動乱の刻―歪む運命『呼び声〜俗念』
世界は、静かに脈打っている――
芽吹き、歪み、そして命は交差する。
今、ひとつの「刻」が動き出す。
「呼び声〜俗念」
「貴様は九尾狐かっ!?一体何処から現れた!」
宗玄が、九尾から逃れようと足掻くが、ギリギリと右腕を捻じ上げられて身動きが取れず、左手で自分の右肩を押さえるようにして、苦痛に顔を歪めている。
「無茶はするなと言ったのに…何もされていないか?」
九尾は心配そうに白夜を見つめながら、声を掛けてきた。
白夜はパッと顔を朱色に染めて、
「この程度、何も問題ありませんわっ。私が、こんな奴に遅れなど取るわけが有りませんもの!」
そう言いながら、白夜は九尾から視線を逸らした。
どうやら、照れているみたい?まぁ…確かに九尾の登場は、格好良かったよね。「触れるな」って言った時の九尾の顔…魔剣みたいだった。
殺気だけで、相手を斬り捨てる…みたいな?
「己れ、九尾狐めっ!貴様らグルかっ!」
宗玄が、バタバタと地団駄を踏みながら、暴れる。
「…煩いな。」
九尾が、宗玄の腕を掴んだ手に力を込める。
ゴキンッ!鈍い嫌な音と共に、宗玄が悲鳴を上げて崩れ落ちた。九尾は掴んでいた手を離すと、崩れ座り込む宗玄を蹴り飛ばす。
「グゥッ」
宗玄は、右肩を押さえたまま呻く。
九尾…宗玄の右肩を外した?
え…もしかして、折った?
いきなり、どうしたんだろう…。こんなに暴力的なのは、九尾らしくない気がする。
「言われた事に、答えて貰おうか。」
九尾が呻く宗玄の胸ぐらを掴み、無理矢理に顔を上げさせる。
「地下の施設…あれは何だ?」
眉間に皺を寄せ、目を細めながら、九尾は宗玄を問いただす。
「…知れた事。それを聞いてどうするのだ、九尾狐。」
「聞かれた事だけ答えろ…捉えられている子苗達を、どうするつもりだった!」
九尾の眼は怒りに燃えている。
一体どういう事だろう…陛下を見つけた訳では無い?地下施設に、それに、子苗?
宗玄が尻餅をついたままで、太々しくニヤリと笑った。
「地下施設が何なのか。九尾狐ならば言わなくても分かっているのだろう?」
宗玄の言葉に、九尾はサッと顔が青ざめる。
「やはり…実験施設なんだな。貴様ら、あの子苗達を使って品種改良をしてたのかっ!」
宗玄の胸ぐらを掴む九尾の手が、小刻みに震えている。九尾は今、必死に、湧き上がる怒りを抑え込もうとしていると…伝わってきた。
「…なんて事を…」
白夜が思わず口を挟み、右手を口元に添えた。九尾の話は、白夜にとって思いもしない現状で、衝撃を与えたみたいだ。
「ふふ…流石は九尾狐。数多くの施設を壊滅させただけの事はあるな…。そうとも!我らは、品種改良を行い、より良き強き苗を生み出す!その為の施設よ。」
宗玄は悪びれた様子もなく、誇らしげに話す。
「まぁ、実験には金が掛かる。勿体ないが、海外に苗を売り捌く事もあったが…やむを得ないだろう。
これも全ては、神のご意志の為…我らは、それを成さねばならぬ。」
「…貴様、何を言ってるか分かっているのか?」
九尾が地の底から響くような低い声で、宗玄に問う。
「分かって居ないのは貴様だ、九尾狐!何度も、何度もっ、我らが施設を壊滅に追いやりよって!そのせいで、どれだけ研究に遅れが出たかっ!」
「…何度も?俺が潰した施設、全てが教会の物だと?」
九尾の顔色が、サッと色を失なう。
九尾は、王都の闇組織摘発部隊に従事していた頃に、幾つもの闇組織を摘発して潰したと…話していた。
闇に紛れ、無許可で非道な品種改良などの違法な行為を行う施設…。九尾が潰した施設全てが裏で繋がっていた?神を崇める教会が、そんな非道な行為を?
「無論。我らをお導き下さる神が、望む世界に至る為には、強き株が必要なのだっ!その為には、改良し、生み出すのが必須。我らは、神の御心に従うまで…。」
宗玄が、首から下げているロザリオに手を伸ばして、メダリオンを握り締める。
コイツ…何を言っているんだ?
私は、不快感で毛が逆立ちそうになる。神が望むから、品種改良をする為に闇施設を作ったと?その為に、どれだけの株が犠牲になったと思っているんだ…。
「神が望むから、貴様らは子苗を犠牲にしてきたのか?どれだけの苗が苦しみ、泣きながら…死んでいったと思ってるんだっ!…神は、ハオルチアを護るんじゃないのかっ。」
九尾が苦しげに声を荒げる。
凄惨で非道な現場を見てきたからこそ、神に助けを願う時もあっただろう。なのに…その神の信者が悪魔のような実験を繰り返していたなんて。
「神がハオルチア民、全てを助けると?笑止!」
吐き捨てるように宗玄はそう言うと、九尾を上目遣いで睨み付ける。
「神に感謝もせず、祈りもしない民に、神が手を差し伸べる訳が無かろう!神は、堕落しきった民に絶望された。そして、救済する事を望まれたのだ。」
確かに、民衆はセレナ神を忘れてしまったのかも知れない。だから、教会は衰退していったのではないだろうか…。
でも、神の名前を忘れても、感謝や祈りの言葉を述べなくても、自分の力だけでは抗えない事があった時に、神に縋りたくなる事はある。
それを、堕落と言うの?
