兆しの刻-ざわめく世界『審議』
※「芽吹きの刻」編(改訂版)を経て、ここからは新たな物語が紡がれております。
『審議』
宰相アストロの執務室隣に、急遽会議室が整えられていた。
この度の一件で受けた被害は甚大、国の存亡も危ぶまれる事態にまで発展している。
会議には五葉、宰相アストロ、白帝城の従者、雫の専用メイド、猫の輪が参加していた。
本来ならば、大臣達も参加するべきではあるが、アストロが押し切り不参加となった。自分が会議に参加している間に、任せたい業務がたんまり残っていたからだ。子煩い大臣達には、会議に参加して欲しくない、という本音が見え隠れしているが…。
メイドまで参加するのは如何なものか…とアストロは内心思っていたが、その活躍は目覚ましく、流石は五葉のメイド…と納得するしか無かった。
女王陛下が不在の混乱を、何とか誤魔化すように収め、各大臣、部下達に指示を出して、やっとの思いで会議室を訪れると、既に参加メンバーは揃い、アストロを待ち構えていた。
一番奥の席に着座すると、雫のメイドが温かい紅茶をすぐさま準備して出してくれる。
「かたじけない。」
マリンに声をかけると、微かに頭を下げて雫の背後へと回る。
紅茶の香りがスゥーと鼻から抜け、疲れきった精神を安らいでくれる。
何とも優しい香りだ…。一口、口に含めば紅茶とは思えない程、芳醇で爽やかな香りが拡がった。
テーブルには、アストロを挟むように、右隣りに九尾、雫が座り、左隣りには白帝城、天使、魔剣が座っている。猫の輪は、自由にあちこち動き回れるように席は準備してないのだろう。今は、雫の膝の上らしい。
メイドのマリンは雫の後ろ。
白帝城の従者のマヤは、入り口を守るように扉の横に控えた。
「ふぅー。」
マリンの紅茶を堪能しながら、アストロは天上を見上げゆっくり息を吐いた。美味しい紅茶のおかげか、先程よりは頭がスッキリした気がする。
さて、いくか。
アストロは待ち構えていた皆を見渡し
「待たせた上に、お茶ばかり飲んで申し訳ない。」
と、とりあえずは詫びを入れておく。
魔剣の殺気が刺さってきていたからだ。
「こんな事態です…宰相殿も大変であるのは、皆重々承知しております。まずは、お心を落ち着かせるのも必要かと。」
白帝城がアストロを慮って、そう答える。まだ重々しい面持ちではあるが、先程よりは瞳の輝きが段違いに見受けられる。
「かたじけない。では、始めると致しましょう。」
アストロがそう宣言すると、視線が一気に集中する。いや、天使だけが下を向いたままか…無理もない。
声を掛けてやりたい衝動に駆られるが、まだその時では無いと自分を自制した。
「報告は九尾殿から受けましたが…女王陛下は本当に?」
アストロはテーブルの上で両手を組み
各々の反応を見ながら、そう切り出した。
「…間違いない。アレはドロドーナ直属だろう…。」
憮然としたまま魔剣が述べる。
「俺もそう思いますね。アレは別格だ…かなりヤバい。化け物クラスだ。」
九尾が、眉間に皺を寄せ苦々しく話す。
「では、その直属の配下が陛下を拉致し、成り済ましたまま城に居た…そういう事ですね?」
その問いに、誰も声をあげようとはしない。
いつ、何処で、陛下を拉致し、成り代わって居たのか…不明な点が多すぎた。しかも、この城は強固なまでの結界覆われている。
これでは、やっと収めた白帝城への不信感が、また煽られるのは避けられないだろう。
アストロは、その問題だけで頭を抱えたくなる。
が、今はそれ以上の問題がある。
アストロは意を決するように、気持ちを切り替えた。
「一度だけ、王城の結界を緩めた時がありましたな…その時しか考えられません。」
コレを、今、この場で口にして良いのか…アストロは躊躇いながらも話さずにはいられない。
「覚えておられますかな?
