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兆しの刻-ざわめく世界『疾走』

※「芽吹きの刻」編(改訂版)を経て、ここからは新たな物語が紡がれております。

『疾走』


マリンが窓を全開まで開け、外の様子を確認する。

ゾンビの様な人型の黒い影が塔に辿り着くまで猶予は残されていない。

「失礼致します。」

マリンは片手で雫をヒョイっと小脇に抱えた。

え、片手で抱えるって…。ギョっとしたものの、

あぁ、テーブルを1人で運べる人だっけ…と思い出す。

抱えられた雫は、驚くふうでもなく

されるがまま、大人しく抱えられている。

「輪様はご自分で移動されますか?」

頭の片隅で、いや、まさかな…と思いつつ

「…大丈夫だと思う。」

とマリンに答えた。

「承知致しました。では、宜しくお願い致します。」

マリンはそう言い残すと、まるで

道路のガードレールを飛び越えるように、雫を抱えたまま軽やかに窓枠から外へ躍り出た。

「っ!?」

私は慌ててジャンプして窓枠に飛び乗り、窓から消えたマリン達の姿を探す。

マリンは右手で細いワイヤーロープを握り、窓から大体5メートル位で止まり、地面を眺めながら塔の壁に足をつき、垂直に立っていた。ピンと張ったロープの先は窓枠へと伸び、良く見れば小さな鉤爪がくいこんでいる。


いつの間に鉤爪を…。

と言うか、やっぱり飛び降りるのね…まさか、とは思ったけど本当にやるとは…。

あんなスレンダーな身体つきなのに、どういった筋力してるの?普通ならぶら下がるのが限界だよね…。頑張っても、上を向いてしゃがみ込むとか。下を向いて起立するとか…。

まるで、レスキュー部隊のレンジャーか、アクションのスタントだよ。

私は、背中の羽根を一度バタつかせる。羽根は一瞬で大きくなり、羽ばたきながら外へ飛び出した。


マリンは、このまま降りるつもりなのかな…下には影達がめっちゃ居るけど…。そう思っていると、勢いをつけ地面に向かって、斜めに走り出した。リール式のロープなのか、ギリギリと音をさせて伸びていく。

ウワッ!壁走りとか、マジかっ!?

マリンは忍者なのか?


落下重力の影響を受けていないように、マリンのスピードが加速し、真横に移動。影達から距離を取ると、

一気に塔を走り降りる。

目前に並んで植えられている5〜6メートル位の木が近づくと、マリンは走り幅跳びのようにジャンプして、その木を目掛けて、足から飛び込んだ。

枝が雫を傷つかないよう、小さな身体を包み込む配慮も忘れない。


私は一体何を見ているのかな…。

新手のアクション映画かな?

メイドが壁走りするような映画って、なんだろうな。

呆然としたまま羽ばたいていたが、

枝の隙間から、雫が顔を覗かせてこちらを見ているのに気がついて、我に返った。急いで雫の元へ向かう。

「はぐれたかと思ったよ…」と

雫は、抱えられてたとはいえ、あんなアクションに巻き込まれた割には何も変わらず、ぽやっとしたまま迎えてくれた。

マリンと雫は木の枝に腰を下ろして座っている。

私も枝が邪魔で飛びにくいので、2人に習い枝に飛び移った。


影達は、今にも塔の中に侵入しそうな勢いだ。中に入られたら…メディカルルームに居る天使や、重傷で動けない株達が危ない。

「魔剣は必ず来る。けど…間に合わない…。」

雫は親指の爪を噛みながら、苦々しく言う。間に合わない…その言葉が私の胸に重く響く。

「そんな…」

絶望感が波のように押し寄せながら、視線を影達に向けると、私達に気が付いたようで、数体がこちらに向かって来ていた。


「こっち来てるよっ」

雫は深々と溜息を吐きながら

「仕方ない…マリン、お願い…。」

「主に害をなそうとは言語道断。主命に従い、マリンが鉄槌を下して参ります。」

マリンは枝からヒラリと飛び降りると、スカートの裾をたくし上げ、右脚の太腿ガーターベルトで留めてあった物を取り出すと両手にはめた。

「何か有りましたら、お知らせ下さい。直ぐに戻りますので。」

マリンはそう言い残すと、影に向かって走りだす。


まずは、こちらに向かってくる5体の影…マリンは走り込みながら、拳を握り締め、その内の1体を殴りつけた。拳…に、何か爪の様な物が生えてるように見える。爪は3本あり、長さは10センチも無いくらい。

