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胎動の刻―侵食の叫び『花桃姐御』

世界は、沈黙の奥で胎動する――


芽吹きは命の兆し。

だがその根は、静かに歪みを孕んでいた。


風は優しく、花は揺れ、

それでも確かに、何かが侵されていく。


交錯する想いは、やがて一つの流れとなり――


いま、侵食の夜を迎える。

『花桃姐御』


呆然とした面持ちで尻餅をつく九尾。片膝をついて、突如現れた精霊を睨み据えるマリン。

精霊が見えない氷は、何に弾かれたのか、全く分からずに困惑を隠しきれていない。

三株の激突を、精霊は見えない壁を張り、最も簡単に弾き返した。

ふくよかな体型をした老女からは、えも言われぬ威圧感を感じる。

ーーこの威圧感…何処かで?

「…何をしたっ!クソメイド…お前の葉力かっ!?」

氷は体勢を立て直すと、飛び下がり、マリンとの距離を取った。

攻撃を跳ね退け、身体まで吹き飛ばしたのは、マリンの葉力だと勘違いをして、警戒しているらしい。

マリンは氷へ視線を向けるが、直ぐに精霊へと戻しながら、九尾の傍へ移動する。そして、片手で九尾を庇いながら、前に立つ。

それを見た精霊が、満足そうにニヤリと笑った。

「ほほぅ…。アタシが一番危険だと判断したかい。躊躇なく主の盾になる。…なかなか良く躾けられてるじゃないか!」

精霊は両腕を組み、仁王立ちしながらマリンを見据えた。


ーーこの声。ドスが効いた嗄れた低い声。この上から目線の話し方…やっぱり何処かで…。


「クソメイド、同じ手は喰らわないっ!さっさと逝きなっ!!」

氷がナイフを持ち直すと、低い体勢のままマリンに突っ込んで来た。マリンは即座に対応し、拳を構える。

…が。精霊の方が早かった。マリンに突っ込もうと、跳ねるように走り出した瞬間に、精霊は片手で薙ぎ払う。風を巻き上げ、氷の身体を吹き飛ばした!

激しい衝撃音。氷の身体は、太い竹に勢いよく打ち付けられた。竹が激しくしなり、葉がざわめいた。

「…煩い小僧だね。邪魔だ…。

ーー往ねっ!!」

仁王立ちしたまま、精霊は氷を睨み、吐き捨てる。

精霊の威圧感が一気に増した。

まるで…深い水の底に居るような。全身に圧力がかかり、重く伸し掛ってくる。

精霊は、ただ一言で…この場を制圧した。

氷にしてみれば…見えない何かに吹き飛ばされて、押し潰してくるような、何かの威圧感を肌で感じているのだろう。その威圧感はマリンが放つモノでは無いと、既に気が付いている。

氷の表情に、初めて恐れが湧き上がった。

「…クソっ!なんだよ、コレ…。」

痛む背中を庇いながら、ジリジリと後退る。

「…チッ!仕切り直しだ!」

そして、一気に竹林の中へ逃げ込むように走り出して…その姿を消した。

「ふんっ!雑魚の捨て台詞だね。簡単に、この聖域から抜けられると思っているのか?

……クヌギ、居るね。」

精霊が「クヌギ」と呼ぶと、スッとガタイの良い男が姿を現すと、老女の精霊の前に跪き、傅いた。

「…はい。」

「ちょいと痛い目、合わせておきな。二度とこの『花守の郷』に訪れないように…ね。」

「…承知。」

クヌギと呼ばれた男は、短い返事と共にスゥ…と音もなく姿を消した。

「蒼竹。あの煩い小僧…監視しておきなっ!」

また違う名前を呼ぶ。

気がつけば、老女の背後に影のように、静かに傅く男が居た。名前を呼ばれ顔を上げると…涼やかな顔付きの美丈夫だ。

「姐さん、監視だけで宜しいのですか?」

「ああ。まだいい。いつでも動けるように、準備はしておきな。」

「承知しました。では…失礼します。」

美丈夫の青年は、スッと立ち上がると、竹林の中に立ち去った。


私達はそのやり取りを、ただ呆然としたまま眺めている。

状況が全く分からない。精霊が乱入して、争いを止めた。氷を追い払い、監視を言い付けた。

『クヌギ』に『竹』どちらも植物だ。あの二人も精霊で…老女の配下みたいだけど。…一体、何の為に監視を?

