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兆しの刻-ざわめく世界『刻紋』

※「芽吹きの刻」編(改訂版)を経て、ここからは新たな物語が紡がれております。


『刻紋』


マヤが、精霊王-ザナフ・クスノキの弟子になった。今は仮の姿、鷹の置物に憑依する形で、ここに居る。

本来の姿だと、私とマヤ以外は認識出来ないからだ。

ザナフ…鷹のじーちゃん…。

もう、呼び方は、じーちゃんで統一しよう。


じーちゃんがマヤと盟約を交わしたので、マヤの精霊力が大幅に向上したものの…。

雫が考案した術式は、霊力=精霊力と定義して組まれていて、その霊力はマヤを通して私が補うはずだった。だから、私の霊力=精霊力の向上が不可欠だったのだ…。

でも、じーちゃんの話しでは、霊力と精霊力は全くの別物と判明し、雫が考案した術式では、発動しなくなってしまった。

考案し直すと、雫は言い張ったが、

「盟約により、儂がマヤを守らねばならぬからのぅ…儂が術式を刻むとしよう。先程、雫の術式を見たから、問題無かろう。」

と、じーちゃんが直々に精霊補助術式をマヤに施す事になった。


やっと服を着て、安心したような顔をしていたマヤだったが、またマリンに服を毟りとられてしまう。

恥じらいながら、雫に言われるとおり、大人しく椅子に座りって待つが、側から見ると、何とも痛ましい。

マヤ少年…上半身裸が定着しつつあるが、術式が無事に発動すれば、綺麗に消えるらしいし、脱がないで済むから…それまで、頑張れ。

と、心の中で応援する。


雫は色々と準備をしたが、じーちゃんは前置きなく術式を刻み出した。

じーちゃんが羽先で、マヤの左脇腹から円を描く。触った箇所には、濃い緑の紋様が微かに光って浮かぶ。

二周、三周となぞるたびに紋様が細かく追加されていった。そして、五周目が終わったると、じーちゃんは満足そうに

「終わりじゃな。」

と羽を畳んだ。

マヤがホッとしながら、描きやすいよう、上げたままの腕を下ろそうとすると、雫が素早く左腕を掴んで遮って、脇腹を覗き込む。

「凄い…こんな術式、初めてみた…」

マヤの腕を掴んだまま、紋様を食い入るように見つめて、雫はそう呟く。


じーちゃんが施した術式は、右側の幾何学模様と全く違う。幾重にも蔦が絡まり、植物をモチーフにした曼荼羅のようだった。まるで雫の自室の扉絵のような…。

あれ、まさか?

じーちゃんを見ると、クリっとした丸い眼をパチパチと瞬きながら、私を見つめている。


ー内緒だぞ?


と頭の中にじーちゃんの嗄れた声が響いた。なんだ…じーちゃんは、既に雫の為に動いてたんじゃない。

扉の術式が何なのかは、分からないけど、決して悪いものでは無いだろう。雫が気が付かないほどの、精霊術式…本当に、凄い人だな。…人じゃないけど。


「本当に、凄い…。ね、コレは何?後、ココとか。」

雫が興味津々で尋ねると、じーちゃんは嫌な顔ひとつせずに、都度答えている。

鷹の表情変化は分からないけど…嫌などころか、ちょっと嬉しそうに見える。何となくだけど、そう思った。


「マヤ、ズルい…ボクも、弟子入りして、色々教わりたいっ!」

雫が上目遣いで、マヤを睨みながらそう言うと、マヤは困ったように

「ズルいと言われましても…」

とじーちゃんに視線を向ける。師匠、助けて下さいよ…って感じだろうか。

「嬢ちゃんは、儂に教えを乞う必要など、無かろうよ。」

じーちゃんはマヤの救助要請を受け、呑気に羽繕いなどしながら、雫に話しかけた。

「己れで切り拓く術を、既に開花させておるじゃろ?」

じーちゃんは、猛禽類の鋭い視線を

雫へ向ける。

「それに、嬢ちゃんしか持たぬ、能力もあるしのぅ。

そちらは、まだ芽吹いておらぬが…焦らずとも、時期に芽吹くじゃろ…。」

開花してない、雫の能力って?

