兆しの刻-ざわめく世界『盟約』
「芽吹きの刻」編(改訂版)を経て、ここからは新たな物語が紡がれております。
『盟約』
じーちゃんが提示した条件のひとつマヤと対面を果たすと、雫が有無を言ずマヤの上着を脱がせにかかった。
「えっ、やっ、ちょ…」と
戸惑いを口にしながらも、マヤは決して抵抗はしない。
マヤ少年…脱がされるの二度目にして、既に慣れてきたのかな?
マヤはテーブルを背して、背もたれがない丸椅子に行儀良く座る。テーブルの上に居る、鷹のじーちゃんによく見えるように配慮したようだ。
服を剥ぎ取られた後は、鷹のじーちゃんに雫が術式の説明を始めた。
じーちゃんは、しきりに「ほぅほぅ」と相槌を打ちながら、聞きに徹しているように見える。
「なるほどのぅ…これだけの術式を、然程時間も掛けずに完成させるとは、たいしたもんじゃのぅ。」
大体の説明が終わると、鷹のじーちゃんは感心したように、雫を労った。
「時間が掛からなかったのは、土台の禁忌術があったから、それの応用だし…」
雫は、時間は掛からなかった…って言うけど、寝る間も惜しんで頑張ってたんだよ。
「土台があったとしても…じゃよ。
術式の構築技術も凄いと思うが、雫の祈りが、この術式に込められておる…それが何よりも、素晴らしい。とても重要な事なんじゃよ。」
鷹のじーちゃんが、ふぉふぉふぉ…と笑う。
じーちゃんは『想い』が大事だと話していた。
確かにこの術式には、雫の強い想い…願いが込められているだろう。
「確かにこのままでも、十分に効力を発揮しよう。
じゃが、この部分…コレに手を加えても良いかの?」
鷹のじーちゃんが羽先で、マヤの右側の背中を指した。
「ここ?」
雫が、じーちゃんが羽先で示した部分を覗き込む。
「そうじゃ、何、ちぃーと書き足すだけじゃから…大丈夫じゃよ。」
雫が背後に控えるマリンを振り返ると、マリンは何も言わずに、術式を描いた溶液の残りを持って来た。
溶液は、既に黒ずみ固まり出していた。
テーブルの上に置かれた溶液を、鷹のじーちゃんが覗き込む。そして、溶液が入れられている入れ物を、器用に両羽で包み込むようすると、微かな光が固まり出している溶液を液体へと戻した。
鷹のじーちゃんが、羽先で液体に軽く触れると、液体が浮かび上がる。
ふよふよと空中で漂う液体を、羽先でマヤの身体へと導き、優しく摩るように、マヤの身体に触れる。
鷹のじーちゃんが、羽を折り畳むと…
手を加えたい部分に、新たな小さな紋章が刻まれていた。
雫が小さく「おー…」と呟いた。
マリンがせっせと描き込みをしたのに…じーちゃんは羽でひと撫でするだけか。やっぱり、じーちゃんは凄いんだなぁ、と実感する。
「なるほど…これを加えると…あぁ、そうか、そうなるんだ。…うん、これなら大丈夫。
凄いなぁ…ボク、コレには行きつかなかったよ。」
雫がブツブツと独り言を呟きながら、マヤの術式を舐め回すように覗き込む。
マヤが、居た堪れないように俯いた。
耳が真っ赤になってる…そりゃ、恥ずかしいよね。
上半身裸で、可愛い女の子が接近して、身体をしげしげ見てるんだもん。
「これで、右側の術式は完成になったのぅ。それで、左側の術式じゃが…その前に、ちと良いかの?」
鷹のじーちゃんが首を傾げながら、赤くなって俯くマヤの側にヨチヨチと歩み寄る。
「お主、マヤ…だっかの?」
「え、はい。自分はマヤと申します。」
丸椅子に座っているマヤが、テーブルの上に居るじーちゃんと向かい合うように座り直す。
「お主、儂が何者か…説明される前に知っておったな?」
マヤが驚いたように、眼を見開いた。そして、小さく頷く。
「以前に…クスノキ様をお見かけした事があります。品の良い御老体が、クスノキの根本に立って居られていて…。不思議に思っておりました。
