胎動の刻―侵食の叫び『花守の郷②』
世界は、沈黙の奥で胎動する――
芽吹きは命の兆し。
だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。
風は優しく、花は揺れ、
それでも確かに、何かが侵されていく。
交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――
いま、侵食の夜を迎える。
『花守の郷②』
雅な庭に、枝垂れ桜の枝が風を纏い、揺れる。
少し小振りな花は、優しい甘さを含み、香る。
日差しは柔らかく、暖かい。
季節外れの『春』を、私達は無言のまま感じている。
「ああ、来たね。」
赤い羅宇の煙管の吸口を口にしながら、紅里華は呟いた。
火皿に詰めた葉には火を点けず、香りを吸い込み味わっているようだ。やはり植物の精霊だから…火を嫌うのだろうか?
私は紅里華の呟きと共に、数株の足音の音を拾う。多分、『小梅』と呼ばれる精霊が、白帝城達を先導して歩いているのだろう。
暫くすると、雅な庭に白帝城達が姿を現した。やはり圧巻な枝垂れ桜に見惚れて、立ち止まる。
先頭に立つ小梅らしき少女が、紅里華を目指して駆け寄ってきた。
敷物に上がると、草履を揃えて、静々と進み、一番奥に居る紅里華の前で正座して頭を下げる。
「白帝城様御一行をお連れしました。」
「ご苦労さん。何か問題は?」
小梅は顔を上げると、少し首を傾げてみせる。
小梅は、パッと見は中学生位の年齢に思える。夾竹桃と同年代くらいだろうか?
黒髪を両サイドでお団子結びにして、
梅の花モチーフの簪を刺していた。
服は、和風とチャイナがミックスしたような…変わった着物だ。
クリっとしたつぶらな瞳が愛らしい。
前に会った時は、小鳩で現れて、力を使い過ぎて雀に変化していたっけ…。
そう思うと、うん…小鳩っぽい雰囲気がするかも。
「今のところは問題は無さそうですぅ。」
小梅は少し考えた後で、そう返事をした。
「そうかい。客人に茶を出すよにブナ坊に言いつけたんだが、一向に戻って来やしない…。小梅、ちょいと見て来ておくれ。」
「はぁい。」
小梅はパタパタと小走りで、屋敷の中に入っていくのを、私と九尾は見送る。夾竹桃のように眼を見張る派手さは無いのだが、何となく、姿を追ってしまうのは…愛らしさ故だろうか?
「マリン!」
庭の入り口近くで、枝垂れ桜に魅了されたように立ち尽くす白帝城の影から、雫がマリンの名を呼びながら走ってくる。
そのままの勢いで飛び付くと、不安げな眼をして、マリンの顔を見つめた。
「…氷君は?」
恐る恐る雫が尋ねると、マリンはひとつ息を吐き
「花桃様に止められ、逃がしてしまいました。」
と、答えて顔を伏せる。
「うん…。無事で良かった。」
雫は、マリンの胸に顔を埋めながら大きく息を吐くと、不安で強張らせたいた小さな身体から、力が抜けた。その身体を支えるように、九尾は雫の肩を抱き寄せ、隣りの座布団へ座るように誘導した。
ゆっくりと歩きながら、その様子を見ていた白帝城達が、敷物に上がり、九尾の向かい側に座る。
その隣りに、天使と魔剣が座り、白夜は雫の隣りに腰を降ろす。
「この度は、聖域にお招き頂き有難う御座います。」
白帝城が紅里華に頭を下げる。
「小梅殿が現れた時には、かなり驚いてしまいました…急な誘いだったので、身ひとつで罷り越してしまい、申し訳ない。」
丁重な挨拶をする白帝城に、紅里華はつまらなそうな視線を向ける。
「堅苦しい挨拶は無用だよ。その腰の低さは、アンタの人柄の良さだろうけど…誰彼問わずに頭を下げるもんじゃ無いよ…全く。仮にも王家の血筋だろ?もっとシャンとしなっ!」
紅里華は白帝城を睨め付けると、プカリと煙管を吸い込んだ。
え…。白帝城は貴族だとは思っていたが、王家の血筋って…どういう事?
女王陛下の親類だったりするのだろうか。
「…花桃殿は、ご存知の様子。ならば、廃嫡した血筋だと承知しておられるのでは?」
薄っすらと笑みを浮かべながら、白帝城は静かに目を閉じる。
廃嫡した血筋?
