第十一話 予兆
「最近、サヤエンドウの様子がおかしいんだ」
―――翌日の朝。
いつものように、ハカセとウミサルと俺は中央公園に炊き出しに行き、広場のベンチで食べていると、 ウミサルがそんなことを口にした。
今日の献立である豚汁のニンジンを、ハカセの豚汁に移しながら俺は言う。
「……サヤエンドウ? 俺この前、草引き手伝ったけど別にいつも通りだったぞ?」
「い~や、最近のアイツはおかしいっ」
「例えば、どこがじゃ?」
「……た、例えば? んー、し、白髪が増えたとか?」
なんで疑問形なんだ。
それに白髪が増えたことがそんなにおかしいことなのか?
俺は大きく息を吐く。
「ち、違うっ、そうじゃなくて、なんつーか、とにかくおかしいんだよっ」
「話にならねえな」
「この赤鼻」
「オイこらっ! そこのカエル、誰が赤鼻だっ」
「誰がカエルじゃ、アザラシっ」
両生類と哺乳類の異種いがみ合いが始まる。
ウミサルの鼻は年中酒を飲んでいるせいか、常に赤い。
それをネタにいじるとよいリアクションを取ってくれる。
それよりも、サヤエンドウの様子がおかしいか。
この前、草引きをしたときには、いつも通り元気だった気がする。
冷たいギャグも炸裂していたし、このクソ寒い時期に川に飛び込むし……まあ、帽子を追ってたからだけど。
そう思えば、サヤエンドウが麦わら帽子を取ったところ初めて見たような。
まあ、別にどうでもいいか。
再び、豚汁に意識を集中させる。
すると、豚汁に影が覆いかぶさり、俺は顔を上げた。
目の前に立っていたのは、頭のてっぺんが薄い小汚いセーターを重ね着した年配の人。
「確かアンタは……ザビエルだったよな」
「んだ、おいらがザビエルだべ」
このザビエルという人は、初依頼の時に世話になったホームレスの集団の一人で、あの後少しだけ話をしたことがある。
そのネーミングとルックス(特に上の部分)が印象的で覚えていた。
「どうしたんだ?」
「あんちゃんの力を借りてえんだっぺよ」
このどこの山から来たのか分からない方言じみた話し方も特徴的だ。
ていうか、俺の力を借りたい?
「どういうことだ?」
「依頼だべ、依頼。あんちゃんの便利屋に」
あ、そういえば俺、便利屋やってたんだっけ。
便利屋の存在自体記憶から抹消しかけていた。
仕方がないことだ。なんたって依頼がないんだもの。
俺の呆けた面を見て、ハカセは首を横に振り、ウミサルはお手上げのポーズ。
くそっ、人の心を勝手に読むんじゃねえ。
俺は気を取り直して聞く。
「それで? 依頼ってなんだ?」
「あんちゃん、最近、ここらで『ホームレス狩り』があってんの知ってっか?」
ホームレス狩り?
そういえば、結構前にハカセから聞いたことがある。
ホームレスを相手に集団でリンチをしたり、悪質ないたずらなどをする行為だ。
なんの抵抗もしないホームレスたちの反応を見るのを楽しむのだ。
そのいたずらは年々エスカレートしていき、最近では死亡事件も起きているらしい。
この辺でもいたずら自体が起こっているのは、よく聞くな。
「それがどうしたんだ?」
「実は、最近、本当に『狩り』が始まっちまったんだべ」
「……ん? いまいち掴めねえな。どういうことだ?」
と俺が聞くと、ザビエルは一度俯き、拳を握りしめながら俺の目を見てこう言う。
「ホームレスが誘拐されるんだべ」
「―――っ」
その予想だにしなかった言葉に、俺は手に持っていた箸を落としてしまう。
ホームレスが……誘拐される?
一体誰が何のためにホームレスを誘拐するというんだ?
