兆しの刻-ざわめく世界『前途』
※「芽吹きの刻」編(改訂版)を経て、ここからは新たな物語が紡がれております。
『前途』
雫を先頭にして、私達は天使の元へと歩みを急がせる。
東斜塔の周りに集まってきていた敵はマリンが排除したものの、まだ完全に安全になったとは言えない。
塔の入口からメディカルルームへ向かうには、クスノキエリアを抜けないと行けないが、反対側にある裏口からは直接にメディカルルームへと行けるらしい。
そちらには、まだ影が残っている知れない。
先頭をマリンにチェンジして、雫が私を抱いている。
自分でも歩けるが、歩幅が違うから一緒に行こうとすると、どうしても小走りなってしまうのだ。
それを雫が気にしてくれて、2人で交互に抱いて歩いてくれていた。
建物の影からマリンが様子を伺っていると、雫が空を見上げて
「おかしい…」と呟いた。
「いかが致しましたか?」
マリンが怪訝そうに振り返る。
「空、見て」
雫に言われ、皆で空を仰ぐ。
雲ひとつ見えない青空が広がっている。
そろそろ昼になるのだろうか…と、雫が言わんとした事が分かった。
光の加減だろうか、時々虹色に輝く。
まるでオーロラ…それともシャボン玉の膜のようだ。
「結界が張られている…なのに、影人間は居る…何で?」
雫が尋ねるようにマリンを見るが、
その理由をマリンが答える必要はないだろう。
「…結界を張り直した? いや、そもそも結界が破られたなら、白帝城が異変に気が付かない訳が無い…。
なら?」
雫はマリンに尋ねているのでは無く、自問自答しているのだろう。
足元を見ながら、小声でブツブツと呟いている。
「でも…、まさか?」
雫が何かに気が付いたのだろうか、
顔を上げると
「急ぐ。」
とだけ言葉にして、マリンをせっついた。マリンは頷くと、様子を伺いながら小走りで塔の裏口まで駆け寄った。雫も後を追う。
私を抱く手に力が入っている。雫は何に気が付いたのかな…。
裏口の扉は施錠されて、破壊された様な形跡は見当たらない。
マリンが扉に手を翳し、扉の鍵に当たる部分に葉力を流し込んだ。
後から聞いた話しだけど…城内の扉は全てが微力な葉力で鍵の開け閉めが出来るらしい。
影人間達には葉力はない。
敵が侵入する際に扉は開かず、ぶち破るしか方法はないとの事だった。
でも、それって、プライベートルームの意味無いんじゃないの?とか思った事は、誰にも話してはいない。
扉を静かに開くと、マリンが辺りの気配を探る。
私も大きな耳を欹てるが、静まり返っていて何の音も聞こえてこなかった。
「敵は居ないと思われます。」
マリンが雫のために扉を広く開け、中へと誘導する。
堪らず、雫が中へと駆け込んで
「天使!」
と名前を呼びながら、手当たり次第ドアを開けて確認していく。
私は雫の腕の中から飛び降りて、一緒に走り出す。
救護室は何部屋にも分かれていて、
手間から軽傷者用の10人分のベッドが置かれた部屋、6人分のベッドがある部屋が4部屋。
4人用が6部屋と、どの部屋も誰も居ない。
奥の部屋は処置室らしく、機材や薬棚など色々とあったが、此処にも人が居た形跡が無かった。
雫は階段を駆け上がる。
エレベータがあるが、待っていられないみたいだ。
メディカルルームは2階建てらしく、
上へと続く階段はない。
私は、ずっと音を探しているが、何も拾えずに居た。
天使はこの建物に居る筈ではなかったのか?
なんで、何も聞こえないんだろう…。胸に黒い雲が広がっていく。
2階の部屋は全て、ひとり部屋で機材が沢山並び、見るからに重傷患者用の部屋だと思われた。
その中に、3部屋ほど株が居た形跡があった。
ベッドが乱れて、誰かが寝ていただろう跡がある。が、やはり誰も見つけられない。
「…手遅れ?」
雫が小さく呟くと、ペタンと床に崩れるように座り込んだ。
「え…」
手遅れって、何。どういう事…?
敵にやられると、どうなるんだっけ?
腐って、崩れて、消える?
誰が…?
天使が?
頭の中が、ぐるぐると回る。
理解が追いつかない、思考がまとまらない。
そんな中、私の耳がピクリと動いた。微かな音を拾ったからだ。
何かを考える間もなく、身体が勝手に音のする方へと走り出す。
「輪さん!」
雫が私を呼ぶが、止まれない。
「天使っ!」
聞き覚えがある叫び声が、下から聞こえた。
雫も立ち上がり走りだす。
私は、階段を飛び降りて、
長い廊下を一気に走り抜けた。
そして声の主の懐に、勢いよく飛び込んだ。
「うわっ‼️」
魔剣が右手で剣を握りしめ、入口の扉の前に立っている。左手で飛び込んだ私を落とさぬように、抱き止めてくれた。
「ニャァン…」
泣きそうになってるせいか、上手く言葉が出なくて猫語になってしまった。
「お前、どうした?…猫になってるぞ」
いや、猫ですから!
