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動乱の刻―歪む運命『呼び声〜闇の澱』

世界は、静かに脈打っている――

芽吹き、歪み、そして命は交差する。

今、ひとつの「刻」が動き出す。


『呼び声〜闇の澱』


突如、頭の中に響く甘々な少女の騒がしい声…本人曰く、夾竹桃の精霊で、教会近くに聖域を創れるくらい力のある精霊らしいが…。

教会の大司教で、破滅を望む神の使徒。精霊達からは『腐食の魔女』と呼ばれている…ネブラミスが使う霊力のエネルギー源として、聖域は喰われている真っ只中。

頭の中で、夾竹桃と会話しながら、目線はマリンとネブラミスの激闘を追う。アクロバティックな戦いを追うのは、話しながらだと難易度が高く…何度か見失ったりもした。

白夜は加勢をしようと、何度も扇子を構えるが、動きを捉えきれずに二の足を踏んでいた。

下手をすると、マリンの足を引っ張りかねない。

現状…ただ息を詰めて、二人の戦いを見ているしか無かった。


そんな状況の中、私は夾竹桃との話しを続けている。


ーだからぁ〜、やってみないと分かんないよっ。上手くすれば、『腐食の魔女』…倒れるかもだしぃ。ダメだったとしても、この場は引き上げると思うんだぁ〜。


…アレだ、夾ちゃんはダメな場合を望んでいるんでしょ?

ネブラミスがこの場から引き上げれば、聖域の侵食は押さえられるもんね。


ーまぁ…ぶっちゃけ、そうなんだけどさぁ。でも、倒せるなら…うん、その方が良いと思ってるよ?

このままだと、本当にハオルチア国は滅亡しちゃうだろうし。精霊の聖域は霊力に喰われて、消えちゃうしね。

でも、さ…。

何か…うん、『腐食の魔女』ネブラミスだっけ?可哀想な株だなぁ〜って…。


もしかして…魔剣とネブラミスの話し、聞いてた?

二人が同じ非道な研究所出身の幼馴染って話しだよね。


ーネブラミスの想いはすっごく強くさ…嫌でも聞こえちゃよぉ〜。

ただ、生きていたいと思うだけなのに…何で…こんな事になっちゃうんだろうね…。

魔剣って株の事…今でも特別な株で、大好きみたいだよ?だから…余計に許せなくて…。再会したら、隣りに美少女が居てさぁ…。本当なら、隣りに居るのは私のはずだった…って、嫉妬に狂ってるみたいだよぉ?


嫉妬かぁ…気持ちは分からなくもないけど。でも、だからって…魔剣と天使を殺そうとするのは、駄目だよ!

そんな事をしても、何も救われない…余計に辛くなるだけだと思うよ。


ーそんな考えが浮かばないくらい…精神が荒んでるんだよぉ〜。きっと…もう戻れないんだろうね…。


夾竹桃の声が、少しトーンダウンして

しんみりする。

やっぱり…精霊は優しいんだろうと思う。教会の悪事やネブラミスの企みを全てを明るみにしたとして…どの位の株がネブラミスを憐れむのだろうか?

夾竹桃のように…自分の事の様に、ネブラミスの痛みを感じる事が出来るだろうか?


ー輪さんが思う程、私は優しくないよぉ〜。だって…その痛みに付け込むような方法で止めようと…輪さんに持ちかけてるんだからさっ。


頭の中に響く甘ったるい声が、照れくさそうに、自虐するように、そう言った。

私は、この騒がしい精霊に好感を抱いたその時に…眼に映った出来事に、一瞬…思考が止まった。

そのまま、目を見開いたまま動けずに立ち竦む。

天使が、引き止める九尾の手を振り払い…流れる血で赤く染まる魔剣の元へと、走り出している!


それは、本当に一瞬の出来事なのに、まるでスローモーションの様に、情景が流れてみえた…。

雫が天使の名を叫ぶ。

その叫び声に、マリンの意識が囚われた一瞬に、ネブラミスが縮地を使い、天使との距離を一気に詰めた。

危ない!と九尾が叫ぶ。

魔剣は伏せられていた顔を上げて、駆け寄る天使の華奢な身体を、抱き止めると、迫るネブラミスへと背を向けて、天使を強く抱きしめた。

ネブラミスは美しい面差しを、悪鬼のような笑みで崩し…手にしたエストックを構えた。

二人纏めて串刺しにしてやるっ!!!

ネブラミスの絶叫。


ー今っ!早く、言ってっ!!


夾竹桃の声が脳に響いて…。

私は、何も考えられずに、夾竹桃が教えてくれた言葉を…思い切り叫んだ!


「ネブラミスっ!神の神託を忘れたのっ!!?」


私の叫びは、時を止めた。

あと数センチで、魔剣の背中に突き刺さりそうなエストックが、ピタリとその場に止まる。

縮地の勢いのまま静止したネブラミスの長い黒髪だけが、魔剣の背中に届き…微かに触れ、流れ落ちた。

驚愕の表情のネブラミスが、瞬きを忘れたように目を見開き、小さく呟いた。

「…神の神託…

天使を生かしたまま、神が座する場所まで…連れて行かねば成らない。

でも…私は…。

私は…天使を殺したい…その清らかな生命を刈り取ってしまいたい。

その美しい顔を…死の恐怖で歪ませて、血の色で白銀の髪を紅に染め上げたい…。

貴方の顔が、怒りと絶望に満たされるのが見たい…。悲しみと、憎しみがその瞳に宿る瞬間を見たい。

私が居るこの場所まで…貴方が堕ちてくる時を…私は…。」

ぶつぶつと聞き取れぬ程の呟きを漏らしながら、ネブラミスが蹌踉めき、数歩後退る。

カラン…と、手からエストックが落ちる音で、時間が動き出した。

魔剣が出血で青ざめた顔で、急変したネブラミスの様子を伺っている。

皆にはネブラミスの呟きが聞き取れていない?

