動乱の刻―歪む運命『呼び声〜歪み』
世界は、静かに脈打っている――
芽吹き、歪み、そして命は交差する。
今、ひとつの「刻」が動き出す。
『呼び声〜歪み』
激しい身体の動きに、漆黒の長い髪が…ひと呼吸分ほど、遅れて揺れ靡き…怒りの炎を、その冷たい瞳の中で激しく燃やしながらも、薄紅色の艶やかな唇は弧を描く。
その姿は…闇そのものを身に纏っているように感じて…妖しいまでに、美しい。
魔剣を追い詰める敵なのに…私は魅せられたように、ネブラミスを眼で追っていた。
あれほどの殺意を撒き散らしながら、
ネブラミスの口元は常に笑っている。
それだけ見れば、戦いを楽しんでいるように思えるが…。
ネブラミスの猛攻に、魔剣は防戦を強いられていたが、白夜の参戦で状況が変わりつつあった。
ネブラミスが魔剣の攻撃を躱す為に飛び退いた瞬間に、白夜は着地点に真空刃を飛ばす。遠距離攻撃が加わった事で、ネブラミスは回避行動が多くなる。そして、その僅かな隙を見つけた魔剣は、一気にネブラミスの間合いに飛び込み、斬り込んだ!
ガキンッ!
激しい金属の撃ち付け合う音が響く。
ネブラミスが魔剣の重い斬撃を、強度を誇るエストックで受け止めていた。
鍔迫り合いの、ギリギリ…という音が聞こえる中で…私の耳はネブラミスの声を拾った。この激戦の中で、二人は会話をしているのだろうか?
私は二人の声に集中する。
「…やっぱり、貴方は強いわね。こうしていると、とても懐かしい気持ちになるの…ねぇ、そう思わない?」
ネブラミスの話に、魔剣は厳しい表情に、更に眉間に皺を寄せた。
「知るか」
「忘れたの?昔は…こうして傷だらけになりながら、剣術の修行をしたじゃない。」
ネブラミスの表情が柔らかくなり、漆黒の瞳がゆらりと滲む。でも、それは…ほんの一瞬だった。
「…何の話だ。」
「昔話しよ…。再会出来たのだから、その位は良くはなくて?」
薄紅色の唇が、薄く開いて…
「ねぇ…subject.No.13。」
ネブラミスは、眼を細め艶やかに笑い掛けながら…そう言った。
魔剣の眼が大きく見開かれ…一瞬力が抜けた瞬間に、ネブラミスが強烈な前蹴りで、魔剣を壁際まで吹っ飛ばした!
ネブラミスが言った…subject…被験者って意味だよね?
No.13って…13番目の被験者?
吹っ飛ばしされた魔剣は、壁に激突して倒れてしまっている。蹴りをモロに受けてしまったダメージもあるだろう。
ネブラミスは横目で白夜と雫を睨む。そして、乱れた髪を掻き上げると
「邪魔はしないでね…良いところだから。」
と言いながら、右脚を床に踏み付ける。…あの動作は、女王陛下の部屋で見せた、影人間が湧くヤツじゃ…。
ネブラミスの影が色濃く揺めくと、アメーバのように、ねっとりと蠢きながら人型へと変化する。
そうして生み出された影人間達は、十数体にもなり、白夜達へと襲い掛かった!
「さてと…。」
ネブラミスはその様子を確認すると、
悠然と倒れ伏す魔剣の側に歩み寄る。
魔剣は呻きながら、剣を杖代わりにして、立ちあがろうするが…ネブラミスの容赦ない突きが、魔剣の左肩を貫いた!
「ぐっ!」
魔剣が肩を貫くエストックの刀身を左手で握り締め、抜けないように抑え込むと、右手に握る剣を横凪に払い斬りかかる。
が、その攻撃には威力はなく、ネブラミスは簡単に左手で押さえ込まれてしまった。
「忘れた筈の思い出を…ほじくり返された気分はいかが?」
ネブラミスが和かに魔剣に話しかける。肩に刺さったままのエストックから、力が抜けたように魔剣の手が離れた。
「…何で…それを知って…。」
魔剣が震える声でそう言うと、ネブラミスの顔をじっと見つめる。その眼は探るようでいて…何かを恐れているようにも見える。
「貴方の事は、何でも知っているわ…。研究所の地下室で生れ育った人工培養株。力を得る為だけに生かされて、鍛え抜かれ…。いつかその力を得ることが出来たなら、真っ先に職員を全員殺して、一緒に逃げよう…生残るんだ…と。そう…約束したでしょう?」
ネブラミスは顔を寄せ、正面から真っ直ぐに魔剣を見つめる。
魔剣はネブラミスの言葉を聞くと、驚愕したまま眼を見開いた。
「…約束?まさか…」
慄きながら、魔剣は小さく呟いた。
「…14…なのか?」
その呟きを、ネブラミスは満足そうに嗤いながら聞いている。冷ややかに、皮肉や軽蔑を含んだ…魔剣を見下している、そんな笑顔。
え…二人は知り合いだった?
