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動乱の刻―歪む運命『呼び声〜揺れる瞳』

世界は、静かに脈打っている――

芽吹き、歪み、そして命は交差する。

今、ひとつの「刻」が動き出す。

『呼び声〜揺れる瞳』


「少し離れてろ。」

魔剣はそう言うと息を整えて、一歩足を踏み出し、連撃を放った。


大聖堂の扉は固く閉ざされていて、魔剣が体当たりしようが、ギギが強力な脚力を活かした前蹴りをしようが、全く壊れる気配すらしない。

扉の前で、どうするか…と悩んでいたら、中から女性の悲鳴と破壊音が微かに聞こえてきたのだ。

悠長にしてる時間は無い。

魔剣は剣を顕現させると、皆に声を掛けて、扉をぶった斬る。

切り刻まれ、ガラガラと音をさせて、辺り一面に埃を撒き散らして、扉は瓦礫と化した。


…さっき聞こえてきた悲鳴は、白夜の声だと思う。九尾と白夜は無事だろうか?

二人の姿を探そうと、開け放たれた大聖堂の中を魔剣の足元から中を覗き見て、私は息を飲んだ。

荘厳で清廉な佇まいを醸し出していた白亜の室内は、見るも無惨な状態になっている。

飾り柱が幾つも壊れて折れていて、至る所に無数の斬撃…白夜の真空刃の爪痕が残されている。壁は所々ヒビ割れ崩れていて、瓦礫の山を築いていた。

灯りを設えた柱が何本か折れたせいで、かなり薄暗いが、アーチ型の天井の複数ある小窓から月明かりが差し込み、土埃がキラキラと舞っている。

礼拝堂は、完全に廃墟と化してしまっていた。


まるで…月明かりがスポットライトのように、黒い絨毯の中央に佇む、白いローブを纏う女性…大司教を照らし出していた。

その大司教の存在に気が付くと、魔剣が剣を構えた。

「ふふふ…。」

大司教が怪しく笑う。

「ようこそ、清き者達よ…穢れの地へ良くぞ参られた。歓迎しましょう…」

話しながら、両手を開き歓迎の意を見せてくるが、

「…ふざけるな。」

と魔剣が殺気を隠す事なく、睨み付けた。

その様子を、天使と雫はギギに庇われるように入り口付近で見て居たが、壁際の瓦礫の山に埋もれるように横たわる九尾と白夜を見つけると、

「九尾!」

雫が叫びながら、駆け寄った。

意識はあるようで、雫の声に反応して起きあがろうとしている。

「…雫か。ここは危険だ…逃げろ」

九尾は何とか上体を起こせる事は出来たが…座り込み、駆け寄る雫を抱きしめて背後へと隠そうとする。

白夜は気を失っているみたいだ…よく見れば胸が上下しているのが分かった。

九尾は頭から血を流し、顔を鮮血に染めている。

「…にーちゃ…」

雫が泣きそうな声で、スカートのポケットからハンカチを取り出すと、頭の傷を押さえつけた。

「白夜を庇ったら、瓦礫の破片で頭を切っただけだから…。出血しやすいだけで、大した傷じゃ無い。」

九尾は雫を安心させようと、そんな事を言うが…頭の怪我だけじゃなく、服はズタズタだし、全身ボロボロになっている。

「天使!九尾と白夜をっ!」

雫が叫ぶと、天使が慌てて駆け寄る。天使…さっきより、顔色が一段と悪い。雫に呼ばれるまで、ギギの後ろで…片手で頭を抱えて、辛そうにしてたし…。

「大丈夫です。今、治療しますから…。」

天使は、胸で両手を合わせて祈りを捧げると、金色に輝くトリコームが舞いながら九尾と白夜へと降り注がれる。

光が触れると、出血は止まり、傷口が塞がり始める。回復スピードが増す術なのだろうか…。

何ていうか…大司教より、余程神々しい姿だと思った。


「天使…流石は女神の愛し子と称される事だけある。素晴らしい力ですね。」

大司教が薄ら笑いを浮かべながら、天使を褒め称える。その眼は、まるで獲物を見つけた獰猛な猛禽類のようで…背中の毛がざわつく。

やっぱり、間違いない。

教会大司教…彼女は…

「茶番は止めろ。さっさと正体を現したらどうだ。」

