に、夾竹桃の甘ったるい声が響いてきたのだ。
び、びっくりした…。も、驚かせないでよ…。
ーあはっ!そんなに驚くとは思わなくてぇ〜?ごめんねっ。
夾竹桃の明るい声に、少しだけホッとしながらも、何かイラッとする。
…確信犯だろ…絶対に驚かせようとしただろっ。
ーえぇ〜?そんな事ないよぉ〜。
お礼を言わなくちゃって、夾ちゃんは声をかけただけだもん〜。
『腐食の魔女』は一旦引いたみたいだよぉ〜。お蔭で聖域の侵食も止まりましたっ!避難してた弱精霊達も無事だよぉ〜?
ありがとうねぇ〜。
そりゃ、良かった…。
ネブラミスが闇を噴き出すとは思わなくて…。それに、去り際なんだけど、ネブラミスに何か重なってたんだよね。もの凄い威圧感を放ってる何かが…。
それで、闇の中に閉じ込められて…困ってるんだ。
何とかならない?
ーんん〜?何とかしてあげたいのは山々なんだけどぉ…夾ちゃんには、ちょっと無理かなぁ〜。その闇って、霊力属性でしょ?相性最悪なんだよぉ。私が下手に手出しするとぉ〜精霊力を吸収して、闇が増幅しちゃうかも?
え…残された術でも吸収しちゃうの?
ー実際のところは分かんないけどね?
そう言われてるかなぁ…。
んでぇ、ネブラミスに重なって見えたってのだけどさ…それが、私達が呼ぶ『腐食の魔女』だよ。何て言うかなぁ〜。霊力の本体?みたいな感じ。
霊力の本体?なんじゃ、そりゃ…意味分からないんだけど…ネブラミスの中にある、神が与えた器って事?
ーんん…そんな感じのような、違うようなぁ…でも、言い得て妙だねぇ!
あ、そろそろ外に出れるんじゃないかな?
それじゃ、また後でねぇ〜!
ちょ、夾ちゃんっ!
歯切れ悪く、モニョモニョと話していた夾竹桃は、話の途中で繋がりを切ったみたいで…呼んでも答えなかった。端末で会話してる最中に、自分の話は終わったからと、通話を切るヤツって…居るよね…。
夾竹桃はそのタイプらしい。
でも…頭の中での会話って、声に出さないだけで、端末でやり取りしてるのと似てるなぁ。
と、闇の中で座り込んでいると…
小さな光が瞬いているのに気が付いた。さっき見た光と同じかな?
闇に浮かぶ豆粒のような小さな光を、じっと観察するように見ていると…次第に大きくなり、闇を徐々に押し除けていく。
輝きは増し、眩しくて直視出来なくなってきた頃に…その輝きの中心に、祈るように佇むシルエットが見えた。
あれは…天使?
そして、放たれる輝きは、一気に爆発するように周囲を満たした。
眩しくて、思わず目を閉じて顔を伏せる。猫だと、手を翳して光を遮るって事が出来ない…不便だな。
瞼の裏が真っ白になったように思われたが、それも一瞬。
私は恐る恐る眼を開けて様子を伺うと、既に輝きは収まり、闇が戻り始めようとしていた。
何だったんだ…?
頭に疑問が浮かんできたが、ピシッと何かに亀裂が入る音が聞こえて…その音が聞こえた方へ視線を向けた。
闇に亀裂が入ってきている。
ピシッ、ピシッと音が拡散し、そのたびに、闇の空間にヒビが広がっていく。そして…バリンッ!と一際大きな音が響いて、闇が砕けて弾けとんだ!
それは、まるで闇色の硝子が砕けたようで…。
僅かな月明かりに、闇の硝子が照らし出され、雪ように降り散り、空間に滲むように消えていく…。
私は、その情景を口を開けたまま、放心するように見つめていた。
「輪さんっ!」
呼び声が聞こえて振り返ると、
少し離れた場所に、ギギに守られていた雫が、私に向かって両手を差し伸べていた。
「雫…」
まだ、少しぼんやりする頭をプルプルと振ってから、駆け寄ると…。雫は私を抱き上げて、顔をスリスリと擦り寄せる。
ずっとギギが一緒だったけど…怖かったのかな?うん、闇の中から出れなかったら…と思うと、今でも身体が強張る。凄く不安で…怖かったな。きっと雫も同じように思っていたんだろう。
九尾がギギを呼ぶと、宗玄の手に寄って戦闘特化に改良された株達を、その背に乗せる。
ネブラミスが何らかの方法で動きを止めた後、ずっとそのまま立ち尽くしていたけど…今はグッタリと身体を横たえている。意識を失って、倒れていたみたいだ。
揃いのローブを着た三株の青年達の顔は、血の気を失い…何だか青黒く見える。コレは…駄目だ…。息も浅く、辿々しい…いつ呼吸が止まってもおかしくない状態に思えた。
それでも、九尾と天使は真剣な表情で、青年達をギギに乗せる。まだ生きてる…助けたい、助ける…と、天使の眼が物語っていた。
魔剣は、マリンに背負われている。こちらも意識がないみたいだ。かなり出血してたし…治療術は施されていたから、大丈夫だとは思うけど…。
とりあえずは皆が無事で良かった…と安心していると、髭がピクピクと動いた。あ?…何か、焦げ臭い。微かに香る、煙の匂い…まさか、火事か?!
