動乱の刻―歪む運命『波紋』
世界は、静かに脈打っている――
芽吹き、歪み、そして命は交差する。
今、ひとつの「刻」が動き出す。
『波紋』
腕にしがみつき、逃がさないからなっ!という白夜の圧に、九尾は辟易しながら野営地へと戻る。
私は魔剣に抱っこされて、九尾達より先を歩いていた。
「アレって、どういう事だろうね?
やっと見つけたって言ってたけど。」
「許嫁とか話してたな…。」
「魔剣は、九尾に婚約者が居るって知ってた?」
「いや、初耳だ。」
歩きながら、魔剣とコソコソと話していると、耳ざとい九尾が
「俺も初耳だっ!」
と背後から叫ぶ。
「…どういう事?」
「さぁ?意味わからんな。」
後ろで、九尾と許嫁宣言した白夜と呼ばれた女性が、ぎゃいぎゃいと揉めている。
コレは…なかなか波乱の予感がするなぁ。
やっと、焚火の灯りが見えて来た。
白帝城に、結界をもう少し狭くするように進言した方が良いかな…。広すぎだと思う。
人影がこちらに向かってくるのが薄っすらと見えると、魔剣が小走りで其方へと向かった。
あぁ、あれは天使と雫だな。
「お帰りなさい…ご無事で良かった。」
天使が、安心したように息を吐いて微笑んだ。
「あの程度の奴等に、遅れなど取らないさ。…まぁ、竜巻に巻き込まれそうにはなったけどな…。」
魔剣が苦笑いをして、後から来る九尾を振り返る。
「あと、何か面倒な事になってるみたいだぞ?」
「…面倒事ですか?」
魔剣が、右手の親指で後方に居る九尾を指差す。
天使と雫が、指差す先を見て…一瞬固まる。
「…九尾さんと、ご一緒に居るお方は…お客様かしら?」
天使は小首を傾げ、雫は魔剣の服の裾を引っ張って
「ねぇ!九尾に張り付いてるの、誰!?」
と、九尾の隣りに居る女性を指差した。
「…本人から聞いた方が良いぞ?
オレにはわからん。」
魔剣は肩を竦めて見せる。
「とりあえず、集合だな…行こう。」
魔剣に促されて歩き出すが、雫は九尾を気にして、中々歩き出そうとはしない。
「…雫ちゃん、行きましょう?後で九尾が紹介してくれると思うわ…。」
天使に促されて、渋々と雫が歩きだした。
全員が焚火の側に集まった。マリンがシートを引いてくれたので、皆で座り込む。
「あー…とりあえず、紹介しておくわ。コイツは俺の従姉妹の白夜。」
九尾がうんざりと肩を落としながら、皆に白夜の紹介をする。
「お初に御目文仕ります。名を白夜・伊集院と申します。伝説と云わしめた五葉の皆様に拝顔し、大変嬉しく存じますわ。」
白夜は立ち上がり、膝下までのスカートの裾を両手で軽く持ち上げる。
背筋は伸ばしたまま、右足を斜めうしろに引き、左足の膝を軽く曲げる。確か、カーテシーとかいう挨拶だったかな…。
白夜って、こんな挨拶を事もなげにするって事は、良いとこのお嬢様?