先程、初めてお会いした時には、自分には鷹では無く、その時見かけた御老体のお姿が見えましたので…あぁ、そうだったのか…と。」
マヤは、自分が何かおかしな事を、妄想を語っているて思われたのではないか…と、少し不安そうな顔した。
そんなマヤの不安をよそに、鷹のじーちゃんは愉しげに笑う。
「ふぉふぉふぉ…そうじゃろ、そうじゃろ。
そうでなければ、いかん…。さて、本題に入るか。
マヤよ。汝に問おう。
コレから施す術式は、お主と精霊を繋ぐ導じゃ。
それは魂に刻まれ、消す事は叶わん。…精霊は気紛れさじゃ。いつ何時、お主の魂を欲するかも知れん…。それでも、お主は受け入れる覚悟があるか?」
いつになく、真剣な面持ちで…鷹だからよく分からないけど…声で、じーちゃんがマヤに問う。
雫が、何かを言い掛けたが、じーちゃんの声から感じる真剣味に臆するように、口を閉ざす。
マヤは背筋を伸ばし、凛とした表情をして答えた。
「覚悟なら、とうにできております。
この一件が無事に終わり、役目を果たせた暁には、この身が如何様になったとしても構いません。」
白帝城を説得した、あの強い眼差しをして、マヤは鷹のじーちゃん…クスノキの精霊と真っ直ぐに向き合う。
「…良き眼差しじゃ。お主の『想い』確かに受け取ったぞよ。
何、魂など欲する精霊など居らぬよ…安心せい。
じゃが、そうだのぅ…マヤ、お主は儂と盟約を交せ。約定は、儂の弟子になる事じゃ。」
…はい?じーちゃん、今、何て言った。
え、マヤ少年を弟子にするって…精霊に弟子入りとか出来るの?
いや、待って。
マヤ少年は、白帝城の従者だよ?主の許可なく、決められないでしょう。
「…全く、騒がしのぅ。マヤには、産まれながら精霊力が、微力ながら備わっておるようじゃ。
多分じゃが…血縁に精霊に纏わる者が居るのではないか?
ならば、マヤが精霊力を鍛えて、何が悪い?
鍛え学べば、精霊達は喜び勇んでその力を貸すじゃろう。儂と出会うのは、マヤの運命じゃったのだろうよ…。」
鷹のじーちゃんが、羽根をバタつかせる。思考を読み取れるから、一気に皆の考えが溢れかえって、煩かったみたいだ。
精霊力が、マヤに?
だから、クスノキの根本に居たじーちゃんが見えた。だから、鷹のじーちゃんがその時に見た老人だと気が付いた…確かにそうかも知れない。
んん、言われたら納得は出来るんだけど…何か釈然としない気がするのは…何でだろうか。
でも…決めるのは、マヤだよね。
アレだけの意志の強さを示したマヤだもん。
きっと大丈夫…例え、ハオルチア初の『精霊の弟子』になったとしても、大丈夫だよね。
「自分に、精霊様の弟子が務まるのか分かりませんが…そのお力をお貸し願えるならば、自分は何でもやります。」
マヤは迷い事なく、じーちゃんの話に即決する。
マヤにとって重要なのは、白帝城を城から解放する事だけ…なんだろうな。
例えそれが、自身の生命が消え失せる事柄だとしても…マヤは躊躇はしないだろう。
「…色々と話したい事があるが、今は不問にしておくかのぅ。
では、マヤよ…。
汝は、我に学び理を知る者と成れ。
我と共に有り、悠久の儚さを知る者と成れ。
汝が、悠久の刻を己れの翼で羽ばたくその日まで…。
そして、我は汝を導こう。
我が持つ知識を与えよう。
汝を守り、惜しみなく我の無限の力を貸し与えよう。
汝が、光が指し示す、遥かな途を歩み出すその時まで…。
『盟約』に寄り、我らは繋がれた。
この刻より、マヤはこの精霊王たるザナフ・クスノキの弟子である!」
鷹のじーちゃんが羽を思い切り広げて、高らかに宣言する。
何処からともなく、クスノキの優しい香りが漂い、室内に若草が緩やかな風に舞う。開け放たれた小窓から、白い小さな花が風に運ばれて、若草と一緒に舞い踊る。
それは…世界から、祝福をされていると、そう感じた。
「読んでくださり、ありがとうございました。」