「それでザビエルはなんの依頼をしに来たんじゃ?」
「まさか、その誘拐した連中を探し出せって言うんじゃねえだろうな」
ハカセとウミサルが少し声色を落として、ザビエルに聞く。
俺はこの時、この二人の声に少し寒気を感じた。
「うんにゃ、誘拐された連中はおいらの知らねえ奴だからな」
とザビエルは自分の頭のてっぺんを擦る。
誘拐された奴が知らない奴だから……か。
なんだろう、この腹の底で揺らぐドロっとしたものは。
危ないことからは手を引く。人間として当たり前の反応。
それは家なき者達でも同じなのだろう。
どうにかしたくてもどうしようもない。そんな無力感を思い出してしまう。
「実は、今日一日だけ見張りを頼みたいんだべ」
「見張り?」
「んだ。ホームレス村の見張りをしてもらいたいんだべ」
「確かお前さんの村も公園じゃったか?」
とハカセは食べてしまった豚汁の皿を地面に置きながら聞き、ザビエルは頷く。
ホームレス村とは、文字通りホームレスの集団がハウスを重なり合わせて暮らす村のことだ。
つまり、阿比留公園の住人がさらに増えて密集したような状態のことだ。
「ホームレス狩りのせいで夜もおちおち眠れねえんだべ。みんな寝不足で今にも倒れそうなんだべよ。便利屋のあんちゃんは腕っぷしが強えんだろ? 頼むっ。この通りだっ。お礼はするからさ」
ザビエルは両手合わせて突出し、頭を下げる。
てっぺんがもろにこちらに向く。断りづらいな。
それに俺の力を求めてるんだったら力になりたいし、その誘拐する連中も気になる。
なにより、一度知り合ってしまった人を見捨てることはできない。
ハカセとウミサルの方を見る。
「いいんじゃねえか? コイツらには借りがあるしよ」
「そうじゃな。今日一日ぐらいなら、別に何も起こらんじゃろ」
俺は頷くと、ザビエルに向きなおす。
「ということでオッケーだ。その依頼受けるよ。それと礼ならいらないぜ。この前は世話になったしな」
「おお、ありがてえ。恩に着るべっ」
そう言ってザビエルは俺の手を取る。
だから、礼はいらないって言ったのに。
ザビエルは喜び「アイツらも喜ぶべよっ」と言いながら、中央公園を出て行ってしまった。
俺は地面に零れた箸を拾い、使わずに豚汁を飲み干した。
ホームレスが誘拐されるか。
一体どんな理由でそんなことをするのか。
考えられるとしたら、やはり体が目的だろう。
体の内側。つまり、臓器だ。
……いや、ありえないか。
朝風の寒さでそんな想像を吹き飛ばす。
「じゃあ、今日の夜のために俺はちょっくら漁に行って来るかな」
とウミサルは立ち上がり背伸びし始める。
今日の夜? また宴会でもするのか?
「そういや、今日は他のホームレス仲間と一緒飲むんだったかの?」
「ああ、飲み仲間とな」
またコイツは酒を飲むのか。
いい加減、体に障ると思うのだがな。
まあ、楽しみが飲むことだけなのだから仕方のないことと言えば、仕方のないことなのかもしれない。
だったら皮肉を言って、ウミサルのリアクションを見るのも仕方のないことだよな。
「精々、アザラシと間違えられて動物園に送られないようにしろよ」
「なんだとっ!」
* * *
ウミサルと別れた後、ハカセの空き缶集めを手伝って、公園に戻った。
ハカセは一杯になった袋を業者に渡すというので、途中で別れた。
公園に着くと、いつものように真ん中のデカいアヒルの遊具が俺を出迎えてくれる。
このアヒルには妙に愛着が湧いてしまう。特にこの立派な口ばしに。
口ばしを一撫でし、その冷たさにすぐ手を離してポケットに手を突っ込んだ。
この寒いのにどうしてそんなに優雅でいられるんだ、お前は。
って、なにやってんだ。なんか危ない奴みたいだ。
自分の行動に呆れた俺は、ハウスの前に立ちダンボールでできたドアを開けた。
ドアを開けた瞬間、何やら生暖かい空気が俺の鼻先をかすめる。
ハウスの中を覗く。
ハウスの真ん中に七輪があり、視線をずらすと瑠璃色に潤うその視線とぶつかる。
金色の川のように滑らかな長い髪が、ダンボールの床に流れている。
「お、おかえり」
「え、うん、た、ただいま。なんで居るの?」
「べ、別に私の勝手でしょうっ」
と萌香は不機嫌そうにそっぽを向いた。
まあ、別に勝手なんだろうけど、とりあえず不法侵入だぞ。
でもコイツが勝手にこのハウスの中にいるのには、もう慣れた。
学校帰りなんかによく立ち寄りやがるのだ。そんなに友達いないのだろうか。
制服じゃないということは、今日は休みか。
俺は中に入り、ウミサル御用達の七輪の熱で温まることにする。
ダンボールと七輪の組み合わせは、真冬には有難すぎる。
特に、ダンボールの保温性はマジで侮ってはいけないと、ここ最近は本気で思う。
だが、七輪の扱い方には気を付けないと、二酸化炭素中毒、下手したら家全焼になってしまう。
ふと、萌香の方を見る。
萌香も七輪に手を添えながら、暖を取っている。
そういえば、つい最近萌香に会った気がする。
ああ、そうだ。昨日、俺、メイド喫茶であったんだった。ホント最近じゃん。
……ん? メイド?