え…どういう事?
王位を剥奪されたって事なのだろうか…。
私は戸惑いながら、白帝城と紅里華を見比べる。誰も会話に参加しようとはしていないし、表情の変化は見られない。
皆は知っていた…と言う事なのだろうか。
「…まぁ、ね。知っちゃいるが…」
紅里華は何かを言い淀む。そして、ハッ!と息を吐くと
「アタシが言いたいのは、アンタは凛として居ればイイって事だ。太鼓持ちの挨拶なんざ、そこの狐に任せりゃイイ。大将ってのは、そういいモンだろうよ!」
そう吐き捨てる。
白帝城は困ったように苦笑いを浮かべた。
まぁ…こればっかりは、性格もあるだろうしな。難しいのかも知れない。
「姐御っ!茶をお持ち致しやした!」
ブナ坊の元気な声が聞こえて、皆が其方を見る。ブナ坊は必死の形相で、ゆらゆら揺れるお盆を睨みながら、そろそろと歩いていた。
その後ろを、心配そうな顔をした小梅が同じようにお盆を手に持ち歩いている。
アレは、絶対に蹴つまずいて転ぶフラグだ…と、内心思っていると、案の定、足元の小石に蹴つまずく。
「あっ!」
悲壮なブナ坊の声に、皆の表情が「やっぱりな…」と語る。
お盆が傾いた瞬間に、小梅がサッと片手を伸ばして、ブナ坊のお盆を奪い取った。
「ふぅ…セーフ!」
お盆を手放したブナ坊は、両手を地面に付けて小梅を見上げる。へにゃ…と情け無い顔をしながらも、茶をぶち撒け無かった事に安堵しているようだ。
そのまま小梅は、両手にお盆を持ち、敷物に上がり茶を配る。
「…すいません。」
シュンとしているブナ坊に、小梅はニコリと笑うと「どんまい!」と囁いた。
「全く…気をつけなよ。」
紅里華は呆れ顔でブナ坊を見る。
あぁ…怒鳴らないんだな。
きっとブナ坊はドジっ子属性で、日常的に誰かがフォローしているのだろう。紅里華も諦め半分で仕事を任せている…って感じなのかも知れない。
配られた湯呑みからは、苦々しい茶の香りが漂う。かなり…渋そうだ。
コレ、飲んで大丈夫なのかな?
不安に思いつつ、茶を口にする皆の表情を伺い見る。
白帝城は無表情。天使は、茶を口に含んだ瞬間に、少し眉を寄せる。
魔剣は、舌を出して顔を顰める。
九尾は、雫には飲まないように、手で制してから茶を口に含む。思い切り顔を顰めながら、何とか飲み込んでいる。…そんなにか。
「…どうすりゃ、こんなに渋い茶になるんだい?」
紅里華は文句を言いながらも、一気に渋い茶を飲み干した。
「えーと…茶葉をいっぱい入れた方が旨くなるかと思いやして…。ハオルチアのお客様だから、熱い方が良いかなぁ〜と、鍋でグツグツと煮立たせたんですが…」
ああ…麦茶を沸かすように、茶葉を沸かしちゃったのか。そりゃ、苦味も出るな。苦い茶の色は…それでも緑色をしている。
「…。」
誰も何も突っ込めず、何とも言えない空気が漂っている中で、紅里華の溜息が盛大に放たれた。
紅里華はブナ坊を無言のまま手招きする。
呼ばれたブナ坊は、おずおずと側に寄ると、紅里華はその頭を煙管でコンッ!と叩いた。
「マリン。…チョイと頼まれてくれないかい?」
紅里華は九尾の背後で空気になってるマリンに声を掛けた。
「アンタなら、慣れない茶でもそれなりに旨く淹れられるだろ…。ブナの馬鹿に、茶の淹れ方を教えてやってくれないかい?」
そう頼みながら、再度ブナ坊の頭に煙管が落ちる。
マリンは九尾と雫に視線を向けると、ふた株は黙ったまま頷く。
「承知致しました。では、お台所をお借り致します。ブナ様、案内をお願いします。」
マリンはスッと立ち上がると、シュンとしたままのブナ坊を誘う。
「…ブナ様…」
マリンに敬称付きで名前を呼ばれたのが嬉しかったのか。ブナ坊は、ぽぅ…と顔を赤らめる。
「サッサと行きなっ!!」
そんなブナ坊を、蹴り飛ばす勢いで紅里華が怒鳴る。
「へ、へいっ!」
慌てふためきながら、弾かれたブナ坊は屋敷へと走り出した。マリンは紅里華に一礼をしてから、その後を追う。
