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兆しの刻-ざわめく世界『発動』

※「芽吹きの刻」編(改訂版)を経て、ここからは新たな物語が紡がれております。


『発動』


雫の言葉に皆の緊張が高まった。

マヤは、頭からすっぽり被っていた毛布を、自らバサっと勢いよく剥ぎ取る。

右には幾何学模様の譲渡術式。左には植物曼荼羅のような補助術式を、上半身に刻み込んでいる。

初めてその姿を目にしたアストロは、思わず息を飲み込んだ。

何と言う…異質ながら、圧巻なまでの術式だろうか。

右側の卓越した技術力、左側の秀逸な迄の美しさ。甲乙つけ難い。これ程の術式を見たのは初めてだった。

アストロは思わず賛辞贈りたい衝動に駆られるが、何とか飲み込んだ。

今は術式の賛辞よりも、無事に発動する事が肝心だからだ。


マヤは鷹の姿のじーちゃんが、身体に触れやすいように、テーブルすぐ横に左脇腹を向けて立つ。

その右側に白帝城が、緊張の面持ちで待機した。

アストロは窓辺へと移動する。結界術式が無事に譲渡されれば、今王城を囲っている、この虹色に光を反射する術にも変化は有るはずだ。

雫は、マヤ達から少し離れた場所に。マリンは輪を抱き上げて、雫の背後に立つ。緊急時には、雫の盾にならねばならない。その場合、抱いている輪は放り出すつもりだった。


「じゃ、まずは白帝城から…じーちゃん、タイミングは任せるからね。」

雫の言葉に白帝城は頷き、じーちゃんは「はいよ。」と答えた。

マヤが息を整えてから、両手を頭の上に上げる。そして、抗わずに術を受け入れる心構えをして、静かに眼を閉じた。


全ての準備が、今、整った。


「…ゆくぞ。」 

白帝城が息を止めながら、右側の中央にそっと指先を触れる。白帝城は身体で、何かが弾け、勢いよく走り去る感覚が走った。

触れた魔法陣は瞬いばかりに白く輝き、その光を放つ。

間髪入れずに、精霊王が左側中央を羽先で触れた。今度は鮮やかな緑の渦が魔法陣から一気に湧き出す。

緑の渦が、白く輝く光を巻き込み、部屋中を満たした。そして、それは溢れて、天井を突き破り空へと昇る。


マヤは、ピクリとも動かずに、白く瞬い光と鮮やかな緑の光の両方を纏って、天を仰ぎ見るように両手を空へ翳していた。

その空へと駆け昇った光の渦を眼で追うように、アストロが窓辺へ齧り付いて空を見上げる。

白帝城の、虹色の、どこか硬質的な美しい輝きを突き抜けながら、包み込むように光の渦が疾く。

後には、緑とオレンジの優しい光が絡み合いながら、緩やかな幕を垂らしている。…それは、北欧地方で稀に見られる、まるでオーロラのようだと、輪は見惚れながらぼんやりと思った。


輝く白と緑の渦は、止まる事なく果てまで走る。塔の窓から微かに見える光は、ぐるりと旋回して大きな円を描いているように思われた。

城下で暮らす株達が、何事かと皆が手を休め、揃って空を仰ぎ見ている。

その群衆の驚きを隠せない表情のひとつひとつが、マヤの脳裏に浮かんだ。

もっと、もっと、沢山!その顔を笑顔へと導き、輝くんだ。

白帝城が守ろうとしてきた、その全てを…今、この光の帯が守ろう。


マヤの祈りは光の渦の速度を上げ、優しい緑とオレンジの極光の尾を引き、願いのまま、光の渦は矢のように疾る。

やがてぐるりと一周すると王城上空まで戻ってきた。

マヤの頭上辺りで、光の矢は弾けて消えるが、極光は空間を緩やかに満たしたままで消える事はない。

その極光の緑とオレンジの柔らかで優しい輝きは、地平まで続いてるようで、果てない大きな円の中央に王城が位置してるように感じられた。


「ふぅ…。」

身体中の力が一気に抜けたようで、マヤは息を吐くとその場にペタリと座り込んだ。

今や、アストロのみならず、全員が窓に齧り付いて口をアングリと開けながら空を見ている。

「…マヤ、これは…」

雫が真剣な顔をして、空の極光を指差してマヤに詰め寄った。

「えっと、あの、アレが新しい結界になります。範囲は…どの位でしょうか…流石に国内全域は無理でしたけど…。」

「はぁっっ!?」

マヤの言葉に、全員が一斉に合唱する。

…いや、マリンは不参加らしい。

「そうじゃのぅ…結界範囲は、王都全域って処じゃの。初めてにしては、なかなかやりおる。儂が見込んだだけの事はあるかのぅ…。」

ふぉふぉふぉ…と、じーちゃんが高らかに笑う。

「…王都全域だと?」

白帝城が茫然自失なまま呟いた。


「す、素晴らしいっ!!この輝き、この神秘的な色合い!まるで、あらゆる生命の芽吹きや、安らぎを表現しているようでは有りませんかっ!

見て下さいっ!あの光の揺らめきをっ。まるで、風に揺れる幕の様では有りませんかっ!

あぁっ!?光の加減で、揺らめく色合いが変わる?優しいオレンジから、緑へと…あっ、またオレンジが…

何て事だっ?何と言う美しさだっ!」

アストロはマヤの結界を見て、大興奮で皆に説明して回る。

白帝城の肩を抱き、雫の手を握り、

マリンには…触れられないので、極光を指差し、最後には輪に顔を寄せて。


「あれは、多分だけど、私の世界ではオーロラって呼ばれてた。寒い地方の夜空で見られる現象で、カーテン状、リボン状様々な形に変化しながら、輝くんだよ。」

わざわざ教える必要は無いかも知れないけど、マヤのオーロラを見て大興奮のアストロに教えてあげたくなったのだ。

「オーロラ!オーロラと言うのですかっ!

言葉の響きすら、美しい…。

それに、結界範囲が王都全域に拡大したとなると…。至急、結界範囲内の安全確保が先決になるな。

それさえ済めば、王都安全宣言まで持っていけるか?いや、それは時期尚早か…。だが、遠方地方からの避難民の受け入れてを進められるな…。」

オーロラショックで興奮冷めやらぬアストロは、考え事が口からダダ漏れてるのも気が付かず、ブツブツと独り言を繰り返す。

そして、ハッと顔を上げると、マリンに塔の下まで付き添って欲しいと願い出た。アストロもまたマヤと同様で、葉力エレベータを一人で動かせないのだ。 


慌ただしく、アストロが退室すると

室内が一気に静かになった。

マヤは力が抜けた顔で座り込み、雫が上半身に刻まれた術式が綺麗に消えたのを確認して、脱ぎ捨てられた毛布を拾い、肩に羽織らせる。

じーちゃんは、テーブルの上の止まり木に佇み、満足気に頷き。

白帝城は、茫然自失のまま、窓の外に拡がる極光の光を見つめていた。

私は、とりあえず無事に結界術式譲渡が成された事に、心から安堵している。

…だから、気が付かなかったのだ。

白帝城の様子がおかしい事に。


「読んでくださり、ありがとうございました。」

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