第12話 魔導書
「私を越える……?一体何を言っているのよベルク!?」
「貴女にはきっと分からないでしょうね。最年少で『特級』の資格を取った天才魔技師である貴女にはね」
エリアーナを越える――それがベルクにとってどんな意味なのかは、分からない。
だがイルファウスト・ラグネイトの遺産を取りだし、それを使うというのは、きっとろくなことにはならないだろう。
イルファウスト・ラグネイト。最古の魔技師であり、協会から崇められる人物。
彼には教科書には載ってない、ある噂がある。それが『ラグネイトの遺産』もしくは『聖遺物』と言われるものが存在すると。
――曰く、すべての魔物を使役出来る。
――曰く、すべての魔法が魔力対価無しに自由に行使できる。
――曰く、神になれる。
どれもが、現実離れしている眉唾物の噂。だがそのどれかでも本当ならば、ベルク・ローガスは一体何をしようとしているのだろうか。
「よく、分からないわ……貴方だって『一級』でしょう?『特級』なんて次じゃないの。何をそんなに嫉妬する必要があるのよ!?」
エリアーナの言葉に、ベルクは呆れたような、失望したような仕草をする。
「……ほら、分かっていない。そういう事では無いのですよ……貴女は自分がどれだけの才能を持っているのか自覚が無い。『特級』は世界に三人だけ、私のような『一級』止まりでは、一生を掛けてもなれない。その事をご存じないでしょう?」
協会の基準というものがあるのだろうが、『特級』というのは、こんな事をしてしまう程の価値があるものなのだろうか。
だが、リカ姉は、どこか納得しているような感じでベルクに言う。
「そういう事……じゃあ特級であるリーナちゃんを越えるというのは」
「ええ。リカーナ様。貴女の予想している通りかと。私の望みはエリアーナ・レクス、貴女に魔技決闘にて勝利をする事。そうする事で、私が名実共に『特級魔技師』の資格を手にするのです」
「ベルク……」
遺産とやらの力で、彼女を越える。
そんなことをして果たして、意味があるのか。言いたい事は山ほどある。だがこれは、俺達みたいな一般学生がどうこう言う問題では無いのだろうとも思う。
「なあ、ベルクさん。それは直ぐにでもやらないといけないのか?今日は皆でラーメン食いに行く予定があるんだ。出来れば明日以降にして貰いたいんだが」
決闘をする、しないに関わらず、エリアーナの状態を見れば、まともに魔法の制御なんて出来るのだろうか。恐らくは難しいと思う。
魔法とは精神力を使う。精神が乱れていれば、発動しない事もあるし、途中で乱れれば、俺みたいに暴発してしまう可能性だってある。だから、今ここではやらせたくはない。
「いえ、直ぐにでは意味がありません。これは正式な決闘。協会の立会人がいて初めて成立するのです」
そうとわかれば、さっさと帰ろう。彼女の心を落ち着かせて、来るべき決闘の準備をする為にだ。
帰るよりも、ここで捕まえる。
本来であればそうすべきだが、正直、あの小さな箱は危ない気配しか漂ってこない。
しかも、エリアーナは戦える状態ではないし、俺や芽依はまだ初心者と言って良い。そうすると残るはリカ姉しかいない。
「んじゃ、今日は帰ることにするよ。皆疲れているしな」
「ちょっとレンくん、放っといていいの?」
「いいから、リーナも、リカ姉も帰るぞ」
言いながら、その場に立ち竦んでいるリーナの腕を掴み部屋を出ていこうとする。
「放してっ!私、話を……」
「私には話す事など、もう御座いません。それに安心してください。私もこの場から直ぐ立ち去りますので」
「逃がすと思う?こんなに回りを壊しておいてっ!?」
「リカ姉っ!?」
リカ姉が『捕縛』の魔法でベルクを鎖で絡め取ろうとする。
だが、ベルクに触れる寸前で魔法は音をたてて崩れた。何かの結界だろうか。
そしてベルクは手に持っている小さな箱を掲げ、魔力を込める。
すると『転移』の魔法が一瞬で完成した。
「魔法の構築速度が速すぎるっ!?……じゃあ本当に遺産だって言うの!?」
