兆しの刻-ざわめく世界『主従』
※「芽吹きの刻」編(改訂版)を経て、ここからは新たな物語が紡がれております。
『主従』
暫くすると、マリンに連れ添われ、白帝城とアストロが姿を見せた。
白帝城のみかと思っていたけど、アストロさんも来たのか。忙しいだろうに…。
「術式の譲渡がされると聞きましてな…こんな時ですが、見ておかないと後悔しそうなので。」
アストロさんは、私の視線に気が付いたみたいで、誰に向かって言うわけでもなく、そんな事を口にした。
要するに、野次馬ですね…。
「おや、この凛々しくも神々しい鷹が、例の精霊様ですね?」
アストロさんが、じーちゃんの側に歩み寄る。
どうやらマリンは、白帝城の元まで迎えに行ったみたいだ。てっきり連絡装置、電話みたいなアレを使うとばかり思っていたよ。
んで、白帝城の所にたまたま居たアストロさんまで、くっ付いて来た。そんな感じかなぁ…。
多分、此処に来るまでにザックリと説明したのだろう。
「儂が、ザナフじゃ。精霊王だの、賢者だの…肩書きは色々と持っておるがな。ただのお節介なジジイじゃ。畏まる必要などありゃしないぞ?」
じーちゃんが、羽根をバタバタとバタつかせながらユーモラスに自己紹介をする。
本当、じーちゃんの人柄の良さがよく分かるよね。
「おぉ…ザナフ殿ですか!私は、アストロと申します。微力ながら、ハオルチア国の宰相を務めております。」
アストロさんが癖の様に握手を求めて右手を差し出すが、相手が鷹だったのを思い出して躊躇する。
すると、じーちゃんが右翼を前にだして、羽先でアストロの右手を摩った。
握手の代わりだったのだろう。
「では、其方がマヤの主かのぅ。」
じーちゃんが、部屋に入ってからずっと物思いに耽る白帝城を見つめながら、そう声をかけた。
白帝城が我に返ったように、ハッとして俯き加減だった顔を上げて
「申し遅れました。私がマヤの主である、白帝城と。コレは暗号名ですが…この場における敬意として、あえて名を明かさせて頂きます。
本名はシグナス・アルバレイスと申します。どうか、白帝城とお呼び下さい。」
白帝城があろう事か、自ら本名を名乗り、片膝を付き左手を右胸に添えて首を下げた。皆が一瞬息を呑んだ。
それは、臣下が君主に行う敬意の表れの挨拶である。白帝城にとっては形式ではなく、真に心からの感謝と尊敬を示す唯一の術だった。
アストロは呆気に取られながら、
「…白帝城殿…その挨拶はいかがなものかと…」
と苦言を呈するものの、白帝城の面持ちを見てしまうと、それ以上は言えなくなる。
君主に対する挨拶では、許可なく顔を上げてはならないとされていて、白帝城はまだ首を下げたままだ。
真剣な眼差しには一切の茶化しもなく、本気で精霊王に敬意を持って相対していると知らしめている。
「…これは、大仰なご挨拶を。痛み入るのぅ…顔を上げてくだされ、白き城よ。」
そこに儀礼ではない、純粋な魂の礼を白帝城の中に見た。
だからこそ、受け流すのではなく、それに応えるように、精霊王は白帝城に声をかけた。
その言葉を聞いて、白帝城はやっと顔を上げる。
「今回のマヤの件。聞き及びました…ザナフ殿には感謝を申し上げるも、なお足りぬ。その御恩、ただただ静かに胸に刻んでおります。
どうか…この未熟な私に代わり、マヤを宜しくお頼み申し上げます。」
と、また深々と頭を下げる。
その白帝城の言葉を聞いて、毛布を頭からすっぽり被ったマヤが、フルフルと震え出した。
そして、精霊王に片膝を付く白帝城に、両手を付き頭を床に擦り付けるようにひれ伏した。
「白帝城様の御判断を仰がず、自分勝手な所業、誠に申し訳御座いませんでした!マヤは精霊王様を師と仰ぎ、白帝城様を唯一の主と定め、学び励む所存でございます!」
「何を言っている。マヤは精霊王様の弟子になったのだから、私を主にしてはならぬだろう…。」
白帝城が呆気に取られつつ言葉にするが、
「いえ!マヤがお仕えすべきお方は、白帝城様以外はおりませぬ!無論、精霊王様の弟子も務めてまいます!是が非でも、両立してみせます!」
マヤはガバっと顔を上げると、精霊王に向き直り
「精霊王様!白帝城にお仕えする事をお許し頂きたく存じます!弟子としての本分として、きっちりと学びます故、何卒、どうか!」
と、再びひれ伏した。
「全く、白き城もマヤも堅苦しいのぅ!肩が凝るわい…。」
精霊王は羽根をバタつかせる。どうやら肩が本当に凝ってしまって、解している様子だ。
「それに、儂は弟子入りせよとは申したが、白き城の従者を辞めよとは申した覚えは無いがのぅ?
儂が言えるのは、これも道筋、唯一無比ならば、分かち合う学びや、想いもまた多かろう…。
じゃが、マヤは結界術式を展開させる以上は、この城から動く事は叶わん。それだけは、心せよ。」
唯一無比。
それは比較するものすら存在し得ない、圧倒的と言えるまでの存在を示す言葉。精霊王の鋭い眼には、その主従の絆がまさにそれに値すると感じた。
マヤは精霊王の言葉に力強く頷き
「心して精進すると!師である精霊王様と、主白帝城様に誓いましょう」
とマヤは宣言する。
鷹の鋭い眼をクリっと悪戯っぽく見開くと
「それとじゃ。儂を『精霊王』じゃの『賢者』じゃのと呼ぶ事は罷り成ん。名前か、そこな輪のように『じーちゃん』と呼ぶが良いぞ。」
ふぉふぉふぉ…と鷹は愉しげに高らかに笑う。
堅苦しいまでの二人に対してのちょっとした意地悪なのか、はたまた心からそう呼ばれるのが嫌なのか。
傍目からは推し量りようが無く、
皆がその言葉を了承するしか無かった。
「さて、挨拶が長くなってしまったのぅ…さっさと術式を発動させてしまおう。雫よ、手順を説明しておくれ。」
事の成り行きを傍観していた雫が、
いきなり名前を呼ばれて眼をパチクリさせる。
視線を白帝城とマヤに向ければ、お互いを大切に想い、笑みを交わし合う姿に心が暖かく感じる。
確かに、唯一無比の二人なのだろう。
「まずは、先に譲渡術式を発動。間髪入れずに、精霊術式を発動。発動方法は、構築した式に触れる事…。分かった?」
本当ならば、先に精霊術式を発動した方が安全性は高い。しかし、白帝城を後回しににするのは、危ういかも知れないと雫は判断した。
緊張の余り、タイミングをズラしてしまうのはよく有る失敗だ。
だから、先に白帝城が動き、タイミングを見計らい、じーちゃんが触る。海千山千のじーちゃんならば、
見誤る事は万に一つもないだろう。
雫が見回すと、じーちゃん以外は緊張した面持ちになっていた。いや、マリンはいつも通りか…雫は少しホッとする。
「じゃ、やろう!」
と雫が声を張った。
「読んでくださり、ありがとうございました。」