「どこか、燃えてるかもっ!」
私は雫の腕の中から飛び降りると、皆に伝えようと声を張った。
「うわ…まじか」
九尾が思わず声を漏らした瞬間に、床に振動が伝わり、地響きが唸る。
「地下か…急ぐぞっ!」
九尾が先頭に立ち歩き出そうとしたが、直ぐに立ち止まる。
見れば、廊下に白い煙が床を這うように、薄っすらと流れて来ている。
それは、僅かな時間であっという間に腰辺りの高さまで広がり、大聖堂の中へと流れ込んできた。
天使が慌てて私を抱き上げる。下に居たら、私は煙にやられてしまうから…。
同じように、九尾が雫を抱き上げる。
「こりゃ、廊下には出れないな…仕方ない。荒療治で外に出るぞ。」
九尾が白夜に向き直ると、
「白夜、壁をぶち抜け。穴が空いたら、ギギ、マリン、怪我人を落とすなよ!瓦礫が崩れないように、白夜は風を巻き上げ続けろ。そのまま移動は可能か?」
白夜が力強く頷く。
「よし、なら最後尾は白夜。先頭はマリン…穴が小さかったら、蹴りで壊せ。続いて、ギギと天使。」
九尾が指示を出している間にも、マリンが手早く動き出す。太もものガーターベルトから、リール式の細いロープを取り出して、ギギの身体に青年達を巻きつける。
あ、あのロープは…東斜塔を駆け降りた時に使用したヤツだ。そのロープを途中で引きちぎり、結ぶ。
残りのロープで、自分の身体と魔剣を固定して結んだ。
…そのロープ…たしかワイヤーだったよね?そんな簡単に、ブチッて引きちぎれるような代物じゃないと…。
いや、マリンだしなっ。今更、驚くような事でもないな…うん。
九尾の言葉が終わる頃には、マリンは準備を完了させていた。
「それでは、参りますっ!」
白夜が後方から扇子を広げて集中する。白銀のトリコームが舞い、扇子に集り渦を巻く。それを白夜は一気に扇ぎ、壁に叩きつけた!
爆音が響き、細かい破片が飛び散る。もうもうと砂埃が立ち込めるが、白夜は再度扇子を扇ぎ、吹き飛ばす。
頑丈そうな壁は崩れ、ポッカリと穴を開ける。流れ込む煙が外へと吸い出される中…マリンとギギが外へと走り出した。
その時にまた地響きがして…地震みたいに小刻みに軋み、一際大きな爆発音がした。それに合わせて床が揺れる。廊下から流れ込む煙の量が、一気に増えた。
煙いっ!臭いっ!
私は天使の腕の中で、肉球で鼻を押さえる。
「行けっ!」
九尾の声に弾かれたように、天使が走り出し、九尾が後を追う。
雫が九尾の首に両手を回し、しっかりとしがみついているのが見えた。
バキバキ…メキメキと不穏な音が聞こえ見上げれば、屋根が撓んで歪んでいる。やば…屋根落ちそう。
そう思う頃には、天使は穴を抜けて外へと飛び出ている。九尾も出て来た。後は白夜だけ…
天使が建物から離れた場所で立ち止まり、振り返る。その視線の先に九尾を捉え、フッと息を吐いた瞬間に…。
バキバキ!ドドド…ズガガガンッ!!
教会の屋根が、土埃を巻き上げながら、爆音を響かせ落ちて来た。少し遅かったら、アレに巻き込まれて潰されてたかも…ゾッとしながらも、外に居る自分に安堵する。
そして、気が付く。
…白夜が居ない…まだ、来ていない。まさか…?
「白夜ちゃん…」
天使が小さく呟き、息を止める。
九尾が、崩れ落ちる教会を…呆然としながら見つめていた。
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