数年前にサボテン国の使者がこのハオルチア国へ訪れて来た事を…。」
ハオルチア領土、遥か南にはサボテン大国が広がっている。
太陽が照り付け、水場も少ない、荒れた大地が広がる地域。
ハオルチアには住みにくい土地。
交流が無かった…訳ではない。特殊な苗や株が密売人の手により他国へと売りはらわれる。
そして奇跡的に保護されれば、自国へと戻ための手続きを、アストロは何度も文章でやり取りしている。
「…あの時には、既に我が国家はドロドーナに脅かされていた。だが、攫われた国民が戻れるならば…と、陛下が結界を緩めるように指示をだされ、使者を城内へと招き入れた。」
「…覚えてます。」
白帝城が苦々しく呟いた。
「あれはっ…レイラ様のご意志で…魔剣のせいでは、ありません!」
今まで下を向いていた天使が、弾かれたように声を上げる。
そう、その時にサボテン国から戻されたのが、魔剣だった。
応急処置はしてあるものの、治療は完全では無く、葉は焼け焦げ、干涸びボロボロになったまま戻された魔剣は、今にも死に絶えそうな有様だった。
そして、天使の葉力によってその生命を救われた。
回復した後は、その葉力を国に活かしてもらうために、王城に残ってもらったという経緯がある。
「魔剣の所為だとは思っていませんよ。ただ、あの時に、その直属の配下が城内へ侵入したのでしょう。」
珍しく憤慨している様子の天使に、アストロは和かに笑いかけた。そう…魔剣は被害者で、生命からがら戻って来れただけ。
それに乗じて、城内にドロドーナの配下が、タイミングよく侵入したのだろう…。
タイミング良く…だ。
アストロは目を細め、顎の髭を触りながら、魔剣を、誰も気が付かぬように盗み見た。
魔剣は、マリンが入れてくれた紅茶のティーカップを、威殺しそうな眼で睨んでいる。
一体何を考えているのか。
何か引っ掛かる…が、今は保留にするしかないだろう。
「それから、何年も見破られる事なく、成り代わってたのか…。頭が痛く話しだな。」
九尾が頭を抱えて唸る。
「間違いないないでしょう。他は考えられないのだから…。」
アストロも九尾と同じように、頭を抱えてたくなる。が、まだだ。萎れそうな気持ちを鼓舞する。
「で、その直属の配下…ネブラミスと名乗った輩は、陛下は預かっている…と?」
「ああ。」
「ならば、奪還しなければ…なりませんね。」
奪還と言葉にするのは容易い。
九尾が、別格と言わしめた化け物を相手にしながらの任務になる。言わずもがな、かなりの危険を伴うだろう。だが、生きていると知った以上は、陛下を取り戻さなければならない。
「城内からは、兵士を奪還に向かわせる事は厳しいと思います。危険ではありますが、五葉の皆さんで手を打ってもらうしか…」
アストロの言葉に、魔剣の眼が殺気を含んで光る。
「次は、必ず、殺す」
魔剣の殺気に押されて、皆が鼻白んだ。身体が重くなるような威圧感が魔剣の全身から滲み出ている。
「待て待て待て、アレが何を企んでるのかも分かってないんだぞ?」
九尾が、荒れ出した魔剣を収めようとするが、
「オレ、1人で構わん。」
魔剣はとりつく暇もない。今にも部屋を飛び出しそうな勢いだ。
「あんな、化け物相手に1人で挑むとか、無謀もいいところだ!俺達の任務は、陛下の安否確認と奪還だろっ!」
「なら、それはお前がやれ。オレは、奴を追う。」
あんな相手を威殺しそうな程の殺気を放つ魔剣に、何で九尾は平然と食ってかかれるのか…。
アストロは、さて、どうしたものか、と天上を仰ぎ見る。
その時、パンッと鋭い音が響いた。
ビクッとして、一瞬室内が静まり返る。
音の出処を見れば、マリンが両手を叩き合わせて音を出したのと分かった。
「…魔剣も、九尾も、落ちついて?」
雫がぽやっとしたまま、場を収めて
「闇雲に探しても見つからない。情報を集めないと…。」