…九尾が話していた闇研究所…この教会の地下にあった施設と同じような所で二人は生まれ育った…人工培養株?13とか14とか…ナンバーで呼び合っているって事は、名前すら与えられ無かった…あ、だから被験者ナンバーが名前みたいに呼ばれてたって事なのか…。
え…。そんな事ある?
魔剣とネブラミスが研究所の人工培養株で、被験者で、幼馴染みなんて…。
「…生きていたのか…」
魔剣の声に、僅かな安堵感が含まれている。…魔剣は死んでいると思っていたみたいだ。
「ずっと尋ねたかった…。
何で迎えに来てくれなかったの?
何故、ひとりで逃げたの?
私は貴方の言葉…一緒に逃げよう、生きよう…その言葉を信じて待っていたのよ。」
切なげに、ネブラミスは漆黒の瞳を揺らめかせる。
「貴方が逃げた後、研究所は発覚を恐れて、閉鎖される事になった。私を含め、被験者は残らず闇に葬られる…。
一人、また一人と…仲間達は職員に殺されていったわ。目の前で死んでいく姿を見てどう思ったか…貴方に分かる?
貴方の言葉を信じて…希望を捨てずに生きて…。死を目前にして、絶望の淵に落とされる…それが、どれだけ辛いか…貴方に想像出来るかしら?」
ネブラミスの言葉に、魔剣の顔が苦しげに歪み、俯いた。
そういえば…アストロさんが魔剣をサボテン国から引き取ったって話してたよな…。
もしかして…魔剣は研究所からサボテン国へと一人で逃げた?
何とか保護されて、研究所の追手から逃れる事が出来た。でも…その研究所には、ネブラミスが残されていて…。魔剣は約束を破り、ネブラミスを裏切った?
いや…サボテン国に保護されて、ハオルチア国に戻るまでどの位の日にちが掛かったか分からないし…戻った時にはボロボロだったと言ってた。
そんな状況じゃ、迎え…というか、救出になるのだろう…それは、無理だ。行けるはずが無い。
「…研究所は壊滅して、生存者は居ないと聞いて…だから…」
魔剣は苦しげに言葉を紡ぐが、それ以上は言えずに口を閉ざす。
「…私が全員殺して、研究施設全てを破壊したわ。絶望の淵で、私は神の言葉を聞いた…。そして…研究員達が、躍起になって欲しがった力を、私は得た。
生きる為に全てを恨んで、憎む…。
私は、何もかもを許さない。」
俯きながら話す…ネブラミスの声が低く響き、魔剣の心を突き刺す。
「13…貴方を許さない。
ひとりで逃げて…約束を破り、私を裏切った。
国に保護され、天使に身も心も癒されて…。
彼女の存在に生きる意味を見つけた…。全てを過去として蓋を閉めて、私の存在を無かった事にした…。
私は、貴方を許さない…。」
激昂する訳でもなく…静かに語るネブラミスのその言葉は、苛烈な迄の刺突攻撃よりも、魔剣の心を深く切り裂く。
魔剣は呆然としながら、膝を崩した。その力が抜けきった身体を、ネブラミスは薄っすらと嗤いを浮かべて、蹴りつける。
その反動で、肩に刺さったままのエストックが抜ける。傷口から一気に出血し、魔剣の左肩を真っ赤に染め上げた。
「ほら…大切なクレストが死んでしまうわよ?早く回復術を施してあげなさいよ!」
ネブラミスが、九尾と共に姿を隠している天使へ語りかける。
まさか…天使を炙り出す為に、魔剣に致命傷を与えずに生かした?
魔剣を殺すつもりなら、その手にもつエストックで心臓を貫けば済む。
でも、肩を貫き、魔剣の心を砕き…動きを止めた。このまま放置すれば、出血多量で死ぬかも知れない…。
天使がそんな状況の魔剣を、放置するはずは無い。
「グエッ!」
九尾の声が聞こえて振り返ると、みぞおちを押さえて九尾が呻いている。
そのすぐ傍に、天使が厳しい表情をして立っていた。
どうやら…天使は何かしらの方法で、九尾の抱擁から逃れたらしい。
まぁ…九尾を見るからに、ボディーブローを食らったんだろうな。逃れるのに必死で、力加減が出来なかったのだろう。あの九尾の痛がりよう…強烈な一撃だと思われる。
「あぁ…やっと姿を見せてくれたわね。貴女の可愛らしい顔が、恐怖と痛みに歪むのが楽しみだわ。」
ネブラミスが悠然と微笑むと、魔剣の血を吸ったエストックの刀身を舐め上げた。
「読んでくださり、ありがとうございました。」




