動乱の刻―歪む運命『呼び声〜合図』
世界は、静かに脈打っている――
芽吹き、歪み、そして命は交差する。
今、ひとつの「刻」が動き出す。
『呼び声〜合図』
白夜がゴクリと喉を鳴らす。
私を抱く手が、汗を含みしっとりと濡れていた。
値踏みするように、白夜を睨め付ける宗玄と名乗る男の視線は、まるで動きを封じようとするように、執拗に絡みついてくる。
宗玄も、案内をした青年と同じ黒のローブだが、フードの縁と袖口に銀糸で刺繍が入っていて、腰には房飾りがついた白銀色の組紐が結ばれていた。
首からは、ロザリオが下げられている。細身の網紐のような銀のチェーンで、中央には、白乳色に光の角度で青や緑オレンジの色彩がゆらゆらと揺れる遊色効果が美しいオパールの珠が嵌め込まれ、その下に吊り下げてあるメダリオンが怪しく光る。
「貴方は…西辺境地域からの出奔者ね…。何故、私が娘だと?」
絡みつく視線を断ち切るように、白夜は宗玄を睨み返す。
「出奔?…別に私は、逃げも隠れもしていませんよ。…貴女様の父君に、棲家を焼かれ追い払われた、ただの野良犬で御座いましょう。」
クックックと宗玄は笑う。
「領主殿の御息女様は、兎に角目立ちますからね。九尾狐と並び、西領地で知らぬ者は居りますまい。
伊集院の家系は錦が産まれやすい…ただそれだけで、領主に登り詰めた御家だ。錦の、外見の美しさは然る事ながら、葉力も強力ですからね…。
そのフードから覗く髪色…錦で間違いないでしょう?」
ハッとして白夜を見上げれば、いつの間にか、フードから銀灰の髪色が一房、溢れ流れ落ちていた。
「ふふ…。」
白夜は薄く笑みを浮かべながら、
「隠し立ては無用ね。確かに私は伊集院家息女に違いありません。礼儀に反しますが、フードは外させて頂きますわ。宜しいわよね?」
白夜が挑発的に、宗玄の前でフードを外し、銀灰の髪を露わにした。
ハオルチアの錦っていうのは、葉に葉緑素が無くなった白い斑が混じった品種の名称になるんだ。
葉に白い斑が混じる事で、単色にない独特の美しい模様が生まれる。
水を含んで成長する事で、透明度が増し、光を当てるとキラキラと輝き、とても美しいんだ。
そうか…白夜は錦になるんだな。
だから、髪色が銀灰色で、あんなに綺麗なんだ。
「教会の礼儀など、貴女が気にして何になりますか?」
さっきから、この宗玄って名前の株は、非常に感じが悪い…。
教会が焼かれ、追い払われた…と話していた。白夜を逆恨みしてるのかも知れない。
「セレナ=ルシフェラ様にお会いしたくて、父には内緒で馳せ参じたのですから、礼儀を気にするのは、当然ではなくて?」
白夜はそう言うと、艶やかな笑みを浮かべた。
シナリオ通りに、信者になったと貫き通すつもりなのだろう。
「…本気で言っているのですか?」
宗玄は目を細めて、推し量るように白夜を見つめる。
そして、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
私は、背中をゾワリと逆撫でされたような、不快感に襲われる。
これは、ヤバイ気がする…。
「ニャアン…」
甘えるフリで、白夜の顔に擦り寄る。
耳元で、宗玄に聞こえないように注意しながら、囁く。
「嫌な感じするよ…逃げた方が良いんじゃない?」
白夜はにこやかに、私に顔を擦り寄返す。
「飽きちゃったかしら?ごめんなさいね…今、大事な話をしているから、もう少し待ってね。」
そう言うと、視線を宗玄へと戻す。
白夜は、このまま演じ続けて、九尾が来るのを待つつもりだ。
教会に何事も無く、九尾の思い過ごしだった時は、気配遮断を解除して白夜に近づく事になっている。