魔剣が剣を向けながら、九尾達を庇うように前に立つ。

「そこの狐もそう言って煩かったわ。正体も何も、私は何も隠していないのに…。貴方達が、知らないだけでしょう?」

大司教は不満そうに言いながら、深々と被っていたフードを外して顔を露わにした。

フードの中に纏められていた髪を、両手で掻き上げる。艶やかな黒髪がふわりと背中に流れ落ちた。

闇を映す漆黒の瞳が、魔剣を正面から捉えると、薄紅の唇が弧を描く。

「…ネブラミス。」

苦々しく低い声で、魔剣がその名を口にした。

「あはっ、覚えてくれてたのね。とても嬉しいわ。」

大司教…ネブラミスは、手を薄紅の唇にあてがい、クスクスと笑う。

やっぱり、そうだったんだ…。

九尾も気が付いていたみたいだった。

忘れられる訳がない。

あの匂い。全身の毛が逆立つ程の恐怖感。独特の雰囲気…。

例え、気高く清廉な真っ白ローブを着ていても…闇そのものと思えるような、妖艶な佇まいまでは覆い尽くす事は出来ないだろう。


怪我は回復したものの、まだ目覚めない白夜を見ていた天使が、その手を止めて、食い入るようにネブラミスを見つめる。

「…貴女が、ネブラミス。」

城で陛下の姿に化けて居たネブラミスの本当の姿を、天使は気絶していたから見ていない。

天使はゆっくり立ち上がると、惹きつけられるように、ネブラミスの近くへ寄ろうと歩きだす。

「天使!」

魔剣が慌てて、天使の腕を掴み引き止め抱き寄せた。

「私を…ずっと、呼んでいたのは…貴女なの?」

ネブラミスは、スッと眼を細める。

「呼ぶ…。そう、声を聞いたのね。」

「貴女の声に似てる…貴女が呼んだのではないの?」

天使は、ずっと頭の中に響く声に慄いていた。でも今は、震える手で魔剣の腕にしがみつきながら、真っ直ぐにネブラミスを見つめる。

「…穢れなき瞳ね。本当に、可愛らしいわ…。残念だけど、天使に聞こえる声の主は、私ではないわ。

でも、その声が誰のモノか…知りたいのなら、会わせてあげるわよ?」

ネブラミスが、天使に手を差し伸べる。

「一緒に行きましょう?」

ネブラミスは小首を傾げて、優しく悠然と天使に微笑みかける。その仕草は、レイラ陛下と同じに見えて…。天使が魔剣から手を離し、おずおずと手を伸ばそうとする。

まさか、ネブラミスと一緒に行くつもりなのか?

魔剣が険しい面差しをしながら、天使の手を荒々しく握り締める。

天使は驚いたように、揺れる瞳で魔剣を見た。

「行かせない。」

天使を覗き込むようにしながら、優しくそう言った。

私の視野に、九尾が立ち上がり此方に向かって歩き出してるのが見えた。

傷は回復したみたいだけど、体力は失われたままだ。重そうな身体を引きずるようにしている。

「お前には…天使は渡さない。」

魔剣が、睨め付けながらネブラミスに言い放つ。そして、天使の腕を引き身体を抱き寄せると、そのまま側に来た九尾へと背中を押して歩かせる。

九尾は何も言わずに、天使の腕を取ると自分の背後に庇うようにしながら後退った。


その一連の動きを、ネブラミスは眉間に皺を寄せ、不快そうに黙って見ていた。

「また…天使を守ろうとするのね。無駄よ、私と天使は対なる者。惹かれ合うのは、魔剣…貴方でも止められない。」

ネブラミスは、九尾によって後方へと引き戻される天使へ再び手を伸ばす。

「声によって招かれた!それが天使、貴女の運命。私と共に行きましょう。そして、目覚めを迎えるのです!」

ネブラミスは、声を張って天使に呼びかける。

振り返れば、九尾が身体を張って制しているが、天使は手を伸ばしネブラミスの元へと行こうとしている。

その天使の瞳は暗く、虚に見えた。


「読んでくださり、ありがとうございました。」

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