しかし…伊集院白夜とは…めっちゃ和名じゃないか。
そういえば、九尾も時々白夜と同じような和洋折衷の服を着てるな…。
白夜は上半身が深縹色の和装で、白乳色の半衿に薄桜色で絞が入っている。
振袖部分に桃花色の刺繍の花が咲き誇っていて華やかだ。
無地の深緋の帯に、山吹と金の組紐の帯締め。帯揚げには、薄桜色の絞が使われていて、華やかに拍車を掛けていた。
帯には、竜巻を起こした時に使用した、臙脂の扇子が挟み込まれている。
帯から下は、洋装。灰桜色のアンブレラスカート。生地がしっかりしているので、見ようによっては袴にも見えた。
靴は、編み上げタイプのショートブーツ。
髪は銀色だが、天使と白帝城のように白銀というより、灰色に近い。
トリコームの毛で覆われた尻尾は、九尾のそれとは違い、シュッとしたスレンダーな感じで、5枚ユラユラと揺らしている。
「伊集院と申されるなら…もしや、西側辺境を治めるベヌスタ領の御息女ですか?」
白帝城が白夜に話しかける。
「辺境伯の名前をご存知とは、流石は白帝城様。私の父は、ベヌスタを治める領主をしておりますわ。」
辺境伯とは…思い切りお嬢様だった…あれ?お姫様になるのかな。
にしても、ベヌスタかぁ…
私もベヌスタ育ててる。半透明の葉先が、白銀色の霧を纏った様な柔らかなうぶ毛状のトリコームに覆われててさ。
九尾の尻尾みたいに、ぷっくりふわふわの子も居れば、白夜みたいにシュッとしながらもモフモフの葉も居るんだよねぇ。
ハオルチアの『九尾狐』って品種は、ベヌスタ系交配種の最良個体選別品種で、その名が示す通り、狐の尻尾のように見えるから名付けられたらしい。
光に透けて、ふわりと揺れる葉は神々しく、まるで神獣『九尾狐』の尾そのもの。
九尾のコードネームは、きっと尻尾の形状からして、『九尾狐』の略だろうなぁ。
「西辺境は独自の文化が栄えていて、服装や名前が中央地域とは、違うんだよ。」
私は、魔剣の膝の上に座っているが、隣りに座る雫が、コッソリと教えてくれる。
なるほど…西辺境地域は和風なんだな。建築も和風なのかな…見てみたいなぁ。
「それと、私は九尾様の許嫁です。
いずれ、九尾様には領土にお戻り頂き、私と結婚して領主となられるお方…。皆様、お忘れなき様、お願い致しますわ。」
凛として白夜は胸を張って宣言した。
魔剣が
「玉の輿だな…」
と呟いたのを九尾は聞き逃さずに、魔剣を睨む。
「…だから、何度も言うが。そんな話しは聞いてない。了承した覚えもないんだがっ!」
「正式にお話しする前日に、九尾様が出奔なさるから!何のお話しもせずに、王都に行かれるとは…酷いと思いますわっ!」
白夜が九尾に食ってかかる。
「だからって、勝手に伊集院家で取り決めるのはおかしいって、さっきから言ってんだろっ!
五葉となったのは、領主殿も知ってるはずだ。手紙でも使者でも送り、きちんと手続きを踏んで、話し合いをするのが礼儀ってもんだっ!手前勝手に決めるような事柄じゃない!」
九尾も負けじと白夜に食ってかかる。
帰り道に二人が揉めてたのは、この話か…。
要する…許嫁として九尾を迎えたいと話しをしようとしたら、九尾は勝手に出奔して居なくなった。
だから、領主様は勝手に九尾を娘の許嫁に定めたって話し?
そりゃ、九尾の言い分は正論だねぇ。
「…九尾様は、私が許嫁ではお嫌なのですか…?」
さっきまでの勢いは何処に消えた?って感じに、白夜は急にしおらしくなり
「九尾様は…白夜をお嫌いなのですか?」
上目遣いで瞳を涙で滲ませながら…九尾を見つめる。
「べ、別に…好きとか、嫌いとか…そう言う話しを、してる訳では無くてだな…」
九尾がゴニョゴニョと言葉を濁した。
あら、この反応は…。
九尾は白夜を満更でもないって事かな?
ま、美人が瞳をウルウルと潤ませて、そんな事を聞いてきたら…そうそう拒絶は出来ないだろうけどね。
「あざとい」
雫が、皆に聞こえるようにはっきりと呟く。
そう、それ。白夜のやり方は、あざといよね…って、雫、今それを言ったら不味いのでは?
「…ちびっ子は黙って。大人の会話に口を挟むのはやめて頂けるかしら?」
キッと、白夜が雫を睨む。
ほら…矛先が雫に向かってしまう。
「話しを逸らして、論点をずらしてるから言ったまで。泣き落としても解決にはならない…。」
雫が、ぽやっとしながら、これまた、ど正論を述べる。
「この私が、泣き落としをしてるって言うのかしら?
ちびっ子、良い度胸をしてるじゃない…」
白夜の目付きが険しくなる。
「大体、五葉は司祭を含む葉力者としてのエリートと聞き及んでおりましたけど…こんなちびっ子が、果たして五葉として国益に貢献出来る働きが可能なのかしら?