「そういえば、どうして萌香は、メイドになってたんだ?」
俺がそう聞くと、萌香は大きく見開かれた目を上げ、また七輪にその視線を注ぐ。
七輪のせいでほんのりと顔が赤い。
「べ、別にアンタには、か、関係ないでしょっ」
「いや、まあ、関係はないのかもしれないけど、お前もあんな可愛い格好するんだなと思って―――痛っ」
言い終わる前に萌香は俺に向けて、ブーツを投げ付けてきた。
距離が近いので、顔面直撃だ。
ブーツ固いな、ちくせう。
「なにしやがる」
「ふんっ、か、可愛くなんてないわよ、バカ」
「いやいや、なかなか可愛かっ―――」
「か、かか、可愛くなんてあらへん言うとるやろっ」
もう片方のブーツが鼻に直撃。
俺は少し悶絶する。
なんで褒めてんのにブーツ投げられなきゃならねえんだ?
俺が何をした?
「あ、アンタこそ、なんでいたのよ」
「いや、まあ、キリヤに誘われてな」
「キリヤって、あの白髪の人?」
「ああ。あっ、そういえば、あの後どうなった?」
昨日はメイド喫茶で萌香にもあったが、組長にもあった。
そこで面倒なことになり、あの場から退散したはいいが、あとのことが気になっていた。
「大変だったわよ。覗きしてた人は警察に突き出したはいいけど、お父さんがもうすごい店長に怒ってたのよ」
「な、なるほど」
店長が正座させられて、タバコを口に加えた組長が説教している姿が目に浮かぶ。
ご臨終です。
「ついでに、アンタにも怒ってたわよ」
うっ。まあ、確かにあの場から逃げてしまったからな。
俺もご臨終か?
「で、でも、そ、その、ありがと……ね」
萌香は上目づかいで膝を組み俺に向け、そんな言葉を発した。
俺は首を傾げた。
怒られるならまだしも、なんで感謝されるんだ?
「アンタが覗き魔見つけてくれたんでしょう? お父さんから聞いた」
「え? ああ、まあそうだな」
「ありがと……」
真正面から感謝されると、なんかこそばゆい気持ちになる。
なんだかんだで、成敗したのは組長だったし。
「あ、ああ。ま、まあ、萌香が無事で何よりだよ」
と言うと、萌香は声にならない声を上げ膝に顔を埋めてしまった。
耳が赤い。少し温まり過ぎたのかな。
萌香は短パンに黒のストッキングという格好なので、目のやり場に困る。
それになんかすごい気まずい空気だ。
なにこれ俺が悪いの?