俺は転移の魔法は見たことが無かったので、どんなものかは知らないけれど、リカ姉が相当驚いている所を見ると、あの小さな箱には相当の能力があると言うことだろう。
「それでは、また追って連絡しますので。お嬢様、逃げないでくださいね?」
「ベルク待っ」
そう言ってベルク・ローガスは消えるようにその場から立ち去った。
◇
「はぁ~。これ、どうしましょうか」
爆発の影響で、保管庫の中は凄惨な有り様になっていた。教材がある手前の部屋は無事だが、『箱』があった部屋は、壊れた計測器具が散らかり、天井には穴が。
その空いている穴から見える空は、もう暗くなっていて星が見えている。
エリアーナは余程ショックだったのか暫く呆然としていたが、今は芽依に付き添われて自分で立ち上がれるくらいには回復している。
「あ、いいよ俺が直す」
「でも、リーナちゃん居るわよ?」
「いいよ、今さらバレたって問題ない」
「まあ、……確かにそうね。じゃあお願い」
「ふぅー……」
まずは集中。
「レン……?一体何を」
うつ向いていたエリアーナが俺の魔力を感じ取ったのか俺の方を見て怪訝そうな顔をしている。
「うん。大丈夫だよリーナ」
「芽依……あ、魔力が集まって…でもこれ」
俺は手の平と、天井を含めた部屋全体に魔力を行き渡らせる。
それから「元に戻れ」と気合いを入れると、固有魔法が発動する。
――部屋が数分前の綺麗な状態へと戻った。
「……あれ私、夢でも見てるのかしら。今とんでもないことが起こったような……」
エリアーナは、ごしごしと涙の滲んだ目を擦りながら、頭に疑問符を浮かべている。
「……これでよしっと。んじゃ帰るぞ」
「そうだね、お腹すいたー」
「もう、飯作るの面倒だし、近所の定食屋へ行こうか、ていうか本当に俺が奢るの?」
「仕方ないわね、ここはお姉さんが奢ってあげるわ。部屋も直してくれたし。処理は……明日やりましょうか」
「ま、待って、ちょっと待って!?今何したのよなんで皆冷静なの!?」
「あ~、今のはほら、あれだ。『固有魔法』で、名前は付けてないけど、効果は修復で―――」
「そもそも貴方、ろくに魔法使えてなかったじゃない!なんであんな私にさえ理解できない魔法式を組めるのよ!?」
俺の肩を強く掴んだかと思ったら、前後に揺らし始める。
「お、おい揺らすな、ちょっ乱暴すぎるって」
「いいから答えなさい!?」
「待って、ヤバイから、ああ、本当にヤバい……」
「ほら、リーナ。もうその辺にしときなよ。レンくんが大変な事になってるから」
「はっ。だ、大丈夫レン?」
「うう、頭がグラグラするんだけど、気持ち悪っ」
「ご、ごめんなさい」
「あ~、もう。ちゃんと説明してやるから……でもまあ、そんなに改まってする話なんて無いけどな」
――ヴゥン
「嘘、だってこんなの普通じゃ――レン?どうしたの?」
「いや、今なんか……」
――カチ。
「…――やっぱり、今音がしなかったか?」
「音?またそうやって誤魔化そうと――」
――ギギ、キュル、キュル。
「…本当ね、一体何の音―…?」
「ねえ、見て、また箱がなんか――」
――ギィィ、ギィィ
芽依の声につられて『箱』の方を見ると、何か、歯車が動くような音と壊れた機械のような音が『箱』から出ている。
「おい、何かマズイ気がするんだが、とにかく部屋から出るぞ」
何が起こるのかは、分からないが逃げるように指示を出す。だが『箱』から鳴る音は激しさを増していく。
――そして。
―――キィン。
やがて甲高い音が、大きく鳴る。
すると『箱』が本の頁の様にバラバラっと捲れていく。
その頁が一ヶ所に集まり、パアッっと光が溢れだすと、そこにあるのは『箱』ではなかった。
―――そこにあった、いや。そこに居たのは、一人の少女。
服装は黒い和服。髪の色は白、いやこれは銀髪というのだろうか。少女は辺りを見回してある一点で視線を固定した。
「あの子、なんかレンくんの方見てない?」
芽依の言う通りその少女は、何故か俺の方を見つめ、言った。
―――初めまして。『魔導書』フィニアと申します。
――以後、貴方様に仕える事をお許しくださいませ。ご主人様。