あ、未来視の事かな…。確か、聞いたような気がする。

「嬢ちゃんは、誰に教わる事無く、世界の有り様を、理の何たるかを知った。学ぶべき事、知るべき事実、あらゆる可能性…まだまだ足りぬが、己れで探し、触れて、集めるのが重要なんじゃよ。

それらの全てが糧となる…焦らんでいい。」


雫は少し拗ねたように、じーちゃんを見つめていたが、諦めたようにひとつ溜息を吐く。

「時々、質問するのは、いい?」

「ふぉふぉふぉ…良かろうよ。」

じーちゃんは満足気に笑った。

「なら、いいや…。」

雫は気持ちを切り替えたようで、クルリと振り向くとマリンに指示を出す。

「マリン、白帝城を呼んで?準備ができ次第、術式を発動させる…」

「はい。」

マリンが雫に頭を下げると、部屋を出ていったが、直ぐに何を持って戻ってきた。どうやら、薄手の毛布っぽいのを抱えている。

バサっと広げると、マヤを包み込んだ。

「服はお召しにならず、こちらでお待ち願います。」

上半身裸で、待っているマヤの為に、持ってきたようだ。

「輪様は、こちらで。」

何と、私の為にクッションまで用意してくれてる。

テーブルの上にクッションを乗せてくれたので、遠慮なくその上に香箱座りをして寛ぐ。

「マリン、有難う。」

私が礼を言うと、口角を少し上げて

部屋を出て行った。


ねぇ、じーちゃん。

雫の「未来視」って、何?

予知とは違うの?

私は声に出さずに、じーちゃんに話しかける。口に出して、聞いてみても良いんだけど、何となく雫がそこに居るので憚られる。


ー予知とは、未来に起こる出来事を

前もって知る、先読みの術じゃ。道で例えるならば、一本道じゃな。

未来視とは、幾通りもある未来に起こり得る可能性を見る術、枝分かれし、多方面に延びる道を見る…じゃから、全く違うのぅ。


じーちゃんは小首を傾げながら、答えてくれる。

多方面に延びる道…。頭の中に、都心の道路が浮かぶ。大道路から、何本も道が交差して、細い道が枝分かれする。


-些末な事柄ひとつでも、未来は分岐し、道が分かれる。

ほれ、そこのマヤを見よ。

服を着る。布を羽織る、裸のままで待つ。

それだけで三通りの道が出来たじゃろ?

服を着れば、再度マリンに服を脱がされるか、自分から脱ぐ先があり、

裸のまま待てば、体調を崩す先があるやも知れん。

そういう事じゃよ。


…なるほど。それじゃ、雫の未来視ってのは…あらゆる可能性を見て、知るって事?何て言うか…無敵じゃない?


-まぁ、そうじゃなぁ…知れば、如何様にも対応出来るじゃろ。

が、その代償も大きくなる。

儂は、そんな代償を払ってまで、今すぐに必要な力とは思えん…。今の能力を維持する為に、魂が澱に囲われておったくらいじゃ…。

今の嬢ちゃんには、過分な力じゃ。

…時が過ぎ、魂が成熟した頃合なれば、或いは代償も少なく済むかも知れぬ。それ故、気長に待つのが得策じゃろう。


雫は、ライブラリーを維持する為に、代償として…じーちゃんが言うところの澱に囲われ、感情が抑制されていた。

もし、未来視の能力が発現して…

その力を使ったとしたら。その代償は、ライブラリー以上になるんじゃないのか?

そんな事になったら…雫はどうなっちゃうんだろ。

不安しかないよ。

魂の成熟っていつ頃なんだろうか…雫は救われるのだろうか。


-そうじゃなぁ…雫が、儂と並び「賢者」と呼ばれる頃じゃないかのぅ。


精霊王で賢者なのかっ!?

じーちゃん、色々…盛りすぎでしょう。

というか、雫が賢者かぁ…。まだ幼い少女だし。

めっちゃ先が長いな、それ…。

でも、賢者か。雫は天才だと思うし、「賢者」って響きは、うん、雫に似合いそうだなぁ。


-響きか、輪は面白い考え方をするもんじゃのぅ。


じーちゃんの嗄れた声が頭に響くと同時に、鷹が「ふぉふぉふぉ」と笑う。

マヤが何事かと、キョトンとして、師匠であるじーちゃんを、見つめていた。


「読んでくださり、ありがとうございました。」

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