とりあえず、話題を変えるか。
そこでふと、萌香の隣にある二つの紙袋に目がいく。
一つはオシャレなリボンのついた紙袋、もう一つは質素な紙袋。
なんだろ。この質素な紙袋どこかで見たような気がする。
「なあ、その紙袋はなんだ?」
そう聞く、萌香は埋めていた顔をそっと上げる。
それから紙袋を指先でつまむと俺に投げつけた。
俺はかろうじてキャッチする。
「……多分、アンタたちの忘れものよ。アンタたちが逃げた後、椅子においてあったもの」
俺たちの忘れ物? 少し記憶をたどる。
……思い返せば、店に入る前と店を出た後のキリヤの所持品が一つ足りないことに気付く。
映画館でキリヤがグッズを買ったと思われる、紙袋。
そう。今、俺の手の中にある紙袋だ。
キリヤの忘れ物だったのか。
仕方ない。届けてやるか。
昨日のことも、ちゃんと謝らなくちゃ行けないしな。
「そうか。わざわざありがとうな」
「ふん、別にアンタのためじゃないわよ」
「じゃあ、そっちのオシャレな紙袋はなんだ?」
「こ、これはっ」
萌香は素早くその紙袋を背中の後ろに隠した。
なんで隠すんだ?
「べ、別にアンタには関係ないでしょっ」
またそれか。まあいいか。
俺はため息を吐くと、立ち上がる。
さて、それじゃあ、暖も取ったことだし行くとするか。
「どこか行くの?」
「ああ。ちょっと忘れ物を届けにな」
* * *
「で? なんでお前も着いてくるの?」
「ほ、保護者としてよ。アンタがちゃんと寄り道せずに届けられるようにするためよ」
「初めてのおつかいかっ」
俺は初めておつかいに行く子供かっ。
なんで、忘れ物届けに行くだけなのに、保護者が必要なんだよ。
俺がキリヤの忘れ物を届けに行くと言ったら、萌香が着いてきてしまった。
「そんなことより、アンタその人がどこにいるか知ってるの?」
そんなことよりで片づけやがった。
「ああ。心当たりがある」
二つ心当たりがあるが、多分昼間はあっちではないだろう。
だとしたら、キリヤが居そうな場所は一つに限られてくる。
ホストクラブ『リバーシ』だ。
この前、キリヤはあそこを寝床にしていると言っていた。
ならば、大方あそこで間違いないはずだ。
「なんかちょっと意外よね」
「なにがだ?」
「アンタに友達がいるなんて」
友達ね。
どうなのだろう。
俺はこれまで生きてきた中で、友達と呼べる人間はいただろうか。
そもそも友達ってなんなんだ?
キリヤは俺のことをもう友達だと言っていた。
友達になる基準ってなんだ。
友達になろうと言えば友達なのか。
ていうか、友達って必要なのだろうか。
もう分からないことだらけだ。
「萌香は、友達いるのか?」
「あ、当たり前じゃないっ。この前なんて教室で話しかけられたんだから」
「教室で話しかけられるって当たり前じゃないのか?」
「う、うるさいわねっ、アンタと違って学校言ってるんだから、友達の一人や、ひゃ、百人くらい当然いるわよっ」
うわっ。今、すごい傷ついた。
俺は学校行けないんだよ、この野郎っ。
って、コイツ百人も友達いるのか。すごいな。
そんなこんなしているうちに、『リバーシ』に到着した。
途中でUFOキャッチャーに『デス・ベアラー』のぬいぐるみがあり、萌香がすごい欲しそうに眺めていて中々離れなかったがようやく着いた。
「ここってなに?」
「え? ああ……」
そういえば、萌香は俺がホストで働いたこと知らないんだっけ。
面倒なことにならないようにしないと。
「喫茶店をオシャレにしたような場所だ」
「ふ~ん」
随分とざっくりした説明だが、信じてくれたようだ。
まあ、普通の女子高生が立ち入るような場所じゃないしな。
それに案外間違いでもない。
喫茶店の店員が男限定なのと、飲み物が酒なこと以外は。
閉店の札が掛けてある扉を押すと開いてしまった。
なんて不用心なんだここは。
扉をくぐると、カウンターにぐったりと倒れ、いびきを掻いたオヤジがいた。
どうやら、また酔い潰れたようだな、店長。
店長のオールバックが情けなくカウンターから垂れている。
「あれ、デウス。それに萌香ちゃんも一緒なんだ」
ロッカールームに続く扉からイーグルさんが出てきた。
ビシッとキメた汚れ一つない、白スーツが今日も眩しい。
萌香はそそくさと俺の背中に隠れる。
どうもイーグルさんが苦手らしい。
「なになに? 今日は二人でデート?」
『違いますっ』
ホントこの人、余計なこと言わないでくれるかな。
ほら見て、俺の肘が萌香の腕の中で悲鳴あげてるじゃない。
「そ、そうじゃなくてですね。あの、キリヤ知りません?」
「え? キリヤ? さあ、ここには居ないようだけど」
「そうですか」
ここじゃないのか。じゃあ、どこにいってるんだ。
「どうかしたの?」
「実はですねっ―――」
俺が忘れ物を届けに来たことを言おうとしたとき、萌香から袖を強く引っ張られる。
振り向き俺は尋ねる。
「なに?」
「えっと、その、あの……」
萌香はモジモジしながら、俺に上目で何かを訴えようとしている。
なんだ? どうしたんだ?