「全く…こんな有り様じゃ、いつまで経っても話が進まないじゃないか。」
ぶつぶつと文句を口にしながら、紅里華は座り直して、客人と呼ぶ私達に顔を向けた。
「茶を飲んで、落ち着いてから話をしようかと思っていたんだかね…。見ての通りだ。待たせてばかりじゃ、申し訳が立たない。進めさせてもらうよ。」
紅里華は煙管を咥えて、ひと息香りを吸い込む。
「小梅殿からは、鍛えると伺ったのですが…それは、夾竹桃殿から授けられた祝福の件でしょうか?」
白帝城が苦い茶を一口だけ口に含む。
「いや…鍛えるのはアンタらの持つ葉力の方だ。アンタらは、北へ向かうんだろ?なら、精霊力を鍛えても意味は無いからね…。見たところ、精霊力の影響は、上辺だけ。精霊を見れる、会話が出来る、触れ合える…くらいに止まっている。魂に干渉していない、理想的な状況だ…そのままの維持が一番だ。」
紅里華は煙管の火皿を下に向け、煙管盆の吸い殻入れの縁を、コンッと叩いて葉を落とす。
「その状況下なら、アタシらが干渉する必要性は無いんだが…そうも言ってられない。アレを止められるのは、ハオルチアのアンタらだけなんだからね。是が非でもやってもらう。」
煙管盆から新たな葉を火皿に詰めながら、紅里華は語る。
「ザナフは反対するだろう。精霊であるアタシらが、直接的に世界に干渉するのは理から外れるとか言いやがるからね。だが、アタシは違う。香月を護る盟約に…言葉は悪いが、縛られてる。だから、アンタらに力を貸す事に決めた。」
紅里華は煙管を咥えると、忌々しく眉を寄せる。
「大体、理がどうのこうのとほざいてる割には、マヤを弟子にして、王都全域に結界を張りやがった。自分の領域はしっかり護ってんだ!アレだって直接的に世界に干渉してる事になるだろ?精霊王だろうが、何だろうが…文句は言わせないよっ!」
まるで、この場に樟木じーちゃんが居るように、空を睨み付ける。
「…アンタらの事情は知らん。それに、オレ達を巻き込むつもりか?」
魔剣が口を挟む。
それは小さな呟きの問いだったが、言葉には意志が乗っていた。早く先に進みたい。陛下を奪還しなければならないと…。
「巻き込むも何も、事は一連托生。アンタらが止めなきゃ、香月は終わる。香月だけじゃない…ハオルチア王国そのもの全てが死に絶える。コレは、そう言う話なんだ。」
紅里華は魔剣を指差すように、手に持つ煙管を向ける。
「今のままじゃ…その力は及ばない。黒の、アンタは身をもって実感してる筈だ。」
紅里華の声は低く、とても静かだ。
その言葉に魔剣は何も言えずに、ただ睨み返す。
「何をどうするにしたって…負け犬の言葉に、誰も耳なんか貸さないよ。」
睨む魔剣の眼差しを跳ね返すように、紅里華は言葉を放つ。
「ああなっちまったモンには、言葉なんか届かないんじゃないのか?だったら、力で抗い、その頬を殴り飛ばしてでも、眼を覚ましてやりな。その為の力だ。」
紅里華はネブラミスの事を言っているのだろうと…察する事が出来た。
確かに…魔剣がどう話そうが、ネブラミスに届くとも思えない。どんなに苦しくても、再戦は必須になるだろう…。
ネブラミスを救いたいと願うのならば、絶対に負けられない。
「…その力を、与えてくれるのか?」
魔剣は苦々しい顔をしながら、そう尋ねてくる。
「与えるんじゃない。鍛えて、己れで得るんだ。」
紅里華はニヤリと笑う。
「言ったろ?
ーー鍛えてやるっ!って」
時には、キャラたちと共に笑い、
時には、共に憤り――
彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。
ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。
それが、私にとって、何よりの幸いです。
――読んでくださって、本当にありがとうございました。