手を差し伸べないのに、救済するって…意味が分からない。
「全ての民を、この国を、この世界を…滅亡へと導き、神は新たな世界を再構築する!我らは救われて、新たな世界で芽吹くのだ!」
宗玄は両手を広げて、天を仰ぐ。
「これは、救済であるっ!」
そう叫ぶと、宗玄は狂ったように笑い出した。
白夜が、セレナ神の像に視線を移し、凝視する。
嫋やかに、伸ばされた指先にあるものは…死を約束された、滅亡へと誘うものだった?
「…神の手により、我々は果てる。そして、新たなる世界に至るのだ!
その為には、全てを壊さなければならない…その手助けをするのが、我らが使命!
品種改良を重ね、より強き株を造り出し、世界を破壊する…。
狐!これ以上、邪魔をするな!」
宗玄が右肩を庇いながら、ゆらりと立ち上がる。
「その錦を寄越せっ!錦を使えば、もっと強い株が造れるだろう。
さぁ、錦よ。我と共に来い。神の救済を手助けする糧となるのだ!」
宗玄が、白夜を捕まえようと手を伸ばしてきた!
白夜は、まだセレナ神の像を見ながら放心していて、反応が遅れる。
私は咄嗟に、宗玄の顔目掛けてジャンプすると、張り付くように爪を立てる!そのまま、重力に従い地面に落ちた。爪に肉が食い込み、抉る。
…後で、白夜に綺麗にしてもらおう。
「ギャッ!」
宗玄が顔を押さえて悲鳴を上げた。
また蹴りが来るかも知れないから、跳ねるように後方へ退く。
「…ふざけるな。」
九尾が、スッと宗玄に距離を詰めると、右の拳を握り締めて、宗玄の腹に拳を沈める。
「グアッ」と短い悲鳴と共に、身体をくの字に曲げる宗玄の頭を狙い、九尾は左脚に重心を置き、回転するように右脚を宗玄に叩きつけた。
宗玄は吹っ飛び、セレナ神の像の台座に、強か身体を打ちつける。
それでも、左腕で頭は庇ったみたいで、まだ意識はあるみたいだ。
「…貴様…良くも世界の救済者である私に…こんな事を…許さぬぞっ。」
「頭、イカれてやがるな。救済とやらを望んでるのは、神か?違うだろ。全てお前の妄想で、お前が全ての元凶だ。」
九尾が宗玄を睨め付けながら、見下ろす。まるで感情が消えたような顔にうっすらと光が差した。
細められた眼に浮かぶのは、強烈な怒り、悲しみ、そして…迷い?
それは、ほんの一瞬で。
次の瞬間には、底のない低い声で言い放った。
「…楽に死ねると思うなよ。」
九尾の声に、背中がゾクリと粟立つ。
それは白夜も同じようで、息を呑んでいるのが、気配で分かった。
「私を愚弄するなっ!私の使命は、神の望む世界を目指す事だ!邪魔立ては、許さぬぞっ!!」
宗玄が喚きながら、胸元から何かを取り出した。それを口元へ近づけると、咥えて一息で吹いた。
ーーピィーッ!!
笛の音が、切り裂くように鳴り響き、大聖堂を満たす。
笛を鳴らして、仲間を呼んだみたいだっ!
「九尾!増援が来るよっ」
私が駆け寄ると、釣られるように白夜も九尾の側に駆け寄った。
「魔剣が来るまで、踏ん張るぞ。」
笛を吹き、力尽きたように崩れ落ちた宗玄には目もくれず、九尾は大聖堂の黒絨毯の中央に立つ。
「白夜も、頼む。俺一人では荷が重そうだ…。ここは、壊滅させる。手を貸してくれ。」
白夜はゴクリと喉を鳴らすと、バッと扇子を広げる。
「お任せくださいっ!何人来ようが、白夜が九尾様をお守りしてみせますわ。」
そう言うと、白夜は九尾の前に立ち、大聖堂の入り口を睨む。
「…守られるのか、俺。」
九尾がボソっと呟くと、視線を落とし横に居る私を見た。
「輪。白帝城が来たら、地下に居る子苗の保護を頼んでくれ。白夜が本気出したら、この建物は瓦礫の山になる…。」
その光景は容易に想像出来る。
白夜の竜巻なら、襲い掛かる株達と共に、建物も吹き飛ぶだろう…私達も巻き添えくって、飛ばされなきゃ良いけど…。
一抹の不安を覚えつつ
「分かった」
と九尾に答えた。
「…来たぞ。」
九尾が白夜に声を掛ける。バタバタと数株の足音が聞こえてきた。
私は、天井の小窓から差し込む月明かりを望み見る。
まだ、夜は続く…早く来て、魔剣。
…と願わずにはいられなかった。
「読んでくださり、ありがとうございました。」