バグナウ?鉤爪?武器だけど正式な名称はよく分からない。ゲームでよく見るタイプの小型化した感じ。 

そうか、さっきアレを装着してたんだ…。


「あの爪、ボクが改良して作ったんだよ…。普段は拳を守るナックルガードなんだ。」

鉤爪っぽい武器で殴られた影は、文字通り切り裂かれて消えた。

「葉力を流すと、硬貨して爪が生える…マリンの葉力にしか反応しないから、専用武器だよ…。」

雫がマリンの動きを確認しながら、説明してくれる。

「作ったって?雫は…ボクは皆の役に立たないって言ってたけど、薬品やら武器を作れるって十分凄いと思うんだけどな…」

マリンは、敵の動きを完全に見切っているようで、攻撃をスイっとかわし、拳で切り裂く。

素人目で見ても無駄な動きがないように思われた。

「…そうかな?」

雫が私に顔を向け、自信無さげに呟いた。

「雫は、凄いと思うよ!」

「…そうなら、嬉しいな」と、嬉しそうに、はにかみながら雫は微笑んだ。

「雫様、これより掃討に移ります。お迎えに来るまで、こちらでお待ち下さい。輪様、雫様をお願い致します。」

木の枝の下で、マリンが雫に向かって一礼すると塔の入り口付近に集まっている影に向かって走り出した。


「マリンが今履いてるブーツにも、武器変換機能が付いてる特製品だよ。」

一体を殴り飛ばすと、敵が団子状態だから数体が一緒にぶっ飛んで行く。背後から向かってくる敵の攻撃をかわしながらの回し蹴り。

マリンのブーツのつま先にキラリと鈍く光る、刃渡り10センチ弱の刃物の切先が見えた。

「アレも葉力変換で出てくる?」

「うん…。」

多方面からの攻撃には、反動なしの跳躍で回避し、高々と上げた方足を影の頭に叩き落とす。一撃で頭が砕け、変形したのが分かった。

体制を立て直しながらの、裏拳。爪は刺さらないものの、影はまた道連れを作りながらぶっ飛ぶ。

「あの踵は…?」

「鋼鉄に変換。鈍器になるかな…」

踵が鈍器って…かなり重いのではないだろうか?

なのに、反動なしであのジャンプが出来るって、嘘でしょう?一体何者なんだ…。

マリンが拳を振るたび、蹴りを繰り出すたびに、

影達は一体また一体と消えていく。

その間、マリンは一度も敵からの攻撃を受ける事なく、ダンスを踊るように軽やかにかわしている。

雫がぽやっと、私は呆然としたまま、数十体は居たはずの影達は、残らずチリになって消え失せていた。


マリンは、鋼鉄と刃物が仕込まれいる黒い編み込みブーツの紐を結び直し、膝下までの同じく黒のワンピースタイプのメイド服の裾に付いたホコリを払い、腕を回して真っ白なエプロンの紐を、腰辺りで綺麗な蝶々結び直す。


身支度を整えると、静々と何事も無かったように戻り

「掃討作業、完了致しました。」

スンとしたまま雫に報告をあげる。

「うん…。天使の処に行こう。」

雫が枝からヒョイと飛び降りると、

マリンがキャチして、そっと地面に立たせた。

雫が先頭に立って歩き出しても、私は呆然としたまま動けずにいた。

すると、マリンが振り返り

「輪様?」と声を掛けてくれる。

「あ、はい。行きます!」

慌てて枝が飛び降りて、マリンの側まで駆け寄った。何か…無言が怖い。

「えっと…あの、お疲れ様でした?」

何故か疑問系になりながら、話しかけてみる。マリンはチラッと私に視線を寄越すと、

「いえ、細事ですので。」

とスンとしたまま答えてくれた。

あれが…細事って…一言で済ますの、怖すぎるんですけど…。

今は猫だけど、鼻白む思いでトボトボと後をついて歩きながら、マリンの様子を窺い見ているとマリンと目が合った。

マリンはニヤッと笑うと、私を優しく抱き上げてくれた。


読んでくださり、ありがとうございました。

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