「うぅ…っ」

ネブラミスが、片手で頭を押さえ、もう片手で胸元を押さえて、苦しそうに呻く。そして、頭を抱え背中を丸めながら大聖堂の中央まで歩くと、その場にガクリと膝を落として崩れ落ちた。

「ネブラミスッ!?」

魔剣が、思わずその名前を叫ぶ。

その瞬間に、ブワッとネブラミスから闇が溢れた!


微かな月明かりを遮り、視界を閉ざす。闇に包まれて、何も見えなくなっていく…。

状況の変化に驚く九尾と、不安そうに寄り添う白夜の姿を…。

ギギに守られながらも、目を見開き状況を記憶していく雫の姿を…。

拳を握り締め、どんな場合でも最適に対応しようと構えるマリンの姿を…。

涙を浮かべながら、魔剣に治療術を施す天使の姿を…。

ネブラミスの心の叫びを聞き、痛み出す心を抱える魔剣の姿を。

ネブラミスの闇が、私達を閉ざすように、全てを漆黒に染めていく。


「…憐れな…」

闇の中に、ネブラミスの声が響く。

…いや、ネブラミスの声と違う、もっと低い女性の声が被っている?

「愚かしい事を…」

ぶつぶつと喋りながら、歩いている?

声がゆっくりと移動しているように感じて、私は警戒心を露わにして、闇に眼を凝らす。

「だが…その想いの強さは、好ましい…。」

声が背後から聞こえたっ!

私は咄嗟に跳ねるように飛び、距離を取った。

頭を引くくして、前脚に力が入り、背中が丸まる。ザワザワする気配に、全身の毛が逆立つ。耳は背後を気にして倒れたまま。

「矮小な生き物の分際で…我に牙を剥くか…」

闇に滲むように、ネブラミスが私の前に立っている。…が、気配が違う気がする。圧倒的な威圧感…身体がすくみ、立っているのがやっとだ。

ゆらりゆらりと、ネブラミスの身体が左右に揺れる。

「だが、お前の策略で最悪の結果は…免れた…のも、確か…。ならば、慈悲で此度は見逃してやろう…」

最悪の結果…?

魔剣と天使の生命を狙っていたんじゃないの。いや、天使は破滅の神の使徒に望まれていた…のか?

そもそも、ネブラミスの姿をした…コイツは誰だっ!

「…あなたは何者なの?」

ネブラミスの姿のまま不快そうに鼻に皺を寄せる。

いや…姿がダブって見える?ネブラミスの身体が揺れる度に、ワンテンポ遅れて影が動くように…他の誰かの姿が見えるような…。

「…図に載るなよ…獣風情が…。妾が…貴様のような…輩に名乗る訳は…無かろう。」

ネブラミスの声に重なってる低い声が、ふふふ…と笑った。

「だが…闇から逃れ…られたのなら、妾の処まで…来るが良い…。辿り着けたならば…名を教えて進ぜよう…清らかな乙女…それを護りし株らよ…。死せる運命…抗えるものなら、抗って見せよ…。」

姿が、また闇に滲み出す。

闇から逃れ…って、このまま全員を闇に閉じ込めるつもりなのか?

「…北で…待つとしよう…。情深き黒き刃の株よ、ネブラミスは殺さずに居てやろう…救えるものなら、救ってみせよ。

清き乙女よ…母のように慕う株は…妾の下に居る…死ぬ前に助けられる…か、見ものだな…。」

この声は、皆にも聞こえている?

ネブラミスの姿は闇に溶け、既に見えなくなっているのに、声だけは聞こえてくる。

「…憐れな…五葉の株達らよ…逃れる事が出来ぬ…運命が北で…待つ。破滅を…楽しみに…妾の元まで…来るがいい…。」


渇いた嘲笑が闇に響き…気配が完全に消えた。立ち去ったのだろうか?

憐れな五葉…逃れる事が出来ない運命とは…何だろう。嫌な予感しかしない…。

逆立つ毛をそのままに、私は呆然と立ち竦む。

いや、闇の中で何も見えなくても…猫は夜目が効くし、今は大聖堂の中に居るんだから…大丈夫。ネブラミスに重なってた奴の声を、皆も聞いてるのだから、近くに居るはずだ。

私は、不安を吹き飛ばすように叫ぶ。

「九尾ーっ!白夜ーっ!雫ーっ!」

張り上げる声が、闇に吸い込まれる。

「魔剣ーっ!天使ーっ!!」

皆の名前を呼ぶが…何の反応もない。

「マリーンっ!!!」

私の絶叫だけが、耳が痛くなるような静けさの中に響いて消える。

そんな…馬鹿なっ。

大聖堂に居た…ちょっと離れてたけど、見える所に皆は居たんだ。声が届かない訳はないっ。

や、もしかして…闇が音を飲み込んでるのか?

だって…何の音も聞こえない。まさか…闇の結界の中に居るのか?

皆を探しに行きたいけど…闇雲に歩くのは、危険だろうか?

私はその場に立ち竦み、途方にくれた。


時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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