老女が振り返りと、呆然としている私達を呆れたように見下ろした。

「いつまで呆けていれば気が済むんだいっ!?シャキッとしなっ!」

怒声が響き、条件反射で思わず身体に力が入る。九尾も立ち入り、訝しむ視線を老女に向けている。

マリンは老女を睨み据えるのをやめない。あくまでも九尾の前に立つ。


ーーこの怒声、覚えかあるぞ。

ハッとして老女の姿の精霊を見上げる。姿は違う。けど…そうだ、仮の姿をしているって話していたじゃないかっ!何で、直ぐ思い出さなかったんだろう。

「あの時の、鴉!」

私は思わず口にしてしまう。

その声に、九尾が弾かれるように目を見開いて老女をガン見する。

「…鴉…の、ババアかっ!?」

九尾も思い出したようで、思わず考えたままを口に出してしまう。九尾らしくは無いが…それだけ衝撃だったのだろう。

九尾に言葉に、老女はピクリと眉を震わせた。

「…ババア…だって? ふうん。狐、良い度胸じゃないかっ。お前さんも、煩い小僧と共に…ーー逝っとくか?」

九尾が立ち上がると、鴉だった老女より遥かに背が高い。老女は九尾を睨みながら、クイっと顎を上げて凄んで見せた。


いや…凄むとか、そういうレベルじゃない。本気で本当にヤルだろうと…直感的にそう思ってしまう。

「いや…すまない。思わず口走ってしまった。連れが話していたから、つい…。」

九尾が老女の圧に負けて、言い訳を口にしてしまう。その言葉に、老女は眉を上げる。

「連れ…ねぇ? そりゃ、あの黒い刃の小僧だね。まぁ、失言の事はもう良いさ。許してやるよ。

でも、ね。ひとつだけ…。アタシャ、仲間を言い訳に使うヤツは嫌いだよ。自分の口から出た言葉だ…己れで責任取りなっ!次に同じような事をしたらーー叩き潰すからねっ!!忘れんじゃないよっ。」

老女は、バサっと羽織った着物を翻して九尾に背中を見せた。

濃い桃色の着物には、色とりどりの大振りな花が咲き乱れている。


何て…言うの?

なんか、カッコいい…と、素直に思ってしまった。

確かに魔剣が『鴉のババア』と話しているのは聞いた事ある。だからって、それを理由にしちゃ駄目だと、私も思う。九尾は老女に叱られても当然だろう。

その叱り方が…なんて言うか、ビリビリと痺れるような感覚で。感動…したのかな?

その感覚は、九尾も感じた様子だ。まるで、叱られた子狐のように尻尾を萎れさせて…反省が身体中から匂っている。

「…申し訳ない。言葉ひとつにも責任を持つよう…心掛けます。」

老女は、私達に背中を向けて拒絶した…ように思われたが。

圧がふわりと軽くなり、老女は振り向かずに声を掛けてくる。

「…そうしな。アンタ達は念話が常の精霊とは違うんだ。言葉ひとつに命すら懸けちまう…。なら、その言葉には責任があるだろ?

精々、頑張りな… 狐。アンタの言葉に従う奴等が居るんだからね。」

「…はい。」

九尾はそう返事をすると、萎れた尻尾を上げて、老女の背中に深く一礼をした。そのやり取りを見守っていたマリンが、やっと警戒をとき、九尾の背後に付く。そして、九尾と同じように一礼した。


「…そういや、鴉の時から自己紹介を省いていたね。アタシャ、この禁域…聖域『花守の郷』を構える花桃の精霊だ。

香月の守護者でもある。

名をーー紅里華(こうりか)という。

花桃姐御と呼ばれているがね。まぁ…好きに呼びな。」

紅里華は、此方の反応など気にする素振りも見せずに歩き出す。

「さぁ、来なっ!花守の郷に案内してやろうじゃないか!大丈夫、他の奴等は小梅が案内して来る。」

歩きながら紅里華は、高らかに宣言する。


「約束通り、鍛えてやるから覚悟しなっ!!」

時には、キャラたちと共に笑い、

時には、共に憤り――

彼らが抱える想いに、どこかで共鳴してもらえたなら。

ゆるやかに、この世界観を満喫して頂けたなら。

それが、私にとって、何よりの幸いです。


――読んでくださって、本当にありがとうございました。

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