心の中でツッコミを入れた時に、雫達が追いつき
「魔剣!」
と雫が叫ぶ。
「誰も、居ない!患者も、天使も!」
サッと魔剣の顔色が変わった。
「どういう事だ!」
「来た時、扉は、施錠されてた。影人間達は、建物内には、侵入してない。」
雫は、走ったせいで息があがっていて、両手を膝に置いて喘ぐ。マリンが雫の背中を、ゆっくりとさすってあげていた。
「考えられるのは、城内に、内通者が、居る。そいつが天使を連れ出した!」
そこまで言うと、背筋を伸ばして深呼吸して息を整える。
「…何の話だ…」
魔剣が話しが見えないと、口の中で呟いた。
「聞いて。それしか考えられない。
影人間達は、白帝城の結界は、絶対に、超えられない。」
影人間達は、正に影から生み出される、影そのもの。物質を纏って生み出されるから、切る事も殴る事も可能。纏った物質を破壊されれば、影へと戻るためチリになって消えてしまう。
対して、白帝城の結界は光そのもの。
光は影を通す事はない。
影は、光に照らされ消えてしまう。
それは物質を纏っていたとしても、同じ事だ。
だから。
影人間達は白帝城の結界を、破る事も、抜ける事も不可能なのだ。
「誰かが、結界の中で、影人間達を生み出した。だから、結界が機能しないで、城内に影が沸いたんだ!」
雫が絶叫する。
「馬鹿な……あり得ないだろっ、そんな事!」
「あり得ない、なんか、あり得ないよ!
状況が、揃い過ぎてる!
考えてっ。誰かが、操られ、取り憑かれて、影を生み出す事ができたなら…こうなるんだよ…。」
最後の方は搾り出すように、雫は言葉を紡いだ。
信じたくない。城の中に、操られて取り憑かれた株が居る事を…。
そして、その者は白帝城の光の膜を物ともせずに、
越えられる事実を。
ぐっっと雫は何かを怺えながら、
「狙いは、天使と白帝城。天使は、既に奴等の手中だと思う…まだ殺されては居ない。
殺すなら…確実に、白帝城と並べて、
大勢の目の前で。
圧倒的な力を見せつけて、残虐に、殺す。
その方が、明確に、絶望を与えられる。
…ボクなら、そうやって護りたい夢を、
儚い希望を、砕く。」
睨むように、挑むように、雫は魔剣を挑発し、見上げて言い放った。
「っ!」
魔剣は、思わず雫のワンピースの襟元を掴もうと手を伸ばし…
バシッ!
鋭い音がして、マリンが魔剣の手を
思い切り叩いていた。
「魔剣様とて…許可なく、主に指一本でも触れる事は、このマリンが許しません。」
小さな雫を庇うようにして、魔剣を正面から睨みつけた。
私は背中がゾワっとして、慌てて魔剣の腕の中から擦り抜け、耳を伏せて雫の足元に避難する。
マリンさん、めっちゃ怖い…。
すご、怒ってない?
やっば、尻尾が狸みたいに膨らんでしまった。
マリンの逆鱗に触れた魔剣は、ギョッとした後、鼻白んだ。
うん、魔剣分かるよ、その気持ち。
気おくれとか、そんな次元じゃなくなるよね…もう、後悔に近いよ。
「…すまん、思わず…」
魔剣がゴニョゴニョと謝りながら、
マリンに叩かれた手を摩る。
うわ…手、赤くなってるじゃん。
あの手、腫れるんじゃないかな…って。
あれ、さっきまで持ってた剣、どこいった?
雫の足元から顔を出して、多分、何処かに投げ出されたであろう剣を探して、キョロキョロと辺りを見回す。
そんな私に気がついた雫が、抱き上げながら
「剣なら、あっち」と魔剣を指差しみせる。
「?」意味がわからず、私は首を傾げる。
「だからね、魔剣が、剣なの。」
…何かの、シャレなのかな?
今はそう言うのは、ちょっと…。
「んとね、魔剣は、葉力を剣として顕現させる…という能力なの。だから、意識してないと、剣は消えちゃう。ずっと意識してれば、剣のまま。
鞘に収めて、腰のベルトにぶら下げる事も、背負う事も出来るの。」
さっきの緊迫感は何処に消えたのか…と思うくらい、雫はぽやっとしながら説明してくれた。
「…存在自体が武器で凶器…」
マリンがボソっと呟く。
「うっ…」
魔剣が、唸って項垂れてしまった。
あれ…何か、地雷っぽい感じ?
私は雫の腕の中から、魔剣の肩に飛び移って、まだちょっと狸っぽい尻尾を魔剣の顔に摺り寄せた。
「だから、手ぶらで戦場に向かえるんだね!
何か、それって、カッコいいじゃん?」
尻尾がくすぐったのか、魔剣の表情がちょっと和らぐ。
「…そうか?」
あ、カッコいいって言葉が効いた?
「うん、カッコいい!」
なら、思い切り肯定してあげよう。
「…そうでもない。」
ツンとして、そんな台詞を言いけど
ちょっと耳が赤くなってるの、分かるよ。だって顔の横に居るからね!
「それでは、白帝城様の元に急ぎませんと。」
マリンが魔剣のデレなど、どうでも良いって感じで話を戻す。
「ん…急ごう。」
雫は、マリンに向かって両手を広げて見せた。
魔剣とマリンの足には雫は追いつけない。
なら、抱いていけ…と言う事か
マリンは何も言わずに、雫を軽々と抱き上げる。
「急ぐ。遅れるなよ。」
魔剣が扉を開けて、外へと飛び出して走り出した。
「…誰に向かって、言ってるのでしょうか。」
魔剣の肩に乗ったままでも、マリンの呟きが聞こえてきた。
まだ、怒ってるのかな…。
私は魔剣の肩から振り落とされないように注意しながら、絶対マリンは怒らせない!と心に誓った。
読んでくださり、ありがとうございました。