と発言する。
「私も参ります。」
今度は天使が爆弾を落とすような発言をした。これにはアストロも慌てる
「ま、待ってください。天使殿も狙われているのですよ?」
「いえ、行きます。私は、レイラ様をお助けしたいのです!」
テーブルに置かれた手が、白くなる程握りしめられて、小刻み震えているのが分かった。
あぁ…これはどう引き留めてもダメなヤツだ。アストロは瞬時にそう悟る。
「…仕方ありませんね。城に天使殿が居られないと、かなりの痛手になりますが…天使殿の警護は魔剣殿にお任せするのが一番でしょう。」
アストロの言葉で、今まで荒ぶっていたのが嘘のように魔剣の殺気が収まる。アストロは内心かなり安堵した。
「必ず護る。天使には指一本触れさせない。」
魔剣が天使の震える手に、そっと手を重ねる。
「はい…。」
天使は、レイラの事で心を痛めているのだろう。切なげに伏せられた長いまつ毛に、僅かながら涙の跡が見受けられた。
「では、情報収集が先決ですね。
有力な手掛かりが見つかり次第、奪還に向かって下さい。向かうメンバーですが…九尾殿にお任せして宜しいですかな?」
アストロが、九尾に柔かに微笑んでみせる。
「正直、恥ずかしながら城内の立て直しで手一杯でして…陛下が拉致された等、民に知れ渡ってしまえば、国内部崩壊も時間の問題ですから。」
アストロが力無く肩を落とす。
それだけ、レイラという存在は国にとって重要だと、アストロは認識している。今現在は、一線を引き、余程の事がない限り表舞台に立たなくなっているが。
レイラの持つそのカリスマ性と、常に民草を思い、正しくあろうと己を律する姿を見る度に、背筋が伸びる思いをしたものだ。
そのレイラが拉致されているなんて…悪夢としか言いようがない。何としても、極秘の内に奪還してもらわなければ…。
しかし、己が動けぬとは、歯がゆいものだな…。
「俺も、情報収集に借り出されるんでしょう?
まぁ、承りますけどね…」
九尾が諦めたように、深く溜息を吐いた。
メンバーは、ほぼ確定しているだろう。
魔剣、天使、九尾。雫とメイドのマリンが同行出来れば、心強いか?
問題は、白帝城。彼が居なければ、城の結界は機能しなくなる。城外に暮らす民達も、ドロドーナの手下が現れれば、即座に避難をしてくる…重要な要。
白帝城の結界は、ハオルチアだけは遮らないように配慮されている。だから、民草は逃げ込む事が出来るのだ。
仲間が危険な任務に赴くのに、自分だけが残る…それは、彼にとっては苦しい選択だろう。
九尾ならば、白帝城の心中を察して、上手く計らってくれるのではないか。
そう考えて、アストロは九尾へ話を振った。
ようするに、丸投げである。
「それでは、私は対策室へ戻ります。何か有れば、直ぐ声を掛けてください。この部屋と、隣の私の執務室は自由に使ってもらって構いません。
…当分、自分の仕事など落ち着いて出来ないでしょうからね。」
ははは…と、アストロは渇いた笑いを見せた。流石に疲れた…と、眼が物語っている。
「…宰相さん。後でマリンに、美味しいお菓子と、ボクの特製栄養ドリンクを届けてもらうから…。無理しないでね?」
「おぉ…。」
大人用の椅子にちょこんと座り、上目遣いでアストロを気にかける雫を見て、涙が出そうなほど感動して、思わずアストロは声を漏らした。
「雫殿、お心遣い感謝します。」
雫に笑顔で礼を述べてから、アストロは部屋を後にする。
雫の一言で、何だか元気になった気がする!
まずは、頭の硬い大臣達を何とかしないとな。
コツコツと踵を鳴らし、長い廊下を対策室へと向かって歩き出した。
-アストロの足音が遠ざかると、
雫が、
「宰相さんが、倒れて離脱したら、にーちゃの仕事が増えちゃう…」
と呟いたのを、マリンは聞き逃さなかった。
「読んでくださり、ありがとうございました。」