「萌香ちゃん。トイレなら、すぐそこの扉だよ」
イーグルさんは萌香の伝えたかったことが分かったらしく、萌香にそう言った。
なんだ、トイレに行きたかったのか。
それならそうと言えば良いのに。
萌香はトイレに入っていった。
「ダメだよ。デウス。女の子はデリケートなんだから察さないと」
この人は女のことならなんでも知っているのだろうか。
まあ、さすが自称『愛のイリュージョニスト』のことはある。
「それでキリヤがどうしたの?」
「実は、キリヤに忘れ物を届けようと思ってですね」
「なるほどね。それで探してるわけ。キリヤはここに居ない時はいつも街をふらふらしてると思うよ」
街か。
街といっても広いからな。
まあ、いいか。適当に探し回って、居なかったらまた夜にここに来れば。
そうだ。丁度、萌香が居ないのなら、あのことを聞いてみるか。
イーグルさんならなにか知っているかもしれない。
「あの、イーグルさん。『ホームレス狩り』のこと知ってますか?」
「ホームレス狩り? ああ、あの誘拐されてるってヤツ?」
「はい」
「う~ん。俺はホームレスが誘拐されているって噂しか聞いてないな~」
「そうですか」
「なんで?」
俺は、ザビエルからホームレス村の見張りを頼まれていることを明かした。
すると、イーグルさんは前髪を整えなが言う。
「なるほど。何事もなければいいけど。念のため、俺も暇ができたら手伝いに行くよ」
「いいですよ。別に今日一日くらいなんにもないでしょ」
「そうだといいけど。それにしてもホームレス狩りか。多分、情報屋なら知ってると思うけど」
……え? 情報屋?
「情報屋って、なんですか?」
「え? 聞いたことない? 情報屋『ウロボロス』」
「ウロボロス?」
「うん。この街にいると噂されてる情報屋だよ。なんでも、その情報屋はこの街の全て、いや、この世界の全てを知っているという話だよ」
この世界の……全て?
「都市伝説にも近い噂話だけどね。でも、彼に依頼するにはその情報と並ぶほどの対価が必要になるんだってさ」
対価って、金のことだろうか。
俺は息を呑む。
「俺の想像じゃ、この世界の裏の裏の裏を牛耳る大男だと思うよ」
「怖いですね」
「いやまあ、あくまで噂だけどね」
そう言って、イーグルさんは口の中の白く光る鉱物を見せながら、笑う。
この世界の全てを知る奴か。
どういう奴なんだろう。
まあ、噂話だしな。気にする必要もないか。
俺は少し縮こまっていた背中を伸ばすように、大きく背中を逸らした。
その話をした後すぐに、萌香はトイレから戻ってきた。
「この喫茶店すごいのね。便器ピカピカでトイレットペーパー三角織されてて、しかもいい香りがしたわよ。気が利いてるのね」
「う、うん。それは良かったな」
まあ、クラブだし。
田舎ものを騙しているような気分だ。
なんか、ごめん。
「それじゃあ、イーグルさん。俺たちはこれで」
「うん。またね。折角のデートエンジョイしなよ」
『デートじゃないって言ってるでしょっ』
って、あれ? 肘の感覚無くなってきたぞ?
大丈夫か? 俺の肘。
扉を開けて、昼の大通りのざわめきが耳にこだます。
それと同時に凍てつく風が耳を切り裂くように流れていった。
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