認識阻害は有効だから、白夜には見えないかも知れないが、私が必ず気がつく。九尾が来たら、白夜に知らせて…九尾と共に撤退する。
もし教会内部に、陛下が囚われていた…あるいは、手掛かりが発見された場合は…ラプティスの呼び笛を鳴らす。
ハオルチア達には聞こえないみたいだけど、ラプティス達には良く聞き取れる音域の音で、かなり遠くに離れて居ても駆けつけてくるらしい。
私の世界にあった、犬笛のラプティスバージョンってところだろうか…。
その笛によって、ラプティスと魔剣達が、教会を襲撃する。
もちろん私にも聞こえるから、笛が吹かれたら、白夜に知らせる手筈になっている。
ラプティスが逃げ出したら、使って欲しい。笛を吹けば戻ってくるように躾けてあるから…とアストロさんが、雫に手渡してあった物だ。
まさか、こんな使い方をするとは…アストロさんは夢にも思ってないだろうな…。
「クックック…。
錦がわざわざ一人で来たのだ…歓迎しようではないか!本当に入信希望なのか、はたまた探りを入れに来た鼠か?まぁ、良い。…結果は同じ事。
さぁ、こちらに来るが良い。一緒に行こうではないか。」
宗玄が白夜へ手を伸ばす。
白夜は一歩後退りして、どうするべきか考えているようだ。
白夜を逆恨みしているのかも知れない。でも、錦に拘っているようにも思えて、嫌な感じがする。
このまま、宗玄と一緒に居て良いのだろうか?白夜を何処へ連れて行こうとしているのだろうか…。確かめた方が良いのか?
私は、白夜の腕の中でぐるぐると悩む。今にも宗玄の手が、白夜の細い肩に届きそうだ。
決めないと!
その時、私の耳がピクリと動いた。
聞こえない音を拾った!
これは、ラプティスの笛の音だ!
九尾が笛を吹いたと言う事は、陛下を見つけたのかも知れない。
教会は、…黒だっ!
「フシャーッ!」
私は咄嗟に宗玄を威嚇し、白夜の肩を掴もうとしていた手に、爪MAXの猫パンチを連撃で入れる!
「ギャァ!」
宗玄が堪らず悲鳴を上げながら、手を抱え、血が滲む傷口を抑えた。
私は、そのまま腕から擦り抜けて飛び降りると、白夜の脚に尻尾を数回打ち付けて撤退を促す。
逃げないと!
「何て、凶暴な猫だっ!」
「私に触れようとしたからですわっ。」
白夜は宗玄から視線を外さずに後退る。手は、ローブの合わせ部分から、
帯に差し込んでいる扇子を取り出した。
「畜生風情が、女神の信徒である私に傷を付けるとは罰当たりめがっ!」
宗玄が私を蹴り付けようとするが、私はしなやかに、それを躱す。
宗玄は、チッ!と舌打ちをすると、再び白夜に手を伸ばす。
「我が元に、錦が来たのだ!正に女神の導きに他ならぬ。私に、その力を寄越せっ!」
宗玄の目は見開かれ、血走っている。かつて品格は崩れさり、今や悪鬼そのものだった。
これが…女神を崇める一団の責任者の姿なのか?私は身体が震えるほどの不快感に囚われた。
白夜は、宗玄の手を扇子を使い払い除けようとするが、その伸ばされた手は途中で止まり、フルフルと震えている。
多分、力が入り過ぎているから…だろうか。でも、なんで途中で止まっている?
「白夜に触れるな。」
すぅ…と、九尾が姿を現した。
九尾が、宗玄の手を握って止めてたから、途中で止まっていたのか。
九尾は、スッと身体をずらし、宗玄の背後に回り込むと、握った手を片手で背中に捻りあげ、もう片手で首を絞め上げた。
「あんたが、教会の責任者だって?聞きたい事があるんだ…ちょっと、話をしようか。」
苦しそうに呻く宗玄を、九尾は目を細めて見ながら、酷く不愉快そうな顔をした。
「読んでくださり、ありがとうございました。」