ちびっ子は、ちびっ子らしく、大人しく遊んでいたら宜しいんじゃなくて?」
皮肉を散りばめて、白夜が言い放つ。
その言葉に、場の空気が一気に緊張感を持った。
雫は口惜しそうに、唇を引き結び下を向いてしまう。「役に立つ」その言葉は、雫にとっては地雷に等しい。そして、その地雷は皆と共有しているのだ…。
誰が動くか…私はきょどりながら様子を伺う。
身体に力が入ってる魔剣か?雫を可愛がってる九尾か?兄のように見守る白帝城か?
「その言葉、聞き捨てなりませんね…。」
マリンが雫の背後から、ゆらりと立ち上がった。
あ、一番ヤバいマリンがキレて動いた。
「辺境地域のお嬢様のようですが、自分より格上の相手に、然るべき敬意や配慮が足りてないようです。教育の必要性があると思われます。」
マリンが白夜を睨め付ける。
「私が、再教育を致しましょう。マスター、ご許可を頂けますか?」
拳の関節をゴキゴキと鳴らしながら、再教育とマリンが宣う。それって、完全な武力行使だよね?
ヤバいよ、それは、不味いよ!
白夜の葉力は凄かったけど、マリンは駄目だって…白夜フルボッコにされちゃうよ。
「…メイド風情が、私を教育すると?面白い。出来るものなら、やるがいい。」
白夜がゆっくりと立ち上がる。ヤル気満々じゃないかっ!
「…こうなると、もはや止まらないな。」
九尾が頭を掻きながら、
「仕方ない…許可する。多少は手を抜けよ?」
溜息と共に九尾が言うと、
「畏まりました、マスター」
マリンがそう答えて、戦闘体制に入った。
ちょ、待って!マリンの主って雫だよね?何で九尾が答えるの。
え、マリンは雫を『主』と呼んでる…
『マスター』とは別物?
白夜が、帯に挟んだ扇子を取り出す。
アレを広げたら…さっきの二の舞では?避難した方が…。
「いい加減にしてっ!!」
惨劇になる前に止めに入ったのは、天使だった。
「この旅の目的は何?忘れたの!?」
天使が立ち上がり、皆を見下ろして叫ぶ。
「全部、後にして!任務が最優先でしょ!」
腰に両手を当てて、天使は完全に説教モードに入っているらしい。男性軍を叱り飛ばす。
「貴女もっ!私達は任務中なのっ。お家騒動なら、任務終了後に九尾とやって!任務の邪魔よっ!」
白夜を指差して、ビシっと言い放つ。
「マリンもっ!雫もっ!気に入らないからって、煽らないでっ!」
王城では、いつも白いゆったりとしたドレスを着ていた天使だけど、旅路の間は白いブラウスに淡いピンクのサロペットスカートでラフな姿をしている。そのスカートの裾をギュッと握り締めて、怒りに震える天使は、痛々しく見えた。
「怪我とか、許しません!目的地までは、体力葉力温存っ!わかった!?」
天使はプリプリと怒りながら、踵を返し車体へと戻ってしまった。
天使と雫は、車体の中で眠る。きっと横になるつもりなのだろう…。
そして、私の耳は歩きながら呟く天使の声を拾う。
「陛下…」
そうか…天使は陛下を助けたいと、願ってこの旅に加わってるんだ。
陛下を思えば…今の状況に焦りもするだろう。
私は天使の焦りは皆で共有するべきと考えて、九尾の側に寄り、その耳元に顔を寄せて天使の思いを伝えた。
「あー…そうか、わかった。」
九尾は小さく「すまんな」と私に言うと、抱っこして立ち上がる。
「白夜、任務終了後に改めて話そう。天使が焦り出してるようだ…気を張って、明日は一気に南辺境に入る。皆、もう休もう。私情事を挟んで申し訳なかった…。」
九尾が皆に頭を下げる。
すると、雫が九尾の足に齧り付き
「ごめんなさい。」
と小さく謝ってきた。
九尾が雫の頭をポンポンと軽く叩く。その仕草は、「気にするな」と励ましているようで、ホッとする。
皆が、思い思い軽く言葉を交わし解散する中で、白夜だけが呆然と立ち竦んでいる。
ひとり焚火の側に取り残された白夜を、誰も気にしないとは…それってどうなの?と思うんだけどな。
「…それなら…」
と、焚火を見つめ、呟く白夜の声が聞こえてきた。
何やら、企んでいるような?
私はそのまま九尾に抱っこされて、その場を後にした。
「読んでくださり、ありがとうございました。」




